裏の顔と乙女の禁断ワード
気を失っていたダブローが目を覚ます。その瞬間に激痛。
「あぐぅぅぅぅぅっ」
呻く。
体を動かそうとするが、椅子に縛り付けられている事に気付いた。
「あまり動かない方が良いと思うけど。両足とも折れているし」
「お、お前……」
「シノブさんです、数時間ぶり。キラッ」
目元でピースサインを決めてみる。
本当は体とかめっちゃキツイけど、空元気、ダメージとか無いんですけど感を出してやる。俺の後ろにはビスマルクが護衛として控えていた。
別部屋ではリアーナ、ロザリンド、タックルベリーが別の二人を取り調べているトコ。
「お、俺にこんな事をして後でどうなるか分かっているのか!!?」
ダブローは脂汗を浮かべた顔で、食って掛かるように叫ぶ。
俺は笑う。
「後で、って……後なんかあるわけないでしょう?」
一瞬、呆けたような表情を浮かべるダブロー。
「ま、待て。ちょっと待て。何だ、それは……何だ、それはどういう意味だ!!?」
「どういう意味も何も、そのまんまの意味でしょう。あなたは殺す」
「殺すって……お、お前にそんな事が出来るものか!!」
「確かに私は人を殺した経験なんか無いけど」
「……私には出来ないとでも?」
静かに、低く、地の底に響くようなビスマルクの声がすげぇ。素人の俺でも背筋が震えるような威圧感。
「私達が直接手を下さなくても、身動きが取れないように縛り上げて、迷宮の奥に放置すれば良いだけだし。迷宮には色々いるみたいだし、助からないよね」
「あっ……ち、違うんだ。俺も上から指示をされて……それに仕方なく従っただけなんだ!!」
「私があなた達に捕まっていたのは何の為だと思う? 勝ち誇って滑らせた言葉と、追い詰められて出て来た今の言葉、どっちが信じられる?」
最初にダブローを捕らえて尋問しても、適当に嘘を吐く事が出来る。そしてその真偽を見極める手段は無い。
だからこそ捕まり、相手に勝ちを確信させた上で喋らせた。その状態なら嘘を言う必要も無いからだ。まぁ、俺なら勝ちを確信しても相手に情報など与えないけどな。要はダブロー、やっぱり馬鹿だわ。
「……住む場所も、食い物も、条件として最高の物をお前達全員に与える。だから助けてくれ……」
「助けてくれ?」
「……助けて下さい。お願いします……」
「どうする? ビスマルクさん?」
「この男は、女を弄ぶんだろう? だったらリコリスの為にも、シノブ、お前達の為にもここで殺すべきだ。私が今やる」
そう言ってビスマルクは俺の前へと進み出た。
「ああっ!! や、止めろ!! た、助けて下さい!! お願いします、助けて!! 命だけはお願いします!!」
涙目で喚き散らすダブロー。最初の威嚇的な面影はどこいった?
