35.魔法使いの方針
「おはようございます。朝食をお持ちしました……」
ありがとうと、セシル王子が内側から開けてくれる扉をくぐり私とエリアスは四人分の朝食を手にギルバート王子の待つ部屋へと入った。
昨夜、一応はエリアスへ冷静に向き合ってくれたギルバート王子は、精霊堕ちを再発することはなく朝を迎えることができた。深夜だったこともあり、そのまま宿泊することになったギルバート王子にセシル王子もソファーで仮眠しつつ付いてくれていたお陰で私も安心して眠れた。……代わりに、何故か私がエリアスの付添兼お守りを任されてしまったけれど。
仮にも男女が、しかも元とはいえ第一王子と寝室そのまま一緒はと私も最初は断った。けれど、村生活に慣れていたエリアスは気にしない上に、セシル王子からは「わかっている!無理は承知の上で……!!」と、もう懇願に近かった。
『今夜だけは兄上にもギルバートにもゆっくり休んでほしいんだ……!』
だから今夜は傍で宥めてほしいと。……ギルバート王子と和解した途端、深夜日付が回っても尚もっと話したいと駄々を捏ねるエリアスのお守りを任された。
エリアスも、ギルバート王子が戦場で自分を必要としてくれる発言が嬉しかったらしく、まだまだ話したりていなかった。けれどついさっきまで何度も精霊堕ちを繰り返したギルバート王子とエリアスをこのまま一晩放置する方が危険だと良識あるセシル王子の心配のもと、私も渋々了承した。セシル王子にこんな切実に頼まれるなんて一年前にもなかったのに断れるわけがない。
まぁ、エリアスが女性を見境無く襲うわけがないとセシル王子も信用して、私もわかっているからこその結果でもある。仮にもエリアスは乙女ゲームの攻略対象者だし、今までも無事だった私なら悪いことはされないと思った。
気付けば昨日からセシル王子に「エリアス係」にされてしまっているような気もしつつ、そもそもエリアスを森から引っ張り出したのも私だから仕方が無い。
「ギルバート王子、食欲はありますか?セシル王子も無理なさらないでくださいね」
宿から用意された朝食のパンとスープをテーブルに置く。
ギルバート王子は精霊堕ち上がりだ。セシル王子も浄化後は普通に食事ができたけれど、ギルバート王子は昨日までの食生活もまともだったか怪しいし、体調は人による。
私達が訪問した時には既に二人とも着替えも終えていた。
大丈夫だと、ベッドから席にかけてくれるギルバート王子も顔色が良い。流石一年前まで魔獣討伐隊を率いていた人だ。そのまま全員で席に着けば、躊躇う様子もなくスープを飲み、パンもかじった。
むしろ隣に座るセシル王子の方が遠慮がちに食べていて、……やっぱりこの中で一番王族の味覚が抜けていないのはセシル王子だと思う。昨日の食事も文句は言わずとも食が進んでいなかったけれど、今もきっとお世辞にも美味しいとは言えないのだろう。
「一年、か……。食事の記憶すらない」
「私もだ。精霊も触媒の生命維持の為に食事はさせるらしいが、……お前は本当に無事で良かった」
食事の味よりも、この一年の記憶の方に首を捻る様子のギルバート王子に、セシル王子も切実な言い方だ。
セシル王子の場合はハリー公爵が衣食住の面倒をみてくれていたけれど、ギルバート王子は森の中とはいえエリアス以上の野生生活だし、セシル王子の気持ちもわかる。流石ご兄弟というか、同室だった分お二人はしっかりとあの後も色々話したのだろう。こうして食事の席で隣同士に座っていても自然体だ。………………そしてエリアスは、無性にそわそわしている。
「エリアス、話したいなら話せば??」
「二人が折角会話をしているのに邪魔しては悪いだろう」
「そんなそわそわ凝視している方が悪いよ」
弟が二名になった途端、今度は話しにくいなんて人の心云々以前に不器用過ぎる。
どの王子だったか、エリアスは自他共に厳格で兄弟同士で馴れ合うこともエリアスは良しせずじっと睨んでいたと語る人がいた。今こうしてエリアスを知ったところで思い返すと、弟相手にそんなことで見下す人にも思えない。
「話す機会を見計らっておられたのですか……」
「睨んでいたのではなかったのか」
まさかのお二人とも同じ認識だった。
