表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

二歩目「課題のやり直し」


 夜も11時を過ぎ、昼間には人の行き来もそれなり多かった道路にも、今は誰の姿も見えない。繁華街である上塚の方では、未だに観光客やらサラリーマンやらが騒いでいたりもするが、住宅が並ぶ中塚ではそんなことはないわけだ。

わざわざ遊ぶ店もないのに、わざわざクーラーで涼しい家から出てくる奴などいるわけないだろう?

 地球に優しくない考えですが、私はそれに賛成です。家にはクーラーはありませんが、扇風機がある部屋でもう寝たかったです。

 それなのに、袴田雪駄君は未だに自転車を漕いでいるのでした。


「んだよこれっ!?勘弁してくれよ!」


 こんな声を上げたら確実に白い目で見られるだろう通りには、今は誰も歩いてはない。

俺の叫びは木に止まってる蝉の鳴き声と共に暗いアスファルトに溶けていった。しかしその声が溶けきらない内に背後から声が返ってくる。


「何をバカみたいに叫んでいるのだ君は?あまり頭は良くないのは知っているがいきなり奇声を上げる程心が病んでいる訳ではないだろう?」


 そうだ、こいつも一緒にいるんだよ。ジロリと後ろへ顔を向けると、自転車の荷台に腰を降ろしている単衣は俺が買ってきた中華まんを袋から出してもにゅもにゅと呑気に食べている。

 あ、しかもこいつ!俺の「肉まん」食べてるし!


「うっせっ!つーかおま、それ俺の分のじゃねーか。自分のを喰え自分のを!」


「君の方がうるさい雪駄。それにあんまんはもう食べ終わったんだ。口直しに塩気のある物が食べたくなったんだからしょうがないだろ」


「ああ、そういうことか。それなら仕様が…あるよ!お前家に帰ってからまだ10分も経ってないんだぞ!?もう食べたんかい!」


「だから私はこうして肉まんを食べているのだ」と言って、単衣の口は動き続ける。コイツはホントに妖怪なのだろうか?普通に食い意地の張った人間じゃないのかよ?


「人間じゃない。キモノケだ」


 また心読んでるとしか思えないタイミングで反応してくる。もういやこのコ。


「それに雪駄。今の君が私にそんな事言える立場ではないだろう?わざわざ君が置いてきた懐中電灯を取りに付き合ってやろうというんだ。肉まんのひとつ、安いモノではないか?」

 

「ぐぬぬ・・・」


 それを言われると何も反論出来やしない。

 そう、今俺は家の方に漕いでいるのではなく、2時間程前に怖い思いをしたあの家へと再びペダルを漕いでいるのである。

 コンビニから家に帰った後、俺よりも先にコンサートに行っていた祖母が帰ってきていた。どうやら今日は韓国のアイドルグループのライブだったらしい。そんなの知るか。

 さて、我が家の主が帰っているのは良いが問題はここで起きた。

 祖母は俺を見て、「雪駄、アンタ家の懐中電灯持って行ったらしいけど、ちゃんと持って帰って来たのかい?手に持ってないけど」と言ってきたのだ。

 あのお化け屋敷の恐怖と混乱で何処に置いてきたのかは定かではないが、確実に俺の手元にはない。

 それを話したら祖母は久々の大声を上げて、


「家のモノを失くして帰ってくる奴がどこにいるんだい!!今すぐ探してきな!!」

 

 と言ってきたのだ。とんでもない!既に夜も深まったこの時間、またあの家に行けというのか! 俺は必至で祖母に「落して来たけど場所は分かってるから。だから明日早く行くよ」と言ったが「分かってるなら時間が掛らなくて済むじゃないか!尚更早く拾いに行ってきな!」とあっさりと返されると、俺は家の外に出されてしまった。懐中電灯の代わりに、アイドルを応援する時に使うペンライトを持たされて。


「あの時、私が‘偶々’外に出てきたから良かったな雪駄。おかげで君は怖くて逃げてきたそのお化け屋敷に私を同伴していけるのだからな」


 単衣は得意げにそう言うと、座っている荷台から浮いた足を前後にぷらぷらと動かし始める。

 オノレ、調子に乗りおって!ヒトが死に物狂いで生還してきたというのに、開口一番で「君。私のあんまん買ってきたか?」と手を伸ばしてきた時の光景が未だに憎々しく焼き付いてやがる。挙句、俺の肉まんすら食べやがって。いつかぎゃふんとさせてやらぁ。

 だが、その前に俺の方がぎゃふんとなりそうだ。

 自宅からお化け屋敷の長いみちのりをくそ暑い中で一往復した所為か、自転車の進み具合は驚く程ゆっくりだ。しかもあんな事があった家にもう一度行こうとしているのだから余計にだ。これじゃ帰ってきた頃には日付が変わっているかもしれない。

 回したくないペダルを回しながら、自転車はようやく先程寄ってきたコンビニの手前まで差し掛かった。

 するとコンビニが近づくにつれ、さっきこの場所で会ったハクの顔が頭をよぎり、コンビニの駐車場が視界に入った時、思わず駐車場の方に目を向けてしまった。が、あの時止まっていた車は既に消えていた。もちろんハクらしき女の子もいなかった。

