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ALF  作者: 由城 要
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第3章3 戻りし者は


「あ、あの……」


 先程までの小妖精達の言葉で、その人物のことは分かった。何番目かは分からないけれど、多分王子の1人。当然そんな偉い人と会話などしたこともないルークは混乱する頭の中で話題の種を探していた。

 しかし先程までの剣呑な眼差しに対して、椅子に腰掛けた後の彼の表情は無表情に近かった。笑いもしなければ、怒りもしない、そんな顔。黙っていると本当に造られた人形のようだった。


「……私はクラウス・セルディール」


 最初に王子が口にした言葉はそれだった。ルークの思考は昼間のカルナとの会話から、セルディールという名が第1子のものだと即座に判定を下した。資産家のお后との子供だとカルナが言っていた気がする。


「……ルーク。私はお前を捜していた」

「……え……?僕を、ですか?」


 意味の分からない言葉にルークの緊張と混乱は治まることを知らない。無表情にそう言うクラウスは息を吐き、相手の瞳を見つめた。話の邪魔にならないように後ろで静かにしている小妖精達がふとこちらに視線を寄せる。


「私だけではない。我が義弟にあたるデューン、ブラーフ、そして国王もまたお前を捜していた。ここ3年間、ずっとだ」

「え?あ、あの……」


 クラウスは月明かりと蝋燭の光だけで照らされた部屋に視線を彷徨わせた。揺れる炎に床は照らされ、陽炎のような影が揺れている。真夜中の城は思った以上に静かで、まるでこの城以外に何も存在しないかのようだった。


「3年前、国王と4人目の后との間に第4子が誕生した。国王はとても喜んでおられた。最も愛する后だったからな……しかし、その4子はその后と共に姿を消した」

「……今も行方不明なんですよね」


 口を挟んでよいものか憚られたが、ルークはぽつりとそれだけを口にした。するとクラウスは椅子から立ち上がり、窓から暗闇に変わった城下の風景を見つめる。彼にとってはなんの変わりもない、通常の夜の風景なのかもしれない。


「原因は他の后の妬みだ。何度も2人は身の危険にさらされた。……もともと、4番目の后は妖精ではなかったからな」

「え……?」


 ルークの疑問に返答は返ってこない。


「4番目の后は、人間だった」


 振り返ったクラウスの金髪が月光を浴びて、金の糸のように輝いた。自分より幾つか年上らしいその瞳は、無表情でありながらも威厳が漂っている。妖精は美しいと詩人が詩にするのは大袈裟ではなく本当のことなのだ、とルークは心の何処かで思った。ただ、その美しさは簡単に口には出来ない。口にしてはいけない気さえする。


「人間の国と妖精の国に流れる時間の違いというのを知っているか?ルーク」


 ふと話題を振られ、ルークは一瞬心臓が止まる思いをした。これほどまでに緊張しているのは初めてだった。相手は王子。まるで心臓の鼓動が体全体に響いている感覚さえ覚える。


「え、あ、……分かりません……」


 微笑むでもなく、クラウスは返答した。まるでそう答えるように造られた人形のように。


「人間の国は妖精の国と違い、時間の流れが速い。人間はこちらの国に入った瞬間、遅くなった時間の重圧に耐えられず、死ぬのが普通だ。……魔法の防壁を使わない限り、な」


 ふとルークはあの扉を開けた時のとてつもない圧力と意識の途切れる間際に聞いたレオナの呪文を思い出す。あれは魔法で自分を守る為のものだったのだ、とこの時やっと理解することが出来た。


(レオナさん……)