いや、セシル王子はずっとエリアスを尊敬だったから、どちらかというとゲームではギルバート王子の台詞だった可能性が高い。
聞き捨てならないと言わんばかりに顔を向けるセシル王子と、怪訝な表情でこちらを見るギルバート王子になんとも言えず苦笑いしてしまう。エリアスは王子時代に一体どれだけの誤解を積み重ねてきたのだろう。
けれど、無理もない。当時エリアスは十五とはいえ成人で、身長も身体も他の王子達より出来上がっていた筈だ。その上、大人顔負けの経歴を次々と打ち立てるエリアスにそれだけでも威圧を感じてしまうのは子どもなら当然のことだ。そう考えてみると、セシル王子もそしてギルバート王子もエリアスに対して思ったより一般的な誤解や恐怖心だったのかもしれない。
ただ、その誤解が解ける前にエリアスが劇的に消えて、強烈な記録と記憶を遺してしまっただけで。
「……昨夜も含めて、ギルバート王子はどこまで事情は把握されましたか?」
「セシルから経緯は一通り聞いた。まさか、俺とセシルだけでなく全員が精霊堕ちとはな……父上も心痛は絶えないだろう。ちなみにスロース、一年前から俺達に新しい弟妹はいるか?」
いませんと、頭を痛そうに押さえるギルバート王子に、そこはしっかりと否定する。
庶民として細々と生きていたとはいえ、もし新しい王子でも生まれていれば流石に噂が私の耳にも届いている。数年も後であればまた別だったかもしれないけれど、現時点ではただ王子達の不在だけだ。現時点で後継者は皆無で、だからこそ国王は私に王子達全員を連れ帰ることを命じた。
誰か一人、それこそエリアス一人ですらなく全員をだ。つまりはそれだけ、国王にとっても彼ら全員が有望な後継者候補だったということでもある。
「ギルバート王子は、どうなさいますか。私達は引き続き捜索に向かいますが、ギルバート王子は先に城に帰られていても……」
「同行する。戦闘に不慣れなセシルと、今や王族と無関係である筈のお前まで動いているというのに俺一人がじっとしているわけにはいかない」
意外でもない。ギルバート王子ならそう仰るとも思った。討伐隊所属で責任感の強いこの人がじっとしていると考える方が難しい。……そしてエリアス、また発言が止まっている。
ちらりと目を向けば、二色の目がわくわくと輝いていた。やっぱりエリアスもギルバート王子との同行は嬉しいらしい。「話しなよって」と指先で横腹を突けば、私とギルバート王子達を交互に見比べた。
挙動不審のエリアスに、ギルバート王子がそこでスプーンを置く。
「……エリアス兄上、一つお窺いしてもよろしいでしょうか」
「エリアスのままで良い」
聞こうと、ギルバート王子の静かな声にかなり前のめりのエリアスは思わずか、テーブルの食器が鳴る威力で手をついた。
まだ殆ど飲んでいなかったセシル王子のスープが跳ねて若干溢れた中、それとも気付かないように今はギルバート王子に注視している。改めてだからか、エリアスを兄上呼びに直そうとするギルバート王子に、距離を取られまいとする努力は認めたい。
「ならばエリアス」と、ギルバート王子も柔軟に言い直し、もう一度エリアスを見据えた。
「スロースの任務が完了し、俺もセシル達も城に帰る時。お前は王位継承者として改めて名乗り出るつもりはあるか?」
「無いな。王位を望まないから私は城を出た。父上がお前達の王籍に「全員の帰還」を条件にしたから顔ぐらいは見せに戻っても良いが、立場まで戻る気はない」
「〝情緒〟がという理由か?ならばそれを解消すれば、復権しても問題ないとは考えないのか」
軽やかな空気と朝陽の元で行う朝食が、一気に鉛のように重くなる。
昨日と比べて冷静に会話ができているギルバート王子ではあるものの、そもそもギルバート王子はこういう厳格な人だ。
ギルバート王子の意見は一理ある。現にエリアスは今日まででも充分に改善の余地があるし、兆しも見えている。八年前のエリアスとも異なれば、弟達も大人になり環境そのものも変わっている。ゲームのエリアスルートはわからないけれど、各王子ルートでは主人公スピカが攻略したことでエリアスの存在の大きさも乗り越えていた。
