10歳と半年
自分の中に潜む異常を突き止めようと動き出して半年が過ぎた。
だが、未だにヒントは得られず。
「一体何が原因で……」
自室で一般教養の勉強を終え、父にせがんで買ってもらった魔法書を閉じた私は小さく呟く。
半年間、思いつく手段を試そうにも半分は実行できなかった。
一番手っ取り早いのは、自分自身に最高位の回復魔法を施すことであるが、やはりネックとなるのは自分の魔力総量である。
前世の記憶から上位魔法に属する回復魔法の詠唱を知っているが、魔石の触媒化すらも出来ぬのでは意味がない。
家族や人に訳を話そうにも「前世を知っててさ~」などと言ったらそれこそ異常者扱いされるだろう。
人にも頼れず、自分でどうにかするしかないと、次は現代の医学魔法関連の魔法書を読むもヒントは得られなかった。
「はぁ……」
大きなため息を零した時、ドアがノックされた。
中から「どうぞ」と応えると入室して来たのはお茶を持って来てくれたルーシェだった。
「ガーネット様。お元気がないようですが……」
お茶を淹れたルーシェは私の顔を見てそう言った。
どうやら長年付き合ってきた彼女には簡単に見抜かれてしまうようだ。
「ううん、何でもないよ」
私が悩んでいるのはバレている。
しかし、私が明らかにしないものだからルーシェの表情も暗いまま。
「ガーネット様。少し外へ参りませんか?」
「ん? どこへ?」
「屋敷の裏にある山の麓に果実園がございますよね? 本日、料理人達が総出で果実の収穫をしておりまして」
ルーシェはそこまで言うと、私の耳に口を寄せて小声で囁く。
「実は果実園で使用人達の試食が行われます。今向かえば食べられるかもしれませんよ」
私の好物である梨もあると囁かれると、私の口からは自然に「本当!?」と声が漏れてしまった。
「ふふ。どうですか? 一緒に行きますか?」
「行く!」
私はお出かけ用の白いワンピースに着替え、頭には麦わら帽子を被って。
リビングで本を読んでいた母に「いってきます」の挨拶をすると外に向かう。
屋敷の裏手へ回り、山へと続く一本道を歩いて行く。
この世界には魔物と呼ばれる恐ろしい生き物がいるが、裏にある山の麓までの道は整備されているし、侯爵家の騎士団が巡回も行っているので安全とされていた。
侯爵家の人間が安全を確保していない場所に私を連れて行く事などあり得ないのだろうが。
しかも、山の麓までは私の足でも歩いて十五分程度。散歩を兼ねた気分転換には丁度いい。
果実園に到着するとユリスキー家お抱えの料理人達と使用人達が背中に籠を背負い、果実園を管理する農夫一家に混じって収獲を進めていた。
果実の木が植えられた囲いの外には侯爵家の騎士1小隊が警備をしており、私とルーシェの来訪を歓迎する。
騎士達に手を振って農具が納められる小屋の近くまで向かうと、そこでは料理長が屋敷で使う果実の選別をしていた。
「おや。ガーネット様」
彼は私とルーシェに気付くと、良い笑顔を浮かべて両手に持った梨を見せた。
「今年のは特に出来が良いですよ。甘くて美味しいです」
「ほんと?」
「ええ」
私はよっぽど瞳を輝かせてしまっていたのか、私の顔を見た料理長は「フフ」と小さく笑う。
そして、大袈裟に周囲をキョロキョロと窺う様子を見せてから小さな声で言うのだ。
「……味見してみますか? 皆には内緒ですよ」
「うん」
わざとらしく悪い顔をして。
彼の演技に「くしし」と釣られて笑ってしまう。
料理長は水桶に浮かんだ選別済みの梨を一つ取ると、その場で梨の皮を剥いて一口サイズにカットした。
料理長はルーシェの差し出した小皿に梨を置いていく中、私は子供用のフォークを片手にスタンバイ。
「さぁ、どうぞ」
待ってました! と言わんばかりにフォークをぷすり。
瑞々しい梨にシャクリと齧りつくと、口いっぱいに上品な甘さが広がった。
「おいしい!」
「ふふ」
私の笑顔を見た料理長とルーシェはホッとしているように見えた。
……二人だけじゃなく、屋敷の皆に心配させてしまっているんだろうな。
これからは悟られないようにしないと、と内心反省していると――山の方角から大きな音が鳴った。
「なんだ?」
音を聞き、料理長とルーシェは山に顔を向ける。
梨を咀嚼して遅れた私も山を見た。
すると、メキメキと木が倒れていくのが見えた。
