第39話 教えちゃった
この世界は考えてみれば不自然な所が多すぎる。様々な物がドロップするダンジョン。一人一体の妖精と、魔法なんて便利なエネルギー源があるのに中世辺りで停滞している技術。最初は全てを魔法で補っているから進歩がないのかと思ったが、極めつけには海がない。
小さい箱庭だとも言えるこの大地。恐らくは地球で行われていたような外海からの知識の伝達が存在していないのだろう。あっちの文明では、世界が手を組めば数百年で産業革命から技術革新まで漕ぎ着けたのだ。ここは言わば鎖国状態の日本と同程度ということか⋯⋯。
その上、人同士の戦争が何百年も起きていないのだという。テクノロジーの進化は戦争と密接に結びついているという話を聞いたことがある。蒸気機関を手に入れた人類はそれを船に搭載し、風に影響されない戦艦を作った。化石燃料の効率的な運用方法を知った人類は、それまでの全てを置き去りにして高出力な航空機や潜水艦をも作り上げ、大規模な発電所による生活水準の向上も成し得た。
それらが可能になった理由は優秀な科学者、発明者が各国に居て、その成果を戦争に利用していたことだろうな。新たな技術が搭載された兵器、それに対抗するためにまた新技術が開発されていく。地球は人間の戦争で日進月歩ながら歴史を紡いできた。
しかしこちらは命の単価が安く、搾取されている。この世界では人材を育てるという発想が希薄なのだろう。だがこのままでは未来が無い。それを知らずの内に打開しようとしているエレオノーラに協力したほうがいいのではないか?そんな事を考えていると、ハインケルに話しかけられた。
「アリスさん、君は海⋯というのを知っているらしいね。どういう物なのか、詳しく教えてくれないか?」
「それは⋯⋯」
この世界の上位貴族に前世の知識を教えるのは危険か。さっきは軽率が過ぎたな、驚いたせいでつい口走ってしまったが、俺の中でもまだ混乱のが大きい。存在しない概念を教えてしまえばそこから芋づる式に俺の正体までバレてしまう。海とは?何故知っているのか?俺は何者なのか?どうやって来たのか?何が目的なのか?女神との繋がりまで知られてしまうと、もうお手上げだ。あっという間に捕縛され、利用されるだけの存在になってしまうだろう。
「悪いが答えられない。妹に関することは全て黙秘させてもらう」
「探ろうとするのもやめてね、敵対はしたくないから」
姉達が頼もしい⋯⋯。かなり強化されてるからその辺の兵士に負けることはまずないだろうけど、危ないことはあんまりして欲しくないから言動には気をつけよう。
「私もやめておいたほうがいいと思う。数日間彼女らと行動を共にしたが、個々人の戦闘力が異常なほどに高い。ここで暴れられたら間違いなく我らの命はないだろう」
「エレン、君がそこまで言うのかい?それは⋯ますます欲しくなるな」
ハインケルの目が鋭くなる。
「だからよせと言っている。下手をしたら国が落とされるぞ?総力を上げての消耗戦なら勝ち目はあるかもしれんがな、王城に上げている時点で我らの負けだよ」
「懸命な判断です殿下。もし私達に危害が加えられた場合は形振り構わず国外への脱出を最優先致しますので、命までは取りませんからご安心を」
「冗談さ。そもそも子供に手をあげるなんてことはしたくない。さっきも法案には賛成だと言っただろう?君が信頼を置いているのがどんな人達なのかちょっと気になっただけだよ」
「疲れるだけだからやめてよ⋯海の事くらいなら教えてあげるから」
「いいのかい?」
「まぁ別に⋯それくらいならだいじょうぶだよ。知った所で何も出来ないしね。ただし、それ以上はダメ」
この世界に海が存在しているわけでもなし、姉達に止められてるから俺のことにまで言及はもうしないだろう。チョコレートを貰った恩もあるし突っ込みすぎなければ大丈夫、多分、きっと。
俺は海という物の概要を教えた。本来は大地を囲っている大量の水であること、そこに様々な生物が存在していて、地上で見られるより遥かに巨大な物もいること、絵本にあった渦潮のこと、その上を移動する船のこと、それが沈んで海底に宝が存在していること⋯。他にも色々だ。
「なるほど、なるほど⋯⋯面白い話だ。大量の塩水か、それを煮詰めて塩を作り出せれば価格が暴落しそうだな?それを防ぐために国が管理して作りすぎても適正価格で買い取りをしていくならば⋯⋯」
「ドラゴンがいるって話もあるよ」
「それは興味深いな!」
まるで子供みたいに俺の話を聞いて喜んだり考え事をしたりと忙しそうだな。悪い人じゃないのかもしれない。でも貴族だからあんまり信用できないな⋯⋯さっき会ったばっかだし、なにより眼光は普通の人には出せない凄みがあった。それからあれこれ話をして、気付けば日が沈み始めていた。
「おっと、もうこんな時間か。エレンの無事も分かったし、アリスさんの海の話をもう少し聞きたいが今日はこんな所かな。碌なおもてなしも出来ずにすまなかったね」
「またチョコくれれば海のことくらい教えてあげるよ」
「ああ、必ず用意しておこう。また次に会える時までに」
そして俺達は解散した。話の途中で本来の仕事である兵士の治療に行ったティナを回収して、いつもの宿屋に戻った。戻ったんだが⋯。
「なんでまだいるの⋯⋯」
「む?さっきの話し合いで決まっただろう、どうせならもうしばらく一緒に行動して身を隠しておくと」
護衛続行なんて話聞いてなかった。チョコ食って絵本読んでる間にそんなことになっていたとは、不覚!エレオノーラの奴はなんか楽しそうにニヤニヤしてるし、もしかしてこれまで勘違いとは言え逃げ回ってたのが急にフリーになったからって休暇みたいに捉えてるんじゃないか?
「今まで在り合わせの武器を使わざるを得なかったので不満だったのだ。さっき影に頼んで私の剣を持ち出して貰ったのでな、これならば十全に戦えるというものだ!」
「まぁ私達からすれば刺客も来ないお姫様の護衛ってだけでそれなりの金が貰えるのが確定してんだ、これ以上無いくらい楽勝で美味い仕事なんだぜ?」
「そうだぞ?それにダンジョンに行くならばアリス嬢を守る人手が必要だろう。そこは任せてもらいたいな!」
今度はこっちを見ながらニヤニヤしている。もしや俺が本命じゃないだろうなコイツ。少々自意識過剰かもしれんが相手は前科持ちだ、警戒はしておいて損はないだろう。実際前衛不足なのは変わらないし反対できそうもないしな。
はぁ、なんだか絵本一冊で考えることが大幅に増えてしまった。これも女神に聞いておく案件に入れておくか。とりあえずダンジョン攻略でもしてからじゃなきゃ会話の機会もなさそうだし、そっち優先だなぁ⋯⋯⋯すやぁ。




