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第2話 獣人の街

 男はマリーを抱えたまま藪をぐいぐいと歩くと、舗装された道に出た。

 それまで、マリーはただただ怯えて、男の肩の上でじっとしているしかなかった。

 大人しくしていたおかげか、マリーは優しく地上に降ろされると、声をかけられる。


「ほら、ここまで来たら、自分で歩けるだろう。と言っても、あんたは捨て人だろう。どこか行く当てはあるのか?」

「わ、私はマリー・アーネットです。あんたではありませんわ、無礼な!」


 しまった!

 地上に足が付いてほっとして、マリー本来の気の強さだが出てしまった。ここで、この獣人の気を損ねてしまっては、何をされるか分からない。しかし、一度発せられた言葉は戻らない。マリーは後悔と不安にさえなまれながら、男の出方を待った。


「ははは、そうだな、ごめんごめん。俺はシン・レトリーだ。気軽にシンと呼んでくれ。それで、先ほどの続きだけど、これからどうする?」


 まるでナンパ男のような爽やかな笑顔と口調で、尋ねられるも、マリーにこれからの予定などなかった。まずは、暗くならないうちに安全に寝泊まりできる所を探す。それから、水や食料品の調達。生きられるという基本的な部分を確保してから、その先を考えようと思っていた。

 全て一人で。

 しかし、運が良いのか悪いのか、とりあえずは話の通じる相手と会うことが出来たのはラッキーと言って良いだろう。

 ほんの少ししか話をしていないが、いきなり殺されたりすることはなさそうな相手だとマリーは判断した。


「私は先ほど、この大陸に付いたばかりで、右も左も分かりません。今日の宿にも困っています。どこか、泊まれるところがあれば、教えてもらえないでしょうか?」

「良いけど、一つ聞いて良い?」

「なんでしょうか?」

「マリーは何をするために、ここに来たんだ?」


 シンは笑顔を崩さずにそう尋ねた。これはマリーが社交界でよく見た、自分の本心を隠すための笑顔だ。シンはマリーが何者なのか、探っているようだった。先ほど、マリーのことを『捨て人』と呼んでいた。おそらく、読んで字のごとく、マリー同じようにこの大陸に捨てられてきた人が過去にもいたんだろう。そう言う意味ではマリーは捨て人なのだろう。しかし、シンは、ここに来た目的を尋ねてきた。過去に、冒険者がこの地を訪れたと言う話しも聞く。侵略者として、もしくはスパイとして送られてきたと勘違いされているのだろうか? もしもそうならば、非常にまずい。捕らえられ、拷問と尋問を受けるだろう。それならば、素直に流刑者と言った方がましだろう。


「私は、えん罪でこの土地に追放されました。ですから、数週間もすれば、真実は暴かれ、迎えの者が来るはずです」

「……そうなんだ。夫捜しに来たのかと思って、ワクワクしたのに。まあ、なんとなく状況は分かった。今日は俺の家に泊まれよ。姉貴も帰ってくるって言ってたから、紹介するよ。お、ちょうど良い、迎えの馬車が来た。おーい!」


