1.日常
まったり更新 がんばっていきます
ただのねこです
「ありがとうございましたー」
会計を終えたお客様のお見送りを終え、僕は業務に戻る。
作業といっても、まあなんだろう、所詮コンビニバイトの一人でしかない僕が出来る作業なんてたかが知れている。
このコンビニでバイトを始めて早3年、社員登用の話も店長から持ち掛けられてはいるがあまり乗り気にはなれず、だらだらとバイトを続ける日々だ。
僕には夢というものがない。
否、叶えるだけの根気が無かったと言うべきだろうか。
僕は役者になりたかった。
キッカケなんてものは、小さな男の子なら皆が通る道であろうありふれた日常で十分だった。
当時観ていた戦隊モノや仮面ライダー、身を挺して護るべき者の為に闘う"主人公"にとても大きな憧憬を抱いたのが始まりだ。
しかし当然ながら僕が平和に生きるこの世界には世界征服を企む強大な組織なんてものは存在しない。
人類に仇なす魔王なんてものも、大陸を震撼させる正体不明のウイルスだって、所詮は空想上の物語でしか存在しない。
それでも、時には世界を救う勇者に、ある時は困っている人々を助けるヒーローに、またある時は一家を支える大黒柱に、役者というものは台本を通して何者にでもなれる。
「パパ、ママ、ぼくこの人達みたいになりたい!」
「お、犬はヒーローになりたいのかぁ、カッコいいもんなぁ!」
「あらあら、素敵な夢ね」
幸か不幸か、僕の家は裕福な家庭だったもので、気が付くと芸能事務所の子役コースに通っていた。
学校の終わりや休みの日にはレッスンを受けて、また学校へ行く。
そういった日々を繰り返していた――と思う。
この時の事は正直に言うとあまり覚えてはいない。
たかが子供向けのコースだ、どんなレッスンの内容だったか、一体何を教わったのかなんて今の僕には思い出すことさえ出来ない。
両親には無駄なお金を浪費させてしまったなと、今になってこそ申し訳ないと思う。
だが、何一つ現在の僕に影響を与えていないわけではない。
そう、ただひとつ言えることがあるとするならば、幼いながらに抱いたあの憧れが大人になった僕に大きな未練を残したという事実だけだ。
夢というものは希望の一面を持ちつつも時に残酷で、『表裏一体』とは上手く言ったものだなとしみじみと思いながらも僕は業務を終える。
「高橋店長、発注終わりましたよー。最近近くで工事やってるせいか弁当類の在庫切れ早いんで多めに発注しておきましたよ。それと休憩室の中がお客様から見えないからっていつもスマホでゲームしてて良い訳じゃないですからね。」
休憩室で休日のお父さんの様に寛いでいる女性へ声を掛ける。
「お、ごくろうさんー、流石だね次期野田店長!やっぱり私の目に狂いは無かったねえ、うんうん」
「なにが次期店長ですか、まだ社員ですらないですよ僕は。そうやっておだてればサボりが許されると思ってますよね、高橋店長。」
「まだって言ったね、言ったね野田君。ふふ、言質は取ったからねえ。これで私のボーナスも…ぐふふ。君が来る前に頑張っていた甲斐があったよ本当に」
(はぁ、この人は相変わらずだなほんとに…)
この陽気な人は店長の高橋 渉さんだ。
26歳という僕と大して変わらない年齢で店長を務めている女性で、とても仕事が出来る――出来るのだろうがサボり癖が物凄い。
「いやあ、何に使おうかなぁ。まずは今来ているピックアップキャラを完凸させるでしょー。そんでグッズも買って、あー野田君も私のボーナスの使い道考えてよー」
僕がバイトとして働き始める前はお店を一人で回していたらしい。
らしい、と言うのもこの人が働いているのを僕は見た事がない。
「ねえ野田君聞いてる?君ならどの子狙う?私の推しはこのキャラでさ、この見た目と中身のギャップが超痺れるんだよねえ~」
と言うのも僕が働き始めてからこの3年、この人が休憩室以外にいるところを見た事がないのだ。
この土地の地縛霊だといわれてもギリギリ信じてしまいそうなくらいだ、いや本当に。
(本当、いつ仕事してるんだ…?でも僕が入ってない日は店長が回してるわけだもんな。気にしない様にしよう)
「そんでさー、私はこう思うわけよ。果たしてそこに愛はあるのか?ってね!」
「店長、この数秒で何があったらこんなに別の話題に繋がるんですか。それより僕はもう帰りますよ、誰かさんのおかげで1時間も勤務時間が延びてしまったので。それではお疲れ様でした。」
「つれないなぁ、お疲れ様~」
これが僕の日常だ。
このバイト先だって僕が住んでいるマンションから徒歩5分だ。
ほんの少し勤務時間が短くなろうが長くなろうが、僕の人生には何一つ影響を及ぼさない。
なんて思っていた。




