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【完結】婚約破棄ですか? どうぞご勝手に  作者: 逆立ちハムスター


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傭兵たちの先頭集団が、伯爵の重歩兵部隊に激突する。

凄まじい金属音と怒号が響き渡った。だが、伯爵の盾壁は微動だにしなかった。熟練の兵士たちは傭兵の乱撃を巨大な盾で冷静に受け止め、隙間から無慈悲に長槍を突き出す。

「ぎゃあっ!」という悲鳴と共に、傭兵たちが次々と血を吹き出して倒れていく。彼らの刃は分厚い盾に弾かれ、前進を阻まれた後続が次々と押し寄せ、傭兵たちの陣形は瞬く間に大混乱に陥った。


「今です! 放て!!」


私が振り上げた腕を振り下ろした瞬間、八十本の矢が恐ろしい風切り音を立てて空へ放たれた。

同時に、城壁の各所に配置されていた投石機から、大人の頭ほどある石の雨が降り注ぐ。


「上から来るぞ! 盾を構えろ!」


矢と投石の雨は、密集して身動きが取れなくなっていた傭兵たちの頭上に容赦なく降り注いだ。

兜すら被っていない軽装の傭兵たちは、頭蓋を砕かれ、肩や胸を射抜かれて次々と地面に伏していく。悲鳴と怒号、そして血の匂いが戦場を支配した。


「怯むな! 進め! お前たちには莫大な金を払ったのだぞ! あの城門をこじ開けろ!」


後方からヴァーツラフ王子が喚き散らしているが、既に傭兵たちの耳にその声は届いていない。

死の恐怖は、金への執着を容易く凌駕する。彼らは金のために命を懸ける者たちであって、決して死にたがりではないのだ。

先頭が重歩兵の壁にすり潰され、後方が矢と石の雨に晒される。圧倒的な数の有利など、強固な防御と的確な戦術の前では無意味だった。


戦闘開始から、わずか数時間。

「……駄目だ、逃げろ!」

「こんな話聞いてねえ! 皆殺しにされるぞ!」


傭兵の一人が武器を放り捨てて背を向けたのを皮切りに、傭兵軍は完全に戦意を喪失した。五千という大軍は、あっという間に蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めたのだ。


「待て! 貴様ら、どこへ行く! 私を置いて逃げる気か!」


ヴァーツラフ王子が白馬の上でパニックに陥り、逃げ惑う傭兵たちを剣で脅そうとしている。しかし、怒り狂った傭兵の何人かが、逆に王子の馬を取り囲んだ。


「ふざけるな、この疫病神が! てめえのせいで大勢死んだんだぞ!」

「貴様ら……私を誰だと……ひぶっ!」


傭兵の一人が王子の足を掴み、馬から乱暴に引きずり下ろした。黄金の甲冑が泥に塗れ、王子は無様な悲鳴を上げて地面に転がった。


城壁の上からその光景を見下ろしていた私は、深々と溜息をついた。

ヤクブ殿下の援軍を数日待つ必要など、どこにもなかった。戦いは、たった半日で、あまりにもあっけなく幕を閉じたのである。


ほどなくして、泥だらけになった数名の傭兵の代表者が、白旗を掲げて城門の前に進み出てきた。彼らは武器を捨て、地面に土下座すると、後ろで簀巻きにされて猿轡を噛まされている男を前に押し出した。


「お、俺たちは降伏する! 命だけは助けてくれ! こ、この首謀者である王子を差し出す! だから、どうか恩赦を!」


命乞いをする傭兵たちの足元で、「うー! うー!」と屈辱に顔を歪めて涙を流しているのは、紛れもなく、この国の第一王子、ヴァーツラフその人だった。

ラドミール伯爵は、冷ややかな目で見下ろしながら、一部の傭兵の武装解除と追放を条件に恩赦を約束し、王子を引き取った。


そして、かつて私を放り込んだのと同じ、太陽の光が一切届かない冷たく湿った地下牢の最奥に、王子は放り込まれることとなったのだ。


────


それから数日後。

王城の巨大な大広間は、重苦しく、そして厳粛な空気に包まれていた。


正面の玉座の前に立つのは、東の戦地から強行軍で駆けつけた第二王子、ヤクブ殿下。

その隣には、私の父であるアントニーン公爵が、歴戦の威厳を纏って立っている。

広間の両脇には、ラドミール伯爵やヤン男爵をはじめとする多くの貴族たちが整列し、中央の床に膝をつかされている一人の男を冷徹な視線で見下ろしていた。


手枷と足枷を嵌められ、ボロボロの衣服を身に纏い、無精髭を生やしたヴァーツラフ。数日前までこの城で絶対的な権力を振りかざしていた男の見る影は、既にどこにもない。


「……ヴァーツラフ。お前の犯した罪の数々、到底許されるものではない」


ヤクブ殿下の声が、広間に静かに、しかし雷鳴のように響き渡った。

父である国王の死の知らせに悲しむ暇もなく、兄の起こした反乱の鎮圧に戻らねばならなかった弟の顔には、深い疲労と、それ以上の凄まじい怒りが刻まれていた。


「違っ、違う! ヤクブ、聞いてくれ! これは誤解だ!」


ヴァーツラフは鎖を鳴らしながら必死に顔を上げ、見苦しく弁明を始めた。


「私は国を守ろうとしただけだ! 貴族たちが……そう、こいつらが王室に対して反乱を企てているという情報を得たのだ! だから私は、国庫の金を使って傭兵を集め、反乱を鎮めようとした! 全てはこの国のためだったのだ!」


