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辺りは暗く頼れる明かりは月明かりのみという状況下、草木の茂みを縫うように移動する二つの人影。
大きな影が先に動くと、後を追うように小さな影が動く。
「ブライトさん、これは絶対にマズイですって」
大きな影が立ち止まり木の幹に背中を預けて一つ息を吐き出すと、小さな影が抑えた声で話しかける。
息が上がっているからか、それともこれから起こるであろう事を憂いているからか、冴えない表情で話しかけてきた相手に向かって大きな影の正体である青年ブライトは「マズイと分かっていても行動するのが男ってもんだ」と力強く答えた。
「マズイと分かったら思い留まるべきだと思いますけど」
「……いいかね、ノア君。 ある国のある偉い人が言いました。 『どうして山に登るかだって? ははっ、そんなの簡単なことさ。 そこに山があるからだよ』と!」
「全くもって意味が解りません! しかも偉い人って言う割には口調が軽すぎて怪しさ倍増ですよ!」
「なら、もっと解り易く言ってやろう。 どうして泉を目指しているかだって? ははっ、そんなの簡単なことさ。 そこに泉があるからだよ!」
「山が泉に変わっただけじゃないですか! それの何処が解り易いんですか!」
「ノア、お前さん学校に通っている割に賢くないんだな。 仕方がないから、はっきり言ってやろう」
「言わなくてもブライトさんが今から何をしようとしているかなんて解っていますよ! 解っているから、こうやって止めているんじゃないですか!」
「何だ解っているのか。 なら、話は早い。 急ごう」
「何が『急ごう』ですか! 行っちゃダメなんですって!」
「ノア! お前さんはそこに泉があるのに、そこに一糸纏わぬフィーネが居るのに、何もしないとでも言うつもりなのか!?」
「良識がある人なら普通は何もしないと言いますよ! ブライトさんがやろうとしていることは『覗き』、立派な犯罪なんですからね! それと、ついでに言っておきますけど、泉はお風呂ではありませんから湯浴衣を着て浸かるものなんです。 だから、フィーネさんが一糸纏わぬ姿で居ることは無いと思いますよ。 残念でしたね」
「湯浴衣? ……つまり服を着ているってことか!? そんなふざけた約束事があるのかよ! そんな決まり事を考えた奴が許せねぇな!」
「理解したなら諦めて部屋に戻りましょう」
「……いや、服を着たまま泉に入るということは服は濡れ、濡れた服は身体に張り付き、身体に服が張り付けば彼女の体型が浮かび上がる。 彼女の服は生地が薄いし大事な所が透けたりなんかして…… それはそれで最高の眺めじゃねぇか!」
「何でそうなるんですか! 理解できません!」
「一日たりとも学校に通ったことがない俺の考えを理解できないとは、やっぱりお前さんは学生の割に賢くないな」
「先程からその言い方がどうしても腑に落ちないんですけど、僕、実技実戦は全くダメでも座学では校内で一番なんですよ! 毎日欠かさず学問書読んでいますから知識だけは誰にも負けない自信があるんです!」
珍しく険しい表情を浮かべる少年に向かってブライトも真剣な表情で尋ねる。
「なら、お前さんに問題を出してやろう。 フィーネの身体には黒子が幾つあるでしょうか」
「そ、そんなこと解る訳がありません。 そんなの学問でも何でもありませんから!」
「答え! それを今から確認しに行くのさ!」
「何『上手いこと言ってやった』みたいな顔をしているんですか! 言ってること本当に支離滅裂、無茶苦茶ですからね! ……ちょっと、ブライトさん! 待ってください! 行ってはダメですって!」