 大丈夫なのだろうか。あの黒犬獣に捕まってなどいないだろうか。ルークの胸にそんな不安が過ぎった。しかし、クラウスの声は続く。


「しかし后がどうやってこの国に足を踏み入れたかは誰にも分からない。だが、1つだけ言っておこう」


 夜の帳が降りて、暗闇に染まった街。多分いくつもの子守唄が、口にされた後の静寂。吐息をたてて眠る国。全ては星空の輝く天空の下。


「人間は帰る時にも同じ重圧をかけられる。后が4子を連れて人間の国に逃げたのだとすれば、確実に死んでいる」

「それじゃあ、4子は……」


 クラウスはルークの視線を呆れたように弾き返した。徐々に感情のこもりつつある瞳。けれどその瞳がルークにはどうしても怖かった。


「4子は妖精の血を引いている。死にはしない」

「……あの、僕……、意味が分かりません……。僕が皆さんに探されていたことも、全部……」


 クラウスは高い視点からルークを見下ろした。それはレオナやカルナの向ける好意的な視線ではない。はっきりとルークはそれを自覚した。睨みつけられるようで、凄く怖い。

 静かな空気。風の音もしない、無風の真夜中。真っ暗な闇。誰もいないような感覚さえしてくる。また、心苦しくなってくる。まるで発作のように。ルークは冷たくなった右手を握りしめた。

 クラウスの言葉が捲し立てるように強まる。


「……人間の国では15年の月日が立った。捨て子として扱われた4子は孤児院という施設に入ったが引き取り手がなく、7歳で捨て子の自分を見つけた夫妻の家に引き取られた」

「……え……?」

「人間として生活をしていた……この国に来るまでは」

「……あの」


 造られたような表情。それがゆっくりと感情を得たように変わっていく。突きつけられた真実に狼狽えることしか出来ず、ルークはただ言葉にならない言葉をしどろもどろに口にするしかなかった。その度にクラウスのきつい視線がこちらを刺すように見つめてくる。心は、締め付けられるように痛みを訴える。


(違う、そんなわけ……ないよ)


「魔女の弟子……レオナ・ディルの助けを借り、この世界に足を踏み入れるまでは……」

「そん、な……」


 苦しい。ただ、心がそんな感覚を覚える。頭が痛い。そして怖い。クラウスの視線を浴びれば浴びるほどに心が悲鳴を上げる程痛みを覚える。胸が苦しくて、まるで何かが詰まったような……。

 テーブルを叩く音がした。クラウスが怒りを覚えたかのように……否、怒りを抑えられなくなって、拳でそれを叩いたのだ。けれどそれにルークは反応出来なかった。反応出来ない程、ルークの恐怖は高まっていた。


「私達がどれだけ王の座を願ってきたのか、お前に分かるのか!?ルーク……いや、ルーク・クロートレン」


 その表情はもはや無表情ではない。怒りという感情に突き動かされた、人形ではない者の顔。否、もしかしたら先程までの無表情はこの感情を抑えつけていたせいかもしれない。


「この国を動かす者になるため……抜かし抜かされ、争ってきた……。私がどれだけこの国を想ってきたか、お前に分かるのか!?」


 行き場のない拳がまたテーブルを打つ。どうすることも出来ずに狼狽える小妖精達が、心配そうな表情で2人の様子を見守っていた。けれど、手を出すことは出来ない。これは小妖精等が踏み込んではいけない領域なのだ。


(……苦しいよ……)


 ルークの瞳に涙は浮かばなかった。ただ視界が滲んでゆくだけで、それは頬を伝ったりなどはしない。どうしてだろう、どうしてこんなに苦しいのだろう。そんな疑問が何度も浮かび上がっては虚空に消えた。




『天の目の如く、光揺れ』




 ふと、心苦しさで何も見えなくなっていたルークの耳元にそんな声が聞こえた気がした。いや、ルークの記憶がその優しい歌声に縋り付こうとしたのかもしれない。暖かい微笑みとその愛情に。


「しかし……これは国王の、我々の父の意志なのだ!4人目の后の子として生まれてきた、ただそれだけで……」


 クラウスは言葉を続けなかった。握りしめた拳が痛みを覚えているのを知る。クラウス自身も自分が怒鳴ったからといって状況が変わらないことを知っていた。けれど、この怒りを何処へ向けろというのか。下を向いたまま動かないルーク。その表情もクラウスには判断できない。クラウスは自分を落ち着かせるために息を吐いた。



