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キンセンカ  作者: 櫻美
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14/14

十四

近所でよく茂兄さんを見かけた。

向こうは気づいているのか、いないのか。

見かけるとついつい立ち止まって少しの間

目で追ってしまうのだった。

見かけた時は大抵、女の人と一緒だけど

同じ人とは限らなかった。


「今、もし、目があったら。

向こうが私の事に気づいたら」


どんな顔をしてくれるのかしら?


母が亡くなってから叔父さんの店を

手伝うようになり、何かと叔父さんの家に

お邪魔する機会は多くなった。

けれど大学生になった茂兄さんはもっと

姿を表さなくなった。たまに会えたと思ったら

酷く酔っ払った情けない姿だった。

昔の姿と重ねると自分の中にある理想の

茂兄さんとはかけ離れていて、とことん幻滅した。

私は今まで恋愛と言うものを経験した事がなかった。

友達や教室内、女子だけでなく男子も皆んな


「◯◯君がかっこいい」

「◯◯ちゃんが可愛い」

「昨日一緒に家の近くまで帰ってね」

「それでね…、」


誰が好きだのかっこいいだの、

そんな話で男も女も盛り上がっているけれど

ちっとも共感できないでいる自分がいた。

けれど、群れる為には共感したフリをして

相手を否定せずに肯定し続けて

ひたすらに話を合わせなければ学校と言う箱に

特に女は収まることが出来ずに簡単に

箱の外へ溢れでてしまう。

つまらない話でも頷いて

好意がある男なんて一人もいなかったけど

合わせる為に嘘ついて


「◯◯君、かっこいいかも」とか


精一杯、嘘をついて過ごしていた。

ただ、嘘を吐くよりも本音を吐ける相手が

誰一人としていない事に気づいた時が

なによりも一番辛かった。

中学を卒業して、高校生になった時

新しい出会いに期待した。

今までみたいな上辺だけの関係じゃなくて

嘘をつく必要のない友達をつくりたいと。

そして、茂兄さんとの記憶も消す事にした。

高校に行ってからは割と順調で

入学してすぐに友達が三人できた。

その内の二人は中学の時から仲が良くて

同じ高校に無事二人は合格した。

もう一人は入学してすぐ、私より少し先に

仲良くなったと話していた。

休み時間も放課後もずっと一緒で

合わせる必要もなく本当に気の合う友達が出来て

求めていた学校生活を手に入れる事ができた。

そして、この頃には茂兄さんを見かけたとしても

もう、平気。何とも思わなかった。

順調に日常を進めていたけれど

地元の夏祭りがあったあの日、

静まり街灯が寂しく光る道を一人で歩いていた時の事

茂兄さんと偶然会ってしまった。

向こうはすれ違うギリギリまで私の事に

気づいていないようだったけれど

私の方はすぐに気づいてしまった。

茂兄さんと認めた瞬間「どうしよう」これが

心の声だった。

いよいよすれ違う時、私は下を向いて

知らんぷりしていたけれど茂兄さんの手が

私の左腕をグッと掴んでから顔を覗き込んだ。


「静?どうした一人で?」


久しぶりに聞いた茂兄さんの声は

あの時のようにやっぱり優しかった。

垂れる前髪の間から見える整った顔は

思わず見つめてしまう程綺麗で

私の事をときめかせた。


「お祭りの帰り」

こんなに短い台詞でも詰まってしまうほどに緊張して

お顔なんて見れる筈がなかった。


「あぁ、祭りか。」

「茂兄さんは何してたの?」

「俺?ハハハ、」


本当は聞きたくなかった。だって、

どうせ女の子と一緒だったんでしょう?

意地悪したくなって聞いてみたけれど

真相を聞かされるよりも笑って誤魔化された事が

気に入らなくて仕方がなかった。


「それじゃ、私帰るから」

「待てよ、送ってく」

「いいよ、すぐそこだし」

「いいからいいから」


結局家まで送ってもらう事になったが

並んで歩く訳でもなく、会話もないまま

ただ茂兄さんが後ろから着いて来ているだけだった。

家のすぐ近くまで来たところでやっと口を開いた。


「ありがとう、そこだから。おやすみなさい」

「素っ気無いな。何か怒ってんの?」

「ううん、別に」

「ハハ、別にって、その言い方は怒ってるな」

「怒ってないってば。帰るね」

「待てって、」


歩き出そうとする私の腕を掴んで

グッと自分の方へと近づけ、離れて見ていても

ドキドキしてしまう茂兄さんの顔が

手が届いてしまうぐらいまで近づいた。


「どうした?俺、何かした?」

「してないよ、本当に何でもないの。」

「それなら俺の目見て言って?」


下を向いている私の顔を確認するように

覗き込んで

「妹に嫌われたいお兄ちゃんなんていないからさ。

友達と何かあった?嫌な事でも言われたか?」


「こっちの台詞よ?ずっと。

私と目も合わせようとしなかったじゃない?

どうした?って私が聞きたいよ。」


気が付けば溜め込んでいたものを

とうとう茂兄さんにぶつけてしまい

涙すら溢れ出していた。

茂兄さんは言い終えた私を心配そうに見つめ

「ごめん」と一言漏らし、

先程までの勢いは失ったようだった。

「ごめん」便利な言葉だけど

今の私にはこんな言葉で片付けてほしくなかった。


「ごめんって何よ、」

「避けるつもりはなくて、その」

「その?何?」

「いや、ごめん」

「そ、手離して」


暫く掴まれていた私の腕は

漸く解放され、結局茂兄さんは

「ごめん」しか言わなかった。


「何がお兄ちゃんよ、私にとって何でもないよ。

ただの他人と変わらないわ。」

「そんな言い方はないだろ?

小さい頃から知っているんだから。

兄妹みたいなもんだと思ってるよ。

本当の妹みたいに可愛くて」

「もう、わかったから。」


兄妹とか妹とかって聞くと

耳を塞ぎたくなるくらい気分が悪かった。

私は随分と前から茂兄さんの事を

兄妹では片付けられなくなってしまったんだなと

気づいてしまった。





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