200話 最強の冒険者
晴れてカインが俺たちの仲間に加わった。
カインは今後、学園に通う生徒たちのさらに未来を守るために剣を握るらしい。学園そのものは守られたが、彼にとっての戦いは終わらない。
今度は、生徒たちが外の世界で自由に生きていくための場所を作っていくのが、彼が決めた新たな目的だ。
しかし、カインを仲間に入れたとしても、まだ三人中一人目に過ぎない。”5つの影”がいつどこから現れるのか、手がかりはない。
悠長に仲間集めをしている暇はないのは分かっているが、それでも信頼できる戦力を揃えなければ、この戦いを勝ち抜くことは難しいと思われる。
俺は早速、二人目の仲間を探しに行くことにした。
今日はカインが子供たちに最後の訓練をつけ、別れを告げる日だ。
その様子を見れば、きっと生徒たちも新たな道を歩む決意を固めるだろう。だから、仲間集めには誘わなかった。ルミエラも朝からどこかに行ってしまい、行方知らずだ。
彼女のことだから、おそらく酒場かどこかで情報収集をしているのだろう。
――となれば、必然的に俺一人で二人目の仲間探しをすることになる。
改めて、ターゲットの情報を確認する。
──ガルス・ヴォルガン。
ルミエラと同じAランク冒険者。
戦闘スタイルは至って単純。大剣を振り回し、敵を豪快になぎ倒す、まさに剛力無双の剣士らしい。
特徴は頬に大きな切り傷。そして、髪も服も全身赤色で統一し、まるで燃え盛る炎のような外見をしている。
加えて、鎧のように引き締まった筋肉を備え、威圧感は十分。豪快・剛力という言葉がこれほど似合う男も珍しい。
そして何より──無類の酒好き。
朝、昼、晩、いつでも飲んだくれているらしく、酒場に行けば高確率で見つかるとのこと。戦場よりも酒場にいる時間の方が長いという噂すらある。
手がかりは十分だ。
「よし、まずは手近な酒場をしらみつぶしに探してみるか。」
俺は北区に着くと、さっそくいくつかの酒場を回り、ガルスの情報を集めることにした。
話に聞いていた通り、彼は朝から飲み続けているらしく、いくつかの店でその名を耳にした。
そして五軒目の酒場で、ようやくその本人を発見する。
特徴的な赤髪に、黒と赤を基調とした服装。全身を鎧のように覆う分厚い筋肉。そして背中には鉄の塊のような大剣を背負っている。巨大な体躯を持つ彼は、カウンターの席に座ったまま、頬をピンク色に染め、木製のジョッキを握りながら机に突っ伏して眠っていた。
間違いない。ガルスだ。
俺は静かにガルスへと歩み寄る。椅子に座っているはずなのに、俺の視線はまだ少し下だ。実際にこうして目の前にすると、その体格差に圧倒される。しかし、今更怯んでいる場合じゃない。俺は魔王とすら戦った男だ。これくらいで気後れしてどうする。
「ガルス・ヴォルガンさん……ですよね?」
声をかけても、ガルスは微動だにしない。ぐっすりと寝込んでいるようだ。仕方なく、俺はそっと彼の肩に手を伸ばした。
――その瞬間、世界が跳ねた。
視界からガルスの姿が消え、次の瞬間、首元に激しい衝撃が走る。
「……ッ!?」
状況を把握する間もなく、俺の体は宙に浮いていた。息が、できない。
首を絞め上げられたのだと気づいたのは、ようやく下を見た時だった。
巨大な腕が、俺の首をがっちりと掴んでいる。
「ぐ……ぁ……!」
首を締め付ける圧力が増していく。視界が揺らぎ、意識が遠のきそうになる中、俺はなんとか魔力を練り、風元素の魔法を発動させた。
「ッ!」
鋭い風の刃がガルスの腕をかすめた。
「……ッつ!」
ガルスはわずかに眉をひそめ、腕を引く。それと同時に俺は床に落下し、膝をついた。
「げほっ……!げほっ……!」
咳き込みながら見上げると、ガルスが目を細めて俺を見下ろしていた。
「お前ェ……魔法使いかァ?」
低く響くその声には、ただならぬ威圧感があった。周囲の客たちは息を呑み、静まり返っている。まるで獣が支配する森の中に放り込まれたかのような、張り詰めた空気。
「俺様の眠りを妨げるたァ……いい度胸じゃァねェか……?」
そう言うと、ガルスは背中に背負った大剣に手をかける。
「ガキでも容赦しねェ……殺す」
ギラリと光る刃が、俺の目の前に突きつけられる。その瞬間、俺も再び魔力を練り始めた。いつでも迎撃する準備はできている。
しかし、その時だった。
「ちょっとちょっと!ガルスよぉ、揉め事は外でやってくれよ!」
店主の声が、静寂を破った。
「……あァ?」
ガルスがゆっくりと顔を向ける。その目は、獲物を狙う獣のそれだった。
「俺様に指図すんじゃねェ……!!」
怒号が響く。しかし、店主は怯むことなく、むしろ口元に苦笑を浮かべながら肩をすくめる。
「オレの言うことが聞けねぇんじゃあ……今後お前ぇにやぁ酒を売れねぇなあ……」
その一言に、ガルスの表情が変わった。