何か大きな物が木を薙ぎ倒しながらやって来る。そう認識した瞬間、騎士達の叫び声が上がった。
「魔物ですッ! 全員、逃げてッ!!」
騎士の叫び声を認識した時、私の視界には山から下りて来たであろう黒い狼の群れが見えた。
ブラックウルフと呼ばれる群れで行動する魔物である。
それが10匹ほど。
魔物達は果実園に成る果物の引かれたのか、それとも大量の人間を見つけて餌が山盛りであると判断したのか。
「全員、皆を守れ!」
「お嬢様! お逃げ下さい!」
騎士達は剣を抜くと襲い掛かるブラックウルフと交戦を開始。
ブラックウルフだけなら侯爵家の1小隊だけで対処できただろう。
しかし、黒い狼共を率いていたのは群れのボスではなかった。
「ト、トロールだと!?」
メキメキと木を倒しながら現れたのは巨大で異形な人型の魔物。
体長三メートル半、泥と土に塗れた小汚い肌と水膨れしたような巨体。腕には木を力任せに引っこ抜いたようなこん棒を持っていた。
トロールは奇声を上げるとそれに反応するようにブラックウルフが動き出す。
「我々が時間を稼ぎます! 屋敷で待機している他の騎士達を――ぐあッ!?」
小隊長が使用人達に仲間を連れて来るよう叫ぶが、ブラックウルフの強襲が彼の腕を襲う。
「ガーネット様!」
久々に魔物を見た私は呆けてしまっていたようで、ルーシェの声でようやく我に返った。
彼女が自分の元に走って来ている姿が見えるが、同時に彼女の背後に黒い狼の姿も見える。
「ルーシェ! 後ろ!」
「え!?」
背後を振り返ったルーシェはブラックウルフに飛び掛かられるが、ギリギリのところで回避に成功。
彼女はふとももに装着していたナイフホルスターからナイフを抜くと、銀の閃光を煌めかせてブラックウルフの首を刈った。
首が切断されたブラックウルフの死体が地面に転がる。
だが、山から下りてきた群れは一つだけではなかったようだ。今も尚、続々とブラックウルフが姿を現し続ける。
果実園に到達したブラックウルフ達は人間を襲い始め、ナイフを構えるルーシェの元にも更に五匹のブラックウルフが近付いてきた。
「ガーネット様! お逃げ下さい! 誰かッ!! ガーネット様をッ!!」
彼女はこのままブラックウルフと対峙して、私だけを逃がすと決めたようだ。
ルーシェの叫びを聞いて、いち早く反応したのは若い執事だった。
「ガーネット様ッ! こちらに!」
彼は私の体を抱き上げる。
同時に私の頭から落ちた麦わら帽子を置き去りにして、屋敷に続く道へ目掛けて走り出す。
「ルーシェ!」
遠ざかって行くルーシェの背中。
手を伸ばす先には、五匹のブラックウルフが一斉に彼女へ飛び掛かる光景があった。
「ルーシェ! 離して!」
「あッ!? ガーネット様ッ!!」
私は身を思いっきり捩って、執事の腕から飛ぶように逃げ出した。
地面に着地した私はルーシェの元へと走る。
ルーシェはブラックウルフの首を刈りながら懸命に戦っているが、更に複数のブラックウルフが彼女を狙っているのが見えた。
「いやだ、いやだ!」
私は美少女が傷つくところなど見たくない。
私はずっと一緒に過ごしてきた彼女を見捨てたくない。
必死に手を伸ばすものの、次の瞬間にはルーシェの足にブラックウルフが噛みつく。
「あぐッ!?」
足を負傷した彼女は地面に引き倒されるが、なんとか腕を振るって一匹の頭部にナイフを突き刺して絶命させた。
が、仲間をまた一匹殺されたことに激怒したブラックウルフがルーシェの右手に噛みつく。
「ああああッ!」
彼女の悲鳴を聞き、私は冷静さを失いつつあった。
気付いた時には魔法を使っており、魔法の練習と称して使用していた低位魔法『火の玉』をブラックウルフの腹に見舞う。
腹に一撃食らったブラックウルフは吹き飛ばされ、それ以降は動かない。
仕留めた。
「ルーシェから離れてッ!」
私は走りながら低位魔法を発動し続けた。
牽制にしか使えぬような威力の弱い魔法であるが弾速はピカイチ。それは速度を以って威力を増す魔力節約アレンジ故に。
ただ、人類の敵とも呼ばれる魔物の反応速度を甘く見てはいけない。
ブラックウルフは迫りくる火の玉を躱し、私を脅威と認識したようだ。
「ガーネット様ッ!」
逃げろと願いを込めて叫ぶルーシェの声に反し、私は大口を開けるブラックウルフから逃げる事はせずに手を伸ばした。
