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ALF  作者: 由城 要
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第3章2 たどり着く先


「……まさかアンシーリィ・コートに捕まるなんて、私も運がないわね?リキュア」


 鉄格子の中から、レオナは目の前に立つ人物を皮肉った。何処までも無表情の赤髪の女。腸が煮えくりかえる程、意識は苛立っている。だが、それを押しとどめて冷静に事を口にした。


「あなたの気配に気付いた時点で手を打つべきだったわ……」

「手などあるか、こちらの標的にも気付かなかったお前に」


 剣の鞘を抜く音。鉄格子の間をすり抜けて、それはレオナの顔の前でピタリと止まる。するとレオナは自嘲めいたように微笑った。


「そうね……気付かなかった私も馬鹿だったわ。あなた達の……いいえ、この国中の者達が 探している相手。それが行方不明になった第4子だとはね」

「……気付くのが遅かったな、レオナ・ディル」


 どこまでも男口調の女。主も主なら、仕える部下も部下だとレオナは思った。けれど、それを口には出さず、代わりにこう言った。


「……悪いけど、私はもう買い手がついているのよね。あの馬鹿師匠から魔法を教わって一人前になったら、という約束で」

「……人間の国とは時が経つのが早いものだ……数年前までとるに足らない子供だったお前が 今では一人前などとほざいている」


 女は一瞬だけその無表情に表面上だけの笑みを浮かべた。嘲るような顔に決してレオナは良い感情など持つことはなかった。けれど、ここで叫び喚いても仕方がない。後ろ手を結ばれた状態では魔法を使うことも何も出来ないのだから。

 レオナは怒りを息と共に吐きだした。


「アンシーリィ・コート、リキュア・エルス。あなたは王位継承権を失った第3子の部下を使って人間の国で第4子を探した。もうこの国には探し尽くしたから……そうね?」


 見上げた相手の赤い瞳は、一度見たことがある。昔、レオナは一度だけこの世界……妖精の国に連れて来られたことがあった。あの師匠セレスと共に。その時、この女は今と同じように主の元に仕えていた。


(それは第2子、国民達には暗君になるであろうと謳われるデューン・アレース王子……)


 相手は何も言わず、か細い蝋燭の明かりだけの牢屋でこちらを見下げていた。レオナは構わず言葉を続ける。


「……理由はそれだけじゃないわ。第4子の母、国王に最も愛されたクロートレンと名乗る女性は人間だという噂もあった。それであなたは人間の国に入り、第4子に似た人間を探した。……そして見つけたのよ」


 もっと早く理解するべきだった、とレオナは心の中で毒づいた。彼等の探していた4番目の王子が、自分の身近にいたことを。


「……全ての発端は捨て子だったルークの街で起こった。ルークの身辺の人々やルークと同じ茶髪の少年、少女。そして、妖精しか知らないあの扉の鍵を、ルークは知っていた。……やっと気付いたわ、あなた達が探していたのは……」


 レオナは相手を見上げた。リキュアの表情は、先程の無表情に戻っていた。





 視界を覆うような木々とその影。月明かりも薄暗く、足下ははっきりと識別することは出来ない。まるで黒い海の底のような森を中途半端な上空の光だけを頼りにして駆けてゆく。真っ直ぐ、という言葉が一瞬ルークの頭を過ぎった。人間の感覚は正確に直進出来るわけではない。磁石も地図も無しにただ自身の感覚だけを信じてルークは走った。

 途中何度も足を止め、後ろを振り返りそうになった。切れる息で今来た道を見つめる。カルナの心配で胸はいっぱいだった。けれど、右手に握りしめたミサンガがそれを許してはくれない。

 ふと手元を見つめていたルークは、何かの駆けてくるようなそんな音を耳にした。まるで、犬がこちらに走ってくるような。ルークは走るスピードを早めた。まだ、相手の姿は見えない。とにかくルークにはカルナに言われた通り真っ直ぐに思った道を突き進むしかない。

 木々の向こうに月が見えた。足下から地面が傾斜し始めたことを直感する。ルークは一瞬息を呑んだ。相手は完全に人間ではない。見たこともないアンシーリィ・コート。

人間には下りにくい傾斜でも簡単に下れるとしたら。


(けど、考えている暇は……)


 ルークはとりあえず滑り落ちないように足を踏み出した。走るペースは遅くなるけれど、ここで木々の根に足を取られては転んでしまえば、もう逃げられない。前方の木に手をつき、出せるだけのスピードを出して走る。どこまで続くのか分からない山の中をルークは走り抜けた。


(レオナさんもいないし、カルナさんもいない……トリクも、皆……)


 ふと昼間に覚えたあの感覚がまた胸の中に襲ってきた気がした。1人ぼっちという不安、そして心苦しさ。こんな時に、とルークは胸を押さえ前を見上げる。

 ずっと奥に開けた場所が見えた。木々の枝がそこで途切れている。何かの建物がルークの目に映った。後ろから何かの駆けてくる音が近づいてくる。後ろを振り向いたルークは、森がまるでルークをここに留めるように黒い影を蠢かせている。否、月光が森の中に差し込んできた瞬間、それははっきりと見てとれた。


(……黒い犬の大群……あれが黒犬獣!?)