 俺の家に泊まれ? 嫁入り前の私に? 王子とすら夜をともにしたことがないというのに。

 混乱するマリーを尻目に、シンは馬車の扉を開けた。

 貴族が使うようなきらびやかな装飾をしているわけではないが、シンプルで使い心地を優先したデザインの馬車にシンはマリーの手を取って招き入れると、静かに動き始めた。

 周りは草や木々の生い茂る田舎道をゆっくりと走る馬車の中、同じ獣人らしい御者と世間話をしているシンに、マリーは話しかけた。


「わ、私をどうするつもりですか?」

「まず、風呂に入って、着替えてもらおうか。そのあと、メシでもどうだ?」

「そうではなくて、その後です。あなたは私をどうするつもりですか?」


 マリーは、すぐに殺されることはないにしても、奴隷として扱われるのか、人として扱ってくれるかの不安をぶつけてみた。

 シンは足を組んで、顎に手を当てて考えこんだ。

 黙って真剣な顔をしていれば、なかなか端正な顔は自然と不安が和らぐ。しかし、相手は悪名高き獣人だ。油断は出来ない。

 マリーがじっとシンの顔を見ていると、シンは急に顔を上げた。


「わからん!」

「わからないってどういうこと?」

「別になんにも考えてない。マリーの好きにすれば良いんじゃないか?」

「え!?」

「別に目的があって、ここに来たわけじゃないんだろう。だったら、うちでのんびりしても良いし、観光しても良いんじゃないか?」

「……」


 あっけらかんと自由にしたら良いと言われたマリーは考えこむ。アーネット家の令嬢として、王妃になるためにこれまで生活してきた。しかし、その夢は潰えてしまい、何かをしたいという気持ちがなくなっている。しかし真理としては、せっかくの異世界なのだから色々な物を見てみたい気持ちはある。しかし、それには身の安全の保証とお金が必要だ。多少なりともお金持ってきたから、生活には困らないだろう。しかし、身の安全。こんな獣人だらけの街にマリー一人が歩いてなんていると、それこそ誘拐されてしまうかもしれない。少なくとも、王都では貴族令嬢が護衛も付けずに街を歩くなど、自殺行為に等しい。

 マリーとしての記憶と常識と真理としての気持ちがせめぎ合い、自分自身これから何をしたいと思っているのか整理が付かないまま、馬車は街に入っていった。

 街は多くの獣人行き交い、活気にあふれていた。マリーがいた王都よりも規模が小さいとは言え、馬車から見る限り、食料品や、生活用品なども豊富にあり、事前に聞いていた暗黒大陸とはほど遠かった。人々の服も独特ではあるが、決して質素ではく、動きやすいながらも、おしゃれを感じさせる。これならば王国の辺境領地よりもよほど文化的で、平和ではないかとさえ思ってしまうほど。

 しかし、行き交う人に人間はいなかった。全てなんらかの獣人。犬や猫、狐、狸、ライオン、牛、馬、鳥など多種多様な獣人達がいるようだった。

 食い入るように街の様子を見ているマリーにシンは声をかける。


「街がそんなに珍しいか?」

「街よりも、あなたたち獣人が珍しいのよ。こんなに何種類もいて、よく争いや喧嘩にならないわね」

「そうか? 俺にとって、これが産まれたときから普通の風景だからな。まあ、多少の喧嘩や諍いはあるさ。みんな、それぞれ個性があるからな。そういえばマリー達人間は、人間だけで暮らしてるんだろう。ここなんかより、よほど平和なんだろうな」


 シンの言葉に、真理は自分の記憶とマリーの記憶の両方を確認した。

 領地を、食料を、富を奪い合い争う人々。自分と、多数と違うと言うだけでいじめの対象にする人々。

 決してシンが言うような世界ではない。

 もしかして、初めから明らかに違う者同士の方が、そう言う物だと受け入れられやすいのだろうか? 


「そうでも無いわよ。人間もしょっちゅう争いごとを起こしているわよ」

「なんだ、どこも一緒か。お、着いたぞ」


 馬車はいつの間にか、大きな門をすぎ、手入れされた庭を通って屋敷の前に止まっていた。

 馬車と同じように過度な装飾はないながら、すっきりとほっとするような大きな屋敷。これまで街で見ていた家とは明らかに違っていた。

 マリーはこれまで乗っていた馬車が、乗合馬車だと思っていたのだが、どうやらシンの家の馬車らしく、二人を下ろした後、屋敷の裏へ消えていった。


「シン、あなたは何者なの?」

「うん? 名乗ったよな。シン・レトリーだ」

「そうじゃなくて……くしゅん」

「ほら、そのままだと風邪を引くぞ。詳しい話はメシでも食いながらしよう。まずは風呂だ」


 シンが使用人らしい若い女性に声をかけると、海水に濡れたマリーは屋敷の奥へと連れて行かれた。

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