205話 ガルス――思い
洞窟を脱出してからしばらく経ったが、背後から触手が追ってくることはなかった。
俺たちの追跡を諦めたのか、それともあの魔物は洞窟の外へ出ることができないのか――理由はわからないが、とにかく助かったことに安堵する。
しかし、それよりも気になるのは、ガルスの様子の変化だった。
今のガルスには、初めて会ったときの威圧感も、豪快さも感じられない。まるで別人のように静かで、ただ虚ろな目で空を見つめている。俺から少し離れた岩場に胡坐をかき、腕を組んだまま微動だにしない。
「……ガルスさん?」
気になった俺はゆっくりと彼に近づいた。俺の影がガルスにかかると、彼の視線がこちらを捉えた。呆けた表情は俺と目が合った瞬間、険しいものへと変わる。
「……何の用だ」
そう低く呟く声には、いつもの覇気がない。
「なんで、あのとき一人で戦おうとしたんですか?」
俺は率直に問いかけた。
「正直言って、あのまま戦っても勝機がなかったのは一目瞭然でしたよね?」
その言葉に、ガルスの筋肉がピクリと震えた。しかし、彼の表情は険しいまま変わらない。
「……そうかもな」
呆気なく認めたガルスに、俺は驚きつつも続ける。
「じゃあどうして……!」
俺が言いかけた瞬間、ガルスが勢いよく立ち上がった。そして、ズンズンとこちらに歩み寄り、目の前で立ちはだかる。
「なぜ俺様が一人で戦いたかったって?単純だろ!」
鋭い眼光を俺に向け、低く唸るような声で言い放つ。
「最強は群れねェんだよ!!」
その言葉に、俺は息を呑んだ。ガルスの瞳には、苛立ちと焦燥、そしてどこか悲しげな色が混じっていた。
「最強は、群れない……?」
ガルスは怒気を孕んだ目で俺を睨みつける。その拳はギリギリと握り締められ、今にも殴りかかってきそうな勢いだったが、俺は退かずに彼を見据えた。
「じゃあ……ガルスさんは何のために戦ってるんですか?」
俺の問いに、ガルスの肩がピクリと揺れる。
「強さのため?誇りのため?それとも……誰かを守るため?」
ガルスの表情が微かに揺らいだのを見逃さなかった。だが、その迷いを振り払うように舌打ちをし、俺の胸ぐらを乱暴に掴む。
「テメェに何がわかる……!?」
今度こそ殴られるかと思ったが、拳は振るわれなかった。代わりに、ガルスは俺を乱暴に突き飛ばし、背を向ける。
「俺様はな……!」
言いかけて、ガルスは拳を握りしめたまま黙り込んだ。
「……群れたら、弱くなる」
絞り出すような声だった。
「仲間なんて作ったら、その分、守らなきゃいけねェモンが増える。そうなったら、足手まといを守るために、自分の力を削ることになる……そんなの、俺様にはごめんだ」
ガルスの背中から伝わるのは、怒りだけじゃない。もっと別の、深い傷のようなものが滲んでいた。
「……誰かを守るために強くなるんじゃないんですか?」
俺は静かに問いかけた。
「守るためじゃねェ。俺様は……俺様のために強くなるんだよ」
そう言ったガルスの言葉は、どこか自分自身に言い聞かせるようだった。
しばしの沈黙。俺は、ガルスの言葉の裏にあるものを考えていた。
(ガルスは……何かを抱えている。何かがあって、こうなったんだ……)
「……それで、本当に満足してるんですか?」
俺の問いに、ガルスはまたピクリと肩を揺らした。しかし、今度は振り返らない。
「……もう、話は終わりだ」
それだけを言い残し、ガルスはゆっくりと歩き出した。まるで、過去から逃げるように。
だが、俺は確信した。ガルスがこれほどまでに”群れること”を嫌うのは、ただの信念じゃない。そこには、もっと深い理由がある――。
俺は拳を握りしめ、彼の背中を見つめながら誓った。
(絶対に、このまま終わらせない。俺が、本当の強さを証明してやる……)
俺はガルスの背中を見つめながら、もどかしい気持ちを抑えきれなかった。
「……そんなの、本当に強さなんですか?」
思わず、俺は声に出してしまった。
ガルスの足がピタリと止まる。
「……なんだと?」
低く、押し殺したような声が響く。だが俺は怯まずに続けた。
「最強は群れない……だから一人で戦い続ける?確かに一人で強くなれれば、それが一番かもしれません。でも、あの魔物を倒せなかったのは、ガルスさんが一人で戦おうとしたからじゃないんですか?」
ガルスの肩が微かに震えた。
「……黙れ」
「俺は、本当に強い人ってのは、自分一人の力を誇るんじゃなくて、誰かと力を合わせてでも勝ちにいける人のことだと思ってます。だから――」
「黙れっつってんだろうがァ!!」
怒声と共に、ガルスが振り返る。次の瞬間、俺は地面に叩きつけられていた。
「……ッく!」
反応する間もなく、ガルスの拳が俺の頬を捉える。しかし、さっきまでとは違う。力任せではなく、確実に急所を狙う正確な一撃だった。
「……口先だけで語るな」
冷たい声だった。今までのような荒々しい怒りではなく、静かな、底知れぬものを感じさせる声音。
「仲間がいりゃあ、確かに戦いは楽になるかもしれねェ……だがな、それは同時に”守るべきもの”が増えるってことだ。戦場じゃ、一瞬の迷いが命取りになる。仲間なんざ作ったら、自分の力を出し切れなくなるんだよ」
ガルスは拳を握ったまま、俺を見下ろしていた。その表情には、今まで見せたことのない”迷い”が垣間見えた。
俺は口の端を拭いながら、ゆっくりと立ち上がる。
「それでも……」
「……あ?」
「それでも、俺は仲間と戦う道を選びます。仲間を守ることで力が削がれるなら、それを超えるくらい自分が強くなればいい。それに、ガルスさんだって本当はわかってるんじゃないですか?あの魔物は、一人じゃ倒せないって」
ガルスはしばらく俺を睨みつけていたが、やがて舌打ちすると、拳を振り下ろして岩を殴りつけた。
「……クソッタレが」
岩にめり込んだ拳をゆっくりと引き抜く。その手はわずかに震えていた。
「なら……証明してみろよ」
ガルスは俺を睨みつけながら言った。
「次にあの魔物と戦うとき、テメェが俺様より役に立つって証明してみせろ。そうしたら、少しは考えてやる。この前のお前ェの提案にもな。」
それは、ガルスなりの譲歩なのかもしれなかった。
俺は強く頷く。
「……わかりました。絶対に証明してみせます!」
ガルスは「チッ」と舌打ちしながらも、どこか微かに笑っているように見えた。
洞窟の奥には、まだあの魔物がいる。
俺は、もっと強くならなければならない。
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