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せめて、あの花が枯れるまで  作者: 甲末多紋大
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四角い関係

 ぜんまい仕かけの心が止まってから二日が過ぎた。駿河は今日で、このクラスを去ることになっている。

 今まで何人かはこのクラスを去ったが、みんな静かに居なくなっていた。訓練校というのは不思議な場所で、居なくなって当然と思えてしまう。期間が短いからなのか、そう思っているのは俺だけなのかは、良く分からない。

 駿河が辞めるということで、オープンチャットは賑やかになっていたが、市松や熊田からのメッセージは書き込まれていなかった。

『私はもうすぐ学校辞めるし。そしたら、もう誰とも会わないつもりだったので』

 駿河の言ったあの言葉を思い出したが、チャットの文字を見ていると、そうは感じられないような明るいお別れになっている。もしかすると、俺に対する怒りが、あんな言葉を言わせていたのかもしれない。その真意は分からないが、兎に角、今日は駿河をめいっぱい楽しませてあげないといけないな。

 

 喫煙所に居ると、市松がやってきた。またあの不気味な笑い方をしている。そんなに苦手なら作り笑いなんてしなけりゃいいのに。とりあえず、あの笑顔をしているということは、また何か頼もうとしているに違いない。

「今日、駿河さんと食事に行くって聞いたのですが……」

 何で市松が知っているのだ、どこから情報が漏れた? まぁ、駿河が誰かに言ったのだろう。別に隠す必要もないからいいが。

「あぁ、だから?」

「あの~、お願いがあるのですが」

「今度は何?」

「熊田さんと駿河さんが仲直りできるようにしてもらえませんか?」

 呆れた。何処まで身勝手な話だ。女じゃなけりゃ一発ぶん殴ってやるところだ。何が悲しくて、熊田と駿河を仲直りなんてさせなきゃいけないんだ。折角終わった話をまた蒸し返すつもりか。ましてや、何でまた俺に頼む。惚れた弱みにつけ込んで人を利用するのも大概にしてほしいものだ。ここは一発、ガツンと言ってやる。

「俺がお前の頼みを聞く義理は無い」

「熊田さん、あの日以来ずっと落ち込んでいて……」

 熊田熊田……。またその名前かよ。うんざりしてくるな。どんなに熊田が好きなんだよ、コイツは。

「それくらい、自分でどうにかしたらどうなんだ。君の大好きな熊田ちゃんは、そうやってウジウジ落ち込んで、人にケツを拭いてもらわないと生きていけないのか?」

「今、駿河さんと話が出来るのは高井さんしか居ないんですよ。もちろん、出来ればでいいので、お願いします」

 市松は、長い髪を前に垂らし、深く頭を下げてきた。耳まで赤くなってやがる。俺にどうしろというのだ、この女は。怒りを通りすぎて呆れてくる。

「あっそ、出来ればな」

 女に頭を下げられて、嫌だと言えない自分が情けない。とりあえず、精一杯、不機嫌な顔をすることしか出来なかった。


 そして夕刻。駿河は荷物をまとめ、俺は教室の外で待っていた。レストランは予約してある。美味しいかどうかは分からないが、ネットで調べた限り雰囲気は悪くない。どちらかと言うと、俺は居酒屋などで酒をのむよりも静かな場所で飲みたい方なので、ある意味、俺が行きたい店という選び方になってしまった。

「お待たせ」

 駿河は通学用のカバンと、普段使っていたひざ掛けや小物が入った少し大きめな紙袋を手に、教室を出てきた。

「荷物、持ってやるよ」

「いや、いいよ、そんな」

 何を照れているんだ。女が大きな荷物を持ったまま、男が平気な顔して肩を並べて歩けるわけがないだろう。俺は駿河の右手から大きめの紙袋を取り、エレベーターのボタンを押した。

