【おまけのおまけ】『構造と理屈が分かるものは平気』
≪ヨラ家≫
カツィル:アリアの夫。七男。≪バルチェ夫人の館≫の主オイゲンの弟。航行路遍歴商人。
アリア:当おまけの主人公。建築家。オイゲンは元顧客で、帝都ワンダー☆ホラースポット≪バルチェ夫人の館≫の設計担当者兼現場監督。現在も定期メンテナンスを請け負っている。
≪バルチェ家≫
オイゲン:カツィルの兄。次男。≪バルチェ夫人の館≫の主。高級官僚。亡き妻を偲んで帝都屈指のホラースポットを製作した。
パウリーネ:オイゲンの妻。10年前の魔獣の大攻勢で死亡。
≪その他≫
ルドルフ:カツィルとオイゲンの兄。長男。とんでもなくご近所迷惑な弟宅≪バルチェ夫人の館≫が原因の騒動は、大体この人が金とコネと平身低頭謝罪で解決している。当おまけの中で実は一番苦労している。
テオフェル:オイゲンの弟、カツィルの兄。六男。よく長兄に怒られたり心配して泣かれる問題児。魔獣戦線帯同神官。
*『【連載版】ゲーム世界に転移して10年経った元ユーザーの物語』の本編後番外編を読んでいないと分かりにくい箇所がございます。そちらのある意味ネタバレの内容があります。御寛恕くださいますよう伏してお願い申し上げます。
***『魔法も魔導陣もOKだが、超常現象は別』***
「リフォーム依頼?」
夫が作ったズッキーニのスープを掬おうとした木匙を止めて、アリアはカツィルに灰青の瞳を向けた。
「んー、スケジュール的にいけると思う。あの『別邸』クラスの無茶振り納期じゃなければ。帝都のどの辺? 貴族街? 平民地区? あ、それとも商業通りの事務所改築とか?」
あー、と手元のチーズ入りパンをちぎって、カツィルが視線を泳がせる。
「そのだな……お前も思い出深いというか、トラウマというか、若気の至りというか、多分、絶対に分かる物件なんだが。なんだったら毎日見てるしな」
――まさか。
口の中にあるコンソメスープをゴクリと飲み下し、アリアは恐る恐るその名を口に乗せた。
アリアとカツィルが住まう家の斜め向かいには、アリアが徒弟時代に関わった館がある。だが、アレは特別な家だ。住んでいる人物も、彼の執念が滲む『愛』の集大成である館も。
―――それを改築する? 彼が? 彼女との思い出を詰め込みすぎて、館から溢れ出した狂気を近隣にバラまく仕様になった結果、帝都の特級ホラースポットと化したアレを?
「え、まさか、『バルチェ夫人の館』とか言わないよね。あの人が、義姉様を忘れられるわけないし。……あ、もしかして、また追加で魔改造したいとか? だ、ダメだよ。程度にもよるけど、あのあと法改正があったから、今度こそ帝国法に触れる違法物件になっちゃうよ。確かに、そうなっても解体を請け負う業者が見つかる気がしないけど……」
これ以上の魔改造リフォームは無理だというアリアに、カツィルがそうではないと手を振る。
「いや、そうじゃない。あー、物件が『バルチェ夫人の館』なのは合ってるが、多分、お前が考えてるのと真逆のリフォームだ」
へ? と首を傾げたアリアに、シーザーサラダを取り分けた木製のボールを渡しながら、カツィルは泣いているのか笑っているのか分からない表情で続けた。
「オイゲン兄さんが正気に戻った。あの屋敷も、元通りに戻したいそうなんだ」
「嘘っ。え、あのオイゲンお義兄さんが? おはようからおやすみなさいまで、亡くなったパウリーネお義姉さまが見えているみたいに過ごして、行政官の業務効率を劇的に改善した業務システム基幹魔導陣の創陣功績への褒賞を皇帝直々に尋ねられた謁見の間で、お義姉さまの等身大人形と一緒に朝廷に出仕する権利を願い出た、あの、お義兄さんが!? それ、逆に正気じゃないんじゃない? それか偽物と入れ替わってるとか」
