第6話 初めてしちゃった
早くも二回目の飯回です
「それじゃあ下に降りましょうか」
顔や寝汗をかいた部分を軽く拭いてスッキリした俺達は部屋を後にした。廊下は古民家のような木造でそれなりに築年数が経っているのが分かる。昨日と今日で結構騒いだのに苦情がこないどころか、他の人の気配すらしない。ちょっと心配になるな。
「おばさーん、朝飯三人分頼むわ!あ、一つは子供用な!」
「あいよー、ちょっと待ってな」
声に釣られて奥を見るとクリスさんが女将のような人に注文をしている所だった。
「満腹で動けなくなるだろうし量は減らしてもらうからね。ここのご飯は昨日みたいなことが無けりゃ美味しいから期待しとけよ?」
「そうね、レダ村と言ったら新鮮な畜産物で作る朝食だもの」
「昨日みたいなこと?」
「ああ。ここの女将も森に調査に行ってたんだ。今は宿を使ってる客も私達だけだしね。というか宿屋の主人はそれなりに火か水の魔法が使えないと営業許可が降りないから結構強い。気をつけろよ?」
「ヒエッ」
三人とも席に着いてワクワクしながら雑談していると、ついに第二の人生初の朝食が運ばれてきた。
「うっうわぁぁ⋯⋯」
「お待ちどうさま!お水が無くなったらあっちの水瓶から掬ってね。じゃ、ごゆっくりどうぞ」
テーブルに並べられた料理は焼いた厚めのベーコン、目玉焼きが二つ、謎の豆(ベイクドビーンズって奴か?)、レタスっぽい黄色の葉野菜と胡瓜っぽい白いウリ科のスライスのサラダ、そして茶色いスープにパンが一つだ。二人と比べて器も盛り付けの量も半分くらいなのでこれが子供用なのだろう。それでも多くないか?
「やっぱここに来たら【小鳥の囀り亭】の朝飯だよな」
「とれとれの野菜なんて王都じゃ値が張って食べられないからねー」
「は、早く食べようよ!」
「そうだな、それじゃ」
「いただきまーす!」
「また言ってるよ⋯」
まずは我こそが主役と主張してるベーコンからだな。木製の先割れスプーンを使って、既に切り分けてあったそれを突き刺してそのまま口へ運ぶ。こういうのでいいんだよ、こういうので。口の中に香ばしい焼けた脂の香りとジューシーな赤身の食感が溢れて、思わずあまり噛まずに飲み込んでしまった。詰まった。
「うっ、ぐっ」
「急いで食い過ぎだよお前は。大丈夫か?昨日から思ってたけど食い意地張ってんなぁ」
クリスさんが優しく背中をパシパシ叩いてくれて窒息死ENDは回避された。そうか、体が未発達だとこういうのがあるのを忘れていた。次からは小分けにして飲み込もう。
「ゲッホ!ゴホッ!お、お水ぅー」
「ホレ、ゆっくり食いなよ」
ぷはー死ぬかと思った。次はパンにしようか。ベーコンと同じく既に切り分けてあったそれを一つ手に取り、スープに浸して口に放り込む。茶色いから分からなかったけどコーンスープだな。程よい塩気と甘み、それが染みて硬いパンでも問題なく咀嚼できた。
「んふっふふふふ」
「今度は笑ってるよ。これから飯を食う度にこれを見るのか?」
「ここのご飯は特別美味しいから今日が最後になるかもよ」
サラダは⋯まぁサラダだな。塩と酢だけのドレッシングの味で特に言うこともない。だが現代日本に生きていたらしい俺からすると、それがどんなに贅沢なことか身に沁みて分かる。気がする。
目玉焼きも塩味のみの味付けだが旨味?が凄いのでパンと一緒に食べると満足感が十分ある。豆はよく分からないネチャッとした味だった。なんだろう、これ。トマト味ではないが少し酸っぱいから、味付けに使われたのは似たような野菜のソースだろうな。
「あらあらずいぶん美味しそうに食べてくれるわねぇ!この村にこんな可愛い子いなかったはずだけど、お連れさん?」
「ああ、昨日の騒ぎがあった場所に倒れてたんだ。先に説明できなくてすまなかったね」
「いいんだよ!朝からこんな笑顔を見せてくれるお嬢ちゃんには果実水のサービスだよ!」
「わー!ありがとう!」
どうやら俺はまたニッコニコだったらしい。この体、思っていることがそのまま顔に出てしまうみたいだな。注意しないと相手に思ってることが簡単にバレてしまうので気を引き締めねば。
それからしばらく雑談をしながら食事を続けて全員が完食した。
「ごちそうさまでした!」
「それも祈りか?まぁ特に変な感じはしないからいいか。って、口に脂が付いてテカテカじゃないか、じっとしてな」
「やっぱりこの子が食べる所を見てると楽しいわねー」
「んぐっ!?」
クリスさんに口を拭って貰っていると急に下腹に鈍い違和感がしたが、まぁ昨日から食うモン食ってりゃそうなるわな。むしろ世界地図のついでに山脈を作らなかっただけ褒めてほしい。
「といれぇ⋯」
「おっちょっと我慢してろ!おばさんトイレってあっちだっけ!?うおおおお!」
俺はクリスさんに抱えられて廊下の奥にあるトイレに駆け込んだ。
「そこの便座に跨って、終わったらこの瓶にある水を柄杓を使ってかけて流すんだよ。じゃあ早めに戻ってこいよ」
そう言ってクリスさんはトイレから出ていった。恐る恐る木製の便器が付いた穴の中を覗くとボットン式のようだ。これは落ちると大変なことになるぞ⋯。
穴は小さめだが凄い角度がついてて落ちれば二度と這い上がれまい。まさか落下中にも感じた命の危険をトイレで味わうことになるとは。あ、上に紐がついてる。これを持ちながら跨れば落ちることはないかな。
「ッスー⋯フゥー⋯」
トイレで深呼吸なんかしたくはないが仕方がない。これから失われた自分自身を見つめ直す必要があるのだ。覚悟を決めろ、俺!