「さ、行こうか」

 駿河は軽く頭を下げ、俺達は予約してあるレストランへと向かった。予約は六時からなので時間はまだまだあった。

 ハローメイツから歩いて一〇分の場所なので、散歩がてらウロウロしたり、百貨店の地下で美味しそうなスイーツ等を見ながら楽しんでいた。

 五時半を過ぎると、街はすっかり夜の顔になり、季節柄か、町に並ぶ木々には電飾が巻きついている。駿河の目は、その光を曇り無く反射させるほど綺麗な目をしていた。

「駿河って、目が綺麗だね」

「そう? 言われたこと無いけど」

 駿河は相変わらずよく喋る。正直、ちょっと心配していた。怒って来ないかとも思ったが、順調な喋り具合を見ていると、心配する必要がなかったのだと分かる。


 そして、店に着くとベスト姿のウェイターが入り口で迎えてくれた。

「六時に予約していた高井です」

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 広々としたフロアは黒と青が基調とされ、程よい眠気を誘うような暗さだった。この場所で、色々なカップルがそれぞれの恋を育んだことは雰囲気で分かる。

 ウェイターは、ライトアップされた中庭が見える席へと案内した。俺は駿河の椅子を引き、ウェイターが俺の椅子を引く。

「高井さんって、イタリア人みたい」

 駿河はそう言って俺を笑った。お前の中でイタリア人はどういう扱いなんだ、と言いたくなる。

「俺は、綺麗な娘には優しいの」

「私、そんな扱いされたの初めて」

 なんだ、こいつ照れているのか。なかなか可愛いところあるじゃないか。駿河と一緒に居ると、いつの間にか俺は笑っていた。楽しい。久しぶりに心から笑えている。市松がどうとか、熊田がどうとか、そんなことよりも、駿河と楽しみたい、そう思えた。

 軽い食事から、一皿ずつ運ばれてくる。食べさせあったり、好きなものをあげたり、俺が嫌いな物を駿河にあげたりと、まるで恋人のようだ。友達というほど距離が近かったわけではなかったはずなのに、急接近して戸惑いも感じるが、自然の流れに任せていた。

 しばらくすると、何やら席の後ろが少し騒がしくなっていた。振り向くと、飾りのように置かれていたピアノに白いタキシード姿の男性が座り、音を確かめていた。生演奏が始まるようだ。

 ピアニストは、目を閉じて呼吸を一泊置き、会話の邪魔にならないくらいの小さな音を奏で始めた。

 心地よいメロディーが流れる。切なくもあり、優しくもある。それは聞き覚えのあるメロディーだった。著作が切れているであろう程の古い曲だ。

 メロディーはそっと二人を包み、俺と駿河の隙間を埋めようとしている。魔法にでもかかったかのように、二人は隙間を五センチも無いほどに寄り添った。

 沈黙した。沈黙は当然、多少の気まずさを伴ってはいたが、不思議なことに、さほど居心地の悪いものではない。駿河の視線は怠りなく俺に注がれている。二人の視線が甘くからむ。

――何かが可怪しい。いや、全てが可怪しい。

 駿河はジントニックを一口飲むと、少しとろけた目で俺を見た。俺はその表情のかすかな変化を見逃さなかった。

「私ね、ずっと隠してたけど、高井さんみたいな人がタイプだったの」

 俺に対する告白ともとれる発言だが、微妙に違うようにも聞こえる。しかも、過去形って。反応に困るような言葉に俺は軽く微笑み返し、グラスを静かにコースターに戻した。こめかみが熱くなる。

 そして、息を吸い込み、駿河を見返した。夜は少しずつ深まり、言葉を溶かし始める。程よい照明と心地良いメロディーが後押ししている。

「過去形なんだな。進行形なら嬉しかったのに」

 俺がそう言い返すと、駿河はテーブルの下で脚を組み、薄笑いを浮かべながら俺の目をまっすぐに見つめていた。その視線はとても暖かく、俺の心を包み込むようだった。

 俺はそっと、駿河の頬に手を伸ばした。そうしようと思ったわけじゃない。手が勝手にうごいていた。

 初めて触れた駿河の頬は、とても柔らかく、俺の手よりも熱い。

「――柔らかいね」

 俺は、流れるピアノのメロディーに負けそうな程の声でそう言って、親指で静かに唇をなぞった。

 駿河は、優しさを帯びた目を更に細めた。俺は椅子から少し体を浮かし、駿河の唇へと顔を近づけた。

 分かっていた。彼女にキスをしてしまえばどうなるかということくらい。きっと、このまま何事も無かったかのように、駿河との恋が始まるのだろう。それでいい。市松のことなんて駿河が忘れさせてくれる。

