「俺は弱くなんかない」
立ち替わり入れ替わり、学園の教師と生徒達が洞窟の中へと入っていく。
暫くして、初等部四学年の学年主任であるクリシスの指示が飛ぶ。
「では、初等部四学年の皆さん、【神竜の寝床】へ入りますよ」
四学年のA組、B組、C組と、順番に洞窟の中へ入っていく。
最後に、D組が、担任のシャルルルカを先頭にして洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟の中はぼんやりと明るかった。
だが、奥に進むほど光が失われ、足元が見えなくなるほど暗くなる。
「《照光》」
前を歩くC組の担任教師・ピエーロが杖を取り出し、光魔法で周囲を照らした。
「お前達、足元をよく見て歩くように。……レイ、光を」
「はい、先生。《照光》」
呪文を唱えると、レイの杖の周りがほんのりと光る。
「転んで結界を破ったとなれば、神竜様がお怒りになる」
「結界って、そんな柔なんですか?」
「そんな訳ないだろ。人間が破ろうとしたことが大問題なんだ。神竜様の機嫌を損ねたら王都は魔物で溢れかえる」
「ゾッとしますね……」
「それを含めて、足元に気をつけろって言ったんだ」
「何だかあたし、結界に近づくのが怖くなってきましたよ」
「馬鹿か? 転んで結界に接触する距離まで近づけさせる訳ないだろう」
「だったら、脅かすようなこと言わないで下さい」
レイはシャルルルカの尻を軽く蹴った。
「でも、なんであたし達にも結界を張らせるんでしょう? 危ないなら、近づけさせないのが一番ですよね」
「学園行事になったのはここ最近らしいな。王国の歴史に触れさせるためと、結界魔法の経験を積ませるため、学園長が組み込んだんだろう」
「学園長……大神官アレクシス様ですか。あたしはまだ手紙でしか会ったことねえですけど。先生のお知り合いなんですよね? どんな人なんです?」
「良い女だよ」
「そういうことを聞きたいんじゃねえです」
レイは深くため息をついた。
突然、シャルルルカが立ち止まった。
「へぶっ」
レイはシャルルルカの背中に鼻からぶつかった。
「いてて……。先生! 急に立ち止まらないで下さい!」
レイは鼻頭を抑えながら、シャルルルカに向かって怒鳴った。
シャルルルカは顎をしゃくった。
「レイ、上を見てみろ」
「……へ?」
レイは言われた通り杖を上げて、上の方を照らしてみる。
巨大な魔法陣を中心にして、洞窟を塞ぐように結界が張られている。
結界の前にはロープが張られており、これ以上近くには近寄れなくなっていた。
「わあ……。これが結界……」
レイはロープにギリギリまで近づき、見たこともない大きな結界をまじまじと見つめた。
「ふむ……」
その横で、シャルルルカが顎に手を当て、結界を観察した。
「大分、結界が薄くなっているな……。直ぐに張り直さなければ」
「はいはい、今から張り直しますからね」
「お前達の薄っぺらい結界じゃ心許ない」
「だから、最後に結界のプロが張ってくれるんでしょう? 先生が言ってたじゃねえですか?」
シャルルルカはレイ達の方に振り向き、魔法の杖でトントンと地面を叩いた。
「さて。有象無象、仕事だ。魔道具を構えろ」
言われた通り、レイ達は杖を手に持つ。
そして、結界を張る呪文を一斉に叫んだ。
「──《結界》!」
洞窟内に声が木霊する。
結界を張ったという確かな手応えがなく、レイは首を傾げる。
「……結界、張れましたか?」
「薄過ぎて視認が難しい」
「まだまだ未熟ってことですね……。まあ、この後プロが張り直すから……」
一応、結界を張ることは出来た。
D組の生徒達は来た道を引き返し始めた。
□
「キョーマ様、本当にやるんですか?」
洞窟の隅で、フードを目深に被った生徒がキョーマに尋ねた。
「やるに決まってんだろ! 格下共の結界の強度、試さねえといけねえんだから」
「しかし、結界に触れるのは流石に不味いんじゃあ……」
「ピエーロ先生が『少しくらいなら大丈夫だ』って言ってただろ。怖気づきやがって!」
キョーマはフードの生徒を怒鳴りつける。
その声に驚き、近くにいた生徒がキョーマに目を向けた。
「おい、あいつって……」
キョーマの顔を見て、周囲の生徒は声をひそめて噂話を始めた。
「D組に負けた奴だろ?」
「威張り散らしてたけど、全然大したことなかったよな」
「乱暴者で、先生でも手がつけられないらしいぜ」
嘲笑する声が、キョーマの耳に届く。
キョーマは拳を握り締めて、歯を食いしばって耐えた。
「また好き勝手言ってら」
キョーマの隣で、フードの生徒がため息をついた。
「C組の連中も薄情な奴らですよ。キョーマ様がクラス代表になったときは誰も文句を言わなかったのに、負けたら散々嫌味を言うなんて」
フードの生徒が肩をすくめる。
「あの勝負、ほぼキョーマ様の勝ちでしょ。マジョアンヌ嬢が時魔法とかいう、《《《大火炎》》》《《より高度な魔法を使えるなんて》》、誰も予想出来なかったでしょうに」
キョーマがぴたりと静止する。
「俺があいつらより格下だってか……?」
「そ、そう言ってる訳じゃないですよ」
フードの生徒は慌てて弁明する。
「キョーマ様は正々堂々戦ったのに、隠し球を使うなんて卑怯だって話です。キョーマ様が弱かった訳じゃ──」
「そうだ。俺は弱くなんかない……。格下なんかじゃない……絶対に!」
キョーマは魔法の杖を構える。
「ピエーロ先生の言う通りにすれば──D組の結界を破れば、俺が格上だって証明出来るんだ!」
キョーマはロープの外側から結界を狙える距離かを確かめて、呪文を唱える。
「《大火炎》!」
□
突然、暗い洞窟の奥の方が明るくなった。
レイは驚いて振り返る。
丁度、大きな火の球が結界に接触するのが見えた。
「え? 結界に火が……」
「何をっ……!」
シャルルルカは焦ったような声を出す。
「全員、伏せろ!」
シャルルルカが叫んだ直後、洞窟の奥から強風が押し寄せる。
息も出来ないほどの強風が吹き荒れ、レイの両足が地面から離れた。
そして、そのまま洞窟の外へと追い出された。




