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バッドエンドから一年後~誰にも期待されない魔法使いの私が、伝説の精霊魔法使いに実力を認められ王子を救う~  作者: 天壱
魔法使いと第二王子

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19 第二王子の水底


幼い頃から、憧れだった。


物心ついた頃には多くの大人達の関心を欲しいままにしていた兄は、私と一つしか変わらないとは思えないほど大きく見えた。実際、体格にも生まれながら恵まれてもいたのだろう。

他の弟達とは違い、兄と同じく正妃である王妃の母と国王の父の間で生まれた私にも周囲からは同様の期待を抱かれたが、その目も長くは続かなかった。

兄が一年前にはできたことも、私にはできない。私が劣っていたわけではない。ただ、兄は特別な存在なのだとそう周囲も納得するだけだった。

しかしまだ皮肉や嫉妬などという感情は覚えなかった。ただただ、特別な存在である兄が誇らしく、そんな兄と同じ血を引く自分のことも誇らしかった。

尊敬する兄の背中さえ追い続ければ、私もいつかその背に最も近い存在になれる筈だと思った。六歳の頃にはもう、国王になる兄の右腕になることが目標になっていた。

兄が国王になることは当然で、決まっていて、その為に兄は生まれその為に兄は特別な王子として生まれたのだと。……今思えば幼心に妄信にも近かったと思う。


『兄上!どうかご無事で!』

『ああ、行ってくる』

兄の初陣にも弾む胸で見送った。

当時、もう兄と私との差は開くばかりだった為、教師も違えば、私が学び始めたことなど兄はとっくに習得済みで、共に学ぶこともなければ接点など殆どなかった。兄と手合わせすらしたこともない。

兄が初陣に出ると聞いても不安などなかった。きっと無事に、それどころか誰もが驚くような結果を手に帰ってきてくれるのだと信じて疑わなかった。

見送りに来た私に眉をあげ、そして柔らかく笑んで頭を撫でてくれた大きな手の感触は今でも覚えている。

私など兄にとっては出来の悪い平凡な弟だったにも関わらず、いつだって優しかった。私達には当然のように笑顔を浮かべてくれる兄が、そんな表情を他の者達にはなかなか見せないのだと教師から聞いた時は飛び上がるほどに嬉しかった。


初陣から帰ってきた兄を、今度は遠目に観察した。初陣で敵大将を単独で討ったという兄は、その時も私達の期待に応えてくれていた。

大勢の観衆と兵達に囲まれ歓迎され讃えられた兄は、父にも似た威厳の塊で、一瞬別人かと思うほど遠い目をして佇んでいた。王の中の王と呼ばれるに相応しい風格だった。……その人が、窓から見下ろしていた私に気付いた途端笑って手を振ってくれた時も、興奮のあまり窓から前のめりながら全力で手を振った。

あの頃が一番輝いた日々だった。国王になる兄の背に近付く為だけに、王子としての努力を欠かさなかった。



なのに背中は、消えた。



『セシルよ、よく聞け。もしエリアスが帰ってこなければその時は第二王子であるお前が弟達の手本として──』

当時の絶望は酷く長く続いた。

兄は自分の意思で城を去ることと、もう戻るつもりはないことだけを手紙に残し、唐突に姿を眩ませてしまった。城の誰も兄がいなくなることなど前兆も覚えず、私が最後に会った兄は城でのパーティーでも大勢の来賓から注目を浴び讃えられ、普段と変わらない笑顔を浮かべていた。