 市松……。そう思った瞬間、市松が唇の左端を吊り上げる癖が脳裏に浮かんだ。何で邪魔をする。駄目だ。キスしちゃいけない。

 俺は、駿河の唇に何かが付いていたかのようなふりをして、姿勢を元に戻した。

「ほんと、子供だな~。いっぱい付いてるぞ」

 そう言ったはいいが、耳が熱くなっているのが分かる。

 しばらくの間、駿河は沈黙した。今度の沈黙はさっきと違い、居心地が悪くなる。

「高井さんって、市松さんのことが好きなの?」

 おい、この雰囲気でいきなり何を聞き出す。というか、何故そう思うんだ駿河。俺はこんな状況でなんて答えればいいんだ。

「そんなこと無いよ。だって、アイツは熊田が好きじゃないか」

 俺がそう言うと、駿河は少しだけ眉をしかめた。明らかに疑わしい目で俺を見ている。さっきまでの優しい目は何処に行ったんだ。

「――本当?」

「そりゃそうさ。あんな色気もない女を、何で俺が好きになるんだ」

 嘘の山だ。片付けるにはブルドーザーが要るな。ほんと、市松は何処まで俺の邪魔をするんだ。兎に角、この話は早く終わらせなければならない。勘のいい駿河と、嘘をつくのが下手な俺。明らかに分が悪すぎる。

「なぁ、駿河。熊田とちゃんと話しをした方がいいんじゃないか?」

「どうして?」

「このままじゃ、友達にもなれないじゃないか」

「高井さんがそう言うなら……」

 俺がそう言うなら――何て甘美な響だ。思わず目をつぶってしまいそうになる。男なら誰だって、こう言われて嬉しくない奴は居ないだろう。市松なら絶対に言わない言葉だ。いや、市松でも熊田に言われたら素直になるのだろうか。想像できないな。

 駿河は、やたらと画面の大きなスマートフォンを取り出し、触り始めた。メールかとも思ったが、恐らくチャットだろう。

「熊田さん、近くに居るそうですよ」

 近くに居るって、何をしているんだアイツ。時間はもう九時を回っているのに。もしかして、俺と駿河が二人で飲みに行くと知って心配しているのか。本当に好きなんだな、駿河のことが。

「じゃ、今から呼び出して、ちゃんと話をしろよ」

「えっ、今から?」

「早いほうがいい。俺は終わるまで待っていてやるから」

「うん――分かった」

 市松と違い、素直に言うことを聞く。これが市松なら、あーだこーだと言って、絶対に言うとおりにしないだろう。

 駿河の呼び出しに、熊田はすぐにでも来ると返事をしたようだ。アイツは、駿河の言いなりか。俺なら絶対行かないぞ。

「市松さんは、熊田さんの何処が良いんだろうね。彼女、頭は良くても、男を見る目がない」

 そうだそうだ! もっと言ってやれ、と言いたいところだが、出来ればその話題はやめて欲しい。俺は聞こえないふりをして、店を出る準備を始めた。

「さ、熊田と合流するか」

 俺達は店を出て、熊田と待ち合わせている駅へと向かった。

「ちゃんと話してこいよ」

 俺はそう言って、熊田が来る前にその場を離れ、夜の街を歩いていた。

 もうすぐ一〇時になろうとしているのに、街は賑やかだ。それにしても、真冬の夜は寒い。まさか、こんなにも寒い中、夜の街をウロウロするはめになるなんて思ってもみなかった。

 終わったと思っていた役目は、まだ尾を引いているのか。俺は何でまたこんなことをしているんだ。俺から言い出した話しだが、何故こんなにも待たされる。結局、一時間ほど待たされたあと、熊田が俺に電話をしてきた。

 合流場所に行くと、駿河と熊田が立っていた。二人の表情は穏やかで、どうやら円満な解決が出来たようだ。

「ありがとうございます」

 二人は声を合わせて俺にそう言った。

「もう終わったんだな、じゃ、帰ろうか」

 もちろん、詳細は聞かなかった。聞いたところで本当のことを言うかどうかもわからないし、二人の行く末なんて興味が無い。それに、また何かあったらフリ回られるのが落ちだ。それはご勘弁願いたい。