「待って、ビスマルクさん。私にはちょっと聞きたい事があるの。ダブローさん?」
「な、何でも答えます!! だから殺さないで!!」
「最初に。別の部屋では他の二人に話を聞いているの。もしその二人との話に齟齬があれが即座に殺す。嘘だけは言わないでね」
ダブローはコクコクと頷くのだった。
★★★
この町の裏の顔。
それは女を犯す為の町。
この町の代表はグレゴリだが、実質的に町の運営をしていたのはダブローだった。その権力を使い、反抗する者は理由を付けてこの町から追放する。
この迷宮で町から追放される事は実質的には死刑に近い。
だからダブローには誰も逆らえなかった。
そして何人かの仲間を集めて、女を好き勝手に凌辱する。閉ざされ、娯楽の少ない町。ここで生きるダブローにとって、それはただの遊びだった。
ただ遊びを始めたのはダブローではない。昔から、何年も、何十年も行われてきた忌まわしい遊び。
「との事です。グレゴリさん」
「……え?」
ダブローは気付かなかった。大きなビスマルクの影に隠れるようにして立つグレゴリに。
「何故……私は気付かなかったのだ……」
呆然とするグレゴリ。
「……巧妙に隠されていたという事もありますが、迷宮から出られないから、そしてこの町でしか生きられないからだと思います。絶対に何処へも逃げられない、だからこの町の権力者には逆らえない。加害者も被害者も口を閉ざすしか無かったんです」
もし何処かに逃げ場があったなら、全てを告発する者もいたはず。
俺は言葉を続ける。
グレゴリを睨み付けるように鋭い視線で。
もちろんグレゴリが全てを知った上で許容していたとは思わない。
「でもグレゴリさん、あなたもこの町で生きている時間は長い。その間、不審に思う事もあったはずです。『気付かなかった』のではなく、町の安定の為に『気付かないふり』をしていたのでしょう?」
「それは……」
グレゴリは言葉を失う。
「私はあなたにも相当の責任があると思っています。ハッキリ言って……お前ら全員ちんこ切り落として死に晒せ!! このカスどもが!!」
遊びの対象に俺はもちろん、リアーナとロザリンド、リコリスだって入っていたかも知れない。そう考えたら腸が煮えくり返る思いだぜ!!
このジジイだって『全く何も知りませんでした』で済むかカス。
「おっと、失礼。下品な言葉をごめんなさい」
俺はニコッと笑った。
もうグレゴリは何も言葉を発しないのだった。
★★★
ダブローを含めて三人が町外れの牢屋にブチ込まれた。
他にも同じような野郎が何人か発覚している。追って牢屋行きになるだろう。
とりあえず、今回の件は一段落着いた。
今は横穴などではなく、一件の家が提供されている。
しかし疲れたわ。
テーブルを囲むように俺、リアーナ、ロザリンド、タックルベリー、ビスマルク、リコリス。
「リアーナぁー、お茶が熱いからフーフーしてぇー」
「うん、火傷しちゃうと大変だもんね」
そう言ってリアーナは俺の前に置かれたカップを手に取り、熱いお茶をフーフーする。
「過保護過ぎる」
タックルベリーの言葉にリコリスは笑う。
ロザリンドはお茶を一口。
「シノブ、今日はそれを飲んだら、もう少し休みなさい。体調も万全ではないでしょう?」
「お母さん?」
俺の言葉にリコリスは笑う。
そこでタックルベリーが思い出し笑い。
「ああっ、そういう言えばシノブ、お前、凄かったな。こっちまで声が聞こえていたぞ」
「声?」
「確かにまさかあんな啖呵を切るとは思わなかった」
ビスマルクはそう言って大笑い。
「……」「……」「……」
リアーナ、ロザリンド、リコリスは黙ってお茶を同時に口へと運んだ。
「切り落とすんだろ?」
「ちんこ?」
「ブハッ!!」「ブハッ!!」「ブハッ!!」
リアーナ、ロザリンド、リコリス、同時にお茶を吹き出す。
「ガハハハハッ」
「シノブちゃん、女の子がそんな事を口にしちゃ駄目だよ!!」
「下品よ、シノブ」
確かに乙女の禁断ワードか。
「ベリーのアホぉーが話を振るから」
「だって尋問中、声が聞こえた瞬間、リアーナもロザリンドも硬直していたんだぞ。僕は笑いを堪えるのに必死だったんだからな」
そう言ってタックルベリーも笑った。
「だ、だってシノブちゃんが急にあんな事を言うから」
「本当よ。何事かと思ったわ」
「男の子はそういう単語が大好きだから」
「シノブちゃんは女の子だよね?」
「そうだったわ」
「今一瞬ビックリしました。シノブさんは男の人だったのかって」
リコリスは目を丸くして言う。
「大丈夫、私、切り落とすようなモノは本当に無いから。おっとベリー『おっぱいも無い』とか言ったら、それセクハラだから。訴えるよ」
「言わねぇよ!! 妙は印象操作は止めろ!!」
俺は笑った。
良かったぜ、こうしてまたみんなで話せるんだからな。




