144話 タイマン
「ファイア・ブラスト!!」
「アクア・スラッシュ!!」
「――!」
ルミエラやアルマ、そして兵士たちの魔法が次々と魔王を撃ち抜く。
火、水、土、風、雷、さらには半透明の衝撃波のような魔法――それぞれが放つあらゆる攻撃が、魔王の身体を正確に捉えていく。
だが、魔王は微動だにしなかった。
怯むどころか、前衛の兵士たちが構える大盾を片手で押しのけ、ひたすら前へと侵攻する。
その様子は、全ての攻撃を無効化しているとしか思えない。
前衛の兵士たちは必死に抵抗するが、魔王は彼らを攻撃するどころか、目にも入っていない様子だった。まるで彼らが存在していないかのように。ただの足元に転がる石か、邪魔な草程度にしか見ていないのだろう。
だが、それだけで諦める者たちではない。
「うおおおおお!!!」
盾を投げ捨て、魔王の背中に飛びかかり、その進行を止めようとする者。魔王が持つ巨大な武器を奪おうと、腕に槍を突き立てる者。しかし――
魔王は、それら全てを気にする素振りも見せなかった。
そして――次の瞬間、彼らの身体は音を立てる間もなく四散した。
魔王の右側の三本の腕――大剣、大斧、大槍を握るその腕を軽く振っただけで、風圧が爆発的な衝撃波を生み出す。それだけで兵士たちが着ていた装備は粉々に砕け、さらにその下の肉体すら細切れにされ、瞬時に命を奪われた。
「んん?」
「何だぁ?」
「足元が何だか生暖かいぞおおお!?」
魔王は自分が吹き飛ばした兵士たちに気づいていないのか、それとも本当に気にしていないのか――その黒く光る三つの目をゆっくりと動かし、周囲を見回す。そして、その視線は一人の人物にピタリと止まった。
ルミエラだった。
「この中で一番『強い』気配を持つそこの女!!なぜ前に出ない!!なぜ後ろでこそこそとしているぅう!!前に出て俺と戦えええええ!!!」
魔王の轟音のような声が戦場を支配する。その声に、ルミエラの身体が一瞬震えた。いつも余裕たっぷりの彼女が、明らかにこの魔王を恐れている。それほど、この存在は圧倒的だった。
だが――次の瞬間、ルミエラは震える手で杖を握り直し、不敵な笑みを浮かべた。
「…魔王様直々の申し出。参ったねぇ…これは断れない。」
ルミエラは震える声をなんとか落ち着かせながら一歩前に出た。その表情には確かに恐怖が混ざっていたが、それ以上に彼女の芯の強さが滲み出ていた。
「分かった!戦おう。ただし!」
ルミエラは杖を魔王に向けると、堂々と言い放った。
「一対一だ!!!」
その言葉に、周囲の兵士たちは息を呑む。無謀だ。あの魔王を相手に、一人で戦うなんて。
しかし、魔王はその言葉にニヤリと笑った。
「よかろう!!!」
そう言うと、魔王は後ろに控えていた魔獣の群れに向けて腕を一振りした。
――ズンッ!
爆音と共に、魔獣たちの身体が瞬時に圧殺された。その場は広大な円形のフィールドと化し、魔王とルミエラだけがその中に立つこととなった。
「さあ来い!!!お前の力を見せてみろォ!!!」
魔王が両手の武器を構え、闘志を燃やす。その姿は、まさに戦の神そのものだった。
「ちょっ!ルミエラさん!」
俺は慌てて彼女を止めようとした。だが、ルミエラは俺の方に振り返ると、俺の耳元に口を寄せ、小声で囁いた。
「いいかい、カイル君。あたしが時間を稼ぐ。その間に、あんたの最強の一撃を準備しな。」
「…えっ!?」
「大丈夫さ、あんたならやれる!信じてるよ!」
そう言うと、ルミエラは俺にウィンクをしてみせた。そして俺に背を向け、再び魔王に向き直る。
「さあ、魔王様…お手柔らかに頼むよ!」
その言葉と共に、ルミエラは杖を掲げ、戦いが始まった――。
俺は震える手で杖を握り、ルミエラの背中を見つめた。この戦いを決める一撃を作るために、俺も全力で準備に入る――。
――。
「さぁ!さぁ!さぁ!」
魔王が戦場を鼓舞するように叫び声を上げる。その声は耳障りなほど大きく、地面に立つ兵士たちの膝を震わせた。
「いくぞぉおお!!」
大地を揺るがす雄叫びと共に、魔王はルミエラに向かって突進する。その6本の腕が持つ巨大な剣、鎖、戦斧、槍――どれも人間には到底扱えないほどの大きさと重さを誇る武器だ。それらを巧みに操り、振り下ろし、ルミエラを切り裂こうとする。
「ふっ!」
だが、ルミエラはその巨大な大剣を紙一重で回避する。大剣が地面に突き刺さった瞬間、あたりに爆音と衝撃波が走り、砂埃が巻き上がる。その隙に、ルミエラは素早く後方に下がり、杖を構えた。
「ファイア・リング!!」
瞬時に魔力を集中させ、杖を振るう。すると、彼女の周囲から火の輪が生み出され、それが一気に魔王を襲った。火の輪は蛇のように魔王の6本の腕を絡め取り、身体ごと縛り上げる。
「ムぅ!?」
魔王は一瞬何が起きたか分からない様子だった。その間にもルミエラは素早く次の攻撃を繰り出す。
「ファイア・スピア!ファイア・アロー!ファイア・ショット!」
立て続けに放たれる火の魔法。それらの攻撃は魔王の身体に次々と命中し、業火が魔王を包み込む。
「ごおおおぉおおおおぅうおおおぉ!!」
魔王は凄まじい声で叫ぶが、その声には痛みや苦しみよりも、ただの怒りのようなものが混じっている。そして次の瞬間――
「ンぱぁあ!!」
魔王はその圧倒的な筋力で、火の輪の拘束を強引に引きちぎった。同時に、全身に広がる業火をその場で振り払うように消し去った。
プスプスと焼けた皮膚が焦げる音が響く。だが、魔王はその傷を痛がる様子もなく、全く動じていない。むしろ、さらに燃え上がるような闘志を感じさせた。
「ンんん…この程度の魔法でこの俺を足止めしようとは…あまりにも愚かぁあああ…!」
魔王の目がルミエラを捉えると、再び彼女に向かって突進を始める。その動きは先ほどよりも速く、重量感と凶暴さがさらに増している。
「くっ!」
ルミエラは汗を浮かべながらも冷静に杖を構え直し、次の魔法を準備する。だが、その圧倒的な速度と力に、彼女の表情からは緊張がにじみ出ていた。
「ルミエラさん!」
俺はその様子を見て叫ぶ。杖を握りしめ、魔力を込め始める。ルミエラが時間を稼いでいる間に、俺が『あのときの一撃』を完成させなければ――ルミエラが殺されてしまう。
「もう少し…もう少しだけ…!」
俺は震える手で魔力を練り続けた。ルミエラが必死に食い止めるその背中を見つめながら、俺もまた覚悟を決める。




