第三十二話 「旅の扉は開かれた」
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12月14日。
この日の朝、幹人は学校に登校するなり、隣のクラスを確認する。
しかし、窓際の空席を認め、幹人は引き返す。
「おはよう、久田くん……どうかした?」
姫野は幹人と廊下ですれ違い、挨拶を交わす際に様子が普段と違うことを気に留めた。
「ああ、おはよう。……実は、昨日の夜、真琴からショートメールが届いたんだが……」
その内容を確認する為に朝のHR前に教室に来たのだが、当の本人は居ない。
「まあいいか。とにかくこれなんだが……」
幹人は廊下の端により、姫野に画面を見せる。
彼女はカバンを肩に掛けたまま、身を寄せてそれをのぞき込む。
『旅の扉は開かれた。ソウルフレンドの名を冠する地の塔。冒険は続く』
「これって……」
姫野は疑問を抱きながらも、息を呑み幹人を見上げる。
その幹人も、釈然としないまま頷く。
「だよな……まあ、とりあえず放課後にあいつも含めて集まるか……」
*
「はぁ……冒険の続き……ですか」
八十川はぼんやりと立ち、自身の腕を抱きながら呟いた。
三沢駅内の待合ベンチでは、幹人と姫野、そして八十川が居る。
とりあえずの待ち合わせ場所として、駅は寒さも凌げ便利だった。
「影山さんは、どうしてこのメッセージを送ってきたのかな。学校も結局休みだったみたいだし。連絡もつかないんだよね?」
姫野は疑問を口にする。
「ああ……。実はさっき、あいつの家にも行ったんだが、昨日からずっと帰ってないそうなんだ」
同居している祖父母には、しばらく札幌の友人の家に泊めてもらっているから大丈夫との旨の電話があったそうだ。
幹人は、その場ではショートメールの件と当人と音信不通であることは隠しておいた。
「この状況……なにかの事件、じゃないよね?」
姫野が不安げに呟く。
真琴がふらりと家出をするような人間ではないと分かるからこそ、不安が膨らむ。
八十川は言葉もなく無表情で座っている。
「まだわからん……何かあれば警察に駆け込みたいところだが」
この時点ではただの外出の可能性もあり、仮に家出だとしてもその程度で警察が真剣に捜索をする可能性は低い。
しかし、数日間姿が見えず連絡もなければ、事情も変わってくるだろう。
「でも、このショートメール。明らかにあの人が作ったものなんですよね? 僕が手に入れた置手紙の続きみたいな感じですけど」
八十川は能天気に言葉を挟み、幹人は少し苛立ちながらも同意する。
「そうなんだ。家出をする人間が残すメッセージにしちゃ変だし、事件に巻き込まれて助けを求める内容にしても謎すぎる」
真琴の失踪。
優秀なブレインを欠いた一同は、思考が纏まらない。
「とにかく、このメッセージの謎を解いてみるしかない」
もしも本当に事件だったなら、あまり悠長に構えている場合でもない。
幹人は改めてメッセージを読み直す。
『旅の扉は開かれた。ソウルフレンドの名を冠する地の塔。冒険は続く』
「旅の扉……冒険は続く……」
「おそらく、僕の手に入れた指示になぞらえているんだと思います。ちゃんと、続きであると分かるように」
八十川の推理は、おそらく間違いないだろう。
その単語自体に、そこまで深い意味があるようには思えない。
「じゃあ、この『ソウルフレンド』っていうのは?」
姫野がこのメッセージの中で最も特徴的な単語を差す。
すると、幹人の脳内になにか燻る記憶がある。
「……なんだっけ、どっかで聞いたような……あ」
幹人は一つの記憶に思い至った。
そしてそれは、九月に真琴と挑んでいた事件の一幕だった。
ということは、やはりこのメッセージを考案したのは真琴であるに違いない。
意図は分からない。だけど、次の手がかりは得た。
*
「はあい……あらぁ、お久しぶりねぇ」
幽玄な女子生徒はすだれのような前髪の隙間から、幹人を覗き、口が裂けるほどニッと笑った。
「お、おう。藤木。久しぶりだな」
新聞部の部室の前で、幹人と姫野はぎこちなく笑った。
部室の主は、来訪客をもてなすように怪しいグッズであふれた室内へ誘った。
戸口で立たせて話を聞くのも不躾なので、仕方なく二人は中に入る。
三沢高校の片隅にある新聞部の部室は九月の頃から変わらず、髑髏や藁人形、十字架や蝋燭など、おどろおどろしいグッズに溢れていた。
なぜか締め切られたカーテンの暗い室内で、キャンドルの明かりが揺れる机を囲って座った。
ちなみに、三沢校生ではない八十川は駅前で待機している。
「それでぇ……何か御用かしらぁ? あら、今日は違う女性を連れているのね」
藤木は前髪のカーテンの奥でギョロリと目を剝き、幹人と姫野を順番に凝視した。
その仕草に、姫野は完全に気圧され硬直している。
「あ、ああ。まあそのこともなんだが……これを見てほしいんだ」
あまり余計な雑談をする暇はないので、単刀直入に本題を話す。
真琴から届いたショートメッセージの暗号を眺めて、藤木は幹人を見据えた。
「これはぁ……ソウルフレンド。私と貴方の事を指しているのかしらぁ……?」
僅かに声が弾んでいるあたり、ソウルフレンドと認められた事を喜んでいるのかもしれない。
幹人は頬を掻きながらも、謎解きのヒントを探す。
