第4章2 茶番劇
城内の混乱は一気に頂点に達した。1子であるクラウスは誰よりも国王に近い場所にいる王子。それが重罪を犯したとなれば、王位はもはや与えられることはない。後ろで小さく泣いているレクファ。クラウスはふとそれを振り返り、その頭を撫でた。驚いたように顔を上げる2人の小妖精。
「ちょーっと待ったぁ!!」
それとほぼ同時だった。会場内に威勢のいい声が木霊したのは。ざわめきが一瞬にして消え失せ、全てのものの視線が国王の反対側、比較的身分の低い者達が座る席の2階部分に向けられた。快活な女の声がエコーのように響き渡った。
「大根芝居もそこら辺にしておいてほしいね、デューン・アレース!あんたをこの茶番劇の主役にするつもりはさらさらないんだよ!!」
2階部分の手すりに乗り、どどーんと胸を張ったのは紺の髪をした女。腰までの長く太い1本の三つ編みを大袈裟に後ろへ放り投げ、仁王立ちで王子であるデューンを指差している。場内がその女性、カルナに釘付けとなった。
「主役はいつでもこのア・タ・シ・さ!は~はっはっはっはっは!!」
そのあと、どうやら暖めておいたらしい口上をズラズラと口にするカルナに会場は騒然としていた。2人の小妖精もカルナを見上げて、まるで化け物でも見たかのように口を開けてパクパクしている。城内の者も皆同じ反応をしていた。その中で、クラウスの声だけが響く。
「口上は後にしてくれないか、セレス・カルナ」
「おっと。怖いねぇ相変わらず、クラウスは……。あ、そういえばアンタの今の芝居、上手かったよ~、私の次くらいに。今度どうだい?ウチの弟子とタッグ組んで上演でも」
クラウスは盛大に息をついた。肩をすくめた様子にやっと本来の仕事を思い出したように国王、そしてデューンに視線を向けるカルナ。
「私は4大魔女の1人セレス・カルナ。クラウスに依頼を受けて見張らせてもらったよ、デューン・アレース!アンタの悪事は全てね!クラウスの容疑を晴らす人物だってちゃーんとここに……って、何してんだい!」
セレスの横にいた人物は顔を真っ赤にして下を向いた。皆の視線を受けているセレスは下の階に見えるように彼を引っ張り出す。珍しく抵抗を見せる相手にセレスはその背を強く押した。瞬間、手すりの向こうに体が半分突き出される。
「えっ、あ、……そ、そそそその、あの、えっと……」
顔を真っ赤にして視線を彷徨わせる彼に呆れたようにセレスが大声を上げる。その姿が観衆の視点を集めた瞬間、何処かで椅子を倒す音が響いた。
「これがあんたらお探しの、第4子ルーク・クロートレンだよ!……ってこら、ルーク、逃げんじゃないよ!」
「か、カルナさ……じゃなかった、セレスさん!そんなこと言ったって……」
「いいじゃないかい、城内全体アンタの話題でいっぱいだよ。よっ、有名人!」
セレスに茶化され、皆の視線を浴びてルークはますます赤くなった。背中を叩かれ、とりあえず何か言わなくてはと口を開く。
「え、えっと……こんにちわ」
セレスとクラウス、そしてレクファとリーファが同時に頭を押さえた。その様子に困ったような表情をしながら、ルークは言葉を続ける。
「あの……僕、お城を出た後、森に向かったんです。レオナさんの居場所を探して…」
☆
風が止まった。その瞬間、ルークの体は地面すれすれで止まり、ゆっくりと着地した。目を瞑っていたルークにはそれが理解できず、首を傾げた。
「……えいやっと」
刹那、そんな掛け声と共に体が木々の間に引きずり込まれた。驚いたルークの視界に入ってきたのはルークを引っ張り込んだ張本人、カルナと先程見た赤い光……トリクの姿があった。
「!……ふがっ」
「騒ぐんじゃないよ、ルーク。騒いだら、ただじゃおかないからね」
