† 独房 †
着いた。
何処に? 地名を言われても聞いた事がない。興味もない。少しだけ歩けるようにはなっていた。それでも支えは必要だけど。
ほっとした。『自殺もままならない身体』になることだけは、なんとしても避けなければならない。
支えられて建物の中に入る。外も暗闇なら建物の中も暗い。暗い中を歩いたから何処がどうなっていて何処に行くのか何処にいるのか全く分からない。視力も低いからよく見えない。
一室に促され入った。医師と看護師がいる。ということは何処かの病院かな? ・・・・・・なんだっけ? ・・・・・・措置・・・入院?
どういうものか説明されたけどちゃんと聞いてなかったから・・・・・・よく分からないや☆
この時の診察内容は全然覚えていない。医師と看護師の顔も全く覚えていない。
ロビー? 廊下? の椅子に私の全ての荷物が置かれている。保健所の方々は帰って行った。
「歩けますか? 消灯時間を過ぎてますから暗いので、ゆっくりでいいですよ」
女性に支えられて扉の奥へ。いったん止まり、
「失礼します。ボディーチェックしますね」
ボディーチェック?!?! なんで?!
あ、ボディーチェック受けるの初めてだ~~~♪
なんて思っていると、
「ブラジャー、外していただけます?」
は??? ブラジャー??? ・・・・・・なんで?! なんでブラジャー?! もう私何がなんだか・・・・・・ここなに? どこ? 病院じゃないの? なんでブラも取るの?
「ごめんなさいね。規則なんです」
規則????? 訳が分からないままだけど仕方なくブラを外し預けた。そうして通された部屋。
部屋というより・・・・・・。
「わぁ~~~~~・・・・・・牢屋だ~~~・・・・・・」
思わず声が出た。といってもまだまだきったない音ですが。
「牢屋じゃないですよ~」
女性は苦笑していますが・・・・・・。
牢屋じゃん!!! これ! ここ!
独房じゃん!!! これ! ここ!
薄暗い照明にうっすらと照らし出されている場所はどこからどう見ても牢屋にしか見えなかった。
映画とかで見たような灰色ではないけれど。
クリーム色の独房。
入り口の分厚く重そうな鉄の扉。その扉を背にして左右は壁。正面は天井から床まで貫く一面の鉄格子。その数36本。
「とりあえず今日はここでゆっくり休んでくださいね。何か飲みますか? と言っても水かお茶しかないんですが」
「・・・・・・じゃあ、お水を。それと私今生理中なので、荷物の中に生理用品があると思うので・・・・・・」
「分かりました。じゃあ、少し待っててくださいね」
看護師が部屋を出た。重い鉄の扉が閉まり、ガチャン! ガチャン! と頑丈そうな鍵を閉める音が響いた。
静かになった独房をおぼつかない足取りで歩く。歩くと言っても赤子が『ハイハイ』する感じで、ぐらつきながら。
鉄格子に触ってみた。ひんやりと冷たい。
人生って本当にどうなるか分からないなぁ~~~・・・・・・。まさか自分が牢屋に入れられる日が来ようとは・・・・・・。
私はただ、死にたいだけなんだけどな・・・・・・。
コンコン。ノックがして仰々しい解錠の音がし、ドアが開いた。女性が紙コップを手渡してくれた。お水だ。一口飲んだ・・・・・・。もういらない。
今の私の身体はどうやら水すら受け付けないらしい。
そして女性は出て行った。
重々しい鉄の扉に仰々しい施錠の音を響かせて。
そして静寂。・・・・・・静かだな~と思ったのもつかの間、声が聞こえてきた。女性の声だ。
「れい~れな~れいな~こっちおいで~~~。ちゃーちゃんとこおいで~~~・・・・・・。おいで~寝るよ~」
えっ? えっ? えっ? えっ? なに? なに? 何なの??? 突然の声に意味不明の言葉。
「おいで~~寝るよ~~~・・・・・・おいで~れな~れな~れいな~・・・・・・」