気持ちは分かる、とサラダのレタスをモシャモシャと食べながらカツィルは頷いた。
「まあ、斜め前のご近所だ。そのうち『実物』を見て嫌でも理解すると思うが、まあ、ざっくりいうとまたリオンさんがやらかした。それも、六番目のテオフェル兄貴がドン引きするレベルのやらかしだ」
アリアは頬が引き攣るのが分かった。テオフェル義兄は、夫の一族でも随一の問題児であり、愉快犯だ。その彼が慄くレベルの暴挙とは、いったい今度は何をやらかしたんだ、リオンさんは。
「それで、今度はリオンさん、何を……」
「お邪魔します!」
アリアがリオンのやらかしを尋ねようと瞬間、聞き慣れない、だが、何故かどこかで聞いたことのある女性の声が玄関からした。なんだ、とフォークを置いて夫と二人で食堂から玄関に通じる廊下に出ると、入り口で揉めている男女がいた。
「お願いだ、パウリーネ。僕を捨てないでくれ!」
「オイゲン、あのね、あんな、360度自分の顔で囲まれた寝室で眠れると思う? 目を閉じても開けても悪夢みたいな、あんな寝室を見せられた私の気持ちを考えなさい。そして反省なさって、海よりも深く」
小柄な女性の腰に縋りつくように跪くオイゲンに、アリアは弟嫁として挨拶すべき場面だった。だが、声が出なかった。アリアの青灰の瞳が見開かれる。
オイゲンが両手で縋りつく、その女性の姿に見覚えがあり過ぎた。在りし日にアリアがリフォームを頼まれた時に見せられた絵姿の女性そのものだった。斜め向かいの屋敷から毎日何らかの形で見せつけれらている顔が、半泣きのオイゲンを引きずりながらこちらに近づいてくる。夫が一歩後退るのに、アリアもならった。
「うっわ……パウリーネ義姉さんのガチ切れの声とか久々に聞いた。……十年ぶりに聞く声が、コレとかどうなんだ。……まあ、兄貴がどう考えても悪いんだが」
―――『パウリーネ義姉さん』。
……そうだ、この声は、パウリーネ時計のものだ。近隣にまで響く時刻時計の声は、オイゲン義兄が彼女の声を忘れないために彼の記憶をもとに作り上げ、パウリーネ義姉の音声で一時間ごとに時刻を告げるものだった。早朝と夜間は安眠妨害だとオイゲン義兄が彼の長兄に叱られるまで、近隣住民全員が寝不足になった、あの声だ。
―――オイゲンが魔獣戦線で亡くした妻パウリーネが、アリアの目前で立って動いて歩いていた。
「……夜分遅くに騒がせてごめんなさい、カツィルさん。その上、図々しくて申し訳ないのだけれど、客用寝室を貸しては頂けないかしら。ルドルフさんに通信具で相談したら、こちらのお宅なら来客用寝室を貸してもらえるだろうと教えて下さって……」
今夜だけでも、と続けようとしたパウリーネの声は、掻き消された。
「ギャ、ギャーッ。お化けっっ」
アリアの絶叫によって。
―――アリアは、帝都屈指のホラースポット製作者は、自分が作った物件以外に対するホラー耐性が0だった。
【おまけのおまけのおまけ】
パウリーネの等身大人形と一緒に朝廷に出仕する権利は『パウリーネ特権』と呼ばれ、オイゲンのみに許された特権として、勅令で帝国全土に公布された。
動く『パウリーネ特権』人形(本人)が出仕した日、当たり前だが宮廷は恐慌状態に陥った。
「彼女は本当に私の妻で……!」
「そうだな、うん。オイゲン、お前が頑張ってるのは皆知ってるよ、だが、これはやりすぎだ。きっとパウリーネ様も軍神の御許で頭を抱えるレベルのやらかしだ」
「……私、パウリーネ。今、現世で頭を抱えているの……」
後世、珍勅令100選集に『パウリーネ権』が載せられ、時代を越えて名を残すことになるだなんてことは、今現在、夫のやらかしに頭を抱えるパウリーネの預かり知らぬことであった。