『幾許清き 風は吹く』




 あの魔女の庭で聞いた歌声。それについていこうとしたのは、心の何処かでその優しさに触れたかったから。無意識などではない。扉の前で、あの老婆の妖精の歌声に聞き入ってしまったのもそのためだ。

 ルークは息苦しさの中でそれを理解した。そう、ずっと…平気だと思っていた。けれどそれはただの強がりでしかなく、こんなに苦しがっている自分がきっと、何処かにいた。




『千の護りと証をもって』




「……国王がお前との面会を望んでいる。今日は城の部屋を1つ貸そう。レクファ、リーファ、案内してやれ」

『『は、はいぃっ』』


 それなら、何故自分はこの唄を子守唄だと思ったのか。ルークは2人の小妖精に肩を叩かれても、顔を上げようとしなかった。


『汝 扉の鍵とせん』






 僕がこれを子守唄だと思えたのは、子守唄として唄ってくれた誰かがいたから……?






 部屋を出ようと踵を返したクラウス。ルークは顔を上げた。立ち上がって、今にもこぼれそうになっていた涙を拭う。


(……大丈夫、きっと大丈夫。その真実があるなら……)


「あの……っ!」


 ルークは叫んだ。顔を上げても、夜の帳は降りたまま。変わることのない静寂と1人きりを思わせる暗闇。揺れる蝋燭に、床の陽炎。何も変わらない、突きつけられた事実と、過去。

 その造られたように端麗な顔をルークはやっと見返すことが出来た。大丈夫、もう大丈夫、と心に言い聞かせる。否、そう言い聞かせているのは心かもしれない。相手の目を見つめ返し、そして聞いた。


「レオナさんが何処にいるか分かりますか?」


 突如として投げかけられた意外な質問に、クラウスは一瞬戸惑った。目はまだ潤んでいたが、その視線は何かを悟ったようにしっかりとこちらを見つめている。先程までの狼狽えた様子も見られない。


「……デューン・アレースに捕らえられていると報告があったが……」

「それじゃあ僕、レオナさんを助けに行きます!」

『ええっ!?』


 隣を浮遊していたピクシー達が揃ってすっとんきょうな声を上げた。クラウスもこの答えに戸惑ったのか、頭を押さえる。けれど、ルークの強い瞳は変わらない。人をここまで困らせたのは初めてだ、と自分の中の何かが密かに呟いている。


「ルーク……どうゆうことだ?」

「僕は王様になんかなれません!ずっと僕は、本当の父さんと母さんがいないことに寂しがって、親子の姿を見つめては泣きそうになっていました。そんな自分のことしか考えられない人に、王様なんて務まりません。それに……」


 どうしてこんなに強い瞳が出来るのだ、とクラウスは思った。理解できない。王になる権利を投げ出して、危険の中に身を投じようとしているのだ、この人間は。そう思えば思うほど、この異母兄弟であるルークの考えが分からない。

 2子や3子の考えなら、簡単に理解出来た。クラウスを抜かし、国王に自分が優れていることを見せつけようという魂胆が見て取れたのだから。けれど、この4子である義弟はどうだ。


「僕は今やらなきゃならないことがあるんです。レオナさんを助けなくちゃ……」

「……それがどんなに危険なことだとしてもか?あの男はお前を殺す可能性があるぞ」


 冷静を装ってクラウスは聞き返した。けれど自分に向ける強い瞳は、その力強さを失わない。勢いだけではない、この弟は……。


「それでも……レオナさんが僕のせいで捕まっているというなら、放っておけません」


 思った通りの返答に、クラウスはやっと口の端を上げた。笑い声が込みあげてくる。笑ったことなど何年ぶりだろう。権力争いの為、笑うなどという感情を忘れていた気がする。クラウスは義弟の瞳を見つめた。


「……面白い。それならデューンの城までの地図をやろう。あの魔術師を助けてこい。あれはもともと一人前になったら私が買い取る予定だった。城使いの魔術師としてな。師匠であるセレスにも話はついていた。本人も知っている」


