136話 共同作業
数十分後に戻ってきたアルマの指示で、俺の身体検査が始まった。場所は隣の研究所だ。
訓練場とは違い、ここは何とも言えない混沌とした空間だ。衣類や書類、魔道具のようなものが散乱しており、足の踏み場すら困難だった。
「ここに寝そべってちょうだい。今からあなたの体内にある結界魔法をもっと詳細に調べるわ。」
アルマに促され、俺は指示された診察台のような台に横たわる。固くて腰が痛い。これでリラックスしろという方が無理だ。
「それじゃあ、少し眠ってもらうわね。」
アルマは手早く準備を整えると、俺の口に薬品を押し込んだ。その液体が喉を通った瞬間、俺の意識は一気に遠くなり、暗闇に吸い込まれていった――。
――目を覚ますと、1時間が経っていた。
ぼんやりとした頭であたりを見渡すと、アルマが椅子に座り、分厚い本とメモ帳を開きながら俺を見つめていた。
「目が覚めたみたいね。」
アルマの声に、ようやく現実感が戻る。
「…結果はどうでしたか?」
俺がそう尋ねると、アルマは腕を組み、真剣な顔で話し始めた。
「あなたの心臓に施された結界魔法について分かったことがあるわ。この魔法は、あなたの潜在魔力をこの間よりもさらに…極限まで圧縮して、身体への干渉を抑える類のものよ。」
「…どういうことですか?」
「簡単に言えば、潜在魔力が無制限に溢れ出すのを防いで、魔力による肉体の負担をなくす効果があるの。これであなたが魔力量の暴走で死ぬ危険性は完全になくなったわ。」
それを聞いて、一瞬ホッとする。だが、次にアルマが続けた言葉は、それ以上に俺を動揺させた。
「ただし…その代償として、意図的に魔力総量を増やす手段が完全に失われたわ。」
「えっ…?」
思わず声を漏らす。
「あなたの潜在魔力は今や完全に封じられている。魔力貯蔵量を増やす手段は、年齢を重ねて自然に魔力量が増加するのを待つしかないわ。」
「つまり…潜在魔力を解放して魔力を増やせる可能性はほぼゼロになったということですね。」
「そういうことになるわね。」
アルマは申し訳なさそうにうなずいた。
「なるほど…死ぬ危険性がなくなったのはありがたいですけど、正直ちょっと落ち込みますね。」
俺の言葉に、アルマは肩をすくめる。
「まぁ仕方ないわ。そもそも潜在魔力なんてものを持つ人間自体が稀なのよ。ほとんどの魔法使いは、生まれながらに備わる魔力だけで生きているのだから、それに感謝すべきね。」
アルマの指摘はもっともだ。だが、得られるはずだった力が完全に失われたと思うと、どうしても割り切れない気持ちが残る。
「それと…」
アルマは言いにくそうに続ける。
「その結界魔法が、どうしてあなたの魔力の流れを掴めなくしているのかまでは分からなかったわ。ただ、結界魔法が何らかの形で干渉しているのは確かよ。」
「そうですか…。いえ、結界魔法の効果が分かっただけでも十分ありがたいです。ありがとうございます。」
俺は、気休めにでもなるような言葉をアルマに返した。アルマは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。
とはいえ、魔力の流れを掴めないのはかなりのハンデだ。魔法そのものは問題なく発動するが、残りの魔力量を感覚で把握できないのは致命的だ。戦闘中に魔力切れを起こせば、それこそ命取りになる。
「どうするか…。」
俺は台の上で腕を組み、考え込む。
確かにアルマに結界魔法の研究を続けてもらう手はある。しかし、彼女自身も「これ以上は分からない」と言っている以上、無駄な時間を過ごすだけになるかもしれない。
それに、潜在魔力が解放できなくなったとはいえ、俺の魔力量は元々多いほうだ。この状況に慣れさえすれば、今の俺でも十分に戦えるはずだ。
「まずは今の状態で戦う方法を模索しよう。」
そう結論を出した俺は、深く息をついて再び立ち上がった。
未来は不確かだ。だが、進むべき道が閉ざされたわけではない。どんな壁があろうとも、俺はこの力を乗りこなすために前進する。それが俺自身に課された新たな試練だ。