それなのに唐突に消え、私も他の城の人間と同様に別れの挨拶も貰えなかった。

父に兄の代わりになれと言われても、ずっと兄の背の後ろに立つつもりだった私には突然丸腰で大海に放り出されたようなものだった。

前を見てもそこに目指すべきものはなく、ただ記憶と記録に残る兄の幻影を見るしかなかった。目指す軌跡も未来に頼るべき王もないまま、私一人が取り残された。


『エリアス様はいつ戻られるのか……』

誰もが、兄を待っていた。一週間経っても一か月経っても一年経っても、兄がいつかは戻ってきて王位を継ぐのだと信じた。


『セシル様では荷が重過ぎるだろう。いっそ失踪されたのがエリアス様ではなく─』

『血統が同じでも、エリアス様とセシル様ではあまりに出来が違いすぎる。残された弟君達があまりに……』

私は繋ぎだと、誰に言われる前に私自身が理解した。

仕方ない。兄上はとても立派な人で、王になる為に生まれたような人だった。王位継承者としても弟達の兄としても私はあくまで繋ぎだと自覚があったからこそ、ただ見本らしく務めた。規定の王子らしく、兄らしく、……ただただ兄上が残したものを守る為だけに振る舞った。

エリアス兄上が真似できるような人ではないとわかっていたからこそ、あくまで基本に忠実に倣うしかなかった。たとえ兄と比べればそれがどれだけつまらない王子であろうとも、王族としては正しく、そしてこれ以上たった一人も兄弟を失うことがないように兄である私がみてやらなければならなかった。

背中だけで憧れと信頼を抱かせてくれた兄のように、私はなれない。だから振り返るしかなかった。

兄のように道を切り開いてやるような絶対的な力がないから、私は道をはみ出す弟達を度々諌め、修正してやるしかない。

兄にいつでも椅子を渡せるように、兄が戻るに相応しい場を維持することだけを考えた。


『ハリー・バイアットと申します。お会いできて光栄です。宜しくお願い致します』

ハリーと知り合ったのは我が城の式典が最初のきっかけだった。

公爵である父親に連れられて出席した彼は、一目で私と同じ種類の人間だと思った。真面目で堅実で、枠の中で可能な限りの全てに応えるべく努力していた。

言動も振る舞いもその全てが自分の意思ではなく自分の理想の為に徹底していた。その在り方が互いに言葉で交わさずとも理解できてしまったからこそ、自然と語らう機会も増えた。私にとっては、個性が豊か過ぎる兄弟達よりもよっぽど身近に感じられた。

公爵家の後継者である彼は、城下の領地の一部の管理も任されていて、今後も長らく我々王族との関係も続く。そんな彼と意気投合できたことは私の幸いだったと思う。だからこそ、忘れない。……忘れてはならない。彼の両親が馬車の崖転落事故で亡くなり、孤高に立たされ一族からその立場を狙われ彼がバイアット家の立場も権威も危うくなった時のあの




優越感を。




『ありがとう、本当にありがとうセシル。お前の協力がなければ私は父の律したバイアット家を守れなかった……!!』

〝嗚呼私は恵まれた方なんだ〟と、若くして家族を失いそれでも家も、そして目標である父親の教えも守らなければならなくなった彼に、最初に手を差し伸べた時にそれは同情心や正義感を大きく上回った。

年も近い、環境も似て、周囲の期待も望まれた生き方もその全てが似ている彼を相手に、それでも決定的な違いは私が王族だったことだ。

家族を失った上あくまで公爵家の後継者に過ぎない彼と違い私は王族で、単身でも彼の後ろ盾になろうとすればいくらでも方法はあった。結果、彼は家を他の家の者に奪われることなく、後継者として認められた。もともと真面目で勤勉な彼は若くしても充分に後継者としての技量もあった。

残すは第二王子である私という後ろ盾の存在と、国王である父上にもバイアット家への援助を申し出れば殆どの問題も雑音も解消された。


罪悪感を覚えたのは、彼と本当の意味で友人になった後だった。

全てが落ち着き、心の底から感謝してくれた彼に、私は当時どういう気持ちで彼を援助したのかを思い返せば、羞恥で死にたくなった。

己は、兄とは違う小物だと思い知らされた。

年を重ねれば重ねるほど、弟達は問題を引き起こしてはその後処理で胃が溶かされ、……同時に彼らは〝活躍と呼べる〟功績も増やしていった。私と違い弟達もまた、問題こそあるものの兄と同じ〝人に見つけられる〟才能を持つ王子達だった。

