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5-11 ~Princess Side~ 「約束」

 ――県道の路肩


 ――ふたり座っていた


 ――傷つきやすい魂を


 ――特攻服マトイに包んで




 ――最後の戦いに


 ――アイツは出撃していく


 ――私はせつ


 ――永遠を願った

 





 今日は終業式。


 午前中で終わって、


 私はチャリで県道15号線を爆走した。


 暑い日で、


 漕いでるうちに汗だくになる。


 濡れたシャツが背中に張りつく。


 しばらく行くと船形橋ふながたばし交差点に着いた。



 

 ここであの夜、カズは黒死卿たちを一網いちもうじんにした。


 ライダー殺しのトラップ。


 カズが倒した敵は軽トラに乗せて異世界に捨ててきた。


 私もヒロヤサンの単車に乗せてもらってスピードの向こう側に行き、


 そこで治癒魔法を受けた。


 おかげで腕の骨折も頭の傷もすぐに治った。




 さらに北へ走る。


 このあたりは街のはずれで、


 道の脇には田んぼや畑なんかもある。




 交差点にトラップを仕掛けた中学生の話では、


 カズはうしろに黒死卿を乗せてこの道を走っていったのだという。


 それっきり彼は帰ってこなかった。




 あの夜、彼のために信号を止めていた街中のゾクが補導された。


 あんまりたくさん補導されたので、保護観察のための保護司が足りなくなったらしい。




 街中の人たちを巻きこんで、


 異世界からの敵を全滅させて――


 伝説を残して彼は行ってしまった。




 あれから2週間、


 単車を壊されなかった人たちが向こう側に行ってさがしているけど、


 手がかりひとつない。




 あの夜、彼は私の前で弱音を吐いた。


 もう戦いたくない、と。


 本当は強くなんかない、と。




 彼は以前にもつらい戦いを経験していた。


 そこで負った体と心の傷がいまも彼を苦しめている。




 私ははじめて本当の彼に会えたと思った。


 彼を抱きしめてあげたかった。




 だけど彼は私だけの彼じゃない。


 街中のみんなが彼を必要としている。


 黒死卿を倒せるのは彼しかいない。


 だから私は心を鬼にした。


 そうでないと、彼のとなりにいる資格がないと思ったから――




「泣き言いってないで、立って。


 アイツら倒してきたら、


 私のオトコにしてあげてもいいよ」




 彼は私をじっと見つめた。




エー女」




 そういってクスッと笑う。




「んじゃ、行ってくっか。


 女1人抱くのにこの重労働じゃ割に合わねーけど」




 彼は私のCBRにまたがった。




「待ってろ。


 アイツら倒して、必ずもどってくる」




「約束……だよ?」




「ああ」




 彼はスロットルを開き、走りさった。


 チームの名前を背負った特攻服――


 その背中が彼を見た最後だった。




 あれからずっと、


 彼を行かせてしまってよかったのかと考えている。


 彼を抱きしめて、


 ふたりでこの街から――


 あの戦いから逃げてしまえばよかったんじゃないかって。




 答えは出ないままだ。




 私はいま彼の走った道をたどっている。


 彼が帰ってくるなら、きっとこの道のどこかのような気がして――




 すこし先にコンビニが見えてきた。


 熱中症を防ぐため、何か買って飲むことにしよう。


 店の前で自転車を止めると、入口から1人の男が出てきた。


 シャバ高の制服を着ていて、手にはかき氷を持っている。


「ヨウヨウ、彼女ォ――」


 男が声をかけてきた。


 どこかで見おぼえのある顔だ。


 男は私のそばまで来る。


「いまヒマしてんの?


