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二ー47 ランス1

穏やかな気候を馬で進み、11日ほどでランスに到着した。

たどり着いた街は青い布が垂らされ祝賀ムードを演出し、民たちは明るく、景気よく働いていた。

この様子に、数ヶ月前に訪れたばかりのポールもペランも驚いていた。

この劇的な変化の裏にはフランドル伯フィリップ・ダルザスの存在が大きいだろうという話だった。


 ランスで開かれる戴冠式は話によれば、簡素な式の予定であると聞いていた。

それは元国王であるルイの体調が芳しく無く、式典に出席出来ないという事や、母親である王妃、叔父も欠席するという異常な状態であった。

 にも関わらず、催された式典も祝賀会も、にぎやかで、派手であった。

今まさに執り行なわれている祝賀会は、ダニエルを始め人気のトルバドールに演奏をさせたり、今をときめく大作家に話をさせたりと、話題に事欠かず、ピュルテジュネ家の王子達の見目麗しいきらびやかな出で立ちもそれに華を添えていた。

 初めて見るフィリップも、話に聞くよりも少し子どもっぽい印象ではあったけれども、堂々とした雰囲気で、どちらかというと真面目な生徒会長のような感じだ。

こういう言い方をするとまずいのだろうが、ピュルテジュネ家の王子たちとは少し毛色の違う、やはり名家といった雰囲気だろうか。

 話に聞いていたクリストフという少年は、ポールによれば参加していないとのことで、残念なような、安堵するような、複雑な気分だった。


そんな式の中、いかにも貴族という出で立ちの男が目に止まった。

アンリとも親しげにしながらも、時に厳しい表情を作り、演技じみた大きな振る舞いのその男。

今回の仕掛け人であるフランドル伯 フィリップ・ダルザス、その人であったのだ。


 彼は、つい数ヶ月前に聖地から帰還したばかりでありながら、すぐさまルイの元へと駆けつけ、彼の体調を慮りながらも母親との対立が見えるフィリップの後見人として立ち、戴冠式の準備を進めるという仕事の速さを見せつけた。

フランドルの自国では城を盛大に建設中途のことらしい。

聖地への遠征で莫大な資金を使い、それをした上で帰還後の国防の補充が出来るほどの財力があるというまさに飛ぶ鳥を落とす勢いの人物だ。

 ルイと明確に対立し、それでいて息子たちに振り回され、足場のぐらつくピュルテジュネ王とは正反対に、ルイの権威に擦り寄ることにより、着実に地盤を固めつつある。

しかし、彼にもどうにもならない問題はあるようだ。

嫡嗣がいないことである。

 ルイもフィリップもこの事があるゆえに、一番の家臣という位置にあるフランドル伯を信用しているというよりも、利用している、そのような状態が見て取れる。

 もしこのままフランドル伯に嫡嗣が出来なければ、フランドル伯の持つ領土が難なく転がり込んでくる、そんな青写真を描いているのではないだろうか。


フランドル伯との会話を終えたアンリが美しい所作で振り返る。

そんな些細な動きでも絵になるアンリは、ジョンに声を掛け、小さいな弟の肩を抱きながら人の間をすり抜ける。

 めずらしく他所行きの顔で何処かの偉そうな司教と話しているリシャールの元へと歩んでいく。


 どうなることかと少しハラハラしていたが、アンリは変わった様子もなく、いつものような爽やかな笑顔でリシャールに話しかけた。


「よう。リシャール。何だ、お前ずいぶん焼けたな。」

「ああ。今マルマンドで城を作ってるんだ。」

「相変わらず泥遊びが好きだな。リシャールは。それに比べて、ジョンお前は少しは外に出てるのか?真っ白じゃないか。」

「別にいいだろ。ほっといてくれよ。」


成長期で声変わり中らしいジョンはムッとした顔をすると、かすれた声でアンリに答えた。

アンリは少し小馬鹿にしたように笑いながら話し続ける。


「おい、リシャール知ってるか、こいつ宝石集めてんだぜ。城の中に籠もってろうそくの明かりに当てて反射するの眺めてるらしいぜ。」


そこにジョフロアがタイミングよく現れた。


「兄さん達。末弟をいじめないでよね。趣味は幾つあってもいいものだろ? 」


美しいアンリ、大柄で雄々しいリシャールに、若さ溢れる明朗快活なジョフロア、幼く引っ込み思案だが聡明そうなジョン。

今を時めくピュルテジュネの若い王子達が集まると流石に目立つ。


ジョフロアの言葉にアンリは片眉を上げて首をふる。

いじめてなんていないと言いたいのだろうが、ジョンは俯いてしまっている。

別段気にする素振りもないリシャールはつまらなそうに、しかし、やんわりとジョンを肯定した。


「宝石ねぇ。別に良いじゃねぇか。俺も好きだぜ。ろうそくの明かりに反射して光る剣眺めるの。」

「へぇ。明かりの届かない闇はもう怖くないのか? アクテヌ公殿は。」


アンリがくっくと笑う。

そんなアンリの肩に腕を置くと、リシャールは顔を近づけいかにも悪者らしい顔つきでその場を凍らせた。


「ああ。ろうそくに照らして見てると、後ろの刺客もついでに見えるからな。」


にやりと笑うリシャールにアンリは表情を変えずに「ふーん、そうか」と、興味なさげな返事をした。

2人の間に不穏な空気が漂う。

アンリから少し離れた場所に控えていたウィリアムは硬い表情をしている。

ジョフロアはあたふたと2人の顔を見比べ、ジョンはというと別段この会話に興味がない様子で、あらぬ方向をずっと眺めている。

その様子から察するに、ジョンはこの件に関してはかやの外の様だ。


「刺客といえば・・・」


そう言いかけたリシャールの言葉を遮ったのはジョフロアだった。


「そういえば。ジョン。お前、狩りが面白いって言っていたな。兄上達に連れて行って貰えば良い。なぁ。いい考えだろ! オレも久々に狩りしたい気分だし。どうかな兄上達? 兄弟みんなで狩りなんて、したことないだろ? 行かないか? なぁ、ジョンもお願いしろよ。」