「……おいおい!ちょっとそれは話が違ェんじゃねェか!?」
「いんや、同じだ。俺の店で騒ぎを起こすってことはつまり、営業妨害だ。そんな迷惑客に酒を売る訳ねえだろう?」
店主の言葉に、ガルスは数秒沈黙し――
「チィ……!」
舌打ちしながら、大剣を鞘へと戻す。
「おいガキィ!俺様が酒好きだったことに感謝しろよ!!」
そう言い放ち、ガルスは目の前にあった椅子を乱暴に蹴り飛ばし、ドスドスと重い足音を立てながら店を出て行った。
彼の巨体が店の入り口を通り過ぎると、それまで張り詰めていた空気が一気に緩み、店内にいた客たちは安堵の息を漏らした。
俺は床に手をつき、荒い息を整えながらゆっくりと立ち上がる。首に手を当てると、まだ痛みが残っていた。先ほどの一瞬の出来事を思い返しながら、俺は軽く首の骨を鳴らす。
(……いきなり殺すなんて……とんでもない奴だ。)
だが、その異常なまでの瞬発力と戦闘感覚。そして、無意識に放たれる威圧感。ガルスという男は、確かに只者ではない。
俺は自分の中に沸き上がる興味を抑えきれず、彼についてもっと知る必要があると決めた。
ガルスが去った後、俺は先ほど彼とやり取りをしていた店主に歩み寄る。
「すみません、さっきのガルスさんについて聞きたいことがあるんですけど……」
俺の言葉に、店主は驚いたように眉を上げ、腕を組んだ。
「お前さん、さっきガルスの奴にたんまりやられたのに、まだあいつに関わるつもりか?」
周囲にいた客たちも興味を引かれたのか、会話に耳を傾け始める。俺は真剣な表情で頷いた。
「実は、ガルスさんに俺の旅に同行してほしくて、仲間に誘いたいんです。」
一瞬の沈黙の後、店内の空気がざわめきに変わる。
「おい坊主!悪いことは言わねえ!あいつだけはやめとけ!」
「そうだ!あんなのと旅なんかしたら、命がいくつあっても足りねえぞ!」
「あぁ!絶対やめた方がいい!下手すりゃ本当に殺されっぞ!」
次々と飛び交う忠告の声。誰もが一様に、ガルスとの関わりを否定していた。
だが、俺の意志は揺るがない。むしろ、これだけの人間が恐れるほどの男ならば、ますます彼を仲間に引き入れる価値がある。
「そんなに恐れられてるってことは……やっぱり相当強いんですね。」
俺の言葉に、店主がため息混じりに頭を掻いた。
「強いどころの話じゃねえ。あいつは……まさしく“怪物”さ。」
その言葉を聞き、俺は思わず口元を僅かに持ち上げた。
(そうこなくっちゃ……。)
それから俺は、店主や店にいた客たちにガルスについて色々聞いた。
酒場の片隅では、興味を持った客たちが俺の様子を窺いながら、ひそひそと話し合っている。
「あいつはな……とんでもねえ奴だぞ」
店主がそう前置きし、グラスを拭きながら語り始めた。
「ガルスは、15の頃から冒険者をやってる。たった一人で、命がけの依頼をいくつもこなしてきた化け物みてえな男さ。」
店主は顎髭を摩り、昔を思い出すように話を続ける。
「あいつを最初に見たのは……そう、12年前だ。この街の冒険者ギルドに、まるでどこからともなく現れたんだ。出身も家柄も一切不明。身元を知る者もいねぇ」
別の客が、唾を飲み込んで話を続ける。
「そん時はまだガキだったが、それでも腕っ節は化け物じみてた。ありゃもう、普通の人間じゃねぇな。来たばかりのガキが、Aランクの依頼を軽々とこなしやがった。信じられねえだろ?しかも、一日たりとも依頼を受けなかったことがねぇって話だ」
俺は驚きながらも、黙って話を聞いた。
(そんな規格外の奴がいるのか……?)
「だがな、稼いだ金はその日のうちに酒と女に全部つぎ込むってのが、あいつの生き方らしい。豪快というか、無鉄砲というか……なにしろ金が手元に残ることはねぇんだとよ。だからこそ、毎日依頼をこなし続けてる」
「金が尽きると、またすぐに高難易度の依頼を受けて、危険な場所へ突っ込んでいく。まるで死ぬことを恐れてねぇみたいにな」
店内の空気が少しだけ重くなった。誰もが、ガルスという男の異常なまでの生き方を理解しているのだろう。
「そして今じゃ、”ヒルデア最強の冒険者”なんて呼ばれてる。誰もアイツには敵わねぇよ。前にSランク級の魔物がこの街を襲った時も、ギルドの仲間を引き連れて最前線で戦った。だが、その魔物は強く、誰もが撤退を考えたが、ガルスは一人で斬り伏せちまったんだ」
「本当に人間かよ……」
と、誰かが呟く。
「坊主、あんなヤツを仲間にしようなんざ正気の沙汰じゃねぇぞ。次怒らせたら今度こそ命はねぇ」
忠告の言葉が次々と俺の耳に飛び込んでくる。それでも、俺の決意は揺るがなかった。
むしろ、ますます興味が湧いてきた。
その”最強の冒険者”に――。
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