第1話 蝉と、玉音
【東京・日本橋区小舟町 倉持家土蔵脇/1945年8月15日 午前五時頃(昭和20年)/倉持慶一郎の視点】
蝉の声で目が覚めた
まぶたの裏まで朝日が差し込み、石段の硬さが腰に残っている。倉持慶一郎は土蔵の壁に背を預けたまま、絶え間ない蝉の声の中で何度か息をした。
ひどく長い夢を見ていた気がする。数字が流れる画面、夜も灯りの消えない高層ビル、手のひらで光るスマートフォン――どれも遠い景色なのに、二〇二六年、百三歳まで生きた記憶は確かに自分のものだった。
夢ではない
慶一郎は目を開けた。昨夜まで母を看病していた二十二歳までの記憶に、その先を生きた八十一年間が途切れずにつながっている。
昭和二十年、八月十五日
見下ろした両手は若く、細い指の爪には機械油が染みていた。拳を握れば関節は素直に動き、肩にも膝にも痛みがない。親指を人差し指へ添えると、測定具を支える位置に自然と収まり、手首を返せば、仕上げ面を傷めないやすりの角度も分かった。
東京帝国大学で機械工学を学び、動員先で治具やゲージを扱ってきた二十二歳の身体は、その手順を覚えている。そこへ、二〇二六年まで生きた記憶と知識が重なっていた。
老いた身体では失っていた力と感覚が、若い身体にはそろっている。だが、喜ぶより先に、土蔵脇の庇から乾いた咳が聞こえた。
母だ
慶一郎は石段を下り、庇の下に吊られた蚊帳へ急いだ。母は白い包帯に半身を覆われ、胸を浅く上下させている。息を吸うたびに乾いた音がした。三月十日の火で背中から左腕に深い火傷を負い、煙を吸って傷めた肺も治っていない。
包帯へ手を伸ばしかけ、慶一郎は止めた。機械油の染みた指で傷に触れるわけにはいかない。まず井戸で顔と手を洗い、清潔な布を用意する必要があった。
八月二十日
前の人生で、母を救えなかった日だ。
あと五日しかない
意識を内側へ向けると、暗く静かな収納空間の感覚が返ってきた。現実のどこにもない場所だが、そこへ何が収められているかは分かり、二〇二六年から持ち込んだ薬も収められている。
薬はある
だが、重い火傷と傷んだ肺は、薬だけでどうにかできる状態ではない。傷を洗う清潔な水と布、十分な栄養、輸液、外科処置、継続して診る医師が要る。まずは母の熱と呼吸、傷の状態を確かめなければならない。
薬も、名前だけで選んではいけない。用量と副作用を確かめ、母の状態に合うものだけを使う必要があった。
母を救えると断言はできない。それでも、何もしないまま五日を待つつもりはなかった。
母の呼吸が続いていることを確かめ、慶一郎は蚊帳越しに敷地を見回した。
三月十日の空襲から五ヶ月が過ぎても、小舟町には焼け跡の匂いが残っていた。母屋は中央から南にかけて焼け落ち、朝の光の中に黒く焼けた柱だけが残っている。その北側には土蔵と石造倉庫が残り、敷地を囲む鉄筋コンクリートの塀と、表面の焦げた欅の門も形を保っていた。
母屋跡の北東、石造倉庫の南には、地下室へ下りる階段口も残っている。焼け材と瓦礫に塞がれ、今は中へ入って状態を確かめられない。父はあの夜に死に、母屋は住めないまま、土蔵、石造倉庫、地下室の躯体など一部だけが残った。
塀の外では、瓦礫の間に夏草が伸び、焼け残った家から細い煙が上がっている。屋根のない区画を近道にする足音、空き缶へ水を汲む音、鍋の蓋を置く音が、塀越しに一つずつ聞こえ始めた。堀の水と朝の煮炊きの匂いが焦げ臭さに混じり、人形町通りへ向かう者の姿もある。町並みは失われても、そこで暮らす人々の一日はもう動き出していた。
井戸は使え、土蔵には食料と帳簿があり、石造倉庫には父の代からの工具が残っているはずだ。焼けた母屋をすぐ住めるようにはできないが、雨露を避け、火を使い、水を汲む場所はある。残ったものを一つずつ確かめれば、暮らしを立て直すために使える。
土蔵の裏から雌鶏の小さな声がした。三羽とも生きているらしい。その鳴き声を聞いて、慶一郎はようやく、目の前にあるのが歴史上の八月十五日ではなく、母と葉月と千代が暮らす家の朝なのだと実感した。
蚊帳の脇では、中本葉月が壁に背を預け、膝の上に手拭いを握ったまま眠っている。長く倉持家の台所と家事を支えてきた葉月も、昨夜は母につききりだったのだろう。額には汗が浮かび、傍らの洗面器には、濁った水と畳んだ布が残っていた。慶一郎は起こさずに、井戸の方へ回った。