 なんでだろう。あの家での恐怖体験の方が明らかにインパクトが大きい筈だ。それなのに俺の頭の中では、ハクの見せたあの表情が再生され続けた。


「雪駄」

 

そんな俺の心をまた読んだのか。後ろのオカッパがぺしぺしと背中を叩いた。

 手で俺の背中を叩くと、思わず俺もどきっと胸が締まる。


「な、なんだよ」


「もしかしてそんなに肉まんが食べたかったのか?」


 沈黙。俺もどう返答しようか迷っていたら、頼んでもないのに続けてきた。


「仕様がない。君がそこまで食べたいのなら買ってくるがよい。早くしろよ。それと、どうせ買うなら私にももう一つ食べたいのだ。なにか別の具が入ってるのがいい・・・あ、おい雪駄。なんで止まらないんだ?」


 単衣の抗議する声を背中に受けながら、俺はペダルに力をいれた。




****



 

 昔の人は言いました。千里の道も一歩から。

 誰が言ったかまでは知らないが、意味はある程度知ってる。「人生、コツコツバント」と同じ意味だ。

そんな言葉を体現するかの如く、単衣を乗せた俺の自転車はゆっくりながらも目的地へと近付いていた。俺と単衣、用水路に掛った橋を渡り、ようやく下塚へと踏み入ることとなる。

 ‘あの’家に繋がる道路は俺が最初に通った時よりも暗く、上塚から届く光も少なくなったことから、自転車のライトを使っても3メートル先もはっきりとは見えやしない状態だった。少しずつ寂しさを増していく周りの景色は、今では俺を飲みこもうとしているかと思えるくらいである。祖母から借りたペンライトを併せても、前方を照らす灯りは弱弱しく頼りない。

 それでも自転車を漕いで俺は進んでいった。いやいや、普通に怖い。俺はもう祖母に説教されてもいいから帰りたくなってきた。

 只でさえ夜中の田舎道を走っているのに加え、行こうとしているのは数時間前に引きずりこまれそうになったお化け屋敷。しかも目的は捕まったヒロインを助けに行くわけでも、因縁の敵を倒しに行くわけでもない。忘れた懐中電灯を取りに行くということなのだからモチベーションの上がらなさといったらこの上ないだろ。

 このまま180度方向転換しようかと思った時、単衣がぼそっと声を出した。


「ココに来るのもいつ以来だろうか」


 懐かしそうに呟いた単衣に俺は顔を向ける。こんな暗い場所では顔なんて普通は分からないのだが、なぜか単衣の姿ははっきりと見えた。

 そういえば、こいつとは一年暮したけど、こんなトコまで来るのは初めてだな。


「下塚に来た事あんの?」


 そう尋ねると、単衣は前についた髪を動かし、


「既に百何十年も前の話だ」


 一息ついた後、単衣は喋り出した。


「昔も畑ばかりだったが当時はこの場でも祭りが季節ごとにあってな。その度に『私』を着た者と一緒に森へ行ったり、人間が騒いでいる姿を見ていた。その時と比べると景色は相変わらず辺鄙なのには違いはないようだが・・・」


 単衣は小さい頭を動かし、キョロキョロと辺りを見回すように顔をふる。俺からすれば辺りどころか目の前すらも見えない状態なのに、こいつの目にははっきりと見えているのだろうか?


「大分さびしくなったな」


 その時、単衣の声は発した内容とは全く異なった、違和感を俺に感じさせた。

 「さびしい」と単衣は言ったが、そういった感情がまったく言葉に掛っていないように思えた。まるで、既に達観してしまったような…

 どう返したらいいか分からなくなった俺は黙ったまま数メートル先へと進んだが、沈黙に耐えきれなくなった俺は別の話題を切り出した。


「あ~てか百何十年前って・・・だからそんな婆くさい喋り方すんのか」


 喰いついてくるか?反応を待っていると背中をド突かれた衝撃が響いてきた。


「婆くさくない。キモノケだ」


「いや、ワケ分かんないから」


「ふん、君のような若造には分からないだろう。まあ、何とでも言うが良い。長い年月を経た私は常に平静な心で生きているからな。君のような常識を知らない子供の言葉などで怒るような・・・」


「常に喰ってるだけにしか見えんがな」


 すかさずツッコミを入れた俺にムッときたのか、単衣は自転車を漕ぐ俺の両肩をガシッと掴むと、白い中指と人差し指で鎖骨をゴリゴリと押して来た。

 イタイイタイ痛い!!コイツ!力加減なんか全くしないでくるからホント痛い!

 痛ぇだろちょ、コラ!

 喰ってるだけとは失礼な!君が謝るまでこの攻撃をし続けるからな!