脅迫紛いの発言で口を塞ぐカルナ。明かりを暗くしながら息を潜めるトリク。2人の視線は共に崖の上へと向かっていた。どうやら先程ルークの背中を押した人物がこちらを… 否、崖下を見つめてルークの生死を確認しているらしい。
小声でトリクが呟いた。
『幻でも見せた方がいいんじゃないか?』
「そんなことしたらあの女、一発で気付くよ。それに……この場所は滅多に人が来ない。足の骨でも折れば、黒犬獣に喰われるか野垂れ死ぬかのどっちかさ。あんたはどっちがいい?トリク」
小声でうぇ、と舌を出したトリク。数分間空中を彷徨いながら考えて、ルークを恨めしそうに見つめるとこんなことを言った。
『……俺様、ガキにつぶされる以外ならなんでもいいかも……』
どうやらトリクはルークの家に置いて行かれたことを根に持っているらしい。ゴメン、と頭を下げるルークに顎を突き出して不良の真似をしている。上を見つめながらもその様子に気付いたのかカルナは行った。
「ふっ、そうかい。わたしゃ出来ることなら縁側で茶でも飲みながらぽっくり逝きたいね」
年齢に似合わない発言だと突っ込むものは誰もいない。ただトリクは変な汗をかきながら、ルークに向かって更に小声で言った。
『……あり得ねぇ……っ!』
「何か言ったかい?」
振り向いたカルナにルークは尋ねる。
「カルナさん、さっきの人は……?」
「行っちまったよ。もう大丈夫さ。アンタがコレを付けていたおかげだよ」
カルナはルークの手を取ると、その手首にあったミサンガを示した。石がまた青く光っている。ルークは首を傾げると、カルナは豪快に笑って見せた。
「これはね、アタシの魔力のカケラさ。アンタの居場所が一発で分かるように、持たせたんだよ」
そう言うとカルナはその石を強く握りしめた。一瞬その指の隙間から閃光が走る。そしてカルナがその手を開くと、そこにはミサンガしか残っていなかった。ルークは感嘆の声を上げる。
「うわぁ……」
「これはやるよ」
残りのミサンガの部分をカルナはルークに手渡した。その様子を端から見ていたトリクは、疲れたというような顔をしながら首を鳴らす。
『さって、そんじゃ半分壊れた豚小屋に帰るとするか』
その言葉を聞いてルークは顔を上げた。レオナの救出が自分の目的なのだ。慌てたように立ち上がった様子に林から出たカルナが言う。
「レオナならまだ捕まっていてもらわないと困るんだよ、ルーク」
ふとルークの足が止まった。振り返って困惑した表情をしている少年にカルナは諭すように頭を撫でてやる。トリクは首を回しながらその様子を見守っていた。
「……え?」
「レオナは王位継承式の時に2子とあの女のいないところで隙をついて逃げ出すのさ。大丈夫、牢屋に魔法は掛けてあったけど解除の仕方は教えてきたし、第一そんな簡単に殺されはしないよ。アタシの弟子はね」
ルークはカルナの自信を込めた言葉に促され、ゆっくりと頷いた。不安は心に引っかかってはいたが、危険に陥ればいつでも抜け出せる状況にあるという言葉に落ち着きを取り戻す。そしてやっと気付いた。
「……弟子?」
『ルークのその天然、すんげー懐かしいわ、俺様』
トリクが嬉しいのか呆れたのかよく分からない息を吐いた。滑りやすい傾斜を余裕の表情で歩いてゆくカルナを見つめてさらに首を傾げた。トリクに助けを求めても、自分で聞けというような返答してしてくれない。
「あのっ、カルナさん!」
「あ、そうそう、レオナを助け出す時に、2子んとこに捕まってる人間も助け出すから、よっく覚えとくんだよ、ルーク!その後は王位継承式に殴り込みだよ!」
「はい!……って、えぇっ、殴り込みですか!?あ、そうじゃなくて、その、弟子って……」
カルナを追いかけてゆくルークの背中を見つめながら、トリクは盛大な溜息をついた。また顔を出した月を見上げて、語りかけるように呟く。
『「アレ」がレオナの何十倍も生きてる4大魔女だとは思わねぇよなー、普通』
