202話 一撃敗北
「あまりにも弱ェ気配だったから無視してたがよォ……そろそろ後ろから追いかけられんのも気持ち悪ィんだわ」
ガルスは低く唸るような声でそう言いながら、じっと俺を見据えた。
鋭い眼光がまるで獲物を見定める猛獣のように俺の全身を射抜く。
腕を組み、足を肩幅まで開いて立つその姿は、まるで鬼のようだった。筋肉の詰まった身体は威圧感に満ち、闇に浮かび上がる姿はまさに圧倒的な強者の風格を持っていた。
「酒場でもそうだったがァ……俺様に用でもあんのかよ?」
意外にも、ガルスの声は淡々としていた。
あの酒場での争いを大して気にも留めていないような口調だった。それどころか、俺の顔すらろくに覚えていないのではないかと思うほどだ。
少し拍子抜けしながらも、俺は気を取り直して言葉を発する。
「実は、ガルスさんに俺たちの仲間になってもらいたいんです。」
静寂が走った。
ガルスの表情が一瞬、固まる。そして、眉間に皺を寄せたかと思うと、次の瞬間には嘲るような笑みを浮かべた。
「……仲間だァ?」
低く抑えた声でそう呟きながら、ガルスは片手を顎に当て、しばらく考えるように首を傾げた。
「俺様がお前なんかのパーティーに入れってェ?」
その言葉には、明確な嘲笑と信じられないものを見るような呆れが滲んでいた。
(やっぱり、そうなるか……)
俺は内心ため息をつきながらも、決して引くつもりはなかった。
「そうです。俺たちには、ガルスさんみたいな強い人が必要なんです。」
はっきりと言い切ると、ガルスはさらに眉をひそめた。
「ハッ、そりゃァ光栄だなァ。だがよォ……」
そう言うなり、ガルスは肩を揺らして大笑いし始めた。その笑い声が洞窟内に反響し、まるで空間そのものが震えているかのように感じる。
「ガキ。テメェ、正気で言ってんのか?」
ガルスは笑いを収め、ニヤリと笑うと、俺を見下ろすように覗き込んだ。
「俺様みてェな奴を仲間にすりゃ、いつ寝首をかかれるかわかんねェぞ?それでもいいってのかァ?」
鋭い目が俺を試すように光る。しかし、俺は怯まずにガルスの目を真っ直ぐに見つめた。
「それでも、俺はガルスさんに来てほしい。」
俺はまっすぐにガルスの目を見つめた。
その瞬間、ガルスの表情が僅かに変わった気がした。
これまでの嘲るような笑みとは違う。まるで俺に興味を抱き始めたかのような、そんな表情だった。
「お前ェ……ガキの癖になかなか根性あるじゃねェか。」
そう言いながら、ガルスはふっと口元を歪める。まるで楽しむかのような、不敵な笑みだった。そして、大剣を背中に背負い直すと、どかっと地面に座り込む。
「いいぜ、話を聞いてやる。さっさと喋れや。」
その態度は相変わらず横柄だったが、先ほどまでの威圧的な空気は少しだけ和らいでいるように感じた。俺は小さく息を整え、ゆっくりと話し始める。
「――ということなんです。」
俺が一通り話し終えると、ガルスは腕を組んで考えるように唸った。
「影……?未来視ィ……?」
低く呟いたガルスは、背中を丸め、まるで何か思い出そうとするかのように眉間に皺を寄せた。
しばらくの沈黙の後、突然ガルスが顔を上げ、鋭い目で俺を見据える。
「……悪ィがよォ、お前が何言ってんのか全然分かんねェ。」
あまりにも率直な答えに、俺は思わず肩の力が抜ける。
「……いや、ちょっとは理解しようとしてくださいよ。」
「ムリだな。影だの未来だの、そんなモン考えたこともねェし、考える気もねェ。俺様ァ、今を楽しく生きれりゃそれでいいんでな。」
ガルスは肩を竦めると、大剣の柄を軽く叩く。
(やっぱり、この人に理屈は通じないのか……?)
俺は内心ため息をつきながら、もう一度言葉を選ぶ。
「……でも、ガルスさんもこのままじゃ、ただの“強いだけの冒険者”で終わるかもしれませんよ?」
「はァ?」
ガルスの目が細まる。明らかに気に入らないという顔だ。
「俺は、ガルスさんの強さが必要だって言いました。でも、ただ強いだけなら、いずれそれに飽きる日が来るかもしれない……。俺たちと一緒に来れば、今までとは違う何かが見つかるかもしれません。」
静寂が走る。
ガルスはしばらく俺をじっと見つめたまま動かなかった。しかし、その表情は先ほどよりも幾分か真剣味を帯びているように見えた。
「……フンッ、言うじゃねェか。」
低く笑うと、ガルスは立ち上がり、背伸びをするように腕を回す。
「そんじゃあ、試してみるか?俺様がテメェらの仲間になってやる価値があるのかよォ。」
ニヤリと笑いながら、ガルスは大剣を抜き放った。 鋭い刃が洞窟内の光を反射し、一瞬、目が眩むほどの輝きを放つ。
「――力ずくで、俺様を納得させてみろよ。」
挑戦的な言葉が低く響き渡り、俺の喉がごくりと鳴る。
(……やっぱり、こうなるのか。)
けれど、ここで怯んでいる場合じゃない。俺は即座に杖を構え、戦闘態勢に入った。
「本当に俺様とやる気か……!!」
ガルスが楽しそうに叫ぶ。その声にはまるで獲物を見つけた猛獣のような高揚感が滲んでいた。
「ますます気に入ったァ!」
次の瞬間、ガルスは軽く大剣を振り上げる。
その動作だけで、彼の足元の土が弾け、土煙が舞い上がる。まるで周囲の空気ごと震わせるかのような圧倒的な威圧感。
「いくぞ?」
「……お手柔らかに。」
俺も覚悟を決め、杖を握る手に力を込めた。
ここで負けたら、ガルスを仲間に引き入れることなんて到底できない。
なんとかして勝たなければ――そう思いながら、ガルスの動きに意識を集中させる。
だが、その瞬間――
「――ッ!!」
目の前からガルスの姿が消えた。
「は、早――ッ!?」
驚愕する間もなく、次の瞬間には衝撃が走る。
俺の顔面に何かがめり込んだ。
(――!!)
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
気づいた時には、俺の身体は弾かれるように吹き飛ばされていた。
激しく地面を転がり、背中が洞窟の岩壁に叩きつけられる。息が詰まり、視界がぐらぐらと揺れた。
(……え? なん……だ?何が、起きた?)
そんな疑問が脳裏に浮かんだが、すぐにどうでもよくなるほど、身体中が痺れて動かない。
「はぁ……点で弱っちィじゃねェか……。」
どこか呆れたような声が聞こえた。
視界がぼやける中、ゆっくりと近づいてくるガルスの姿だけがはっきりと見える。
「面白くなると思ったんだがなァ。期待外れだ。」
失望したような言葉を最後に、俺の意識はゆっくりと闇に沈んでいった。
――俺は、ヒルデア最強の冒険者に、一撃で敗北した。
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