† 独房生活 : 一日目 †
一日目
足音がする。身体が軋む。痛い・・・・・・。首・・・・・・動かない・・・・・・痛い! なんだこの痛みは・・・・・・?!
声が聞こえる。
「・・・・・・でー。れいーれなーれいなー・・・・・・ちゃーちゃんとこおいでー・・・・・・」
ああそうだ・・・・・・昨日、私・・・・・・。
目を開ける。朝だと分かるくらい昨夜よりは明るい独房内。
身体を起こそうと試みる。・・・・・・!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 悶絶すら出来ない鈍痛が首から下を走り回る。
あまりの痛みに自然と涙が滲んだ。
三十路の身体に鞭打ちまくってどうにかこうにか時間をかけて、身体を起こした。
床に目をやると元気いっぱいの幻覚の『蛇』達。やあ、おはよう。
動かない首。鈍痛に喘ぐ身体。クリーム色の何処をどう見ても紛れもない独房。床と同系色の数百の蛇達。
コンコン。ノック音がし、鉄の扉をゆっくりと見ると床から150㌢ほどの所にガラス張りの覗き窓があり、そこから男性看護師が爽やかな笑顔を投げ掛けてきた。
「おはようございます! 昨夜は眠れましたか?」
ガチャリ! ガチャリ! と大げさな解錠の音がし、鉄の扉を開けて入ってきて、笑顔と同様に爽やかに聞いてきた。
「はあ・・・・・・まあ・・・・・・」
「それは良かった。少し待っててくださいね。もうすぐ朝食ですから」
そう言って看護師は出て行った。ガチャリ! ガチャン!! と施錠音を響かせて。
朝食? ・・・・・・ご飯? ・・・・・・いらない。まったく。全然。一切。いらない。食欲など皆無だ。乾きもない。
ただ、今日はここを出て吊り場所探しに行って・・・・・・そうだ、お金・・・・・・あといくら残ってるかな?
身体・・・・・・痛いな・・・・・・首、マジ!超いてーーーーー! 動くの大変だろうな~~~でも、死に場所・・・・・・探したいな~・・・・・・。良いとこあるといいな~♪
・・・・・ここどこ?! あ~~もう! 地理分かんねーーー!! あの城跡は遠いのかな? ・・・・・・ああ・・・・・・遠いんだろうな・・・・・・タクシー、長かったもんな・・・・・・。
そうだ。生理だった・・・・・・トイレ行こう・・・・・・。生理用品は・・・・・・。
鉄格子の向こうにちょこんと巾着が置いてあった。鉄格子の間に手を入れてみた。入った。巾着を独房内に引きずり込んで必要な物だけ取りだし、巾着を元のところに戻した。
わざとかな? 私が自由に取れるようにしてくれたんだろうか? それともたまたまかな?
・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!
ぎゃーーーーーーーーー!!!!!!
ムリムリムリムリムリムリ!!!!!
足!!! 膝!!! すっっっっっっごい勢いでガクガクガクガクガクガク!!! って! ブルブルブルブルブルブルブルブルって! なるんだけど?!
なに? なに? なに? なに? なに? どうした私の身体?!?!?! 必死で立ち上がったものの・・・・・・マットの上にくず折れる身体。凄い痙攣。酷い痙攣。首から下を駆け回る鈍痛。
・・・・・・まさか、このままじゃない・・・・・・よね? 私の身体・・・・・・ちゃんと普通に動けるようになる・・・・・・よね?
『後遺症』脳裏に浮かんだのはその言葉。
ネットで見た。自殺未遂で何よりも一番恐ろしいのは『後遺症』だ。
半身不随。半身麻痺。はもちろんの事、全身不随。全身麻痺。なんて・・・・・・自殺すら出来ない身体になることだけは何としても避けなければならない!!!
そんなことを考えながらも、少し安心したのはくず折れたと言えども一瞬だけでも立ち上がれたという事実。手足の感覚もある。痛みも感じるのはいいことだ。
少々痙攣が激しすぎるようだけど・・・・・・うん! 大丈夫! 私はまだ動ける! まだ逝ける! まだ死ねる!
ネガティブ方向にだがポジティブ・シンキング~~~~~♪
なんとかかんとか、どうにかこうにか生理の処理を終え、鈍痛に悶え・・・・・・喘ぎながらもベッドマットの上に座る。
「ひゃ~くね~んさ~きも~~君を~思うよ~~~・・・・・・♪」
聞こえてきたのは男性のさほど上手くはない歌声。
「おいでー・・・・・・ちゃーちゃんとこおいでー・・・・・・」
何かを呼んでいる女性の声。
どちらもなかなかの音量だ。なるほど・・・・・・さすが精神病院。さすが『アレ』な方々だ。
恥じらいみたいなものはないのかい? 他人の事は気にならないのかい? 自分だけの世界なのかい?