 レクファを呼んで地図を持ってくるよう命令しているクラウス。ルークはその初めて見た義兄の笑顔に胸を撫で下ろした。けれど、まだ気は抜けない。レオナを助け出すまでは。今まで散々助けてもらったのだ。今度はルークが彼女を助ける番。

 クラウスの顔を見つめながら、ふと扉の前でレオナの言った言葉を思い出す。


(あ、そっか。だからレオナさんはこの小妖精達の名前に聞き覚えがあったんだ)


 将来使える主の配下。名前をもしかしたら師匠であるセレスに教えられたのかもしれない。戻ってきたレクファから地図を受け取ると、ルークは深々とクラウスに頭を下げた。

 顔を上げて、相手を見上げる。それは自分の支えを見いだしたからこその勇気。弱い心を支えてくれる1つの真実に気付いたからこそ。


「それじゃあ、行って来ます」


 そう言うと、ルークは部屋を出た。城の階段を駆け下り、出口へと向かっていく。その足取りに迷いはない。1人ではあるが、先程のような心苦しさと寂しさは微塵も感じないようだった。






 扉が閉まる音。それが城内に響き渡ると、小妖精は心配そうにルークの出ていった出入り口付近を見つめながら言う。


『大丈夫かなぁ……』

『黒犬獣に会ったらどうしようなのー!』


 オロオロ、わたわたと同じように空中を飛び回るレクファとリーファ。ルークが黒犬獣やアンシーリィ・コートに会った時、為す術がないことを2人は知っている。けれど、主の命令が無ければ動けないレクファとリーファ。ただここで心配しながら帰りを待つしかないのだ。


『クラウス王子、大丈夫なんでしょうか……?』


 レクファがふとクラウスの表情を覗き込んだ。次いでリーファが同じように顔を覗き込む。先に感想を述べたのはリーファだった。


『……?王子様、変な顔〜……』

「うるさいぞ、リーファ」


 するとクラウスは踵を返し、城内に戻っていった。城の廊下から暗闇の街を見渡し、月を見上げる。三日月は輝くような月光を廊下へと差し込んでいた。誰も知ることのない最果ての空の向こうから、変わることのない不変の光を。





 月明かりが山道を照らし出した。そんな僅かな光だけを頼りにルークは地図を開く。寝静まった街は人の気配すらなく、見下ろした眼下の風景は時が止まったかのようにも思えた。とりあえず、街の全体を見下ろして場所を確認しようと切り立った崖から下を見下ろしたルーク。

 先程の騒ぎとは打って変わって、黒犬獣の気配も舐めるようなゾッとする視線も、何も無い。時折吹く風がルークの茶髪を揺らし、果てしなく続く城下の街へと消えていくだけ。月明かりに浮かび上がった地図を見つめ、少しだけ苦笑した。あの小妖精達が書いてくれたのか、読めない文字で書かれた地名にしっかりと印が付けられている。どうやら、ここが目指す場所らしい。


「……さっきのお城があそこで、多分現在地がここだから……」


 妖精の文字は人間の国で育ったルークには読めない。けれど、中央が国王の城だというトリクの言葉を思い出せば大体の位置が掴めてくる。左右に首を振る木々が、微風に葉擦れの音を立てる。この静けさが安全という証拠ではないことをルークは知っていた。何処かにアンシーリィ・コートや黒犬獣が息を潜めているかもしれない。

 背後への注意は怠らないようにと、何度も後ろを振り返っては目的地である2子の城を確認した。


「レオナさん大丈夫かな……」


 自分が依頼した側ではあるけれど、こんな大事になるとは思っていなかった。それに全ての原因は自分なのだ。助け出したら、謝って……そしたらレオナはどんな顔をするだろう?驚くか、怒るか、呆れるか……それとも。


「もう気付いているのかもしれないし……」


 ルークはそう呟いて、ふと空を見上げた。上空の月が雲に隠れようとしている。月光が遮られていく様を見つめていたルークはふと、地図が見えなくなることに気付いて慌てた。


「えっ、あ、ちょっと待って……」


 物言わぬ月夜にそう言うと、慌ててルークは地図を見ようと視線を落とした。だが、ルークの瞳は地図ではなく、自分の右手首に向かう。


「……え?あれ……?」


 葉擦れの音に混じって木々の影が不自然に蠢いた。雲が月光を完全に遮った瞬間、それは足音を立てずに林から姿を現す。けれど、ルークの視線は地図を持つ自分の右手首に向かったまま。