「……見苦しいぞ、兄上」


ヤクブ殿下は、ゴミを見るような目で兄を一瞥した。


「貴族たちが反乱を企てていた? では、なぜお前は、真っ先に知らせを寄越さなかったのだ? なぜ、我が国の正規軍であるラドミール伯爵の部隊まで攻撃を仕掛けた? 全ては、お前自身が国を乗っ取るためであったことは明白ではないか」


「ち、違う! それは……!」


言葉に詰まるヴァーツラフに対し、私は一歩前へ歩み出た。


「殿下、もうおやめください。これ以上の嘘は、ご自身の罪を重くするだけです」

「エリシュカ……! 貴様、貴様ぁ! 貴様がおとなしくしていれば、こんなことには……!」


血走った目で私を睨みつけるヴァーツラフに対し、私は微塵の感情も動かさず、手にした羊皮紙の束をヤクブ殿下に差し出した。


「ヤクブ殿下、お父様。こちらが、ヴァーツラフ殿下が裏で手を結んでいた組織の全容を示す証拠です。ラドミール伯爵たちが命懸けで集めたものです」


ヤクブ殿下が書類を受け取り、目を通す。その表情が、次第に険しいものへと変わっていった。


「……反教会を掲げる異端派組織との資金援助の記録。そして、王都周辺に巣食う密輸組織との取引台帳。……あのオルトロスという魔獣も、全てこの密輸ルートから、莫大な国費を投じて買い入れられたものか。おまけに、傭兵たちを集めた仲介人も、全てこの組織の息がかかった者たち……」


ヤクブ殿下が読み上げる事実に対し、広間の貴族たちから一斉に怒りのどよめきが上がった。


「兄上。お前は、教会を敵に回しただけでなく、国庫の金を反国家組織に横流しし、自国の民に牙を剥く魔獣を城に引き入れた。挙句の果てに、父上の崩御という国難に乗じて国を乗っ取ろうとしたのだ。……これが、反乱でないと言うのか」


「そ、それは……私は知らなかったのだ! そいつらがそんな組織だとは! 私はただ、珍しい犬が欲しくて……!」

「無知もまた、王族としては万死に値する罪だ。ましてや、エリシュカ嬢という賢明な婚約者が何度も忠告していたにも関わらず、それを無視し、彼女に暴力を振るって地下牢へ幽閉した。これ以上、お前の言葉を聞く耳は誰にもない」


ヤクブ殿下は、剣の柄に手をかけ、冷徹な声で最終的な判決を下した。


「第一王子ヴァーツラフ。お前の一切の王位継承権、および貴族としての身分を剥奪する。その罪の重さを鑑み、処刑こそ免除するが、生涯、王城の最下層にある、光の届かぬ牢獄への幽閉を命ずる。二度と日の目を見ることはないと思え」


「なっ……! ま、待ってくれ! 私は第一王子だぞ! 兄だぞ! いずれ王になる男だ! こんなことが許されてたまるか! 離せ! 触るな!」


近衛兵たちに両脇を抱えられ、引きずられていくヴァーツラフは、最後までみっともなく泣き喚いていた。

「エリシュカ! 助けろ! 私が悪かった! 婚約破棄は取り消す! お前を王妃にしてやるから!」


広間の扉が閉まる瞬間まで響き渡っていたその惨めな声も、分厚い扉が閉じられた瞬間に、ふつりと途絶えた。

広間に残されたのは、一人の愚か者が自滅したという、絶対的な静寂だけだった。


「……エリシュカ。お前には、本当に苦労をかけたな」


父であるアントニーン公爵が、優しい目で私を見つめ、労うように肩を叩いてくれた。

私は小さく首を横に振り、静かに微笑んだ。


「いいえ、お父様。これでようやく、この国は正しき道へと戻れるのです。私の流した血など、安いものですわ」


ヤクブ殿下も私の方を向き、深く頭を下げた。


「エリシュカ嬢、そして貴族の諸兄。この国を、そして王都を守り抜いてくれたこと、次期国王として心より感謝する。父上の死は悲しいが、立ち止まっている暇はない。これから、新たな国作りを共に進めていこう」


「「「はっ!!」」」


広間に集った全ての貴族が、新たな、そして真に国を導くべき王に対して、深く、美しい臣従の礼をとった。

私もまた、ドレスではなく実用的な服のまま、この上なく優雅なカーテシーをして見せた。


窓から差し込む陽光が、ヤクブ殿下と、この国を支える者たちを明るく照らし出している。

長く暗い悪夢は完全に終わりを告げ、今度こそ、真の意味での輝かしい明日が始まろうとしていた。

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