 二人共、この間の騒動が嘘のように笑顔を見せている。市松もこれで安心できるだろう。いや、今は市松のことを考えるのは止めておこう。あいつが絡むと、折角の円満解決が台無しになりそうな気がする。

「じゃ、ここで」

 駿河は、やたらと入り口の多い改札口の前で立ち止まり、俺達に手を降った。いい笑顔をしている。本当に全ての問題がこれで終わったことを、彼女の笑顔が教えてくれた。

「初任給が入ったら、是非ごちそうさせてくださいね」

「そうだな、とびっきり高いステーキを食べさせてもらうよ」

「いいな~、僕も行きたい」

 熊田は小さな声でそう言った。駿河には絶対聞こえてないだろう。もっと腹から声を出せ、と言いたくなる。思うに、こいつがもっとハッキリ声を出せていたら、駿河との可能性があったのかもしれない。

 熊田と俺は、駿河の背中が見えなくなるまで見送り、どちらからとも無く帰路を歩いた。

 いつも俯いていたはずの熊田が、まっすぐ前を見て歩いている。きっと、いい別れができたのだろう。よかった。

「良かったな」

「はい、ありがとうございます。でも、どうして高井さんは、こんなにも良くしてくれたのですか?」

「市松が頼んだから……かな」

「そうだったんですか」

「なぁ、熊田。今度は俺が頼みたいことがあるんだが」

「はい、何ですか?」

「市松のことを頼む」

「高井さんが望む結果にはならないかもしれませんよ」

「別に付き合えってことじゃない。ただ、アイツを笑顔でいさせてくれ」

「そうですね……それなら何とか」

 こいつ、まだ駿河を想っているんだな。熊田の返答から駿河に対する未練が感じられた。

「じゃ、俺はここで」

「本当にありがとうございました」

 熊田は頭を下げ、俺は熊田を背にし、帰路についた。


 家に帰り、テレビよりも先にパソコンの電源を入れた。色々あったせいか、あまり眠気を感じていない。それに、何となくだが、市松が待っているような気がした。

 連絡はしないと決めていたが、報告するためだ、と自分に言い訳をしてみる。

 チャットにログインすると、市松も入っていた。やはり思ったとおりだ、市松は気になって待っていたのだろう。

[高井]:なんだ、遅くまで起きてるんだな。

[市松]:はい。待っていました (*ノω・*)テヘ

 よっぽど心配だったのだろうか、モニターにかじり付いて待っていたのか、というくらい返事が早かった。小鳥が親から餌をもらうために、口を開けて待っているようなものか。

[高井]:結果を先に言うよ。駿河と熊田はちゃんと話し合って、円満に終わったよ

[市松]:え、二人で話し合ったんですか (゜Д゜)ガーン

[高井]:あぁ、熊田を呼び出して、一時間程二人で話をしてた

[市松]:あの状態から仲直りさせるって、高井さんすごすぎ

[高井]:俺は何もしてない。二人で話し合った結果だろう。何処まで仲直りしたのかは知らないが、平和的解決はしていたと思う

 そして、話は弾み。俺は駿河との話をした。何かが吹っ切れたのだろうか。それとも、久しぶりのチャットだからだろうか。何だか指が弾んでいる。不思議と、今夜は素直な気持になれていた。

[高井]:駿河にさ、高井さんみたいな人がタイプだったと言われたけど、どういう意味だろう

[市松]:割りと予想してた……。っていうか知ってましたよ

[高井]:え、そうなの?

[市松]:駿河さん、高井さんから私への好意に、気づきかけてたみたいなんですよね

[高井]:どういうこと?

[市松]:以前、『市松さんが変な人で良かった、そうじゃないと、高井さんが好きになってた』と、駿河さんが言ってるのを、熊田さんが聞いたみたいです

 駿河がそんなことを言っていたなんて、初めて聞いた。知らなかったのは俺だけなのか。もし、それが本当なら、熊田はそれを知ったうえで、駿河に告白したということか。

 俺と駿河がどうにかなっていれば、熊田が傷つき、熊田が傷つけば市松が傷つくのか。なんだこれ、傷の連鎖反応……。

[高井]:知らなかった……。何で言ってくれなかったんだよ

[市松]:高井さん→私→熊田さん→駿河→高井さん。ループした。四角形ですね

[高井]:頼むから、その環に俺を入れないでくれ

[市松]:駿河さんのタイプが高井さんだとしたら、熊田さんが対象外すぎる。熊田さんの、ヘタレ・鈍感・不器用・優柔不断を高井さんは一つも持ち合わせていない!

