二ー48 ランス2
戴冠式の次の日。
この昔から祈りを捧げる日とされているらしく、粛々と帰路へと向かったり、静かにミサに参加したりと、招待客たちは様々だ。
ピュルテジュネ家の兄弟たちも例外なく、ジョンはジョフロアに狩りに誘われていたにもかかわらず、さっさとランスを出た。
ランスの客間でジョンが旅立ったことを聞いたリシャールは大層残念がった。
先生ことウォルターをすっかり気に入った様子のリシャールはその日まで彼を引き止めていたが、ウォルターはリシャールの押しに負けることなく、ジョンと共に帰国したのだった。
「なー。ジャン。あいつおれのところ来ねぇかな。どうにか説得してくれよ。」
「え。先生何度も言ってたけど、叔父さんの元で勉強したいんだって言ってたじゃん。おれにブルトンまで行けって言うの?」
「うーん。それはダメ。」
「しかも、先生の叔父さんラナルフ・グランビル殿って、ピュルテジュネ王にすごく重宝されてるって有名じゃん。そんな陣営から人引き抜くんだったらもう少し根回ししたほうが良いんじゃない?」
リシャールが動きを止めて少し驚いた顔をする。
「・・・。ジャン、お前。どうした。そんな根回しとか言うタイプだったっけ。」
「おれだって成長するし。とにかく、先生は目立ちすぎだよ。諦めなよ。だってジョン様の指南役って簡単に言ったら家庭教師みたいなものでしょ? 今は、ちょっと静かにしてたほうが良いんじゃない? 」
「はー。何だよ。つまんねぇな。しょうがねぇから諦めるかぁ。」
すっかり身支度を終え、旅装束に身を包んだリシャールは深々と座った椅子で心底残念そうにしている。
「でも意外だな。先生みたいな神学者目指してるタイプを宮廷に招き入れようだなんて。」
「まぁな。・・・武力だけじゃ、足りねぇと。やっぱ思うんだよな。親父に対抗するのって。」
リシャールは苦々しく顔を歪めて親指を噛んだ。そんな彼の頭に革袋がぽんと乗せられた。
「いい傾向ですよ。でも、まぁ、もう少し早く気がついても良かった気もしますけどね。」
「ポール。おかえり。やっぱりフィリップ様は勝手にお帰りになってくださいって感じ?」
「ああ。気楽でいい。さっさと帰ろうぜ。・・・リシャール。フィリップ殿がアンリ様の金の無心に答えたらしいぞ。どうやらアンリ様は本格的にフランドル伯と決別したっぽいな。乗り換え早すぎるな。さすがの尻の軽さだ。」
話を聞きつつ、飲み水の入っているであろう革袋をポールから手渡される。
彼は一応の礼節としてのフィリップへの挨拶の面会を申し出に行った帰り、旅支度にと調達してくれたのだ。
「今回のリシャール暗殺疑惑の件知ってて、アンリ様の支援を承諾したってことは、フィリップ殿もリシャールとは敵対の意思ありってことか。」
「全く。お前はどんだけ敵を作るんだよ。」
ウィルとペランの感想を聞きつつ、リシャールは首を傾げる。
「身に覚えはねぇんだけどなぁ。なんでだろ。」
「どの口が言ってんだよ。」
ため息をついたのはポール。
確かに。この表情は本気でわからない顔だ。
リシャールは自分が他人にどう思われるかということに興味がないのだ。
他人からどう思われているかを、最も気にするといえば、ダニエルなのだが、ポールと一緒に行ったはずなのに、姿が見えない。
「あれ? ダニエルは? 」
「ああ。なんかフランドル伯に捕まってた。あいつはほっといて良いだろう。」
ダニエルというトルバドールは、もともと一所に定住するタイプでもなく、フラリと現れてフラリと消えていくという人物で、今回のように無契約の宮廷の旅に付き合って長居することは珍しい、という話は聞いていたので、ポールの言葉に無情さは感じなかった。
「挨拶ぐらいしたかったのにな」
