26 魔法使いの作戦会議
「ギルバートに、次は私とスロースで接触を試みましょうか?」
セシル王子からの提案に、私とエリアスは揃って口を閉じる。
買い物調達から帰ってきたセシル王子は、エリアスの服だけでなく食料も調達してきてくれた。店が殆ど開いていなかったから固めのパンや乾燥肉が主で王族が食べるには質素ではあったけれど、私にとっては食べ馴染みもあるし村に八年も住んでいたエリアスもなんら問題なく食べられた。
三人で栄養補給しつつ、最初に話したのは当然ギルバート王子のことだ。
セシル王子の提案は尤もだ。ギルバート王子は良くも悪くも私には何の反応もなく、そして兄であるセシル王子には攻撃を拒み、…………エリアスには逆上した。エリアスの負傷も、私を庇ってくれた以上にそもそも彼を餌にして引き寄せた私の責任だ。
確かにさっきみたいに浄化魔法後にも攻撃されては話にならない。けれど逆を言えば、…………エリアスがいないと困ることもある。
お言葉ですが、と小さく挙手をする。こんなことを言うのはセシル王子にもエリアスにも悪いと思えば、意識する前から声が小さくなった。
「……エリアスがいないと、ギルバート王子に攻撃された際に避けきれるかわかりません。最初の時みたいに遠方から狙われたら終わりです」
「君の魔法もある。それに私を盾にすれば恐らくギルも……」
「攻撃を躊躇うほどセシル王子を認識できた場合、攻撃ではなく逃げられます。……今度はギルバート王子に浄化魔法を当てる隙もなくなります」
ぐぐっ、とセシル王子の表情が強ばった。目はまっすぐ合ったまま逸らされず、狼狽える様子がないところを見ると、セシル王子も本当はわかっていたことなのだろう。
大した学もない私がわかることに、エリアスを除けば王子達の中で一番頭の良いセシル王子がわからないわけがない。
そして当然、尤も頭の良いエリアスもわかっている。横目で見ればこちらも当然とばかりに平然とした表情で乾燥肉を噛み切った。
本人を前に、餌扱いしましょうの提案は心苦しいもののエリアスも同じ結論に至っていたのだろう。「セシル」と言いながら安心させるように軽く手を振ってみせるけれど、その表情は口角を上げただけの笑みだった。
「心配はいらない。今度は全て避けきる」
「今回負傷したことは変わりません!ギルは言葉遣いがきついので、今後も似たようなことを言う恐れもあります!」
おおっ、と予想外に厳しい言い方に少し心臓が跳ねた。まるでハリー公爵のような言い方は、セシル王子が弟達を叱る時の口調とも同じだった。
そしてやっぱりセシル王子もエリアスが動きを止めてしまった理由をわかっていた。だからこそ、多少無理でも今のエリアスを戦線から離れさせたかったのだろう。優しいセシル王子らしい判断だ。しかもギルバート王子のことを「言葉遣いがきつい」という言い回しもセシル王子ならではだと思う。
ギルバート王子がどれだけ人を突き放す言い方をしても、セシル王子が常に冷静にその言葉を言い直して叱っていた。ギルバート王子が上下や社交も含める人間関係で問題を起こした時も、間に立って仲裁したのがセシル王子だった。だからこそセシル王子は胃痛も、…………そしてギルバート王子は最後までセシル王子のことは気遣っていた。
的確な切り返しにエリアスも少し眉が上がった。「そうか……?」と言いながら、少し力の抜けた表情は弟に叱られるのが新鮮なのもあるかもしれない。今までまともな会話なんてしたことのないご兄弟だ。
きょとんとしたようにも見えるエリアスに、セシル王子は椅子の上から前のめる。眉をつり上げ、食料を一度テーブルに置いてエリアスに顔を近づけた。
「よく聞いてください兄上。ギルは、ああいう言い方しかできないやつですが、決して兄上を見下しているわけではありません」
「大丈夫だセシル。誓って私はギルバートに怒ってなどいない。精霊を宿せなかったことはただの事実だ」
「そうではなく……!!!」
ぐぅぅぅっと、今度こそセシル王子の表情が強く歪んだ。
弟が気を遣ってくれたのだとしか思っていないのだろうエリアスの笑顔に、私も頭を押さえる。……しまった、それをまずは話すべきだった。
こういうところが主人公失格なんだと、自分で思う。きっと乙女ゲーム主人公スピカだったら、二人きりになれた時点で一番に話した内容だ。ギルバート王子とそこまで親しくなかった私でも、ある程度は知っているし……ゲームの記憶を思い出した今はものすごく知っている。ギルバート王子は決してエリアスを見下してなんかいない。むしろ、逆だ。
ギルバート王子個人の私情まで話すことは気が引けるように、表情筋に力を込めるセシル王子はとうとうまた胃を痛めだしたのか押さえだした。
それでも、今後エリアスの協力が不可欠な以上必要だと結論づけたのだろう、三人だけの部屋で抑えた声を絞り出した。
「ギルはっ……精霊を得てからずっと、兄上に引け目を感じているだけなんです……」
「引け目?私に?ギルバートが?」