「昨晩から真琴は見当たらなくて、このメッセージだけが届いたんだ。何か心当たりはないか? ソウルフレンドに関係する塔があるはずなんだが」
てっきり、それ系の話をすれば藤木がペラペラと喋り出すかと思えば、生気が抜けた人形のように固まり、いい返事は無かった。
「塔……タワーと言えばバベルの塔……タロットカードの塔では崩壊や衝撃ねぇ、それ以外にはぁ……『クロック・タワー』のシザーマンはなかなか好みよぉ……」
怪しい単語の羅列はするものの、いまいち謎解きの答えには結び付かない。
幹人は目論見が外れたかとも思うが、『藤木あさひ』の所までは間違いないという自信もある。
「この、名を冠する地っていうのは?」
姫野は徐々に藤木の存在に慣れてきたのか、再びメッセージを読み返す。
「名を冠する……名前……あさひ……」
「まあっ」
幹人は考えながら呟く。藤木は珍しく女子っぽい甲高い声を上げた。
思わず幹人が顔を上げると、貞子のような黒髪の奥に覗く青白い肌が、仄かに上気しているように見えた。
他意は無いと口を開きかけた時、「そういえばぁ」と藤木が喋り始めた。
「三沢市に朝日町という地名があるのはご存じ……?」
藤木の言葉に、幹人は思考が閃き、同時に拍子抜けする思いだった。
姫野が素早くスマホで検索すると、マップアプリ上に『あさひ公園』という場所が表示される。
三沢高校からほど近い、住宅街のど真ん中だ。
さらに、衛星写真やストリートビューに切り替えると、公園の真ん中に塔のような遊具が立っているのが見える。
幹人と姫野は目線で合図すると、素早く立ち上がった。
*
「別に、そこまで付き合ってもらわなくても大丈夫だが」
廊下を足早に進む幹人と姫野の背後霊のように、藤木あさひが滑るように付いてくる。
「いいえぇ……時間はあるわぁ。それに、気になるもの。その公園まで見届けさせてもらってもいいかしらぁ」
藤木が歩くと、前髪がはだけて瞳が覗いた。
ボサボサの黒髪のせいで野暮ったい印象だったが、その素顔は存外女性らしく、痩せすぎで顔色が悪い事を除けば整った顔立ちをしていた。
思わず顔を凝視してしまった幹人に、藤木は目線を合わせると口を強く結んでいた。
思えば、九月の事件でも新聞部として利用するだけ利用して、その後はろくに顔も見せていなかった。
利害関係の一致で新聞部に体験入部したものの、誰も訪れない部室に一人籠ってオカルト記事を書く彼女は、ひょっとすると幹人たちを仲間と認識していたのかもしれない。
「ああ、悪いな。置いてくような事言っちまって。とりあえず、謎解きの答え合わせに行こうぜ」
幹人は気を取り直してそう言うと、藤木は相変わらずニッと口角を上げて笑った。
それも一つの愛嬌か、と思い、ポツリと感想が漏れる。
「藤木は前髪を分けてた方が可愛いんじゃないか?」
率直なアドバイスのつもりだった。
言った途端藤木は目を丸くして、慌てて前髪を両手で手繰り寄せ、いつもの海坊主のようなシルエットに戻った。
余計なお世話だったようで、幹人は思わず「すまん、変なこと言ったな」と謝る。
「もう……久田くんって本当に……」
呆れたように姫野がため息を吐いた。
廊下を渡って、玄関から外へ出た際に、校門前で幹人を見つけると両手をブンブン振り回す小柄な影が見える。
「あー! やっと見つけました! 久田先輩! 真琴先輩と昼に会えなくて、連絡も取れないんですけど、何か知りませんかー!」
大声で駆け寄って来る春田に捕まり、幹人は事情を最初から説明する羽目になる。
やいのやいのと喚く春田を、藤木は珍妙な生き物を見るかのようにマジマジと観察していた。
ひとしきり春田に理解してもらったところで、今度は八十川を置きっぱなしにしていることを思い出す。
「……あなたはよほど沢山の女性のご友人がいるのですね」
あさひ公園で合流した八十川は、幹人が多種多様な女子を引き連れて現れたところを見つけてそう呟いた。
「俺もどうしてこうなったのか教えてほしいぜ……」
幹人はげんなりと答えると、仲間の三人の女子たちは三者三様に八十川と自己紹介や挨拶を交わした。
ややあって、本来の目的である謎解きの答えを探す。
『あさひ公園』は市街にポツンとある公園で、ブランコや滑り台などの一般的な遊具の他に、『物見の塔』という二階建てぐらいの高さの円柱状の塔が立っていた。
初冬のこの時期、既に夕暮れ時に差し掛かった屋外で遊ぶ子供は皆無だった。
うら寂しい遊具たちを一瞥し、肝心な塔の方へ歩み寄る。
塔の内部は空洞になっており、先細りする螺旋階段のような構造となっていた。
幹人は何とか身をかがめて昇っていくと、上層には踊り場のような場所があり、塔の側面に空いたのぞき穴から市街地のぼんやりとした街灯が見えた。
幹人が周囲を調べると、頭頂部に柔らかいものが触れた。
その天井、鉄骨がむき出しになった部分に、何かがぶら下がっていた。
「これは……」
幹人は”その答え”を握りしめる。
軍隊の格好をしたカルガモは、後生大事そうに丸められたメモ紙を抱えて、サングラスの目で遠くを見つめていた。
『ふたたび旅立ちの場所へ、ルナシカに乗って、冒険のその先へ。学舎の城、展望室から見渡す満艦飾の時を待て』
開いたメッセージは、印刷したかのように几帳面で整った真琴の直筆でしたためられた、次の指令だった。