釣瓶の軋む音がして、篠原千代が桶に水を汲んでいた。引き上げた桶から水がこぼれ、井戸端の土を濃くしている。慶一郎に気づくと、同い年の女中は眩しそうに目を細めた。
「坊ちゃん、寝てないでしょう」
「坊ちゃんはよせ」と言いかけたが、その呼び方があまりに懐かしく、慶一郎は何も言わなかった。
「少し寝た。石段で」
「石段で寝たのを、寝たとは言いません」
千代は桶を持ち上げてから、母の寝所を気にするように声を落とした。
「今日の正午、大事な放送があるそうです。隣組から回覧が来て、組長さんの店の前で、みんなで聞くことになりました」
「そうか」
「番頭さんは朝から出てますけど、放送までには戻るって」
「母さんは、夜どうだった」
千代の表情が変わり、井戸端から蚊帳の方へ目を向けた。
「夜半にまた熱が上がりました。葉月さんが傷を洗って、明け方には少し下がりましたけど、咳はずっと。お粥も、二口くらいしか」
「顔と手を洗ったら、すぐ母さんの傷を確かめる」
「志村先生、来てくださるでしょうか」
「朝の用が済んだら、先生のところへ行ってくれるか。往診に出ていたら、母さんの熱が上がったと伝言を頼んでくれ。すぐ来てもらえなければ、ほかの医師も当たる。その間に、おれは熱と呼吸を確かめて、使える薬を選ぶ」
千代は何かを聞きたそうにしたが、母の咳が庇の下から聞こえると、桶を持ち直した。
「分かりました。片づけたら行ってきます。だから、まず顔を洗ってください。葉月さんも、少し寝かせないと」
慶一郎は井戸の縁に手を置いた。石の冷たさも、釣瓶の音も、千代の声も、あまりに確かで、これを夢だと退ける余地はない。
今日の正午、天皇の放送によって敗戦が国民へ告げられる。この日を一度生きた記憶があり、後年には資料でも何度も確かめた。それでも、いまは母の咳が聞こえ、井戸の水が手を冷やしている。
考え込んでいると、千代が怪訝そうに見ていた。
「なんでもない。水は母さんのところへ運ぶ。おれがやる」
「その前に顔を洗ってください。ひどい顔です」
桶を押しつけた千代が台所へ向かうのを見送り、慶一郎は水面を覗いた。頬はこけ、目の下には隈があり、髪も汗で額に貼りついている。それでも映っているのは二十二歳の自分で、皺の位置まで覚えていた老いた顔とは違っていた。水で顔を洗うと、冷たさで頭がようやく冴えた。
八月十五日の朝に、自分はもう一度生きている。
午前は母のそばで熱と呼吸、包帯の滲みを葉月と確かめ、湯と清潔な布を用意した。包帯は動かさず、露出している額と首の熱、飲めた白湯の量だけを紙へ書き留めた。千代は井戸と台所の用事を終えると志村先生のところへ走ったが、先生は往診に出ており、母の熱と咳を伝言して戻った。母の呼吸が少し落ち着くと、葉月は自分が残るから、回覧で指定された隣組長の店へ千代と行くよう慶一郎に言った。正午が近づき、二人は家を出た。
【東京・日本橋区小舟町 隣組長宅前/1945年8月15日 正午(昭和20年)/倉持慶一郎の視点】
正午前、隣組長を務める瀬戸物屋の店先には、二十人ほどが集まっていた。
倉持家から店までは、焼け落ちた家並みを二区画ほど回り込むだけの距離だった。道の片側には倒れた家の基礎が残り、もう片側では焼けた看板を外して戸板の代わりにしている。放送を聞きに向かう者と、何があるのか確かめようと表へ出てきた者が重なり、いつもより人の姿が多かった。
店先では「また空襲の話か」「本土決戦の知らせじゃないか」と、小声で言葉が交わされていた。誰も確かなことは知らず、組長も回覧に書かれていた「正午、重大放送」という文句を繰り返すだけである。慶一郎は答えを知っていたが、口を挟まず、千代と一緒に人垣の後ろへ立った。
台の上に置かれたラジオを組長が何度も調整している。国民服の老人、モンペ姿の女たち、腕に包帯を巻いた男、防空頭巾を握った子供が、誰も口を利かずに布張りの丸いスピーカーを見つめていた。汗の染みた戦闘帽をかぶる若い男は壁際に立ち、目を閉じたまま腕を組んでいる。子供は母親の腰へ半分隠れ、泣いているわけでもないのに、防空頭巾の紐を強く握っていた。
葉月は母のそばに残り、千代は慶一郎の斜め後ろに立っている。大島はまだ戻っていなかった。人々が黙り込むと、蝉の声が普段より近く聞こえた。
