第25話 銀狼の反撃
フェリナの姿が消えた。
そう錯覚するほど速かった。
「ひっ――」
弓を構えていた男の懐へ、一瞬で銀色の影が踏み込む。
剣が斜めに閃いた。
男の弓だけが真っ二つになり、遅れて胸当てへ浅い傷が走る。フェリナが本気なら、胴ごと断ち切られていただろう。
返す柄頭が男のみぞおちへ沈み、弓兵は声もなく倒れた。
「化け物が!」
横から別の男が棍棒を振り下ろす。
フェリナは振り向きもしない。銀色の尻尾が大きく揺れ、半歩だけ身体をずらした。棍棒が地面を叩いた瞬間、その柄を剣の腹で打つ。
男の手から棍棒が飛んだ。
魂を結ぶ銀色の糸が震える。
次の瞬間、俺の意識へフェリナの感覚が流れ込んだ。
背後で弓兵が倒れる音。棍棒を手放した男の荒い呼吸。木立へ逃げる機会を窺う足音。狼の耳と鼻が拾う情報は、俺の目で見るよりずっと鮮明だった。
《一時魂約による感覚共有を確認しました》
《〈聴覚共有Ⅰ〉を習得しました》
同時に、彼女の身体を走る痛みまで伝わってくる。
速く見えても、フェリナは限界に近い。傷ついた脚を怒りだけで動かしている。
次の斬撃が首へ向かう。
「フェリナ、待て!」
俺の声に、刃が止まった。
男の喉から指一本分しか離れていない。
「なぜ止める」
金色の目が俺を射抜く。
「こいつらは同胞を攫い、私を檻へ入れた。命令一つで、お前まで殺させようとしたのだぞ」
一時魂約を通じ、焼けつくような怒りが流れ込んでくる。
その底には恐怖があった。ここで仕留めなければ、また自由を奪われるかもしれない。仲間たちも同じ目に遭っているかもしれない。
俺の迷いも、きっと彼女へ伝わっている。
「許せとは言わない。でも、首輪の外し方と、あんたの仲間の居場所を聞き出す必要がある」
「だから生かせと命じるのか」
「命令じゃない。頼んでいる」
「私も賛成よ」
リリネが杖を拾いながら口を挟む。
「違法奴隷の証人は、生きていた方が役に立つわ。それに首輪を安全に外す方法を知っているかもしれない」
「……お前たちは、こいつらを信じるのか」
「信じてない。だから縛って、全部話してもらうの」
フェリナの耳がぴくりと動いた。
「決めるのは、あんただ」
魂をつなぐ銀の糸に、彼女を縛る力はない。
そのことを言葉より先に理解したのか、フェリナは小さく息を吐いた。
「……甘い男だ」
刃が男の首から離れる。
だが、見逃したわけではなかった。
フェリナは剣を半回転させ、峰で男の顎を打ち抜いた。男は白目をむき、その場へ崩れ落ちる。
《一時魂約を通じて対象の剣技を観測しました》
《〈峰打ちⅠ〉を習得しました》
「今ので甘いのか……」
「生きている」
「そういう問題?」
リリネが呆れながら、俺の隣へ並ぶ。
残る二人が同時に動いた。
一人は短剣を手にフェリナへ。支配環を持つ男は背を向け、森へ逃げる。
『にがさない!』
セレスが地面を滑り、短剣の男の足へまとわりついた。
「うわっ、なんだこいつ!」
男が蹴り飛ばそうとするたび、青い身体が形を変えて足首を包む。動きが止まったところへ、フェリナの剣の峰が二度走った。
手首。脇腹。
短剣が落ち、男が膝をつく。
直後、フェリナの右膝がわずかに沈んだ。
「大丈夫か?」
「この程度で倒れはしない」
強がる声とは反対に、魂約から伝わる痛みが強くなる。
「長くは戦えない。残りを急ぐぞ」
「それはこちらの台詞だ。私についてこい」
《契約対象との制圧行動を確認しました》
《〈連携捕縛Ⅰ〉を習得しました》
《経験値が規定値へ到達しました》
《レベルが3から4へ上昇しました》
身体の奥から熱が湧いたが、喜んでいる暇はない。
「リリネ、逃げた奴を!」
「森を燃やすなって言ったのは、あなたでしょう!」
言いながらも、彼女は杖を振る。
「〈フレイムライン〉!」
男の進路を塞ぐように、細い炎が地面を走った。
男は外套で顔を庇い、横へ跳ぶ。火傷した手で腰の革袋を探り、黒い六角形の金属片を引き抜いた。
「支配環が一つだけだと思ったか。商品が、主人へ逆らえると思うな!」
親指が指輪の裏側へ触れる。
かちり、と小さな音がした。
俺の視界に赤い警告が広がる。
《支配環の予備命令を検知しました》
《第二命令――受信開始》
フェリナの首輪に、消えたはずの赤い紋様が灯った。
次回「首輪の第二命令」。逃げた男が起動したのは、命令に逆らった者を内側から壊す最悪の仕掛けでした。