 走るとき、落としては行けないと無造作に手首に巻き付けた、カルナのミサンガ。それに取り付けられた青い石が微弱にだが光を放っている。月光にも似た、小さな灯り。光る石等というものは勿論人間の国には存在しない。妖精の国のものだろうか、と首を傾げるルーク。少ない光ではあるが、それで地図を照らしてみる。僅かではあるが、役に立ちそうだ。


「えっと、この場所がここだったから……目的地のお城は……」


 道に沿って人差し指を動かしてゆく。その感覚を記憶させ、今度はよく見えない実物の風景を目の前にして道を指差した。はっきりと確認することは出来ないが、確かに同じ道が街の東側に存在する。


「それじゃあ、あの道を行けば……?」


 薄曇りの空から忙しなく光り輝く球体が顔を出しては隠れ、隠れては顔を出しを繰り返していた。安定しない明かりの中で、ルークの視界に1つの光が見えた。起きている妖精でもいるのだろうか、と思ったルークだったが、すぐにそれが家の光ではないことに気付く。

 真紅の、赤い光。燃え上がる炎にも似た、懐かしくも思えるあの小妖精の…。


「あっ……」


 その時、月が雲の妨害を避けるように最後の光を空から照らし出した。その瞬間、地面がその灯りにしっかりと形を成し、ルークの姿もまた映し出された。姿を現すかのように全ての大地が浮かび上がってゆく。背後で蠢いていた気配も、全て。


「……月のない夜が再び我らの上を覆い尽くせば」


 その言葉はあまりにも小さく、風の中へと消えた。足音もなく、それはルークの背後へと近づいてゆく。その気配は誰にも気付かれることはない。アンシーリィ・コートである彼女の、最も得意とする行動であるがゆえに。

 赤髪が揺れた。風を受けて暴れる髪の毛を彼女は押さえようともしない。


「我が主の統治する世が訪れる」


 ルークの背がその殺気を感じ取った。一瞬だけその言葉に反応する。それを目を細めて彼女は見つめていた。戦う術も持たない弱い半妖精。皮肉の笑みが零れる。少年の背中はあまりにも無防備であった。


 この背を一押しするだけで、彼はもう主の邪魔となることはない。何と簡単なことだろう。リキュアの瞳には珍しく感情が表れていた。優位に立った者だけの、勝者の笑みが。


「その世の中で邪魔となるものはたった2つだ。お前と、クラウス・セルディール」


 ルークは一気に体を包んだ寒気に体を固くした。どうにかしてこの状況を脱しよう、そう考えた瞬間、首筋に冷たいものが当たる。月明かりの照らし出す中で、それは刃だとはっきり理解が出来た。無情にも最後の望みの存在を見せてくれた、月光の光によって。

 リキュアはその真紅の瞳で少年を見定める。


「良いことを教えてやろうか、ルーク・クロートレン。邪魔者を一気に消してしまう、唯一の方法を」


 少年の耳元でリキュアは彼にとって最期となるであろう言葉を口にした。口元をつり上げ、それを告げる。木々のざわめきが木霊した。


「    」


 ルークの反応は、リキュアの瞳に確実に映されることはなかった。それを理解した瞬間にはもう、ルークの体が空中に投げ出されていたのだ。髪を逆撫でる感触と耳の中で木霊する風の音がルークの意識を消してゆく。その視界はもう、何も見つめていなかった。何を見つめる余裕もルークには無かったのだ。

 何も考えられない、刹那の時。それがルークには長く、とても長く感じられた。それはまるで永遠のようにも思える。けれどそれは間違いではない。堕ちてゆくのだ、死によって与えられる漆黒の永遠へ。


(……母さん……)


 風が止まった。






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