月は何も言い返しはしなかった。ただただ、トリクの溜息を葉擦れの音の中に響かせるだけ。
☆
「と、いうワケさ。観念しな、デューン!」
いつの間にかルークの台詞を奪って、手すりに片足を掛けてそう叫んだセレス。その様子にクラウスは軽く頭を押さえた。ルークが一生懸命隣で「カルナさん、スカートっ」と慌てている。
クラウスは息を吐き、そして反対側の椅子にもたれている義弟を見つめた。
「……どうやら裏の裏をかいたつもりだろうが……私の方が一枚上手だったな」
笑みが浮かぶ。久方ぶりに見る、デューンの蒼白な顔を見れば当然のことだ。上の階で豪快な笑い声を上げているセレスを睨みつけ、息を吐く。隣に控えていたリキュアは腰に下げていた剣の柄に手を伸ばそうとしていた。しかし、それを制したのは主の右手だった。
(……ここで手をだせば、完全に信用を失う。懸命な判断だな、『我が弟』)
クラウスは勝者の笑みをたたえてそれを見つめていた。そしてふと2階に視線が釘付けとなった国王の姿を見つめる。自分は勝者ではあるが、王権は望めないとクラウスは自分に言い聞かせた。
「……父上」
クラウスの声に我に返ったかの表情を見せる妖精王。観衆の視線も配下の妖精達の視線も、義弟達の視線もクラウスに向かった。
「彼を殺そうとしたことは万死に値します。……ですが、彼は『我が弟』。父上にとっても大事な息子でしょう。そこでこうしてはいかがでしょうか」
デューンの視線とクラウスの視線が絡み合う。それは最初にこの会場で目を合わせた時のものとは全く違った。立場逆転の優位を誇ったクラウスは彼を罰する一番の方法を知っている。
「……王権剥奪、というのは」
それは一番の屈辱。それでも聴衆や国民からすれば軽いものなのかもしれない。けれど、王権を巡って争ってきた者としてその言葉は万死より重い。今までの苦労も、全てが水の泡となるのだ。
(皆の上に立つ者、彼を殺すことなし。そしてまた逆に彼を殺す者、皆の上に立つことなし。……信頼とは脅しで得るものではない)
そう思えば、ルークは王の座に一番適した者かもしれない。会場からの賛成の声と罵声。デューンはこちらを一睨みして席を立つと雑音の中で姿を消した。それを追うようにリキュアもまた退出していく。残された3子のブラーフも決まり悪そうな表情をして会場からひっそりと逃げ出した。皆の視線が行方不明となっていたルークへと向けられていた。その中で、クラウスは1人、席を立った。
ルークがやっとまともに会場を見回せるようになった頃には何処を探してもクラウスの姿は無かった。配下の者達も慌てたように辺りを見回している。ふと頭を押さえたように溜息をついたセレスが、一階へとルークの手を引いた。
階段を下ると、真正面に妖精王の姿が見える。気恥ずかしそうに頬をかくルークを赤絨毯の上を堂々と歩きながらセレスが引っ張ってゆく。無遠慮に王の前まで来たセレスは最後の一押しをルークに加えた。
「ほらっ、親子の再会でも盛大にやっとくれ」
押し出され、慌てたように振り向くルークにセレスは口元を上げて言う。
「どんな茶番劇であっても、お涙頂戴は鉄則さ」
ルークは何か言おう口を開き、そして止めた。なにかを堪えるように口を閉じ、下を向いて、振り向く。国王の椅子は今まで見たことのない程大きなものだった。けれど、そこに座っているのは自分の父。自分を愛して、探し続けてくれた本当の父。
自分は愛されないから捨てられたのだと、思いこんでいた。けれど強がって、ここまで生きてきた。義父と義母の愛情も嬉しかったけれど、心の何処かで本当の両親の言葉が欲しかった。
王はルークの心に気付いたのか、立ち上がって微笑ってくれた。そして、手を広げて言う。言い慣れていない言葉だろうが、王は言ってくれた。……ルークの為に。
「……おかえり、我が息子よ」
ルークは涙を堪えて、その胸に飛び込む。