[高井]:俺も全部あるよ。同じだって

 俺も熊田と同じだ。いや、むしろ俺のほうが酷いだろう。熊田は、振られることを覚悟して、真っ直ぐに突き進んでいた。それに対して俺は、市松に振られるのが怖くて逃げてばかりじゃないか。何をしているんだ、俺。

 キーボードを叩く指の勢いが弱くなる。慎重に言葉を選び、息を呑む。言うなら今だ。振られてもいい、想いを告げよう。

[高井]:お前、まだ熊田を諦めるつもりはないのか?

[市松]:諦めが悪いのが、私の良いところです

[高井]:なぁ、市松。頼むから、今日だけは黙って口説かれてくれ。もちろん返事は要らない

[市松]:( ゜д゜) ・・・

[高井]:俺はお前が好きだ。ずっとずっと好きだった。何度離れようとしても駄目だった。今もそれで苦しんでいる

[市松]:どうしたんですか? 変ですよ、高井さん

[高井]:素直になりたい夜もある。今日はそんな気分なんだ。本当に素敵な人だなと、心から思える。痛い部分はあるけど

[市松]:素敵なのは高井さんでしょ。私は余計なことばっかりしちゃってました

 市松が急に近くに感じ始めた。キーを叩く音と心臓の鼓動がシンクロしはじめているように感じ、俺の心は夜を超え、約二五キロメートル離れている市松の元へと向かっていた。

[高井]:色々あったけど、お前と居ると、何故か元気になれていたよ

[市松]:私と似たような立場の高井さんがいてくれて、すごく心の支えになりました。切ないのは私だけじゃないんだなーって

[高井]:切なさの共有だな。お前と共有できてよかった

[市松]:高井さんがいなかったら私、熊田さんのことでモヤモヤしてたし、駿河さんのこと傷つけた上、何もできずにオロオロするし、酷いことになってました

[高井]:それは大げさだな

[市松]:大げさじゃないですけどね。あのままじゃ駿河さん、ハローメイツのことを思い出す度に嫌な思いしてたかも知れないし、熊田さんも駿河さんに絶縁されてボロボロになっていただろうし

[高井]:口説かれてくれてありがと。スッキリしたよ。熊田と幸せになれよ

[市松]:私も、言いたかったことが言えて良かったです

[高井]:もう、ガラスの靴は落とすなよ。俺には拾ってあげることができないからな

[市松]:ガラスの靴?

[高井]:そう、ガラスの靴。シンデレラが落とした靴。俺の役目は終わったってこと

[高井]:それと、遅くなったけど、誕生日おめでとう。じゃ、また会おう

 そうメッセージを残し、パソコンの電源を落とした。

 終わった。市松を想う気持ちに一段落付いた。振られると分かっていて告白するなど、愚かな行為だと思っていたが、思ったほど悪くは無かった。自己満足なのだろうが、好きな人に好きと言えることがどんなに幸せなのかを知った夜でもあった。

 市松は今、どんな顔をしているのだろう。笑っているのだろうか、それとも、呆れているのだろうか。残念ながら想像できない。

 兎に角、これ以上、市松を追うことは無いだろう。本気でそう思った。後は忘れていくだけだ。良いか悪いかは別として、忘れるのは俺の得意分野だ。本当は覚えておかなければいけないことでさえ忘れてしまうくらいだから、市松のことなんですぐに忘れてしまうだろう。それでいい。後は時間が解決してくれるはずだ。俺の市松に対する想いを捨てるには、一番いいタイミングだと思う。誰かのことを想っている人を想い続けられるほど、俺は強くないんだ。

 疲れ果てたのだろうか、その晩、俺はパソコン椅子の長い背もたれに体を預け、そのまま眠りについてしまった。

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