 それはもはや犬という大きさではなかった。子牛程の体に、目は暗闇の中でも赤く、血のような瞳を輝かせている。瞬間、恐怖にかられたルークの足が滑った地面を蹴った。しかしその足はあろう事か斜面であったためにバランスを崩す。

 ルークの思考が何を思うより早く、体が斜面を転がり落ちて行った。節々を木々の根や岩にぶつける。反射的に目をつぶり、頭を押さえたのが得策だった。体が地面へ叩きつけられる。開けた場所へ放り出されたルークは、背中を打って激しく咳き込んだ。


「っ……」


 ルークは今日2回目の体の痛みに、声にならない声をあげた。涙は出なかったが、それより痛みと恐怖に体が震える。逃げなければ、と視線を今来た山道へと向ける。


『うっきゃー!!黒犬獣がいっぱいなのー!!」

『ちょ、ちょっとリーファ、驚いてる暇あったら手伝って……』


 緊張した雰囲気の中、ルークは聞き覚えのある声を耳にした。体を起こすと、ルークの目の前に2人の小妖精の姿が見えた。透明な羽根を懸命に動かす、まるで男の子と女の子の容姿をしたピクシー。2人は森に向けて両手を向けると、黒犬獣がこちらに出てくる寸前に声を合わせてこう言った。


『『いっせーのっ』』


 途端、森の出口に人間1人分くらいの大きさの土の壁が出現した。地面からそびえ立つように突き出てきた壁。そして反対側から大きな爆発音が木霊した。ルークが驚きの声をあげるより先にリーファの怖がっているのか、喜んでいるのか分からない悲鳴が響く。


『きゃー、黒犬獣が爆発してるー!!』

『リーファ……この壁時間稼ぎにしかならないから……とりあえず、早く行こう?』


 宥めるもう1人の小妖精、レクファがそう言いながら振り向いた。ルークを見つめて、小さな布きれを渡してくれる。どうやら顔についた泥を落とすようにということらしい。けれど、それは小妖精用ミニサイズ。


「えっ、あ、ありがとう……」


 とりあえずそれを受け取るルーク。するとリーファがルークの首筋に顔を擦りつけてきた。抱きついている様子を見てレクファは密かに溜息をついた。


『やったのー、これで王子にも怒られなくて済むのー!!』

「……王子……?」


 困り果てた視線を向けるルークに、レクファは一瞬だけ先程の土壁を見やり、そして言った。爆音は立て続けに向こう側から聞こえてくる。


『とりあえず、この人を王子の所に連れていこう?リーファ』

『うん!』


 前を飛ぶレクファを追ってルークは走り出した。肩に乗って首筋につかまっているリーファが少しくすぐったかったけれど、とりあえず危機を脱したことに少しだけ安堵の息をもらす。

 三日月が空から彼等の様子を照らし出す。街の向こう、真実の待つ大きな城へと導くように。


 それはまるで王都のような、大きな城だった。

2人の小妖精に案内されたルークは細い道を通り、城門の裏口からその城の敷地に入った。暗いのでその全貌を見定めることは出来なかったが、それは確かに王都の城より大きかった。裏口には4人の警備兵らしき人物の姿があったけれど、小妖精は気にも止めずにその前を通り過ぎてゆく。自分より遙かに大きな警備兵達を目の前にして、とりあえずルークは頭を下げて走り抜けた。

 どうやら時刻は真夜中らしい。見上げた空の三日月もとうに頂点を過ぎ、その姿もゆっくりと傾きかかっていた。星空はまるで見たことのないような配列をしていて、ルークの知る星など1つもない。改めてここが別世界なのだと思い知る。


『けど本当によかったの。黒犬獣に捕まってたら、連れて行かれるところだったのー……』


 肩に乗ってそう呟くリーファ。時折目を擦っているところを見ると、どうやら眠くなってきたらしい。城の敷地内に入って気が抜けたのかもしれない。城の内部にはまだ薄明かりが灯っていた。入り口の真正面に大きな階段がある。いくつもの蝋燭の光が揺れて、足下がはっきりとしていない。けれど手すりに掴まって登れば、まだなんとかなった。


『王子さま、怒るとすっごく怖いの〜……。だからルークさま捕まんなかったら……』


 頭をカク、カクとさせながらそう言う小妖精。その様子にルークが苦笑した時だった。ふとレクファの羽根が止まる。


「ああ、確かに怒るな。それ以前に……」


 目を擦っていたリーファの肩を振り返ったレクファが掴んだ。焦った様子でその肩を揺らすと、リーファもやっと目が覚めた。様子だった。レクファの肩越しにその人物の姿を見つけて、絶叫を上げる。否、その口から声が出ることはなかった。