 あーだこーだと騒ぎながら、鎖骨を押してくる単衣と、それを振り払おうとする俺の自転車上の奇妙な格闘が始まったが、どちらも限度を知っているらしく少ししたらその喧騒も治まった。


「ったく自転車の上で暴れんなよな単衣。危なく道路から転げ落ちそうになったぞ」


 えぐられた鎖骨を片方の手でさすりつつ、俺はブツブツと文句を言っていたが、単衣はそんな俺の頭をぺシぺシと叩きながら、


「ふん、これからは気をつけたまえ」


 嫌に刺々しく言ってきた。こんのヤロ。何処が平静な心だ。

 そう思っていると、単衣の話はそこから続いた。


「言っておくが、さっきの言葉はもう一つの事も踏まえての事だ」


「はっ?」


 思わず振り向こうとするが「前見て漕ぐんだ」と顔を強制的に前方に戻された。

 家の間隔が広くなり、土の匂いが強くなってくる。目的地が近くなってきていたようだ。


「感じたんだろ?少なくとも『人間じゃないモノ』の」


・・・・なんで分かるんだよ。家に戻って祖母から家を出されるまで、お化け屋敷の事は何も喋らなかった筈なのに。


「君の帰ってきた時の情けない顔を見れば分かるよ。大方、怒りを買って、怖さで持ってきた物を放って逃げてきたんだとね」


 正解だから余計むかつくな。


「君は正しいぞ。もしかしたら死んでいたかもしれないんだからな」


「冗談よせよ!!」


 思わず大声を出してしまった。俺の声が辺りに響き、すぐに四方の闇へと吸いこまれていった。俺は自転車を漕ぐのをやめる。これからその‘死んでいたかもしれない’場所に行かなきゃいけないのになんちゅーこと言ってくるんだ!文句を言おうと振り向くと、単衣はコチラの方をじっと見ていた。

 いつもと変わらない目つき。なのにその瞳からはいつもの彼女からは感じられなかった真剣さが伝わってきた。


「君には私のようなモノを見る事も、気配を感じる事も出来ると主の家で君に言っただろ?」


「お、おう」


「君の事を殺しに来るのもいる。それも言ったはずだ」


 そこまで言ってから、単衣は自転車の荷台から降りて俺の横に立った。ライトで薄く照らされた道を見ながら、「何故か分かるか?」と尋ねてきた時、背筋に軽い寒気が走った。

 俺の答えを待たずに単衣の口から言葉が紡がれる。


「・・・雪駄。私のようなモノは人間のように生まれてくるものではない。今までの経験だが、私のように長い年月を経て心を持つモノは少ないと言っていいだろう」


「どういう事だよ?」


「この私はいわば、『私』の見てきた経験や、記憶から生まれてきたのだ。『私』は運よく主に大切にしてもらったから存在しているが、大抵の物は心が芽吹く前に壊れていってしまうのだよ・・・」


 『壊れていく』という言葉には、さっき感じた違和感がそのまま乗っていた。悲しげでもなく、かといってまるっきり感情がないわけでない。だがその言葉には、何か異質なものが混じっているように聞こえた。淡々と単衣は続けていく。足に何かが纏わりつく。何もない筈なのに足はペダルをはずれ、足は地面に着いた。


「君がそのお化け屋敷でどんな目に遭ったかは知らないが、感じたモノに間違いはない。君が不快に思い、恐怖を覚えたならばそれは君にとっては危険な存在なのだろう」


 単衣は顔を前に向けたまま喋る。段々と、‘あの時’の感覚に近いモノが体の周りを纏わりついてくる。ガシャッと自転車が傾いた音がした。背中に冷や汗が流れ始める。


「君が感じた様なモノは、私のようなモノよりも圧倒的に存在している。なぜなら・・・」


 単衣の言葉が途中で止まる。体に纏わりつく感覚に耐えきれず、俺はついに自転車を降りた。既に動きを止めた自転車からは、前を照らしていた光はとっくに消えていた。


「お、おい。一体何だってんだよ単衣!?」


 何を聞くでもなしに、早くなってきた呼吸で単衣に問いかける。だが単衣はコチラを見ようともせず、ただじっと前方だけを見ている。自転車の光は消え、籠に置いたペンライトの弱い光だけが前方を照らしているため俺には何があるのかは見えない。だが『感じて』はいた。


「雪駄、どうやら『向こう側』からやってきたようだぞ」


 その言葉で全て理解した。そして俺の耳はそれを聞き取った。擦れる土と靴の音。


 誰か、もしくは「ナニか」がこちらに近づいてきている!!


 砂を靴が噛んだような音はジャリ、ジャリと間隔を開けて聞こえ、それは瞬く間にそのテンポを早めて俺と単衣に近づいてくる。

 

ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ


 単衣が静かに前を見ている中で、俺は闇の中から何が来るのかと身構えた。何するのか分からない腕はカチコチに固まっていたが無理やり動かす。

 一瞬、何かが後ろを通った気がした。だがその時、俺が見える距離、ペンライトの光が届いている道の空間に裸足の女が出てきた。

 ドクン!

 心臓が出てくるかと思うほどに跳ね上がった。だが、俺の目の前に現れたのは『モノ』ではなかった。

 

「は・・・・・・・ハク?」


 俺の目は驚きで、少しだけ安堵を含んで見開かれた。

 



 目の前に現れたのは裸足のハクであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