序章 僕だけの思い出
息も白く染まる、厳寒の冬。舞い落ちる結晶が樹へ屋根へ、そして地面へとその純白な粒子で目の前に広がる小さな街道を一色の景色へと変化させる。
砂礫をも覆い尽くした無数の粉雪は人という存在に汚されるまでの儚い刹那を、光なき雲に奪われた天へと向けていた。
上昇を始めた太陽という希望が例えどんなに高点へ上り詰めたとしても、雲がそれを遮り、誰も気付く者はない。
また雲無き空にその風景がどれだけ煌々と光り輝いたとしても人々の心に闇がある限り、その瞳が天空へと向けられることは皆無であるのだ。
燻る火のように中途半端な希望の光と、揺らめく影のような絶望。
暗い影を落とす街は活気だったかのような空気もまた空回りの裏返しとなって、ただ虚しさを呼び起こすだけであった。
希望という2文字さえも時の流れに掻き消され、気休めにもならない。そう、時とは希望の裏に絶望をも隠し持つもの。誰も望まぬ答えが、皆の頭を過ぎり始める。
それも時という悪魔が影を連れ、太陽を隠す雲のように彼等の儚い希望をも完全に消し去ろうとしているせいであろう。
その中、一軒の家が扉を開けた。ドアに取り付けられたベルが軽快な音を辺りに響かせ、純白の景色がそれを吸収する。だが、金属音に続いて、今度は晴れやかな声が響き渡った。
「雪ーっ!」
飛び出してきた2人の少女。幼い面持ちに同じ容貌の2人の女児が静まりかえった風景に愉快な笑い声を上げた。
暗闇に似た髪から、顔立ち、身長、そのシルエットまで同型の少女達はその家の双子のようで同じ服を身に纏い、同じ手袋で手を繋ぎ、雪の中を駆け回った。
小さな足跡に汚されていく庭は、子供達の息をも白く染める。小さな手でいくつもの跡をつけては笑い、結晶を丸め込んでは投げて遊ぶ。
その笑顔は絶望など知りもしない、一番の希望のように輝いていた。
しばらく騒ぎまわった双子の女児は純白の景色に足跡をつけるのに飽きたのか、今度は庭先に数十年も存在し続ける1本の杉の木の下に腰を下ろした。
濡れることも、叱られることも気にしない、純粋な遊び心。それが今度は樹を揺らし、積もった雪を落とすことに向かった。
手に届く範囲の枝を掴んではやみくもに動かし、落ちる粉雪に同じ歓声を上げる。永年存立し続ける杉は擽ったそうに体を振った。
『おわっ!』
突如、彼女たちの頭上からそんな言葉が落ちてきた。何かにバランスを崩したような、切羽つまった声色が、焦りを交えて怒鳴り声となる。
『や、やめっ……お、おいっ!お前等、止めろ!揺らすな!』
子供は叱られることを極度に怖がる。それはこの双子も例外ではなかった。2人共反射的に肩をすくめ、寄り添うようにして恐る恐る上を見上げる。 しかし、声の主の姿が彼女達の茶色の瞳に映ることはなかった。
樹には、人が登れる場所などないのだ。
『……おっと、取り乱しちまったか。ま、許してくれ』
咳払い1つしてそう言った「声」は、木々の間から何かを落とした。純白の庭に、1枚の真っ白な封筒が雪と同じように舞う。双子のうち1人が恐る恐るだが、その封筒を手に取った。
まだ文字すらも分からないのであろう女児達は顔を見合わせ、互いに首を捻った。2人のその様子に、親切にも「声」は言った。
『お待ちかね、兄貴からの手紙だぜ!』
誰のものかも分からぬ声。しかし幼い少女達はそれを疑うことなく、その言葉を信じた。
同時に顔を見合わせ、今日一番の歓声を上げる。
いつの間にか止んだ雪。雲間からは久方ぶりの太陽の光が差し込み始める。
それは僕だけの、大切な思い出。