「さてと…これからどうするか。」
俺はそう呟きながら、訓練場へと戻ることにした。
訓練場に入ると、そこには汗を流しながら訓練に励むルミエラの姿があった。
普段は寝ているか、俺にちょっかいを出すかのどちらかだった彼女が、こんなにも真剣な顔つきで魔法の訓練をしているとは思いもしなかった。
杖を握りしめ、時折小さく息を吐きながら魔法を放つ姿は、これまで見てきた彼女とはまるで別人のようだ。
「ルミエラさん」
俺が名前を呼ぶと、ルミエラは驚いたように振り返り、額の汗を拭いながら近づいてきた。
「おぉ、カイル君!起きたのかい。アルマは何て言ってた?」
俺はアルマから聞いたことをそのままルミエラに伝えた。心臓にかけられた結界魔法のこと、潜在魔力が完全に封じられたこと、そして魔力の流れを掴むのが難しくなった現状のこと。
ルミエラは黙って話を聞いていたが、俺が話し終えるといつもの調子で笑った。
「そういうことか。でもさ、よく考えてみなよ。結局、今までとそんなに変わらないんだろ?魔法は使えるんだし。」
そう言って、杖を肩に乗せながら胸を張るルミエラ。
「まぁ、少し不便にはなりましたけどね」
俺が返すと、ルミエラは胸をドンと叩きながら声高らかに宣言した。
「安心しな!カイル君があたしと一緒にいる限り、あんたの魔力を読み取るのはあたしに任せな!あんたの魔力量の残りだろうが、なんだろうが、あたしがぜーんぶ感知して教えてやるから!」
その言葉に、俺は少し戸惑いながらも笑みがこぼれた。
「それは助かります。でも、そこまでしてもらっていいんですか?」
「何言ってんだい。仲間のピンチは助けるもんだろ?」
ルミエラは悪戯っぽく笑いながら杖を軽く回した。
「それに、あたしだってまだまだ伸びしろがあるんだぜ?カイル君の魔力管理をするついでに、自分の感知力の鍛錬にもなるんだからお互い様ってやつさ。」
「ついでって…」
俺は呆れながらも、少しだけ心が軽くなった気がした。彼女なりの励ましなのか、それとも本当にただの気まぐれなのか分からないが、ルミエラの言葉は妙に心強かった。
「それじゃさ、カイル君!」
ルミエラが突然声を張り上げる。
「え、何ですか?」
「これからの訓練は、あたしも一緒にやるよ!」
「えっ?」
「だってさ、カイル君が魔力の流れを掴めないんだったら、二人で補い合えばいいじゃん!あたしが補助して、カイル君が攻撃!ほら、完璧でしょ!」
「いやいや、そんな単純な話じゃ…」
「単純だからいいんだよ!」
ルミエラは俺の言葉を遮り、自信満々に言い切った。
「難しく考えない!あたしら二人で今の状況を乗り切ればいいのさ。それに、二人で訓練すれば効率も上がるっしょ?」
正直、彼女の勢いに押されている自分がいる。だが、その無邪気な提案は、どこか救いのあるものに思えた。
「まぁ…分かりました。それじゃあよろしくお願いします、ルミエラさん。」
「おっしゃあ!それじゃ早速始めるか!」
そう言うと、ルミエラは杖を構えて笑う。その笑顔を見ていると、何だかこれからの訓練が楽しくなりそうな気がした。
―――。
ルミエラの提案で、二人での訓練が始まった。彼女は俺の体内に流れる魔力の動きを感知し、それを俺にフィードバックしてくれる。そして俺は、その情報を元に魔力の流れを掴む練習を繰り返す。
「今、左腕の方で魔力が滞ってる感じがする!」
「はい!」
「今度はなんか…とにかくぐちゃぐちゃだ!」
「ちょっと何言ってるか分からないです!?」
ルミエラの『魔力感知』を頼りに、俺は少しずつだが魔力の流れを意識する感覚を取り戻し始めていた。だが、いつも通りとはいかなく、制御はまだおぼつかない。
「ふふん、あたしってば頼りになるだろ?」
「まぁ…そうですね。」
俺は素直に感謝の言葉を口にする。
そして、彼女と一緒に訓練を続ける中で、次第に自分の不安も薄れていくのを感じていた。どんな状況でも、こうして手を差し伸べてくれる人がいる。それだけで、どんな壁も乗り越えられる気がした。




