2章 桜が咲く頃
カチカチとシャーペンの蓋を押して芯を出しながらカレンダーを見て、三週間後に赤い丸をつけている日付を確認する。いよいよ大学受験も近づいてきた。対策はしてきたが不安はまだある。
「あ、あそこも復習しとこう」
他の教科が気になって、本棚にある参考書を手にとってみた。
「なんか落ちた?」
何かひらりと地面に落ちて行くのが見えた。
何だろう?少し椅子から降りるのが面倒だったが、気になって拾ってみると懐かしい文字が書かれていた。
「頑張ろう、か」
まだ暑くてカコと一緒に、図書館で勉強していた時、俺が欠伸をしたらカコがさっと書いてくれた物だった。文字と一緒に可愛らしい絵も印象的で取っていたものだった。
考えてみると、秋くらいから一緒に勉強していない。それまでは月に一度位は一緒に勉強していたのに。
結局どこの大学に行くか聞いてないな。今更聞くのもなんか聞きづらいな。窓の外に目をやると、白い雪がチラチラと舞っていた。
「外は寒そうだな」
それから受験まではあっという間に過ぎていった。
「終わったー」
ぐぅーっと体を上に伸ばした。試験が終わってからまだ緊張していたのか、家の近くの駅に降りると、急に背伸びをしたくなってしまった。
「お、立花も帰ってきた所?」
声をしたほうを向くと、クラスメイトがいた。
「井伊、試験会場では会わなかったよね?」
井伊とは、受けた大学は一緒だったが学部が違ったから会場が違ったのだろうか?
「まぁ、広いからね。この調子だったら、お互い受かっても会わないかな」
井伊は苦笑いした。
「かもね」
「そうかもね」
井伊の言ってることももっともだ。
「この後って、立花はどうする?」
改札口を出ると、受験した生徒だろうか?ホームに結構いた。知ってる顔も何人かいた。
「う〜ん。ゆっくり寝るかな」
井伊も納得して頷く。
「違いない。そういえば上田と最近話した?」
「カコと?」
急にカコの事を言われたが、最近は受験が間近で、まったく話してなかった。
「いや。どうした?」
「俺も人から聞いた話だけど、上田ってどっか違う県の大学に行くらしいよ」
え、聞いてない。てっきり近くの大学に行くと思っていた。
「俺あまり進学の話とかは他の人しなかったら、聞いた話だけどね。なんか難しい所らしいから、立花は知ってるかなと思ったんだけど」
「知らなかった」
「そうなんだ。そしたら、俺はここだからまた学校でな」
井伊が手を振りながら晴れ晴れした表情で帰っていった。
カコが遠くに行くのか、知らなかった。なんで彼女は言ってくれなかったのか?冷たい風が頬を撫でた。
家に帰って母さんに聞いてみた。母さんとカコのお母さんは仲が良く、月に何度かは一緒に買物に行くほどだった。
「律、知らなかったの?」
母さんは目を見開いて驚いていた。母さんは当然のように知っていたようだった。
「もう。カコちゃん。十二月くらいに推薦で決まってるって聞いたよ」
推薦って十一月に試験受けてたの?何も聞いてなかった。ちょうど勉強も一緒にしなくなった頃だ。
「カコちゃんの事だから、受験の邪魔しないように黙ってたんじゃない?」
母さんの言った言葉も分るが、一言ほしかった。
それからカコとは何度か話す事はあったが、卒業式が終わるまで、どこに行くか聞くタイミングがなく聞けずじまいだった。
受験には無事に受かっていたが、カコの事が気になって、心から喜ぶことができなかった。
寒さが落ち着いた頃、カコから久しぶりに連絡がきた。
『来週の月曜日に引っ越すね』
この一言だった。それだけ?何かないのか?俺はカコに電話を掛けた。
「ん、律?どうしたの?」
いつものカコだった。
「急に引っ越すねって、連絡がきたから電話したんだけど」
「その事。連絡した通りだよ」
淡々と話すカコ。言葉が見つからない。俺は何を話したいんだ?
「でも知らなかったな。カコが別の所に引っ越すなんて」
「勉強したい事があってね」
カコのワクワクした明るい声が聞こえてくる。
「そうなんだ。俺に一言も言ってくれないから、てっきり近くの大学に行くと思ってた」
ゴロンとベッドに横になる。
「秋頃かな?進路の事聞いたの覚えてる?」
急な質問に、戸惑ってしまう。
「なんかあったような気がする」
バスの中で話したことかな?
「その時に、律が適当な所を受けるって言ってたから、私と考えが違うのかなって」
確かに俺は言った。思い出した。カコの様子が少し変だった時だ。
「律は勉強できたからね。変な事言って邪魔したくなかったんだ」
カコが取ってつけたように笑って答えた。
「邪魔ってなんだよ。俺ってそんなに信用ないの?」
「ゴメン。ゴメン。ちゃんと引っ越しの連絡したから許して、あ」
カコが何かを見つけたように驚いた。
「桜の蕾があったんだよ。もう春だね」
カコらしい反応だった。
「今、外なの?」
「うん。引っ越しの買い物途中で、休憩に公園にいるの」
公園ってカコらしいな。
「お父さんに呼ばれたから切るね。またね」
カコの声がプツっと切れた。
「本当にどこか行くんだな」
声が聞こえなくなった電話を見る。俺はなんで、さみしく感じているんだろう。
目を閉じれば笑ったカコの顔を思い出す。喧嘩もしたけど、あいつが絵を描く姿が好きだった。この気持ちって。
「今更、気づくって」
我ながら笑えてくる。どうしよもなくて、俺は腕で目線を隠した。
今伝えても、困らせるだけだろうか?受け入れてくれるだろうか?どんな表情をするだろうか?そもそも伝えて良いものだろうか?分からない。今までの関係がとても楽しくて、とても綺麗だった。でも自分の気持ちに気づいてしまった。
「どうしよう」
どうすればいいか分からない。
気持ちに気づいてしまった律、旅立つ日が決まったカコ。
幼馴染だった二人の関係が季節と共に変わりつつあります。
次回が最後となります。二人を最後まで見守っていただけると嬉しいです。
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