第三十一話 「力を貸せ。お前の、人の言葉の真偽が分かる能力を」
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12月13日。
週も変わり、日々は過ぎ去っていく。
八十川が佐々木ゼミナールで巻き込まれた事件の日から1週間以上が経過し、その後一切の進展が無かった。
無料講義の期間はとっくに終わり、真琴はまたいつものようにゼミが終わると一便遅い電車で三沢市に帰る。
日課となりつつある沢木との雑談を終えると、エレベーターホールを抜け外へ出る。
冬の入り口を過ぎた時節から、マフラーをしっかりと巻かなければ寒気に震えてしまう。
終電間際の電車には、帰宅途中のサラリーマンや、飲み会帰りの大学生が多くいる。
それも、いくつかの大きな駅を過ぎると閑散としてくる。
三沢駅に着く頃には、数人まで減っていた。
駅からは徒歩で自宅に向かう。
路地の上には、等間隔に街灯が並んでいた。
無機質なオレンジの光をふと見上げると、空から白い粒が注いでいた。
今日の雪は、地面に落ちると姿を保たず直ぐに溶けて消えた。
「……やはり、おかしい。何もかも」
独り言は、白い吐息と共に夜の街に消えた。
不気味な待機時間のような、この間隙が気に入らなかった。
「辿るべき道筋……手順が必要だった? それにしては無意味すぎる。この空白の期間は何? 次の指令までの道が途絶えている……」
八十川へ指令を出した者は、もう諦めたのだろうか。
本当に、ただの八十川への嫌がらせだったのだろうか。
真琴は、視線を虚空へ結ぶ。
手をコートのポケットに入れ、中にあるカモの形をした柔らかいものを無意識にいじりながら考え続ける。
何か、思考が真理めいたものを掴みかけた瞬間だった。
強い力で、真琴の口は背後から覆われる。
咄嗟に悲鳴も出ないけれど、そうすることも出来ない様に、タオルのような繊維を口に押し込まれる。
視線だけで背後を巡らせると、暗闇の中に長身の男性が羽交い絞めに襲い掛かっており、真琴の体は路地裏に引き込まれた。
顔は見えない。マスクとサングラス、目深に被ったニット帽に覆われている。
力には自信がない真琴は、それでも抵抗するように歯を食いしばり、肘や足を振り回し反撃を試みるも、分厚い男性の体にはいくらもダメージを与えられない。
その体制から、暗がりの穴に放り込まれる。
そこはワンボックスカーの後部座席だった。
シートは取り除かれ、雑多に積まれた毛布の上に転がる。
立ち上がる隙も無く男性が覆いかぶさり、真琴の腕を掴み縛り付ける。
結束バンドはカチカチとチープな音を立て、真琴の手首を縛りあげた。
「動くな。抵抗しなければ、傷つけるつもりはない」
低い声。
興奮が混ざっているのか、息が荒い。
「本当に?」
転倒した拍子に口からタオルが零れ落ち、真琴は質問をした。
「ああ」
短いやり取り。
嘘はない。
彼が考える傷が何なのか、にもよるが、身の危険を回避するには大人しくするしかない。
勢いよくドアが閉められると、男は運転席に回りエンジンをかけた。
車はそのまま走り始める。
後部座席の窓は覆いがされており、外の様子は分からない。
真琴は身じろぎをするが、腕の結束バンドは車体の一部にも固定されているのか、寝転がった姿勢から立ち上がれなかった。
途中、何度も角を曲がる。不必要なほどに何度も方向を切り替え、真琴に移動先や距離感を掴ませないようにしている。
移動を始めて30分ほどが経過した。
車が停車すると、エンジンが切られヘッドライトのランプが消える。
辺りは真っ暗になり、月明りさえも差し込まなかった。
真琴は、さすがに脳内の地図を引くことも出来ず、自分がどのあたりに居るのか見当もつかなかった。
「繰り返すが、抵抗しなければ傷はつけない。襲うつもりもない」
運転席から、男性は荒い呼吸で、それでも至極冷淡に言葉を出す。
暗闇に薄っすら目が慣れてくると、男の肩は浅く上下していた。