見本となるべき残された第二王子である私が、気付けば兄弟の誰よりも目立たない存在となっていた。


『は、初めましてスピカと、申します……』


そんな時だった。父上が〝国王〟となる者と結ばれるべき国一番の魔法使いを招き入れたのは。

その時にようやく理解した。父はとっくに兄の帰還など本心から諦めていたのだと。

兄も帰ってこないまま、見本となり損ねただ基本に忠実に王道に忠実に生きてきただけの私が選ばれる自信もなかった。気付けば兄弟の中で私だけが人を惹きつける才能がない。

未だに兄の背中を忘れられず、誰より兄を知っているからこそその存在に囚われる。


『気負わなくて良い。交渉自体は私の役目だ。ただ、……誰かいる方が心強いんだ』

同盟交渉も、本来ならば私一人で行くべきだったのに同行を頼んだ。彼女に選ばれる為ではなく、ただ傍にいて欲しくて頼んだ。国一番の希少な魔法使いではないと正体こそ知ったものの、その代理である彼女に兄の代わりの背中と奇跡を期待した。……そして結果は、散々だった。

兄のように兄ならばきっとここでと頭に浮かび、目の前にいる同盟相手ではなく気付けば兄の背中ばかりまた見ていた。不躾この上ない。拒まれて当然だった。

大事な同盟交渉で、私ではない言葉で兄の下手な真似事ばかりをひけらかし、無様な姿を晒したのだから。結局最後の最後には私ではない誰かが、この状況をどうにかしてくれるのを待っている。……今も。


─ ぽこっ……ぼこ……

わかっている。私では兄は超えられない。

子どもの頃に何度も見上げ憧れた兄のようにはなれない。そんなこととうにわかっていた。それでも私にはもうこの道しか残されてはいなかった。この道を否定されたらもう、これが間違いだったと言われてはこの道から逸れてしまってはもう、……沈んでしまう。

照らさないでくれこんな私を見ないでくれ。知らないでくれ。何年もかけて第二王子を、頼れる背中を持つ兄を演じてきたのに、こんな何もない無様な本性を見られたくない。……それなのに。


─ ボココッ……ボコッ……


「この状態でどう撤退しろというんだ!!!」

置いていかれたくない。

ここまで来て欲しい見つけて欲しい。気付いて欲しいわかって欲しい。私が力不足だったことも不完全だったことも知っている。それでも、本当の本当に努力はしたんだ身の程もわきまえたんだ。その上で、……私にできることを考えたんだ。

溶ける意識の中で、ひたすらに私を認めてくれる都合の良い言葉ばかりを探す。もう何も考えなくて良い包み込まれる感覚が水中のように心地良く、それなのに感情だけが剥き出しにされ、一つになる。


「貴方はッ!!あそこまでセシルを追い詰めておいてなにを抜け抜けと…………!!!」

知ってくれ聞かせてくれ。もっと近くで、……ここまで堕ちてきて欲しい。誰も見てくれない見られずに済む輝かない輝こうとせず済む息も詰まる水底に。

この声を、聞いてくれ。

こんなにも私は息苦しく孤独だったのだと言葉にせずとも知ってくれ気付いてくれ同じ苦しみを分かち合って欲しい。

本当に本当にすまない。私がこんな情けないせいで、少なからず期待してくれていた全員を落胆させてしまった。……いや、私を期待してくれる人間なんて本心では誰一人いなかった。