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「おっそいわねぇー、ちゃんとトイレに案内したの?」
「お前も見てただろ。昨日あれだけ食べてたんだしもう少し待とうぜ」
アリスちゃんがトイレに入ってから10分は経過している。穴に落ちたかと思って心配したが、中から「ッシャ!」とか「えっ」とか謎の声が聞こえるので大丈夫だろう。トイレで何をしているのだろうか。
だがいくらなんでも遅い。そろそろ村長の家に居るはずの商人と合流して、出発の挨拶をしに行かなければならないのだ。体に合わないものでも食べたのかと心配をしていると、
「すん⋯すん⋯」
と啜り泣く声が聞こえてきた。なんでトイレで泣いてんの?まさか本当に落ちた?いや、でも悲鳴はしなかったしな。あ、そういえば。
「ところでクリス、あの子って魔法が使えるって言ってたっけ?」
「いや聞いてないな。そもそも記憶がないって話だしな⋯⋯あ」
この野郎!魔法が使えない子供には大人が付き添って洗浄をかけるって忘れてやがった!これだから脳筋は!自分は魔法が使えないけど、いつも拭いた布を入れた瓶ごと洗浄をかけてやってたから抜けてたな!?
「アンタがいつも使ってる布も渡してあげなかったの!?そんなのでお世話なんかできないでしょ!!」
「わ、悪い、私も忘れてたんだ。あぁ、あの子の泣き声が聞こえる⋯」
既に軽めの魅了を受けてフラフラし始めた相棒と、同じく厨房の奥にいるふらついている女将をほっといてトイレに走る。
「アリスちゃーん、お邪魔するわよ~」
「うぅぅぅ、ティナさぁん、拭く物がないよぉぉ」
やっぱりこうなってたか。洗浄っと。
「あ、ありがとうございます⋯あれ?クリスさんは?」
「アイツは軽めの魅了にかかってるから来てないわよ。顔を見てまたおかしくなるかもしれないしね」
「あぁ⋯あれ?そう言えばさっきもそうだったけど、ティナさんは大丈夫なんですか?」
「私は精神耐性の付与されたローブを羽織ってるから平気よ~。それよりもう終わった?」
「もう大丈夫です。行きましょう!」
アリスちゃんは素早く下着を履くと早歩きで行ってしまった。なんだか顔が赤かったけど、どうしたんだろう。お尻を出しっぱなしだったみたいだし風邪でも引いたのかな?
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み、見られたー!いや、昨日も寝てる間に着替えさせてもらったみたいだし、既に見てるのかもしれないけど、こっちの意識があるかないかじゃ羞恥心というものが!あぁもう気まずい。ティナさんは美人だし余計に意識して恥ずかしい⋯心を無にしよう。
「ごめん忘れてた。次からはトイレに行く前にこれを渡すから」
そう言うとクリスさんは包帯のようなロールされた布と、中が見えないくすんだ色の空き瓶を見せてきた。
「魔法が使えない私はこれで尻を拭いて後からティナに綺麗にしてもらってるんだ。アリスも今は魔法が使えないんだろ?」
「あぁそういう。魔法、はどうなんでしょう。わかりません」
「じゃあ王都への道すがらコイツに色々と教えてもらうと良いよ。それじゃ、行こう」
おばさんに「またねー」なんて笑って手を振ってあげると、嬉しそうに「またおいで」と返してくれた。年配の人は子供の笑顔に弱い、俺は詳しいんだ。店を後にして少し歩くと、ここが村長の家だと教えられて、少し大きめの木造の家にたどり着いた。