「貴方の目的は何。あたしを……どうするつもり」
「力を貸せ。お前の、人の言葉の真偽が分かる能力を」
白刃が、車内で煌めく。
刃渡りニ十センチ以上のサバイバルナイフが、男の手に握られていた。
その存在を示唆され、真琴は元から無かった抵抗する気を完全に消す。
抵抗しなければ傷つけるつもりが無いという言葉に嘘は無い。
裏を返せば、余計な抵抗をする場合は相応に傷つけられる可能性を秘めている。
それにしても、なぜ彼は真琴の体質の事を知っているのか。
仮に、半端に聞きかじった程度だとしても、ここまでの行為をするほどの確証が、男にはあるのだろうか。
真琴は、暗闇の中で目を細める。
「スマホを出せ。俺が監視する。その間に友人と家族にメッセージを送れ。『友人の家にいるから心配するな』とな」
男は指示をする。
ナイフを持ったまま、運転席から立ち上がり身を乗り出して真琴の腕の結束バンドを切る。
下手に動けば、いつでもナイフが降り注ぐ。
「それからスマホは電源を切れ。その後は俺が預かる」
男はその後、真琴の行動を待った。
しかし、彼女はその姿勢のまま手を動かさなかった。
「待って」
真琴は臆せず、鋭く言う。
思わず男も、息を呑む。
「……目的を、確認させてほしい」
真琴の言葉に、男は苦笑する。
そして、恫喝する怒声で叫ぶ。
「いいから黙って指示に従え!」
咆哮と共に、ナイフが付きたてられた。
車内の座席に音を立てて、白刃が深々と刺さる。振動で、車内が僅かに揺れた。
しかし男の叫びにも、真琴は目を逸らさずに言う。
「……貴方の計画は、このままでは失敗する」
真琴は、誘拐された高校生とは思えないほど冷静に、淡々と状況を理解する。
「あたしが、失踪すれば警察を呼ばれるのは時間の問題」
僅か一回の連絡だけで、行方を絶てるのはせいぜい一晩が限界だろう。
明日学校で、姿が見えない真琴を探し始めてから警察に連絡が行き、この誘拐現場に辿り着くのは時間の問題である。
「貴方は見たところ、共犯者の存在は見えない。単独犯で、あたしを連れたまま、警察の追跡を振り切り目的を果たすのは至難と思われる」
「……何が言いたい」
真琴の言葉に、男は疑問を浮かべる。
この女は何を言っている。
「あくまで、時間を稼ぐことは可能……あたしが、自分の意思で貴方と行動し、無事だということを周囲の人間に伝えればいい」
協力を申し出るような言い方に、男は困惑した。
いかに真琴を暴力で脅し、大人しくさせるかしか考えていなかった。
「……スマホの電源を入れたままで、GPSで追跡されるのは御免だ。計画の途中で邪魔が入るのは避けたい」
おそらく、協力をするフリをして機会を伺って逃走するつもりだろう。
知恵ばかりが働く女だということを、男は知っている。
「スマートフォンは使用しない。それでも無事を伝える方法はある。貴方も使った、古典的な”謎解き”というね」
真琴はそう言い、男は唸る。
この女、そこまで見抜いていたのか。
「ただし、条件はある」
怯むことなく、真琴は続ける。
真琴は考える。男の、誘拐の目的が真琴の能力を使うことだとしたら。
それは人を傷つけることや、何かを奪い去る事ではないのかもしれない。
彼にとって、何か真実を探す行為なのかもしれない。
暴力で縛り付けられるよりも、無駄な抵抗をしてお互い傷つけあうよりも。
共に真実を求める方が、単に効率がいいだけの事、かもしれない。
だからこそ。
「貴方の目的を、確認させて」
男は思わず、真琴を凝視する。
この度胸、この理解力。
想像を絶する女子高生に、思わず胸が冷える思いだった。
まさかこの女、被害者から自ら狂言誘拐を打診してくるとは。
男は内心で驚愕する。
やがて、男は口を開く。
「俺は、真実を求めている。今度の”12月のめでたい夜”に行われるディナーパーティで、俺はそいつに尋ねるのさ」
彼自身が追い求める、真実を。




