第17話
ゴブリンは最低級のモンスターで1体ならば戦闘慣れしていない大人であれば容易に撃退できる。だが無力な子供や女性にとっては例え1体でも脅威になり得る、さらに2体、3体と数が増えれば冒険者でも手こずる可能性がある厄介なモンスターだ。
ローレンは全力疾走で子供をさらったゴブリンを追いかける。あと20メートルほどまで追いつくと、ローレンは自分が装備を身に着けていないことを思い出す。12歳の少年であるローレンが武器を持たずにゴブリンに勝てるかというと、自信はあるが確信はなかった。
小川沿いに逃げていたゴブリンは近くの林に方向転換する、おそらく林に入れば人間を撒けると経験上で理解しているらしい。実際にその行動は間違っていない、ローレンはさらに走る速度を上げて追いかける。
ゴブリンまであと5メートルほどまで迫った時、ゴブリンは林に到達する。林の中の茂みに入られてしまう。だがこの林は町の樵が度々木を伐採しにくるため、林の中は疎林だ。ローレンはゴブリンが飛び込んでいった茂を飛び越える。林の中は木々の隙間から光が差し込んでいて比較的明るい、そして茂みを越えてあたりを見回したローレンは連れ去られた子供を見つける。だが、その子供の周りには3体のゴブリンがおり、ローレンを睨みつけている。
誤算だった。ローレンはまさかゴブリンがそこで待ち伏せているとは思っていなかった、ゴブリンも逃げる素振りを見せず、数秒間お互いが睨みあい膠着する。
先に動き出したのはゴブリンだった、2体が棍棒を持ち、それを振るって突撃してきた。
武器の類を持っていないローレンは防御することもできずに回避を選択する。ローレンは1体目の攻撃をかわして横に飛ぶ、だがそれを読んでいたようにもう1体が先回りして棍棒を振るう。
棍棒はローレンの脇腹を直撃する、ぐぶっと口から血反吐を吐きながら倒れこむローレン。その倒れこんだローレンの頭目掛け棍棒が振るわれる、それを視界の端で捉えたローレンは咄嗟に転がって回避する。
間一髪のところで棍棒を回避し距離を取りながら起き上がった。
(まずい、めちゃくちゃまずい。武器がなんでもいいからあれば...あっ)
ローレンは不敵な笑みを浮かべる。ゴブリンはその笑みを見て不気味そうにして攻撃をためらう。その判断はゴブリンにとって最悪の悪手だった。
数秒の膠着、だがそれは一瞬のできごとで終わる。1本の風の矢がゴブリンの頭を貫いたのだ。
それに気を取られたゴブリンはローレンが全力で接近していることに気が付かなかった、そのままローレンの渾身の殴打によって意識を刈り取られた。
最後の1体は倒れている子供の近くでこちらを見ている。逃げるか戦うか、その選択に迫られているようだ。だが手負いの少年と既に気絶している子供というのはゴブリンにとって絶好の得物だった。
物欲に負けたゴブリンは素手でローレンに向かっていく、ローレンも魔法で応戦する。
風によって形成された鋭い矢がゴブリンに向かって飛んでいく、だがそれを見越していたようにゴブリンが回避する。次の矢を撃ちだすまでにゴブリンに肉薄されると確信したローレンはゴブリンに素手で突撃する。ゴブリンはその手についている爪でローレンを引っ掻こうと腕を大振りに振りかぶる。それに対してローレンは小さくジャブのようなパンチで対応する。素早く出されたローレンの右腕がゴブリンの顔面を捉える、だがゴブリンもその腕を最大限伸ばしてローレンの腹を引っ掻く。
殴られたゴブリンはよろけながらも1度ローレンとの距離を開け、再度素手で攻撃を仕掛ける。だがローレンの方が1枚 上手だった。
ゴブリンに風の暴風雨が降り注いだ、いやそれよりも風の散弾と言うべきか、無数の風の弾がゴブリンを引き裂く。
ローレンが使ったのは風の矢ではなく、風の弾丸を飛ばす魔法だった。風の矢を作るのは魔力の消費が大きく、1本作るだけでようやく実戦で使える発動速度だった。それでは間に合わないと悟ったローレンは独自の魔法を行使する。『ウィンドバレット』とでも呼べるような、無数の風の弾丸を飛ばす魔法だ。この魔法であれば小さな風の弾丸を形成するのに必要な魔力は少なく、複数の弾丸を形成できるために命中しやすいとローレンは考えた。