 俺と夏の午後をブルーハワイに染めようぜ」


 そういって手に持ったかき氷をスプーンですくって食べる。




 思いだした。


 シャバ高の校門前で私をナンパしてきたヤツ。


 一撃で失神KOしたから


 向こうは記憶がトンで私のことおぼえてないんだ。




「ナア、俺ンちすぐソコだからよ、


 ちっと寄ってけよ」


「でも、私……」


 何ていって断ろうかと考えていると、


 駐車場に2ケツの原チャが2台、やたらとうるさい排気音をまきちらしながら入ってきた。




「アレッ? リコじゃねーか」




 そのうちの1台を運転していたのは、フブキだった。


吉本よしもと? オメー何やってんだ、こんなとこで」


 もう1台に乗っているのはマッハだ。


「あっ、マッハクン……」


 ナンパ男は急に声が小さくなった。


「ひ、ひょっとして彼女、マッハクンのお知りあい?」


「知らねーのかよ。ソイツ3年のたかの妹だぞ」


 フブキのケツに乗るナイトがいう。


「えっ……あの高瀬サンの妹……サン?」


 ナンパ男が私から1歩離れる。


「ナンパすんなら相手は選べよな」


 マッハのうしろでスカーレットが笑う。




「みんな、こんなところでどうしたの?」


 私は彼らにたずねた。


 マッハがふりかえり、道の方を見る。


「もしかしたらカズが帰ってくるんじゃねーかと思ってよ」


 他の3人もうなずいている。




 みんな、考えることはいっしょなんだね。




 あの夜、マッハたちは駐車場で倒れていたから、


 信号止めの件には関わってないってことで、


 補導はされずに済んだ。


 でも黒死卿たちに単車を壊されてしまった。




 ゾクにとって単車はもうひとりの自分みたいなものだから、


 つらいよね……。




 しかも大事な仲間もいっしょに失ってしまったんだから……。




 みんなの抱える悲しみが心の中に流れこんできて、私は泣きだしそうになった。




「あ、あのー、俺もう帰るわ」


 誰もきいてないのにそんなことをいって、ナンパ男が去っていく。


 道路を渡ろうとして、彼は立ちどまった。


「ん? あれ何だ」


 彼の視線をたどってみると、道路の真ん中に光の点が浮いていた。


 それはやがて大きくなり、青い光で道路を覆う。




「オイ、アレってまさか……」


 マッハが原チャから降りる。




 光の中からすごい勢いで影が飛びだしてきた。


 それに衝突しそうになったナンパ男はよけようとして思いきり転んだ。


「ああっ、俺のかき氷がァ……!」




 影に見えたのは、単車に乗った男だった。


 フルフェイスのヘルメット、というよりもかぶとって感じのものをかぶっている。


 全体が金属でできていて、顔はドクロをかたどったプレートで覆われている。


「ヒッ……ゴーストライダー……!」


 停止した単車を見てナンパ男が逃げていく。




 謎のライダーは特攻服を着ていて、またがる単車はチェリーピンクのCBRだった。


 リアのステーに立てられた羅愚奈落ラグナロクの旗が風になびく。




 ライダーがヘルメットをはずす。


 その下から見慣れたあの顔が現れた。




変化カワらねーな……この街(ココ)もよ……」




 そうつぶやいてカズはあたりを見まわした。

 