 声をあげると気付いたレクファがリーファの口を押さえたためだ。


「夜中に騒ぐのはよせ、リーファ。それでなくとも」


 入り口の上に位置しているステンドグラスから月光が差し込んだ。足下しか見えなかった相手の表情がはっきりと映し出される。ルークは一瞬息を呑んだ。その威厳の大きさだけじゃなく、その整った輪郭と造られたもののような姿に。

 妖精だ、とルークはその事実を自然に受け止めることが出来た。人間と同じ身長と、人間と同じ顔。けれど、それに纏った雰囲気は確かに人間のものではなかった。金髪から覗いた瞳も創造物のように思える。


「大事な客人の前なのだからな」


 小妖精達に向いていた視線がふとこちらに向けられて、ルークは一瞬戸惑った。だが、その瞳はこちらを見定めるように細められ、じっとこちらを睨みつけられる。剣呑な、眼差し。


「あっ、あの……」

「名乗らなくとも知っている。こちらへ来い、ルーク」


 長衣の裾をはためかせてその妖精は踵を返した。2階の中央部にあった大きな扉を開け、中へと導く。小妖精達は顔を見合わせて首を傾げると、とりあえずその後を追った。





「簡単には出してくれないんでしょうね……」


 レオナは足下から天井まで続く鉄格子の一本を握りしめて溜息をついた。牢屋には見張りが誰もいない。とりあえずレオナは辺りを見回し、壁際の窓から外を見つめた。冷たい空気。視線を下げても、地上が見えない。それはついさっき月が雲に遮られたせいもあるけれど、それ以上にこの城の敷地はゾッとするくらい暗かった。


 視線を牢屋の床に向けると、そこには白い粉か何かで書かれた魔法陣のようなものがあった。足でその一カ所を消してみる。しかしすぐその魔法陣は復活した。どうやら、城の上級魔術師が魔法封じの魔法陣を書いたらしい。レオナは顔を顰めて地面を蹴った。


(城の魔術師は結構な位を持っている奴が多い……しかもこの魔法陣、1人のものじゃないわね。数人の魔法が混ぜてある……私の方が不利だわ)


 光が浮かび上がるように蹴った部分がまた復活する。レオナは溜息をついて壁にもたれた。そのままズルズルと床に腰を下ろす。


(このままじゃ駄目ね。ルークの身が危ないし、それに……)


 苛ついたように前髪をかきあげてレオナは溜息をついた。対処法を頭の中に巡らせていく。だがその為に、その小さな声に気付くまでにはかなりの時間がかかった。


「……ん、……姉ちゃん……、お姉ちゃん!」

「?」


 ふ、と顔を上げると、反対側の牢屋の鉄格子から顔を出している誰かの顔があった。暗闇に浮かび上がったそれに一瞬レオナは息を呑んだが、暫くしてそれが子供の顔であることに気付いて、安堵の溜息をつく。

 見回りの妖精はまだ来ない。レオナは鉄格子に近づき、相手の顔を見た。


「お姉ちゃん、誰?」


 暗いので相手の様子ははっきりと見て取れない。しかしそれが子供であることは確信できた。もしかしたら人間の国から連れてこられた子供かもしれない。レオナは相手の硬い表情を和らげるため、深呼吸をして落ち着いた口調で話始めた。


「……レオナ・ディル」


 さて、ここから何の話をすれば良いのか。とりあえず、この子供がこの牢屋に入れられるまでの経緯と彼の名前を聞き出そうとレオナが口を開けた瞬間だった。その子供の顔が一気に驚きと笑顔の入り交じった表情に変わる。


「それじゃあ、お姉ちゃんが魔法使い!?」

「待って、大きな声を出すと見まわり、が………!?」


 何故、という表情が思わず出てしまった。つい両手で鉄格子を掴んで、その子供に詰め寄ってしまう。この際、声が大きくなってしまおうが関係ない。レオナは喜びの表情を浮かべている男の子に対して叫ぶように言った。


「どうゆうこと!?」


 レオナの反応に対して、男の子は寒いのか毛布にくるまったまま笑ってみせる。


「別なお姉ちゃんが言ってたんだ。えら〜〜〜〜〜〜い魔女様の弟子が来るはずだから、それまでの辛抱だって。時々様子を見に来てくれるんだ、そのお姉ちゃん」


 レオナは一瞬固まった。大声に駆けつけてきた見回りの妖精に怒鳴られたからではない。むしろ何と怒鳴られたのかさえ、よく聞こえていないほどレオナの思考は停止していた。ある人物の誇ったような笑い顔を思い浮かべたまま。


「ねぇ、お姉ちゃんも人間だよね?僕もそうなんだけど……って、お姉ちゃん、聞いてる?」


 向こうの牢屋から返事はなかった。ただ怒りに震えるレオナの後ろ姿だけが少年の瞳に映る。この後、レオナの怒声が牢屋だけではなく城全体に響いたことは、現在この敷地内にいる者しか知らない。



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