おばあちゃんの恋心。
懐かしそうに櫛を見つめるおばあちゃんに、私は先程の男の人の話をした。
「ああ。 あの方のご兄弟のお孫さんだよ。
確かご長男さんが跡ついだから。 彩葉お会いしたの?」
「うん。 帰りにね。 おばあちゃんの孫かって聞かれた。 それに、 総領息子なのに跡継がないとか何とかって、 おじいさんが言ってたって」
私はおばあちゃんにそう話した。
「昔は長男長女が跡継いだからね。 仕方ないさ。 あの家は代々良い家だから。 でも、 ご次男さんが亡くなったり、 色々ご不幸のあるお家だからね。 気にしないで?」
「色々あるんだね。 本当に……。 あ! おばあちゃん。 古い着物とかある? 働いているお店の店長さんが着物欲しいって……」
「着物? ああ、あるよ。 こさえたので良ければ持って来な。 端切れもいるかい?」
これまでに何度もおばあちゃんには着物やら端切れやらを頂いているので、おばあちゃんは暇を見ては着物を直してくれていた。
「娘時代の着物を直したよ。 彩葉着れるでしょ?」
おばあちゃんの着物は、おばあちゃんの匂いがする。
お嫁に来る時、沢山持たされたけど、忙しくて余り着なかったらしい。動きやすい物しか着なかったので、保存状態はいい。
その内洋服になり、全く着物は着なくなった。
裁縫が得意なおばあちゃんは、着物を解いて小物を作ったり、座布団カバーを作ったりと、とにかく器用だ。
うちのお店の和菓子の座布団カバーも、実はおばあちゃんの手作りだったりする。
「これでいいかい? 」
タンスから何点か着物を取り出し、畳の上に並べた。
「わあ! 可愛いのがある!」
夢中で着物を物色し始めた。
昔の生地はしっかりしていて着心地が良い。
親戚がお蚕さんを飼っていた為、上質な生地で作ったらしい。
今はお蚕さんを飼う家は多分ないだろう。
私の小さい頃はよくお手伝いに行ったりした。
桑畑も沢山あったし、本当に田舎の風景が広がっていたが、やはり最近は都会化しつつある。
それは寂しいが仕方ない。
私は数点の着物と端切れ、おばあちゃん特性小物入れを頂いた。
我ながら欲張りだ。
にこやかに着物を見るおばあちゃん。
余程好きなのだろう。
「後はもう大丈夫? 他は要らない?」
「ありがとう。 もう十分だよ」
おばあちゃんはタンスに着物を戻した。
私もカバンに着物を仕舞う。
なるべく丁寧に……。
色んな思いが詰まった物だから、本当は違うしまい方をしたかったが、電車なので仕方ないし、宅配で送るにも箱がない。
「お昼どうしようかね」
時計を見るとお昼を過ぎていた。
「何でもいいよ」
私達は簡単なお昼を済ませた。
田舎はいい。しかし暇だ。
午前中に櫛を探したし……。
「おばあちゃん。 お墓参り行こうよ」
「墓? 」
「そう。 私最近お墓参りしてないし。 あ、 ついで参りは良くないんだっけ?」
「そうだねぇ。 でも行こうか」
おばあちゃんと私は家から近いお寺のお墓に向かった。
坂道を登り、お墓へ行く。
お線香とお米、庭でつんだお花を持って。
私はおばあちゃんと歩くのが好きだ。
昔もよく散歩したりした。
いつもと変わらないお墓参り。
でも、少しだけおばあちゃんの顔が寂しいそうだった。
「おばあちゃん。 大丈夫?」
「大丈夫だよ。 ちょっと色々思い出してね。 おじいちゃんのお墓に行くのが申し訳なくて……」
「あの櫛のせい?」
「櫛が悪い訳じゃないよ。 有難かったよ。
……ただね。 懐かしくなったら、 あの方を思い出してねぇ。 より一層に。 そしたら、 おじいちゃんに申し訳なくて……」
「そんな……。 昔の事でしょ? 平気だよ。
おじいちゃんだって何とも思わないよ」
良くわからないけど……。
「そうだね」
おばあちゃんは小さく笑った。
死んだおじいちゃんに遠慮するなんて。
どれだけの人だったのかな。
私は歩きながら、おばあちゃんの恋の相手の事を考えた。