時報に続いて君が代が流れ、やがて聞き慣れない声が始まった。
雑音がひどく、言葉の多くは聞き取れない。老人は耳に手を当て、女の一人が隣の袖を掴んだ。
第一の人生でこの日に一度聞いた放送と、後年に録音で聞き直した声の両方が記憶に残っている。だが、目の前のラジオから出る音は低く揺れ、雑音のたびに途切れた。後年に聞き直した録音とは違い、この場の人々は、聞こえた単語と周囲の反応をつなぎ合わせながら内容を理解しようとしていた。
「……堪ヘ難キヲ堪ヘ……」
その一句だけが、雑音の切れ間を通った。
慶一郎は目を伏せた。放送の内容も、その後に起きることも知っている。それでも、二度目にこの店先で聞くと、膝の裏が細かく震え、汗が背を流れた。焦げた匂いが残る店先で、隣に立つ女が声を殺して泣いている。
放送が終わっても、すぐに動く者はいなかった。組長がラジオを切ると、誰かが「負けた」と呟き、別の誰かが「終わった」と答えた。地面に座り込む老人、袖で顔を覆う女、空を見たまま動かない包帯の男を前に、どちらの言葉も同じ事実を指しているのに、受け取り方は一人ずつ違っていた。戦闘帽の若い男は最後まで目を開けず、やがて壁から背を離すと、誰とも顔を合わせずに歩き去った。
「もう、空襲は来ないのかね」
誰かがそう言ったものの、答える者はいなかった。組長はラジオのつまみに手を置いたまま、町会から次の知らせが来たら回覧を回すと告げた。配給がどうなるのか、工場は開くのか、兵隊は帰ってくるのかと質問が続いたが、組長にも分からない。
戦争が終わるという一つの知らせだけでは、明日の米も、今夜の寝場所も決まらない。それでも、今夜から空襲警報に怯えず眠れるかもしれないという事実は、集まった人々の顔を少しずつ変えていた。
千代が袖で目元を拭い、慶一郎を見た。
「坊ちゃんは、泣かないんですね」
責めているのではなく、本当に不思議そうだった。
「今は、泣けないだけだ」
千代はもう一度だけ目元を拭った。
「戦争は、終わったんですよね」
「終わった。少なくとも、昨日までと同じではない」
「それなら、お母さまにも早く知らせないと」
「ああ。一緒に戻ろう」
自分だけが八十一年先まで知っているとは、千代にも言えない。慶一郎は白く霞むほど明るい空を見上げ、冬へ向けて深刻になる食糧難、新円切替、財産税、そして五日後の母の死を思った。食糧事情も町の暮らしも、すぐには立ち直らない。起きることと日付を知っているだけでは、人も暮らしも救えなかった。
それでも、若い身体と機械を扱う技術、百三歳までに積んだ経験、現代から持ち込んだ品々がある。壊れたものを直し、食べ物を確保し、この家に残った人を守るために、まず自分の手を動かす。
家へ戻ったら、母の熱と傷をもう一度確かめる。その後で食料、現金、工具を調べ、井戸と門も見なければならない。知っている歴史のとおりに動くのではなく、母の看病や家の仕事など、目の前の暮らしに必要なことから手をつける。
慶一郎は家へ向かって歩き出した。帰りの表通りでは、人々がまだ言葉を見つけられない様子で、それぞれの家や焼け跡へ戻っていく。しゃがみ込んだ母親の手を子供が引き、店の戸を閉める者の隣では、何事もなかったように鍋を火へ戻す者もいた。すれ違う人々を見ながら、この町で何ができるかを考えた。
千代は慶一郎の半歩後ろを歩き、途中で一度だけ空を見上げた。飛行機の音はなく、聞こえるのは蝉と、瓦礫を踏む二人の足音だけだった。彼女が何を考えているのか、慶一郎にはまだ分からない。先の出来事を知っていても、隣にいる人間の胸の内まで分かるわけではなかった。
門をくぐると、右の扉が低く軋んだ。下の蝶番が歪み、焼夷弾がかすった跡が板の下端に黒く残っている。道具と油を確かめたら、まずこれを直そう。
そのとき、土蔵脇の庇から細い声が聞こえ、蚊帳の中で包帯の白が動いた。
「……けい、いちろう……」
母が呼んでいた。
(第一話 了)
――後書きの注記――
玉音放送は受信状態が悪く、多くの場所で内容をほとんど聞き取れなかったという証言が残っています。正午に重大放送があることは、当日の朝までに新聞、ラジオ、隣組の回覧などで周知されており、作中の聞こえ方と集まり方は、こうした記録を踏まえています。




