第三十話 「冒険の仲間」
「それで、今日の本題だが」
幹人は運ばれてきたホットコーヒーにミルクと砂糖を足しながら口火を切る。
普段は無料の水派の彼でも、さすがに席代分の一杯ぐらいはオーダーした。
「あれでしたっけ。真琴先輩方の予備校にいた不遇な男子のお話ですよね」
春田はホットラテに加えてチョコクロワッサンを頬張りながら喋る。
その分も奢るとは言ったつもりはないが、後輩に対してとやかく言うのはもうやめた。
「八十川拓志という男子生徒は、予備校でのリップクリーム盗難事件の犯人とされた。奇妙なことに、彼は偶然見つけた手紙の指示に従った結果、その境遇に陥ったということ」
真琴は振り返るように、事実を列挙した。
「そんで、『旅立ちの広間に鞄を置いて。次の冒険は、そこから始まる』というメッセージを最後に謎解きゲームも途絶えちまったんだよな」
幹人は頭を捻りながら呟く。
「謎解きの答えが間違いだったんですかね?」
春田は能天気に呟くが、幹人は以前の夜の学校での謎解きゲームの顛末を思い出し、苦い思いがした。
というか、その挙句に眼前の春田と知り合ったともいえる。
「その可能性は……低い。彼は鞄を置き、事実その後大きな展開があった。けれど、彼は次のヒントを手にしていない。あるいは、時が経たなければ渡されないこともあり得るけれど、それならヒントの文に時限を示唆する表現が必要だわ」
真琴は顎に指を添え、出題者に苦言を呈す。
「そんなに厳密な話じゃないのかもな……」
幹人は腕を組み、脳内で整理する。
現状では八十川が可哀想な目に遭っている事を除けば、緊急事態に陥っているわけではない。
しかし、幹人は未来の出来事を予知した夢を見ている。
イルミネーションに彩られた夜の街で、三沢高校の女子がナイフで襲われている。
それは、限りなく真琴に見える姿で、幹人の脳裏に焼き付いていた。
まったく無関係と割り切れるほど、楽観的な考えには至れない。
「冒険っていうと、なんだかロールプレイングゲームみたいですよねぇ。私は魔法使いがいいです!」
「聞いてねぇよ……あれ? でもそうだよな」
幹人は春田のボケにも、急にアイデアが浮かんだ。
「冒険だの旅だの、やっぱりゲームとかファンタジー小説みたいな単語は意図的に出て来てる気がするんだよな。それなら、冒険の仲間が加わってもおかしくない」
決して一人旅や孤独な冒険が無いわけでもないが、セオリーは数人でパーティを組んで旅をするものだろう。
そう考えると、リアル脱出ゲームのように複数人で謎を解いていくレクリエーションの様にも見えてくる。
「盗難事件が絡んでいる以上、平和な遊びではないのは事実だけれど。それでも『出題者』は明らかに参加者の興味を引こうとしている。そして、八十川という人物はこの謎解きに酷く執着している」
真琴はそう言うが、息を吐き遠くを見つめた。
それは以前から言っている通り、現状では何かを推理して特定するほどの情報が揃っていないのだろう。
幹人は考えながら呻くのをやめ、諦めたようにカップの中身をあおった。
「ま、今日の所は答えは出ないか……」
「結局、何も解決しませんでしたね!」
春田は無邪気に辛辣なことを言い、幹人は渋々頷くしかなかった。
「じゃあ、折角ですしこの後はどこかでパーッと遊びましょう!」
明るい春田の声に反論する意見は無かった。
*
三人は暖房のよく効いた地下道を移動し、ボウリングやゲームセンターなどが入った複合アミューズメント施設にやってきた。
幹人や春田は特に感慨も無くよく訪れる場所だが、案の定真琴は物珍しく周囲を見回していた。
「眩しい……音が大きい……」
人生初の大型ゲームセンターに恐れおののく真琴に苦笑しながら幹人は見回し、春田を引き寄せ耳打ちをする。
「なあ、真琴はあの調子だし今日は入門編ということで。クレーンゲームぐらいでいいんじゃないか」
真琴がボウリングのガターを連発し殺気立った目で睨まれたり、勝手の分からないカラオケでぎこちなく歌う様や、バッティングセンターで直球にビビる様を見物するのも悪くないと一瞬考えたが、その後の彼女の不機嫌で冷徹な言葉の棘を思うと、お手柔らかに行くのがベターと考えた。