だから見捨てられた上手くいかなかった。兄上が帰ってきてしまった私に落胆する為だけに帰ってきた。ああああの人にだけは今のこんな姿を知られたくはなかっ


「ッセシル王子にできて当然とする発言全てを言ってんでしょおおが!!!」


そうだ……そうだそうなんだ本当だ本当にそうなんだ。私にできるわけがないんだ。兄上が特別で私にできるわけがなかったんだそれなのに皆、皆、皆、私にあんなに期待して落胆するんだ兄上のようになれるわけがない。兄上ができることを当たり前だなんて思わないでくれ私はこんなにこんなに自分のできる先に手を伸ばしたのに。


そうだ思い出したさっき、さっき兄上に見られたのも言われたのも何がこんなにも絶望したのか。兄上の口から現実を突きつけられるのも私の努力や覚悟が足りなかったことにされるのもその全てが怖くて嫌で、嫌で嫌で嫌で堪らなかった。


信じて欲しい私は決して怠慢などしていない。

本気で自分にできること全てをしようと努めたのだと。兄上のようになれなくても兄上の背に近付くだけでもしようと何度も、何度もやったんだ。私なりにちゃんとやれていた筈なんだ。

兄上と比べれば些末でも、私としては本当にやってきた筈なんだ。それでもただ兄上が遠くて大きい存在だっただけで本当に


「ギルバート王子は人と諍い起こすしリュー王子は女性問題起こしてアーク王子は人にも建物にも被害出してそれ全部セシル王子が大ごとになる前に処理し続けて!!エリアスは毎日胃を炙られながら問題児三人抱えて公務も完璧にやったことある?!」


あああああそうなんだ本当だその通りだ本当に大変だったんだ。

苦痛などじゃないそうじゃない。弟達に振り回される時間は胃が溶けても煮えてもそれでも悪いものでは決してなかった。書類仕事よりも父上から任された公務よりも遥かに私だからできた仕事だと思えた。それでも大変だったんだ。

兄らしく振る舞う為に兄弟の為にできることはなんでもしたんだ。私なりにやった筈なんだ。エリアス兄上のようにはなれずとも、私は私なりに──……


……私、は。


認めて、……欲しかった。

その言葉が欲しくてなのに言葉にできなかった。お世辞でも褒め言葉でもない、ただこの労苦に報いる言葉を掛けて欲しかった。ずっと、……情をかけられたかった。

同情……そんなくだらない情けないものを誰彼構わず欲してた。優しい言葉が欲しかった。当たり前にされている出来ることに「すごい」と「大変」だと優しい言葉が欲しいできていることを認めて欲しい過剰じゃなくて良い小さなことで良い誰でも良い私は本当は卑しい人間なんだ。


「貴方が捨てた分全ッッ部拾って抱えて背負ってきたのがセシル第二王子なのを忘れないでッ……!!」

頑張った。そんな子供騙しの言葉で纏めてしまえるような安易でつまらないものを紐解いてくれ。

そうなんだ拾い続けたんだ私は。兄上が不要だと要らないと些末だと切り捨て前に進めるようなものだとわかっていても私は切り捨て……なかったんじゃない。


切り捨てたくなかったんだ。


私も、その切り捨てられる一部に過ぎないと幼少の頃からずっとわかっていたから。

聞かせてくれ。お願いだお願いだもっと聞かせてくれ私はきっと飢えているもっともっと近くでその言葉を囁いてくれ認めてくれ底にいるのは心地が良くて凍えるほど寂しくてたまらない。言葉にできない私の声を、代わりに言葉にしてくれお願いだ。


誰か、誰か、誰か。


『セシル王子、まさか他の王子達の後処理まで……?』

『資料……?!これ全部ですか!?』

『こんな仕事まで一人でこなされているなんて……』

だから彼女の初々しい言葉が新鮮で、心地が良かった。その小さな小さな積み重ねに、あの時も励まされたいと一方的に期待した。恋なんて綺麗なものじゃない、ただただ彼女がくれる純粋な善意を浴びたかった。……勇気付けられたかった。

