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人の息すら天に上る  作者: 天智ちから
蛇と流星
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人ならざるものたちの祭り

 雨の降る中たぬきに案内されたのは山へと続く森の入口。石畳の階段の前でたぬきは止まった。

 何度か見た事のあるそこは人通りがなく、祭りをやっているとは到底思えないほど閑散としていた。たぬきが道を間違えているのではないかと思ってハラハラしていると、前には見たことがない龍の灯篭が置かれていた。


 たぬきがその灯篭に持っていた提灯を掲げると、蝋燭が立てられることもなく明かりも灯っていなかった提灯が光り出した。

 蝋燭を立てる必要がなかったのはこの為かと龍也は納得してよく出来た仕掛けだと感心した。仕組みがどうとかは、不思議な喋るたぬきが行く祭りなのだから人間には理解できない不思議な力で出来ているのだろうと踏んでいる。こういうのは考えるだけ無駄なのだ。


「龍玉祭へようこそ」


 そう言ってたぬきは石畳の階段を登っていく。灯りのついた提灯を咥えてチラチラと龍也たちを気にしながら4本足で駆け上がっていくのを見かねて、龍也はたぬきから提灯を預かってたぬきについて行く。ナガレは提灯と龍也、たぬきの周りを飛び回りながら楽しそうにチカチカ光っていた。

 半分ほど登ったところでたぬきが大声をあげた。


「な、何?」

「びっくりしたぁ」

「顔と名前は出しちゃダメだよ!」

「なんで?」

「人間を拐うやつもいるから!」

「絶対言わない」

「ぼくは〜?」

「ナガレは大丈夫!」


 自分が名前を言わないのは簡単だが、たぬきやナガレは龍也の本名を知っている。名前を呼ばないのならたぬきのように人間と呼ばれるしかないのだろうか。しかし、それではここに人間がいるぞと主張してしまって本末転倒ではないか。


「ジャノメ」

「傘がどうかしたの?」

「お祭りの間だけはジャノメって呼べばバレないだろ?」

「人間、頭いいね!」

「人間?」

「ジャノメは頭いいんだね!」

「ジャノメ〜」


 丁度持っていた蛇の目傘から名前を貰うことにして名前を呼ばないはクリア出来ただろう。あとは顔を出さないこと。


「傘だけじゃ無理があるな」


 傘を深く被っていたとしても、たぬきのように小さな生き物に覗かれればすぐに顔はバレる。どうしたものかと対策を考えていると音も気配もなく龍也の隣に誰かが立った。


「これをお使いなさい」


 そう言って黒い墨で蛇の目傘と同じような模様の二重丸が描かれた白い布を渡す手は明らかに人間のものとは違っていた。


「あ、ありがとうございます……」

「楽しい祭りを」


 断るとどうなるか分からないからという理由もだが、顔が隠せそうな布は今とても有り難いため素直にお礼を言って受け取ると、次の瞬間にはその手の主は消えていた。

 震える手で布を顔に付ける。これから先はあんなのがうじゃうしゃいると思うと恐怖と興味による興奮で心臓が早く脈打ってドキドキと鳴っている。


「今のはすごい位が高い方なんだ! ジャノメついてるよ!」

「ははっ……喜べばいいのかな」

「すごいおおきかったねー!」


 このくらいだった! と見ることが出来なかった龍也に教えようとナガレが、龍也の差していた傘より1mほど高くまで浮いていく。確かにとんでもなく手も大きかったとは思ったが本当に人間ではないのだと事実を突きつけられて、龍也は思考を停止した。

 ここでは人間の方が珍しいのだ。これくらいで気を遠くしていては身体が持たない。もう起こること全部楽しんでやろうと自暴自棄にも近い気持ちで階段を登った。


 雨の音に混じって太鼓の音が聞こえる。音は次第に大きくなり、笛の音が混じり何人もの笑い声が響き、話し声は軽やかに飛び交っている。階段の最上段を踏みしめると目の前に広がる景色に息を飲む。

 人間の祭りの雰囲気を残しているというのに、そこにいるのは人ならざる者ばかり。緑の肌のとんがり耳、わざと変化を中途半端にした狐、大きい目が顔の中央に1つだけある子供、腕が何本もある大男。人間以外の、妖怪や妖と呼ばれる類の生き物が皆楽しそうに笑って騒いでいる。


「すご……」

「ふふーん。みんな頭領さまを慕って集まってるんだ」

「頭領様?」

「このお祭りの主催者で、山の主なんだ!」

「えらいひとってこと?」

「1番偉いお方だよ!」


 たぬきの話を聞きながら祭り会場のふちに立って辺りを見渡す。おそらく種族の違う生き物が仲良さげに肩を組んでいたり、笑いあっていたり、まるで夢のような光景だった。

 近くには川があるのか水の流れる音が聞こえる。

 たぬきが買ってきてくれた食べ物を食べながら、邪魔にならないように会場を見て回る。どこを見ても幸せそうだ。

 会場から離れたところにはひっそりと鳥居のようなものが置かれており、傘を畳んでそこで座って両手に抱えた食べ物を消費していく。


「いいな。こういうの」

「でしょ!」

「ありがとう。誘ってくれて」

「どういたしまして」

「ねぇねぇ。ジャノメ、これなぁ……に?」


 ポスッとナガレが何かにぶつかってナガレが聞いた正体のわたあめにつっこんだ。


「ナガレ! すみません、不注意でした」

「……人間か」


 正体がバレたことに一気に体が冷える。

 誤魔化そうと口を開こうとも一気に高まった緊張感によって声が出ない龍也の前にたぬきが庇うように割って入った。


「ぼ、ぼくが連れてきたんです!」

「……」

「あの、頭領さま、ご、ごめんなさい……」

「……気にしていない」


 たぬきの頭をぐしゃっと撫でてたぬきに頭領さまと呼ばれた者は祭り会場へと足を向けた。会場の盛り上がりが最高潮に上がったのは、頭領様が現れたからだろう。


「……これ食べたら帰るよ」

「ぼくも、」

「楽しみにしてたんだろ? 大丈夫帰り道は分かるよ」

「ごめんね」

「すごい楽しかったよ。ありがとう」

「ぼくもたのしかった〜! ありがとう!」

「……本当、すごいな。こんなに皆違うのに、皆楽しそうだ」

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