『俺ではなく、第一王子エリアスに不死鳥が降りていれば……』
何故、と。心からわからないように瞬きを繰り返すエリアスに私も肩が落ちる。頭の中にはゲームでは聞けた、ギルバート王子の本心がぽつりと落ちた。
ギルバート王子は、エリアスを見下していない。むしろセシル王子達と同じようにずっと憧れているし劣等感を抱いている。ただでさえセシル王子やエリアスと違って、ギルバート王子は第一夫人と呼ばれる所謂公的側室の子だ。
更には引け目を感じているその理由こそが、ギルバート王子の精霊である不死鳥。
十五歳の儀式で不死鳥を得た時に、当然周囲は湧いたけれど同時にざわついた。セシル王子の儀式でも言われたけれど、それ以上に囁かれた。………「何故、この精霊はエリアス王子ではないのか」と。不死鳥を得たギルバート王子は儀式の日から毎日のようにそう囁かれて育った。
エリアスの残した功績が大きいせいで、何年経ってもエリアスが王座に戻ることを求める上層部は多く、事情を知っている人間ほどギルバート王子の不死鳥が本来はエリアスが得るべき精霊だと考え出した。エリアスが不死鳥を得ていれば、今頃完璧な王位継承者としてこの国も安泰だったのにどうして第三王子が、どうして……
「「精霊しか取り柄の無い王子だ」……と、当時囁く上層部はいましたね」
「名は?」
ギランッと、エリアスから突風のような殺気に今回は覚悟もできた分呼吸も正常に続けられた。それでも鳥肌は正直に全身に及ぶ。
セシル王子も言いにくそうにしていたギルバート王子の中傷を、代弁すれば当然ながらエリアスの目の色が変わった。
ギルバート王子に殺されかけた時は一度も放たれなかったエリアスの殺気に、セシル王子は仰け反る勢いのまま椅子ごとひっくり返りかけていた。目が瞼をなくしたくらいに大きく開かれる。
けれど、むしろ今はマシな方だ。セシル王子の時はこの殺気にハリー公爵まで参加していたからとんでもなかった。
「兄上…………?!」とセシル王子が浅い呼吸まじりでエリアスを呼ぶけれど、まだ恐らく頭に届いていない。
二色の鋭い眼光を一身に浴びながら、私は口を一度しっかり閉じた。首を横に振り「まだ城に慣れてなかったからわからない」と断る。そうじゃないと、城に戻った時にエリアスがうっかり殺しかねない。
ギルバート王子は、私が城に入った時こそ精霊を自在に扱って魔獣討伐でも功績を立て、決断力も行動力もあるお人だけれど、それまでは一番苦労した人とも言える。学問はセシル王子に敵わず、社交力や単身の武術では弟達が頭角を現した。「精霊以外取り柄のない王子」と、ギルバート王子以外の派閥にはほぼ皆に言われていたようなものだ。
それを精霊と功績でねじ伏せたのだから、ギルバート王子は本当に立派な御方だ。そしてそんな環境で育ったからこそ、自他共に厳しい人になったともいえる。
「だからこそギルは、自分が不死鳥に誰よりも相応しい人間になろうと努力を続けてきました」
「相応しい人間?不死鳥という精霊に選ばれた時点でもう……」
「エリアス」
エリアスの疑問に早々に待ったをかける。
またセシル王子に言ったようにできて当然論を言いかねない。ここでセシル王子とも喧嘩したらどうするつもりなのか。いや寧ろ、セシル王子が精霊堕ちから回復した理由もわからない今、またセシル王子まで精霊堕ちになる可能性も皆無ではない。
『人の心がない』
そういえば、エリアスをそう評していたのもギルバート王子だったと思い出す。
当時言われた時はただ、エリアスがそれだけ理解できないくらいの高みにいるか、それくらい怖い王子様なのだろうとしか思わなかったけれど、きっとギルバートルートにも語られなかったくらいの〝何か〟がギルバート王子とエリアスの間にもあったのだろう。
彼の声を上塗るようにはっきりと声を低めれば、エリアスもすぐに止めて顔を向けてくれた。鋭さはなくなったその二色に私から睨むように目を合わせる。
「ギルバート王子は、確かに不死鳥に相応しい立派な王子だと思う。けれど、貴方を含めた王子達〝全員〟に〝全て〟で秀でるくらいしないと「相応しい」と認めて貰えなかったの」
「?それは無理だろう」
どうやら伝わった。お陰でエリアスには珍しい怪訝な顔も見ることができた。弟に置き換えて例えると常識も通じやすい。
そう、無理だ。セシル王子達もそれぞれ秀でた部分があって、それでもエリアスには敵わなかった。そしてそのエリアスに匹敵する力がない限り、永遠に言われ続ける呪いだ。
その呪いをギルバート王子は儀式を受けてからずっと一人で負わされてきた。自分でもそれが否が応でも過るのは必然だった。……精霊堕ちになった時でさえ。
『必要とされていたのは不死鳥だけだ』
「…………」
あの言葉だけは、セシル王子にもエリアスにも話せていない。言えば、二人揃って怒り狂うのは間違いないと今再び確信した。
ギルバート王子が精霊堕ちになった原因。
それは、国王に命じられたある村の復興が始まりだった。