「そうですね! 真琴先輩の細指が怪我でもしたら大事ですから。記念に大物搔っ攫いましょう!」
そう言うと、春田は早速真琴の腕を取り、「あのニャンコ大福のぬいぐるみ、かわいくないですかぁ~」とクレーンゲームの筐体に引っ張っていった。
改めて、この後輩は関わる人間さえ間違わなければ決して人に害をなす存在ではないのだと思う。
たまたま、付き合った相手が学内でわずかばかりの権力を持つ小悪党であり、彼に恨みを持つ人間に利用されたまでの事。
それも既に過去の話だ。
(ま、それも春田に限った話じゃねえけどな)
人は誰しも、少しずつ周囲の人間から影響され、行動に反映されていく。
いい影響もあれば、悪い影響もある。
それは幹人にしろ、真琴にしても同じだろう。
二人は特異体質の都合もあり人付き合いには特に慎重になっているため、人との距離を保ち俯瞰で見れているところはあるにしろ、本質はただの高校生だ。
けれどせめて、自分たちの関係は事が良い方向に進んでいる事を願う。
「久田せんぱーい! 真琴先輩はこの『カルガモ軍曹』の小隊長カモがほしいそうですー!」
「ちょっと春田さん、あまり大声で叫ばれては……」
春田は悪戯っぽく笑いながら、端の方で在庫が余りまくっている妙にリアルな造形のカモのぬいぐるみを指さしていた。
手のひら大でカバンなどに着けられるチャームとなっており、物騒な装備を身に纏ったカモはシュールだった。
真琴の趣味はよくわからないが、『チャンスモード!』に設定されているポップが張られており、ここは男の見せ場だろう。
「よし、俺に任せろ」
大見得を切り、幹人は財布の小銭を筐体に積み上げた。
*
「結局、お店の人に頼む作戦が功を奏しましたね~」
数時間、ゲームセンターで普通の高校生らしくはしゃいだ後、地元へ帰る時間が遅くなる前に外へ出た。
結局、幹人が操るクレーンは掴んだ瞬間にやる気を失うのか、ヘロヘロのアームでカモを落としまくった。
20回ほど失敗したのち、意気消沈した幹人は一旦離席した。
その隙に春田が男性店員に声を掛け、あと少しで取りやすい位置まで移動してもらい、最後は真琴の気合一閃でカモを獲得することが出来た。
「この子は、果たして3000円分の価値があるのかしら……」
真琴はそう呟きつつも、手のひらで大事そうにシュールなカモを抱いていた。
その様子を見て、二人は満足そうに笑みをこぼす。
「あ、そういえば。あそこのタワーのイルミネーションのこと知ってます?」
出し抜けに、春田は幹人と真琴に言った。
一同はゲームセンターの熱気から冷まそうと、陽が落ちた外を歩いていた。
ちょうど、街の中心部にあるシンボルタワーを有する公園に差し掛かった時だった。
「なんだ? いつもピカピカしてるけど」
「それがですね、来週からイルミネーション仕様でもっと豪華になるんです! でもですね……なんとクリスマスまでの三日前からは、少し落ち着いてタワーの光りかたが変わるんですよ!」
得意満面の顔で春田が解説する。
つまり、12月21日よりタワーはクリスマス仕様のムードに切り替わるのだそうだ。
「クリスマスツリーをイメージした配色に変わって、先端が金色に輝くんです! 去年の写真で見たんですけど、すごく大人っぽくってロマンティックなのです。どうですか、また見に来たらいいんじゃないでしょうか」
「へえ……全然知らんかった。クリスマス仕様なんて、そんなん一度も見た事なかったな」
幹人は三沢市民であり、クリスマスに札幌に出向いた経験も無かったので初耳だった。
一方、せわしなく突く春田の提案に真琴は頷く。
「そうね。まあ、そのタワーならちょうど予備校の廊下の窓から見えるけれど」
「……真琴先輩、それでいいんでしょうか……」
春田はげんなりしつつも平常運転の真琴の腕にしがみ付き、「じゃあ、聖夜は誘って一緒に行っちゃいますよっ」と言った。
幹人はやれやれと言わんばかり首を振り、この平和な一時を嚙み締めた。