まただ。本当になに? 何なの? 対処の仕方が分からずにいると今度は左隣から男性の声が・・・・・・歌声が聞こえてきた。所々歌詞が解らず「んふふ~♪」とか「ルララ~♪」とかになっているが、どうやら『嵐』の曲のようだ。
えっ? えっ? えっ? えっ? えっ? なに? なに? 何なのここ? 混乱していると右のもっと向こうからだろうか、
「死にたい! 死にたい! 死にたい! 死にたーーーーーい!!!」
叫び声が響いた。そうして私は気付き始めた。もしかして・・・・・・ひょっとして・・・・・・ここは、牢屋ではなく・・・・・・。
誰かが誰かを呼んでいる。
「おいで~~ちゃーちゃんとこおいで~~~寝るよ~・・・・・・」
恥ずかしげもなく歌声が響く。
「ひゃ~くね~んさ~きも~~~君を~んふふ~・・・・・・」
そして悲鳴のような叫び声。
「死にたい! 死にたい! 死にたい! 死にたいーーーーーーーー!!!」
ここは・・・・・・。
「生理用品ってこれですか? 今必要なのはどれですか?」
鉄格子の向こうに女性が現れた。私の私物の巾着を持って。
「それです。袋ごと下さい」
「すみません。規則でその部屋の中には何も持ち込めないんですよ。必要な時に言ってくださいね」
また『規則』。
「そう・・・・・・ですか・・・・・・。じゃあ、中に入っているもの1つずつ下さい」
「はい・・・・・・これとこれですね? どうぞ。あと、ゴミはこれに入れてくださいね~」
渡されたのは新聞広告を繋ぎ合わせた簡素な『袋』だ。
「では今日はゆっくり休んでくださいね~。そうそう・・・・・・ここがどんな所か分かります?」
「・・・・・・はい。なんとなく・・・・・・」
「そうですか・・・・・では、お休みなさい」
「お休みなさい・・・・・・」
女性は廊下の端へと消えていった。
そう。ここは精神病院。
閉鎖病棟の中の中。奥の奥。
今まで内科や外科にすらほとんどかかったこともない私が、ましてや一度もかかったことがない精神病院に突っ込まれる事になるなんて・・・・・・35年間一度も想像した事もない。
まさに『事実は小説よりも奇なり』だ。
あっ! 私、入院するの初めてだ~★
キチガイさんいらっしゃ~~~い♪
トイレは独房の中にある。和式で鉄格子からは見えないように大きな銀杏切りした大根のような低い壁はあるけど、音から匂いから駄々漏れです。
ベッドは床から数センチの高さのマットがあり、簡素なシーツらしき物と、簡素な掛け布団とカバー無し枕がある。
今の私には十分すぎると言うか・・・・・・私はいつになったら死ねるの? 明日? 明後日? いつ?
・・・・・・。あ、『蛇』だ。 なんで今まで気が付かなかったんだろう?
ベッドマットに座り、ふと床に視線をやると何百もの蛇がせわしなく蠢いている事になぜかたった今気付いた。
沢山いるな~~~~~・・・・・・。みんな何処に行くんだろう?
冷静なのは元々爬虫類が好きなのと、いまだに眠剤効果で思考回路が鈍っているからなのか・・・・・・はたまた首絞めで何処かの回路がおかしくなったからなのか?
私は躊躇なく蛇に近付いた。触ろうと思ったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・消えた。
あれ? ・・・・・・離れると・・・・・・蛇出現。近付くと・・・・・・蛇消滅。
・・・・・・出現・・・・・・消滅・・・・・・出現・・・・・・消滅・・・・・・出現・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
あっ、これ幻覚ってやつだ! これも眠剤効果なのかな? 凄いな・・・・・・こんなにハッキリ見えているのに・・・・・・こんなにハッキリ見えるものなんだな~。
あぁそうか。タクシーの中の蛇もきっと幻覚だったんだな・・・・・・。なんにしろ、幻覚見たのも初めてだ♪
初めて尽くしだな! よし! 寝るか! まあ明日、明後日には死に場所探しを再開出来るだろう。
お休みなさ~~~い☆