「おいでーちゃーちゃん・・・・・・とこ・・・・・・お腹すいたーーー! ねえ~? ご飯まだー? ちょっとーーー! ねえ~~~! ちゃーちゃんお腹すいたんだけどーーーーー!!! ねぇ~~~~~~~~!!!!!!」
女性の声が一段と大きくなった。
「回れま~~われメリゴーラン♪ もうけし~てんふふふ~~~・・・・・・ように~♪」
男性は気にすることもなく先程とは違う歌を歌う。
『アレ』な方々に挟まれて私はどうしたもんかと・・・・・・蛇を眺める。
「はいどうぞ~。ゆっくり食べてくださいね~」
朝食。四角い盆に乗せられて来たのは『白米』『味噌汁』『漬物(?)』『ふりかけ』『牛乳』だ。
「あっ、テーブルがないのか~・・・・・・ちょっと待っててくださいね」
盆をベッドマットの上に置き看護師は部屋を出て行った。私はただぼーーっと鉄格子を眺めていた。
ほどなくして戻ってきた看護師が手にしていたのは段ボールに包装紙を貼り付けた『テーブル』だった。 その段ボールの上に盆を置き看護師は扉を施錠して出て行った。
相変わらず私の食欲はゼロで、一切手をつけることはなかった。
10分くらいだろうか、時間を置いて看護師が部屋へ入ってきた。ぼーーーっと座っているだけの私に話しかけた。
「食欲ありませんか? 少しだけでも食べませんか?」
「・・・・・・」
返事をすることも面倒だった。どうにか「いらない」と言う事だけは伝え、食事を下げていただいた。
何かを呼ぶ女性は、食事の間もずーーーーーーーーー・・・・・・っと大きな独り言を喋り続けている。
『黙る』時は寝ている時だけなのだろうか?
そのあとも私はただただ女性の意味不明な大きな独り言と男性の歌を聞いていた。
私はいつここから出られるんだろうか?
「看護師さーーーん! 看護師さーーーーーん!」
突然歌を止めて男性が叫ぶように呼び始めた。が、看護師は来ない。
「・・・・・・看護師さーーーーーーん! 看護師さーーーーーーーーん!! ・・・・・・おおーーーーーーーーーい!!!」
声が裏返る程になおも叫ぶ。そしてペタペタと足音がしたと思った瞬間、ドガーーーーーン!!! ガゴーーーーーーーン!!!!!!と鉄の扉を思いっきり蹴る音が・・・・・・これがマジで超うるさい!
「おおーーーーーーーーーい!!!」
ガーーーーーン!!! ガンッ! ガンッ!!!
叫ぶ。蹴る。看護師が小走りで来た。
「トイレ流して」
男性がそう言うと扉を開ける音がした後、水が流れる音が聞こえた。
後で知ったのだが、トイレの水は部屋の外にあるスイッチを押さないと流れない仕組みになっている。なのでいちいち看護師を呼ばないといけない上に、ちゃんと『トイレ』を流すためなのかを確認されるため用を足したかどうかを看護師に見られると言う屈辱的なプレイが・・・・・・。
35歳。健常者。SMの『女王様』歴ありのわたくしには耐え難いのですが?!
ムリムリムリムリムリ・・・・・・このシステムのせいなのか、訳が分からない現状のせいなのか、あり得ないほどのストレスのせいなのかは分からないが、初めての『便秘』になりました★
とは言え、尿・・・・・・SM用語(風俗用語かな?)の『聖水』は出る。水分を取ってなくても出る。
巡回。
20分~30分置きくらいにその日の独房ゾーン担当看護師が鉄格子越しに見回る。
「変わりないですか?」
声をかけられる。
私は自分の状況が全く! 全然! さっっっっっっっっっぱり!!! 理解出来てないのでどう答えていいかも分からず、視線だけを向けて、
「あの・・・・・・私は、いつ、出られるん・・・・・・ですか?」
相変わらず汚なく不快な自分の声。まだかすれは酷いけど少しずつ音は声に変わりつつある。
「ああ、まだ主治医が決まってない上に、土日を挟むので・・・・・・ゴメンね? あと2日~3日ここで過ごしてもらいます」
あと2日~3日・・・・・・。いまだに薬効果でぼーーーーーー・・・・・・っとする脳ミソ。あまり深く考えられずに返事をするしか出来なかった。
「・・・・・・分かり・・・ました・・・・・・」
昼食もいっさい手をつけられなかった。食欲はいまだ皆無。飲み物すら欲しいと思わなかった。心配する看護師。でも仕方ない。何も欲求が沸かないのだから。
自分は何をしているの? 何でこんな所にいるの?
死にたい。なんで生きているの?
死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい・・・・・・。
床を忙しそうに這い回る幻覚の『蛇』を眺め、聞こえてくる『アレ』な方々の声を聞いて、巡回の看護師に曖昧に頷きながら、そんな疑問ばかりが回らない頭のなかを浮遊していた。
夕食。やっぱりいらない。
手を付けない私に看護師が箸を差し出す。促されるまま箸を握った。
手はまだ痙攣していて力も上手く入らない。
「一口だけでも食べませんか?」
食事を見つめる私。本当にもう要らないんだけどな~・・・・・・。
動かない私に根気強く「一口だけでも」と進める看護師。引き下がりそうにもない。仕方なく、震える手で食事に箸を付けた。
ほんの少しだけ口に入れてみた。
無理です。・・・・・・もういいと、私は箸を置いた。
小さな溜め息が看護師の口から漏れた。
「すみません・・・・・・」
本当にそう思った。けれど私の身体は飲食を受け付けない。
看護師はそれ以上無理に進める事はせず、食事を下げてくれた。