彼女にも悪いことをしてしまった。私と同盟交渉を終えた後にどんな顔をしていただろう。もう記憶が朧気で思い出せない。見るのが、彼女の落胆した顔を見るのも怖くてそれなのに想像ばかりをしたことは覚えている。


「エリアスも、貴方を心配して会いにきたんです。自分に何ができるかどころか、掛ける言葉さえ考えついていないのにそれでも私に同行してくれました」

誰か、誰か、誰かと。ただ私に都合の良い言葉をかけてくれる人を、情をかけてくれる存在を探す。

私に気付いてくれる誰かを探してる。いくら兄上を気取ったところで私は今も、その背中を見上げるだけで満足していた子どものままだ。

兄上にとって、私など別れの挨拶をかける価値もない、取るに足らない存在だともうとっくに気付いていた筈なのに



「今もかけがえのない、兄弟です」



光が、溢れる。

視界を埋め尽くすそれに、溶けていた筈の目が眩み、溶け込んでいた自分の輪郭を思い出す。肺が存在を取り戻した途端、酷く呼吸が通った。ごぽぽと気泡が溢れた途端、私には口があったことを思い出す。何故これがあったのに、私は使わなかったのだろう。

こんな泡になる前にきちんと言葉にするべきだった。

もう何度も見たものとも異なる光が、蘇った目を貫いた。ああこの目でもっと見るべきだった。ただ己の存在を思い出すだけじゃない、私の奥底まで照らされる。

立派な兄を、第二王子に務めてきた私はこんなにも卑しくて、こんなにも乾いていた。


水底に溶けても満たされないほど、酷く尋常じゃない渇きだ。


「!ッセシル!!今のも浄化魔法だったのか?!しっかりしろ!」

「……ハリー……」

気付けば、また床にいた。頭まで濡れているハリーに肩を掴まれ、今の私には身体が存在したのだと思い出す。

何故ハリーがここにいるのかよりも、また人に戻った違和感の方が強く、再構成された頭がぼやついた。私の言葉に驚いたように目を見開く彼に、そんな顔を見るのは久々だと思う。最後に見たのは、……?覚えがあるのに、思い出せない。

私が、彼に会いに行った時の顔だ。だが何故、どうして彼を頼ったのか。……頼った?


『ありがとう、本当にありがとうセシル。お前の協力がなければ私は父の律したバイアット家を守れなかった……!!』

『……それほどのことはしていない。ハリー、君がバイアット家の当主として相応しいから皆が認めただけだ』

存在しなかった筈の脳が思い出す。あの時の、ハリーに感謝された時の。……そうだ、続きがあったんだ。

ずっと、私の思惑も知らずにただ感謝をしてくれるハリーに申し訳なさばかりで、後まで思い出す余裕もなかった。


『そんなことはない!お前のお陰だ!第二王子であるお前の後ろ盾がなければ……ッお前だけが、私のことを信じてくれた……!』

本当にありがとうありがとうと、この手を握り何度も言葉を尽くしてくれた。

彼の感謝が建前じゃない本物だからと伝わってきたからこそ、罪悪感が酷く胸を蝕んだ。それでも、……そうだすまないハリー、それでもやはり私はとても嬉しかった。

兄上でも弟達でもない私だからこそ誰かの力になれたことが、認められたことが嬉しかったんだ。

私はいつだって兄上よりも劣っていて、だからこそ兄上にできないことをやろうとした。それが正しかったのだと、いつか誰かに認められる日を待っていた。……きっと、兄上の帰還よりも遥かにその時を。


浄化魔法(プフディストゥス)!!」

スピカからの光が、再び視界を埋め尽くした。既視感の覚える光が、いつぶりかもわからない。ただこの光が妙に心地良く、ほんの一瞬だけ自分の感情全てを取り払ってくれることを知る私にはもう恐怖もなかった。