狼の牙が小さく細い自らの腕に喰らい付く前に、発動した低位魔法がブラックウルフの口の中を蹂躙する。
ブラックウルフの頭部は弾け飛び、返り血がお気に入りの白いワンピースを汚す。
「ルーシェ!」
私は返り血を浴びた事など気にせず、倒れていたルーシェに駆け寄った。
「ガーネット様! どうかお逃げ下さいッ!」
「ぐぬぬ!」
小さな体でルーシェを引き摺ろうとするが力が足りない。
どうにかできないかと悩む私であったが、ルーシェは尚も逃げろと懇願するように言い続ける。
彼女の指示は正しい。
ズンズンと地響きが鳴る。
顔を上げると巨体を持つトロールが彼女達を目指して歩き始めていた。
「あ……」
どうすれば良い。
どうすればこの状況を打開できるのか。どうすればルーシェを守れるのか。
手段は無い。
前世のような潤沢な魔力は持っていない。それどころか、この体は中位魔法ですら使えない。
騎士達もこの数では少々厳しい。応援が間に合えばいいが、時間を稼ぐには誰かが犠牲になってしまうだろう。
犠牲になってしまうのだ。
愛する家の人達が、昨日まで一緒に笑っていた人達の誰かが、失われてしまう。
もしかしたら、私やルーシェも。
必死に逃げて、と叫ぶルーシェの声が徐々に小さく聞こえていく。
必死な形相で私のワンピースを掴む彼女の表情がスローモーションに見える。
そんな中、ふと気付くのだ。
「既視感がある……」
これはどこで体験したのか。いや、体験したんじゃない。
見たのだ。
「ユリ・パンデミック先生とオネ・ロリスキー先生の合同本……」
敬愛する二大先生。百合世界の二大賢者と謳われた二人による合作。
確かその本にも今と同じような状況が描かれていたな、と私は思い出す。
合同本の主人公は戦いの中で命を落とすが、次に目覚めた時は女の子になっていた。
主人公は女性化した事に戸惑いながらもヒロインである幼馴染と共にゆりんゆりんな学園生活を送るのだ。
その最中、敵と遭遇してピンチに陥る。
丁度、今のような状況。
しかし、主人公はかつての自分と向き合う事で過去の力を取り戻してピンチを脱する――のだが、ここでハッとなる。
「自分と向き合う……?」
口にした瞬間、私の脳裏に電流が走った。
――魔法とは世界に認められた個人が行使する奇跡である。
そうよく口にしていたのは前世で魔法を教えてくれた恩師。
これは百合界二代賢者の合作本に描かれる『自分と向き合う』という行為に値するのではないか。
「今の私は……」
今の自分――ガーネットはどうだろうか。
転生した彼女の中には、百合に憧れて性転換魔法を追い求めた男と実際に女の子になったガーネットである自分が混在している。
一つの体に二つの魂、二つの意識が混在しているような状態なのではないか。
「定まっていない……?」
ガーネットという存在の中には二人いる。混在しているが故に定まっていない。
正しく『ガーネット』という少女が形成されておらず、世界に認められていないのではないか。
これが魔法を思うように使えない理由。存在が世界に認められていないから魔法が使えない。私自身が『自分』を正しく認識していないから魔法が使えない。
「そうか、捨てれば良いんだ」
私は見た。
目の前に立つ、前世の自分を。
老いた賢者の姿をする、前世の自分を。
「私はガーネットになる」
もう賢者じゃない。女の子に憧れていた男じゃない。
今は侯爵家の長女でガーネット・レズセ・ユリスキーという新しい存在なのだ。
「意識は捨てて、知識と夢は拾う」
男だった過去を捨て、意識を捨てて。
知識と夢は拾って自分の中へ。
ガーネットという新しい存在を形成する一つとして受け入れる。
「いや、夢じゃない。もう夢は叶ったんだ。これからは――」
野望。
女の子になる夢を叶え、次に叶えるのは野望である。
美少女になって美少女とゆりんゆりんな生活を送るという野望である。
これが最初の一歩目。おねロリを堪能させてくれるルーシェを救い、ゆりんゆりんな生活を送る為の第一歩。
そう認識した瞬間、私の中に白い百合の花びらが風と共に舞う。
そうだ。
私は――
「私の名はガーネット・レズセ・ユリスキー! 私の野望は私の生活を色とりどりの百合色に染めることッ!」
私は右手を空に向け、人差し指を立てて宣言する。