「まぁ、あいつのことだ、またフラリと現れるだろうよ。」
さっさと荷物を抱えるリシャールに付いて、急いで自分の荷物を抱えながら、ぽそりと呟くと、リシャールにぐしゃぐしゃと頭をかき回される。
「さっさと帰って要塞造りだ。今年はマルマンドでのアドベント*¹(待降節)だな。帰りがてら肉でも拾って帰るか。」
「肉は落ちてませんよ。まぁ、ついでに良い木があればチェックしておくのもいいですね。マルマンドの近くで狩りしましょう。」
「何だ。結局狩り行くんじゃん。」
「当たり前だろ。ここいらで狩りに行ってもフィリップに獲物渡さなきゃいけねぇからな。」
一応森にも管轄があるらしく、ランスのあるこの地域一帯はフィリップ、カペー家の森であるので、そこでの獲物は必然的にフィリップに所有権があると言って良いのだ。
「迷惑かけたんだし、そのくらいしたほうが良いんじゃない?」
「フィリップ殿にとっては、リシャールがうろついているほうが迷惑でしょうね。」
「あー。うるせぇうるせぇ。もう帰るぞ。野郎ども。」
「はーい」「へいへい」「おぅ」「無言」と、みんな口々に返事をする中に「っす!」というキレの良い返事を耳にし、振り返ると、ローアンにニコラ、ミシェルがキリリとした顔で動いている。
納得いかないだの何だのと言っていた彼らだが、入城祝の宴でのリシャールの堂々たる姿を見た日から、どうやら目の色が変わったようだった。
そう。おれ達の主は誰にも引けを取らない、最高の王だ。
若いフィリップの若々しく悠然とした姿も、戴冠式を取り仕切る策略家で狡猾だが風格の漂うフランドル伯も、丹精美麗なアンリも、厳粛で高尚な聖職者にも。
思わずリシャールの威風堂々たる姿を思い出してニヤニヤしていると、ネタ本人である赤めの金髪の頭が肩にどっしりと乗っかる。
「どうした。楽しそうだな。」
「えへへ。うん。楽しい。まだまだ一緒にいられるからね。」
「おい。辞めろよ。勃っちまう。」
「・・・」
「やっぱ撤回。最低王だわ。」
ベシっと頭を叩くと、リシャールを置いてさっさとあるき始める。
「ちょ、なんだよ。冗談だろ。おい。ジャン! 最低王ってなんだよ。」
「じゃぁ下品王」
リシャールが慌てて追いかけて来るのを横目にペランの隣をずんずんと歩く。
「おいおい、変なあだ名辞めろよ。」
「おぉ? 楽しそうだな。リシャールの新しいあだ名か? オレにも考えさせろ! クソ王! しょんべん王! 」
「ペランが連れの王」
ペランから少し離れたところにいたポールはそんなに大きな声で言ったわけではないのだが、何故か彼のこの手のツッコミはタイミングが絶妙なようで、よく聞き取れてしまう。
「おい。ポール。それだとオレの名前が悪口いみたいじゃないか!」
「いやいや。その通りだぜ。お前ら最高な関係じゃないか。馬鹿王に阿呆家臣だ。」
ワッハッハとウィルが大きな声で笑い飛ばしているその後ろで、声変わり中のかすれた高い声がする。
「横に並ぶぜ王」
「え?」
「ん?」
「いつかオレ達、リシャール様の横に並べる位の力つけるっす! なんならオレ達、超えてやるっすよ! 」
大きな声でローアンがリシャールに向かって宣言を始めた。
「何だ何だ。熱いなお前! ローアン! この野郎! 」
リシャールは嬉しそうにローワンの頭をガッチリホールドすると、頭を撫で回す。
そんな2人をポールとミシェル、ニコラが苦笑いをしながら眺めている。
「ここにも阿呆家臣がいたな。横に並ぶぜ王ってなんだよ。もっと・・・なんかあるだろ・・・。」
「オレ達オレ達って言ってるけど、ローアンだけっすから。」
「・・・お前らも苦労しそうだな。」
騒がしい仲間たちのとの会話に笑いながら、突如、ここにいるはずの彼の面影が浮かぶ。