視界が光とは別に妙に開け、呼吸の通る感覚に神経が集約される。光が鎮れば、何故ここにと今更ながら思い巡らせる。

スピカも、ハリーも、兄上もこの三人が集まっていることも不思議でしかない。まずここが何処かかも私は知らない。城ではない、それならハリーの屋敷か?何故、どうして私はここに


『この恩は必ず返す!しがない公爵家の私に何ができるかはわからない。だが、何かあれば頼ってくれ。必ず力になると約束する!』


「エリアスこっち!!」

……嗚呼そうだ。

兄上の前に、もう私を認めてくれる友人がいたのだと思い出す。いや、ハリーや、そして何も知らなかったスピカだけじゃない。本当は、私が受け止めきれなかっただけで、もっと。


『ありがとうセシル兄〜!ほんっとごめん!!まさか城に押し掛けてくるとまでは思わなくって……!』

『そこまで手を回してくれとは頼んでいない。セシルは俺にまで過保護過ぎる。……だが、助かった。ありがとう』

『セシル兄上、この度は本当にありがとうございました。お陰で騒ぎが広がらずに済みました。今後はより気をつけます』

『セシル第二王子殿下、今日は私どもの祭に訪問くださりありがとうございます。我々のような小さな村に、まさか王族の方がいらしてくださるなど……』




「ご苦労ッ!私にはできぬことを何年も続けたのだな!!素晴らしいではないか!流石は父上の子だ!賞賛に値するッ!!」




セシル、と。兄上の呼ぶ声に思わず息を飲み意識を向けた直後だった。

爛々と輝く二色の瞳と、そしてまるで自分のことのように誇らしげに笑うその顔以上に、……言葉に、脳が直接揺らされた。

認めて、もらえた。

兄上にはできないことを、私はできていたのだと。私は父上の子に相応しいのだと、他ならぬ兄上本人に。

労いのたった一言でも心臓が掴まれたのに。もうこれ以上言われることもないのではないかと思うほど一生分に聞こえる言葉に「賞賛」まで告げられ、水底でもないのに言葉がまた泡になった。代わりに目が滲み、頬を伝う。……本当に、こんな簡単な言葉で私は良かったのか。

憧れのまま消えてしまった兄上に、謝罪をされたかったわけでも償われたかったわけでもない。今までの私を見て、そして褒めて欲しかった。

スピカに押され、去っていく兄上から目が離せないまま視界ばかりがぼやけていく。ハリーに呼びかられながら、もう打ち揚げられた魚のように口を開くしかできなくなった。ああそうだ、そうだったんだ私はとうに




〝エリアス兄上〟でなくても許されていたのだと。




認められた瞬間、唐突に気付いた。

消えた第一王子の代わりでも、弟達の頼る長兄の代わりでもなくとも、とっくに周囲は私を見ていた。……いや、いっそ最初から誰も私に〝エリアス兄上〟の影など期待してくれてもいなかった。ただ私が、理想の王子と兄であるあの人の背中を追わなければ周囲を落胆させると思い込んでいただけだ。

私を〝私〟として認めていなかったのは兄でも周囲でもなく私一人だ。

顔を両手で覆い、それでも指の隙間から水が零れ落ちる。喉をヒクつかせながら、取り戻した肉体が酷く重く、……同時に心がいっそ怖いほどに軽い。

帰ってきてしまった兄上を前に打ち拉がれる己がこの世界の誰よりも無様で、ようやく自由になれたような気がした。



……だからこそ


「セシル王子まで同行されなくても……。あくまで陛下に任じられたのは私ですし……」

「いや、同行させてくれ」

もう一度、私はこの足で立ち上がらなければならない。動かなければならない。

今までただ憧れで、その背に近づくことしか、見上げることしか考えなかった。いつの間にか神格化にも近いほど無責任に盲信してしまった兄上を今度こそこの両目で見定めたい。


今度こそ私が私としてどう在るべきなのかを考える、そのために。


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