そしてエリアスがこれから少しずつ人間らしくなる希望は、ある。セシル王子も深刻そうに固唾を飲む中、けれどまだエリアスはしっくりこないようだ。首を右に、そして左に捻りながら二色の視線は一度も逸らされることなくギルバート王子に向けられる。
「今更戻れと?お前達が戻れば別に要らんだろう」
「……。ちなみに、そこにいるスロースは任務完遂後〝王妃候補〟として我々と同様復権としくは指名される可能性は高い」
えっ。
まさかのギルバート王子の言葉に虚を突かれる。
更にはギルバート王子だけではなくセシル王子まで今度ははっきりと頷いた。何故そこで私の話に飛んだのかさえわからないまま、セシル王子が「それはそうだな」と口を開く。
「なにせ、絶滅した筈の精霊魔法の使い手だ。そしてスロースには選択権もほぼ無いだろう」
そういえば、そうだった。
どこか申し訳なさそうに言うセシル王子に、今は表情筋が動かない。
私が、そもそもは本物のスピカさんが輿入れする筈だった理由は国一番の魔法使いだったからだ。精霊魔法が普通の魔法使いと比べて一長一短であることは置いても、稀少な魔法使いであることに変わりはない。ゲームの主人公スピカが王妃になったように、私にもその未来がまだ待っている可能性はある。
そして王子達と違い、一般庶民の私は国王に命じられれば逆らえない。ギルバート王子達の母親と同様に、最高権力者である国王に指名されれば女性は喜んで輿入れする義務がこの国にはある。
正直、一年前に王子全員精霊堕ちの元凶である身としてはもう王妃になる資格皆無だと思うし、国の為にもやめた方が良いと思う。恋愛失落者を王子に当てがっちゃいけない。
昨夜だって王子達の中で理性の権化であるセシル王子にさえ、エリアスと同室で問題ないと判断された女だ。……いやアレは私よりエリアスの方を信用しての判断かもしれないけど。
これはもう、王子達を城に送り届けたら命じられるより前に国外逃亡するしかないだろうか。
「スロースは次期国王の妻となる。しかしそうか、お前は国王にはならないのだなエリアス。ならば婚姻するのは俺達の誰かということになる」
ひと言一言、曖昧さのカケラもない言葉で告げるギルバート王子に当事者である筈の私も言葉が出ない。だって、この私がここで何を言っても意味はない。
ギルバート王子はただ客観的事実を羅列しているだけだ。私に再び輿入れの任命をするのはギルバート王子ではなく現国王で、それは断れるものではないと。本来この国の王子と、それどころか国王となる人間との婚姻なんて国民として最大の栄誉だし、ゲームのスピカもハッピーエンドでは必ずそうなっていた。
古来から王族には魔法使いが生まれず、だからこそ王家はそれを精霊の儀式と併行した目標の一つとして掲げている。
魔法とそして精霊まで宿せれば、それはきっと一般的に精霊魔法の使い手とも大差ない。
しかも私の場合、精霊魔法の使い手を手っ取り早く懐にいれる為に国王陛下は逃さないだろう。お師匠様に認めて頂いた魔法はともかく、それ以外は主人公としても人としても落第失格の私を王妃なんてやめた方が良いと本気で思う。ただ、……陛下に命じられたら逃亡はともかく断るのは難しい。
今回、王子達全員を復権させるだけでもかなり無理を言ったのは私の方だ。何より、今回王子達を全員精霊堕ちに追いやった責任をそういう形で取れと言われたらもう逃げられない。
「俺はもともと伴侶には拘らない。セシル、お前もそうだろう」
「!あ、ああ……そう、だな。王族として生まれた以上、割り切ってるよ。勿論、スロースのことも私は好意的に思っている。今回の恩もある」
「リューも問題はない。あいつは王位よりもスロースとの婚姻の方に乗り気だったくらいだ」
いや、リュー王子は私にというよりも……と、口の端が引き攣る。
まさかここでギルバート王子の口から第四王子の名前が出されるとは思わなかった。そういえば、リュー王子もここから迎えば近い方だろうか。
話の方向性を変えるべく、スプーンを握り直しながら私は少しテーブルから前のめる。声が小さくならないようにと意識し「ところで」と発声する。
「次はそのリュー王子を捜索に行きたいと思いますが、いかがでしょうか。城に戻られる前に女性と関係を築かれていたら大変ですし……」