心もとなく感じてリシャールを見ると、首元の鎖を触りながら遠くを見つめていた。
うん。おれも思ってたよ。
言葉にはならないけれど、なんとなくそう感じたとき、ふっと、話題が途切れ、静かになった。
小さく、優しく、爪で引っ掻くように、冷たい風が吹き抜けていく。
えも言われぬ空気が流れ、胸が締め付けられるようにさみしくなる。
そんな静寂を断ち切ったのは、若い声。
「ジャン殿! 先日のダニエル殿の演奏、どう思われましたか? オレ、すっげー感動したっす! 」
「ダニエル殿スゲーっすね! いつもとなんか雰囲気違って、なんかあれから近寄りがたい雰囲気になっちまって。オレ、もっとちゃんと話とかしたかったのに。」
ミシェルとニコラの声に、笑顔が戻る。
「またすぐ会えるよ。お前ら知らないのか? ダニエルはトラブルメーカーで有名なんだよ。 きっと、フランドル伯の所でもなんかしでかして、すぐに追い出されるんじゃないか? あれ。でも、ウチではあんまりトラブル起きてないよね? リシャールとは気が合うのかな? 」
「冗談じゃねぇ。アイツはさっさとパンブローナにでも行ったら良いんだよ。ふらふらしやがって。」
生きてさえいれば、また会える。
きっとダニエルとはすぐに会うことになったりするのだろう。
フラリと現れて、ポールと喧嘩して。
そんなふうに、流れ行く時間の中で、おれたちはその日その日を心に刻みながら、たまに引っ掻きキズの痛みに膝をつきながらも、精一杯。
生きていくのだ。
《第二幕》前篇としてここで区切ることにしました。
まだまだ二幕の大筋には到着していません。なぜでしょうね。。。
※以下⚠️ネタバレ注意⚠️
ぶっちゃけると、”ルー”ロスに耐えられなかったので、登場人物がやたら増えてしまったというのが実情であります。
このお話を書くのに、コレは既定路線だったので、しょうがないのだけど、耐えられなかった。
なんでこんな事、思いついたのだろうと。
後悔し、別パターンも考えたのですが【どうせ物語なんだし、理想の形にしていいじゃんって】、でも、それではダメでした。コレでも想像よりはずいぶんとマシな形に変えてます。
ルー。大好きなんです。本当に。
もっともっと消えてゆく人たちは多いはずのなかで、一人贔屓しちゃうといけないと思いつつ、引き摺らないようにとも留意して。
優しく引っかき傷を残して消えてしまう彼が大好きなので、この物語を書いたのかもしれません。
やばい。考えてたら泣いちゃう。
さて、後編はもう少し早く書けるといいです。
とか言いつつ、現時点では全く手をつけていません。
あと、宣伝も頑張る事にしました。
宣伝頑張る宣言。
ブックマーク、評価、感想、いいねとかお待ちしています。
僭越ながら「面白い」「続き読みたい」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価の星をクリックよろしくお願いします。
していただいたら作者のモチベーションがダダ上がりしますので
ぜひよろしくお願いします。
章ごとにこのセリフ書きましょうって呟いている人いたので、取り入れる事にしました。(2幕前編のあとがきに書く文章でない気がしますが)
頑張ります。応援していただけると嬉しいですし、何より励みになります。
読んでくださる貴方がいるので、私、生きている気がします。
あ。生きてるとかって言うと大袈裟ですね。大丈夫です。ご存知だと思うけれどメンタル鉄なので【鋼って言うとちょっとおこがましいので鉄】
20250625 15:29 ぽむぽむ
20250704(ネタバレだったのであとがき修正)
アドベント*¹(待降節) クリスマスへの準備期間通常12月初日あたりから24日まで。




