3章 春の風
カコに気持ちを伝えようかと、考え出して一週間が経ってしまった。窓の外では桜の花がひらり、ひらりと落ちていく。
「立花どうした?考え事?」
ファミレスのテーブルを挟んで、井伊が声を掛けてきた。
「いや、何でもない」
井伊も窓の外を見る。
「そうか?今日のお前、なんか上の空だから、何かあったのなら相談くらいのるよ」
井伊に気を使われてしまった。せっかく大学で何のサークルに入るかを考えようと、言ってくれたのに申し訳ない。
机には井伊が集めてくれたサークルのチラシがたくさん置いてあった。
「悪い悪い。で何の話してたっけ?」
井伊が呆れてた顔で、こちらを見る。
「やっぱり聞いてないじゃないか」
井伊が机の上に出していたサークル一覧を、直し始める。
「今日は予定変更だ。で何があったんだ?」
井伊が腕を組んで、こちらを見る。
「いや、たいした事じゃないから、気にしないで」
井伊がコーヒーを一口飲む。
「たいした事ではないなら、話せるよな」
コーヒーを机の上に置く井伊。
「話したほうがスッキリできるよ」
井伊が静かに腕を机に置く。なんかもう逃れられない気がした。
「カコが、明日引っ越すんだよ」
「カコ?あぁ、上田さんか違う県の美術系の大学だっけ?」
井伊が何もない机に手を置いた。
「それで?」
他人への気持ちをストレートに話すのは、なんか恥ずかしいな。
「えっと、俺の気持ちを伝えるかどうか、迷ってるんだよね」
「そういう事だろうと思っていたよ」
どういう事?井伊の表情を見るとニヤニヤしながら、こちらを見ていた。
「なんだよ」
俺の気持ちも知らないで、なんだよ。俺は窓を見た。
「俺はそんな経験ないけど、迷っているなら言ったほうが良いと思うぞ」
もう一度、井伊を見るとまっすぐにこちらを見てくれていた。
「離れてしまったら、いつ言えるか分からないからな。それにお前はどうしたいんだ?」
俺?はどうしたいんだろう?
「自分しだいだろ。付き合いたいのか?付き合わなくていいけど大切に思っているって伝えたいのか?応援してるって言いたいのか?どうしたいんだ?」
改めて言われると困ってしまう。でも応援って言葉にしっくりきた。
「井伊ありがとう。ここはご馳走させてくれ」
「また今度、話そうな」
手を振っている井伊と別れ、ファミレスから出るとカコに電話をかける。
「もしもし、律どうしたの?」
すぐに電話にでたカコの声に、急に緊張してしまう。
「ごめん。え、えっとさ、今少し外に出る時間ある?」
「時間?う〜ん。一時間くらいならいいよ」
「じゃあさ、近くの公園にきてくれない?」
「わかった。そしたら後でね」
電話が切れると、自分の心臓の音がこんなに早かったのかと思うほど、早くなっていた。
走って公園に向かうと、カコがベンチに座っていた。
「律どうしたの?そんなに急に?」
不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「急に呼び出して悪いね」
カコの隣に座る。彼女の髪が春の風に、優しく揺れる。
「で、用事って?」
いざ、言おうとするが言葉がでてこない。気分をそらそうと空を見上げる。
「俺達って、仲良くなったのもこの公園だったよな」
カコも空を見上げる。
「そうだね。あれから九年くらいだね」
「良く遊んだな」
「うん」
カコの声が、耳に優しく入ってくる。
「俺な、これからもカコとずっと一緒にいれると、思ってたんだよね」
「ん?これからも一緒に遊べるよ?」
俺は首を振った。
「んっとな。ずっと側にいると思ってたんだ」
「確かに側には、いなくなるね」
カコはウンウンと頷いた。
「引っ越しするって聞いた時、寂しくなったんだよ」
カコは何も言わず聞いてくれている。
「ずっと考えたんだ、なんで寂しくなったのか」
俺はカコの顔を見た。カコも俺の方を見ていた。
「俺、カコの事が好きなんだって気づいたんだ」
次の言葉が喉に詰まる。
「カコ、彼女になってくれないか?」
カコは優しく笑った。
「その答えに、気づくのは遅いよ」
カコは立ち上がり、数歩前に進んで振り向いた。
「私、これからやりたい事をやりに行くの。だからごめんね」
カコは悲しく笑った。桜の花びらがひらりと落ちていく。
「そうか。なら友人として応援するよ」
「ありがとう。楽しみにしててよ」
春の優しい風が俺達の間を通り過ぎていく。
「えっとさ」
カコが急に指をモジモジしだした。
「どうした?」
「今度は私の番でいい?」
カコが桜の花びらのように頬を少し赤らめる。
「律にプレゼントがあるんだ」
プレゼントって?振られたのに?
カコが椅子の後ろに行って何かを取り出して、俺に見せる。
「これって」
「そ」
そこには絵があった。上から紅葉した葉が落ちていき、下にいくと少しずつ桜に変わっていった。
「これ大学に合格したら渡そうと思ってたんだ」
とても綺麗な絵だった。
「なんで俺に?」
「描いていたら、律の事を思い出したんだ」
カコが恥ずかしいのか横を見ている。
「秋頃に描いていたんだけど、先生から返ってきたのがこの間なんだ」
秋頃?って
「引退の時に描いてたもの?」
部室で描いていたあの絵がこれなのか?
「そうだよ〜」
あっけらかんとしたカコの言葉だった。
「俺が持ってて良いの?」
「律に持っててほしいの」
ブワッと風が吹いて桜の花びらがカコを覆った。
桜の花びらが過ぎ去った後、はにかんだ笑顔のカコが立っていた。
〜終わり〜