結果は見ての通りで、近付いてきていたゴブリンに多数の風の弾丸が当たり、倒すことに成功した。
だが、ローレンは度重なる魔法の行使で魔力がほぼ枯渇し、意識が朦朧とする。
ローレンは急いで子供のもとに駆け寄り、よろけながらも自分の服を脱ぎ、倒れている子供に着せる。子供の身体は水遊びをしていたため濡れていて、体温が低下しているようだった。
意識が朦朧とするなかローレンは子供を抱えて立ち上がる。体に力を入れたせいかさらに意識が朦朧とし、よろけながらも林を出る。
「~*@;。・¥?」
朦朧とする意識の中遠くから声が聞こえた。だがローレンはその声が意味のある言葉に聞こえずに、ただ林から町の方へと歩く。視界に何か大勢の人のようなものが見えるが、それがローレンが最後に見たものだった。
白い何もない空間。いつか来た気がする。何年前だったか、自分が前世の一部記憶を引き継いでいたため、何らかの存在にその記憶を是正されたのだ。その記憶は前世の自分やその他の人間に対する記憶がとても曖昧であったが、生前に学んだ知識はとても鮮明で、銃に関する知識や世界の歴史などが手に取るように引き出せた。
「また、会いましたね」
以前同じような空間に来た時に聞いた声と同じだ。だがどこにも人影などは見えない。
「あはは、以前に会った時よりも落ち着いていますね」
誰だろうか。
「私はあなたたちが言うところの神のような存在です」
?声に出したつもりはなかったが、その存在は自分の考えていることをわかっているかのように答える。
「定命の者にはわからないでしょうが、言葉というのは私にとってはあなたたちと話すのに必要なだけなものです」
神だと自称する存在だけあって、こちらの思考は完全に読まれているらしい。正直言ってあまり心地よいものではない。
「それは申し訳がないですが、そもそもわかってしまうのだから致し方ないのです」
それはしょうがない。それで何の用なんだろうか。記憶を消しに来たとか言うんじゃないよな?
「いえ、記憶をあなたに完全に戻したのはこちらのミスであなたに前世の記憶が残ってしまっていたからです。前世の記憶を中途半端に残してしまった人間はいずれその記憶と自分の、自分が生まれてからの記憶が混濁してしまうのです。そのせいで魂は穢れ、死後また魂の浄化を施すときに大きな障害となってしまうのです。ですからあなたには記憶を戻して自分が転生したという事実をわかってもらうことで、記憶の混濁を避け、魂を穢れないようにしたのです」
はぁ、じゃあ普通は前世の記憶とか、そういったものを持たずに生まれるのか。じゃあ俺の前世の前世もあったってことか?
「ええ、そのように考えてもらっても構いません。ですが魂の浄化によって次に生まれた時はすべてが無の状態なので、その魂に前世があった、というのは語弊があるような気もしますね」
あぁ、なんだかよくわからんが、まあいいか。ところで記憶を消しに来たわけでもないなら何の用があるんだ?
「実は魂の浄化がうまくいかなかったのはあなただけではなく、複数、いえ、無数にいたのです。その処理が終わって、そのすべての人間に補填をするためにまた来たのです」
つまりこの世界にも前世の記憶を持ったものがいると?
「いえ、この世界にはいません。他の世界に行った者たちです。というよりほかの世界もほぼ無限にあるのでその無際限の世界で記憶の混濁を防止していたのです」
なるほど。ところで補填って言ってたけど、主に何なんだ?
「なんでもです」
なんでも?
「世界の理を外れないような願いならなんでもです」
ん?いまなんでもするって...
「ないです」
...
「...」
ははは、補填なんかいらないよ。今の世界で十分だから。
「ほんとうに...?よろしいですね?」
くどいなぁ。いいんだよ。別に前世の記憶があるからって今まで不都合があったわけじゃないからね。
「...そうですか。では、貴方の人生に幸多からんことを」
だからいいって。
意識がまた遠のいていく。白い何もない世界はいつの間にか知覚されなくなり、見たことのない天井が視界に映っていた。
また人知を超えたモノとの接触です。こういう精神世界を描くのって難しいですね。




