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創作能楽小説『黒椿』 翁付き五番立て  作者: 堀吉 蔵人


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1/8

翁・序章 影

〔謡〕


〽 とうとうたらり たらりら。

 たらりあがり ららりとう。


(あめ)寿(ことほ)げ (つち)も寿げ、

 日月(じつげつ)めぐりて ()くるなく、

 (やま)(うご)かず (うみ)()れず、

 四方(よも)国土(くにつち) (やす)かれと。


(つる)千年(ちとせ)を ()ひあがり、

 (かめ)万年(よろづよ) (かふ)()て、

 (たみ)のかまどに (けぶり)()えず、

 代々(よよ)(さか)えむ、千秋万歳(せんしうばんぜい)


〽 かくも目出度(めでた)き 天地(あめつち)の——

 その片隅(かたすみ)の ()(そこ)に、

 寿(ことほ)ぎひとつ、(とど)かぬところ。


(ともしび)(もと) 影は幾重(いくへ)に、

 ひとつ、ふたつと (かぞ)へてみれば、

 いつしか(まぎ)るる ()が影ぞ、

 呼ばれて(こた)ふな、()のうつつに。


〔地〕


 昔の話。あたしにも、隣を歩く人が、いた。


 あの夜は、コンビニの帰り道。街灯がいくつも重なって、足元に、薄い影が何枚も伸びていた。一枚、二枚、三枚。電灯の数だけ、あたしたちの、影。


 彼が、ふと、足を止めた。

 「……なあ。影、ひとつ多くない?」


 数えた。あたしの影。彼の影。そのあいだに、もう一枚。誰のものでもない、薄くて、痩せた影が、混じっていた。


 その夜から、影は増えた。二枚。三枚。来るたびに、ひとつずつ。

 影は、呼ぶらしかった。彼にしか聞こえない、声で。彼はだんだん、夜の窓ばかりを、見るようになった。


〔転換の謡〕


()ともる窓に 呼ぶ声ひとつ、

 (いら)へまじとて (こら)へし()てに——

 影は手を()だす、()のあなたより。


〔地〕


 止めればよかった。耳を、塞いでやればよかった。

 でも、あたしが眠った夜に、彼は、答えてしまった。

 「……なに?」

 たった、ひとこと。


 朝、隣はもう、(から)だった。代わりに——電灯の下に、影が一枚、増えていた。痩せて、薄くて、見覚えのある、肩のかたち。


 あれから、ずっと数えてる。この街の、夜の影を。増えていく影を、一枚ずつ。

 怪異は、名前があるうちは、斬れる。どんな未練だって、銭をもらって、落としてやる。


 ——でも。あの一枚の名前だけは、まだ、呼べずにいる。

 斬れもせず、抱きもせず。

 だから今夜も、灯りの下を、数えて、歩く。


〔締めの都々逸〕


 影を数へて

 ひとつ多いと

 知ってしまった

 影を追ふ


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