「賛成だ。あいつは昔からの女好きだからな。精霊堕ちの症状は知らないが、早々に回収しておくに限る」
「一年、か。…………私達が伯父になっていることも覚悟しておかなければ」
まだリュー王子の精霊堕ちについて詳細は話していないのに、さすが兄二人理解が深い。
腕を組んではっきりとリュー王子の欠点を告げるギルバート王子に続き、お優しいセシル王子も険しい眼差しでゴクリと生唾を飲む音が聞こえた。
リュー王子がいるのはかなり大きな街だし、そこならセシル王子の口に合う食事もギルバート王子にまともな服も手に入るだろう。
ならば朝食を終えたら出発をと、お二人の首肯を確認しエリアスと目を合わ
「……………………………………………」
「エリアス??」
「!あ、いや、…………。……いや……」
首の角度を変えて覗き込んでもエリアスの表情は変わらない。
瞬き一つしないまま、二色の瞳をうろうろと左右に彷徨わせたエリアスは珍しく頬や首筋にまで汗がじんわりと湿っていた。更には何度も口の中を飲み込んでいるのか、喉仏が上下している。
「どうしたの?」と尋ねても曖昧な答えしか返ってこない。明らかに動揺した様子のエリアスに、そんな焦る話題があっただろうかと首が傾く。
そういえばリュー王子の性格を話したのは今が初めてかもしれない。エリアスが城を出た頃はまだ女好きでもない可愛い弟だった筈だし、まさか見事な女好きに育ちましたというのは流石に兄としてショックが大きかったのだろうか。
セシル王子も驚いたように「兄上?」ときょとんと目を開く。腕を組んでいたギルバート王子は俯き、肩を震わせた、直後。
「フッ…………ハハハッハハハハハハハハハハハッ!!」
ブフッ!!と吹き出す音が聞こえた途端の大爆笑だった。
顔を上げたと思えば天井を仰ぐように部屋中に響く声で爆笑し始めたギルバート王子に、こっちまでどうかしたのかと思わず身構えてしまう。
こんなに、笑う人だっただろうか。一年前は笑顔さえ珍しく、ゲームの攻略ルートですら大爆笑なんて覚えがない。しかも目尻に涙が滲む勢いの笑いに、途中からは苦しそうにお腹を抱えだした。
ギル?!とセシル王子がその肩を掴み呼びかけて、ようやくギルバート王子の爆笑も少しずつ収まる。
「すまない」と言いながら目元を拭うギルバート王子は、まだ破顔したままだ。
「っ……今のは、俺の意地が悪かった、謝罪しよう。……〜〜っ、あ……あまりに期待通り狼狽えてくれたもので……っ……つい……!」
悪かった、とまたぷるぷる肩を震わせ笑いながら口を片手で覆い謝罪するギルバート王子に、わからず私は眉を寄せてしまう。
言われた本人だろう、エリアスもぱちくりと瞬きを繰り返す。最後はお互いに顔を見合わせ、首をほぼ同時に捻ってしまった。
セシル王子が「ギル!!お前っ……!」と遅れて目を尖らせギルバート王子を叱る中、少しずつ笑いの波が収まったギルバート王子は顔を緩めながらこちらを見やった。
「……今のお前には、情緒より先に得るべきものがあると思うぞエリアス」
そう私と、そしてエリアスを交互に見比べた。
それ以上のヒントも答えもくれないギルバート王子は、何食わぬ顔で再びパンを囓る。どこか満足げな、ご機嫌の表情で。
……なんだかなぁ。
ギルバート王子が口をつぐんだところで、セシル王子から「まず、食べましょう」と促さた。食事を再開する中で私は一人また首を傾げる。
セシル王子がハリー公爵に頭が上がらなかったり、王の中の王と呼ばれる長男が大人げない上に弟大好きな過保護だったり、厳格でクールなギルバート王子が大声で笑ったり。……乙女ゲームでいう攻略失敗から一年、いろいろとおかしなことになっている。
精霊堕ちした王子はあと二人。このまま順調に浄化できた先に今度は何が待っているかと若干の不安を覚えながらスープを口へと流し込んだ。
未だに食事に手が付かず私を凝視しているエリアスの視線をがっつりと左頬に感じながら。
第三部完結です。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
暫くお休み挟み、後ほどまた再開させて頂きます。のんびりお待ち頂けたら嬉しいです。
よろしくお願い痛します。