ジョフロアに突然話を振られ、ついでに2人の間に突き出されるように押しやられたジョンはリシャールの腹に顔をぶつけた。

それをリシャールが押しのけ、ジョンはぺたりと床に座り込んだ。


しかし、おれは見ていた。

リシャールがジョンをそっと支えようとするタイミングで、アンリがジョンの足を引っ掛けていた。


アンリは微笑みを見せながら、座り込んだジョンの手を引っ張り起こし、パタパタと体のホコリを払う仕草をした。

まるで面倒見の良い兄のような顔で。


「俺はパス。」


リシャールはその様子を一瞥すると、手に持っていたワインを飲み干し”タン”、と少し大きな音を立ててテーブルに置いた。


「狩りより城造りのほうが面白えから俺は帰る。」

「相変わらずだな。しかたねぇな。連れて行ってやっても良いぞ?」


アンリがニコニコと笑顔を称えながら弟たちをまとめて抱きしめている姿は微笑ましい。

一連を見ているて、最初に絡んできたのはアンリだったはずが、最終的に印象が悪いのはリシャールという構図が出来上がっている。

その様子に会場が少しざわめく。

ヒソヒソと話声が聞こえる。

断片的だが、粗暴だとか、血が通っていないなどと言う言葉が聞き取れた。

 リシャールは廻りを睨みつけると大きな舌打ちをしながら、大股で出し広間の出口に向かってあるき出す。

その後ろを急いで追いかけると、隣でリシャールを呼び止める声が聞こえた。


「リシャール殿!」


その声の主の男はおれと同じようにリシャールを広間の出口付近まで追いかけており、互いの視線が合った。


「え? 」


 笑顔でコクリと頷いて見せると、男はリシャールに真っ直ぐに向かう。


「お初にお目にかかります。ジョン様の学問の指南役を仰せつかっています、ラナルフ・グランビルの甥、ヒューバード・ウォルターと申します。」


なんと懐かしい人物だろうか。

以前ルーと共にリシャールの母であるエレノア王妃に謁見に行った時、同じ船に乗り合わせたヒューバード、通称『先生』だ!!

リシャールにも話しているはずだが、本名ではなくて、通称の方でずっと話していたので、きっと気づいていない。リシャールは少し首を傾げると表情を少し和らげ外交的な顔で、淡々と対応する。


「ああ。ラナルフ殿の甥っ子か。優秀だという噂は聞いている。叔父上には母の件で世話になった。」

「記憶に留めていただき、恐縮でございます。実は私、ジャン様とも面識がございまして、不躾とは思いましたが、お声をかけさせていただきました。」

「ほぅ。ジャンと?」


2人の視線がこちらに向かうのを合図に、おれはヒューバードに駆け寄ってその手をガッチリと握る。


「先生! 久しぶり! リシャール。 先生だよ! ウィンザーのエレノア様に謁見に行った時に一緒だった話しただろ? 」

「あぁ! そうか! なんだ、 ジョンの指南役がなんで俺に用があるんだよって、思っちまったじゃねぇか。」


ヒューバードはおれの手を握り返し、にこやかに微笑み「ジャン殿もお元気そうで。」というと、改まってリシャールに手を差し出す。


「申し訳ございません。ジャン様からリシャール様のお話は幾度となく聞かせれておりまして、お話通りの人物故、嬉しくなってお声を掛けさせてていただきました。」


リシャールがヒューバードの手をぎゅっと力強く握ると反対側の手で華奢な肩をバシバシと叩く。

ヒューバードは顔を少し歪め、けれども人懐っこそうに笑った。


「まぁ、ジャンから聞く話なら良いことばかりでもないだろうがなぁ。」

「いててて。お話通りの気っ風ぶりでございますね。しかし、ジャン殿のお話は、ブリテンでの噂よりは幾分もマシでございますよ。」

「はっはっは。ヒューバードか。面白いな。気に入った。お前も来い。部屋で飲み直そう。」












ジョンの家庭教師という立場のヒューバード・ウォルターの再登場です。

本編でも触れていますが、《第一幕》テンプレ転移した世界で全裸から目指す騎士ライフep.28 ウィンザー章の 27話、前後で登場しています。

実際には、この2年後に、ラナルフ・グランビルが正式にジョンの後見人になるのですが、ヒューバードは彼の元にいたようなので、年も近いし良いだろう的な感じで指南役とか出来そうなので、してもらいました。

ジョンはこの時一応アイルランド卿という地位を持っています。現在の時点の年齢は13歳なので、お察しの通り実権は持っていない設定です。まだ成人にもなってませんからね。

ラナルフはピュルテジュネ王の右腕と言われる人物です。 ※参考 https://w.wiki/ETge

後に法に関する最古の論文を書いた人物です。

彼を後見人としてもらえるあたり、良い処遇ですね。

リシャールとは違いますね。


Xでも、史実の話たまにします。良かったらフォロー(無言フォロー歓迎)、コメント等受け付けておりますので、よしなにどうぞ。

https://x.com/potato_bomb_pom


20240705 あとがき追加

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