 私たちに気づいて、目を丸くする。


「ん? オメーら、こんなトコで何やってんだ」


「カズ……ホントにカズか……?」


 原チャの4人は走っていって彼に飛びついた。


「テメー、ドコ行ってやがったんだよ」


「ウチらどんだけ心配したと思ってんだ」


「伝説残して消えちまいやがってよォ」


 仲間たちに抱きつかれてカズは苦笑した。




 あの笑顔――


 何度も夢に見たのと同じ。


 暗い部屋で目をさますたび、枕を濡らした。




「うっとーしーぞ、オメーら」


 カズが羅愚奈落の3人を押しのける。


 スカーレットはまだ彼の腕にしがみついていた。


「カズゥ、会いたかった。


 アンタのこと思って私、ずっと股間濡らしてたんだよ」


「だからうっとーしーっていってんだろーが」


 彼は腕を振ってスカーレットから逃れた。


「黒死卿はどうなった?」


 マッハがカズにたずねる。


「アイツなら倒した。でな」


 カズは涼しい顔で答える。


「じゃあなんで2週間も帰ってこなかったんだ?」


「単車が壊れちまってよ。


 直せる場所ないかと思ってダンジョンうろうろしてて時間を食っちまった。


 結局、ダンジョンの一番奥にドワーフの隠れ里を見つけてな、


 そこの鍛冶屋かじやで修理したんだ」


「ドワーフってのは単車も直せんのか」


「俺がそこの道具借りて自分で直したんだよ。


 神話級の鍛冶スキル持ちだからな。


 そしたらドワーフの連中が弟子にしてくれって殺到してきたんで振りきるのたいへんだったぜ。


 村長は娘と結婚して村に残れっていうしよ」


「ドワーフの娘とかゼッテーブスだろ」


「それが、意外とイケててさ」


「マジかよ。今度俺も連れてけ」


 マッハのことばに一同笑う。


「まったくオメーらはよォ、女ッつッたらさかいねーのな」


 フブキが不機嫌そうにいう。




 みんなひさびさにカズと会えてうれしそう。


 カズも楽しそうだ。




 離れて立っていた私に、彼が目を留める。




「リコ……」




 彼は単車を降りてこっちに歩いてきた。




「カズ……」




 私は彼を見つめる。




 そうしているだけで涙が出そうだった。


 彼は手を伸ばし、私を抱きしめた。




「もどってきたぜ。


 おまえと約束したからな」




「うん」




 彼の胸に抱かれて息が詰まりそうになる。


 彼の熱い手が触れて、肌がいっそう汗ばむ。




「もうひとつの約束も守る。


 おまえのこと、ずっと守るって」




「絶対だよ?」




「ああ」




 あふれる涙が彼の特攻服に吸いこまれていく。




 彼の優しさ――


 ふだんはつれなくて、


 私といるよりツレといっしょにバカやってる方が好きって感じだけど、


 彼が心の内に秘めてるものを私は信じてる。




 ナイトのお兄さんの家から帰る途中で彼がいったこと――




「おまえとのこと、焦って進めたくねーんだ。


 いままでのオンナとはちげーから」




 とおりすぎる車の音にかきけされてしまいそうなほど小さな声でささやいた彼のことばを、


 私は信じてる。




「んっ?」


 彼が体を離し、駐車場に停めてある原チャに目をやった。


「オメーら、単車はどーしたよ」


「みんな黒死卿にやられてオシャカっちまったよ」


 ナイトがいう。


「そんなら俺が直してやるよ。


 異世界アッチ持ってきゃソッコーだ」


「ホントかよ。


 さすがカズだぜ」


 みんな顔を見合わせ大喜びする。


「じゃあお兄ちゃんに頼んで軽トラ出してもらおうよ」


 私がいうと、彼はほほえんだ。


「んじゃ、いまから行くか」


「よっしゃあ」


 みんなが原チャに乗りこむ。




 彼は私の手を引いた。


「オメーは俺のケツ乗ってけ」


「うん」




 彼がCBRにまたがる。


 私はリアシートに乗って彼の体につかまった。


 マッハと2ケツするスカーレットが私を見ている。


「カズのケツ、今日のところは譲ってやるよ。


 オメーの単車だからな」


 私は小さくうなずいた。




「カズ、オメーが1番機務めろ」


 マッハにいわれてカズはエンジンをかけた。




「そんじゃあマア、ひさびさなんでイージードライブでいくんで夜露死苦ヨロシクゥ!」


「夜露死苦ゥ!」




 私たちは動きだした。


 私は彼の背中に顔を埋める。


 彼と同じ振動を、


 スピードを感じる。


 彼がふりかえる。


「オメー、ちょっと離れろよ。


 ただでさえ暑いのによ」


「いいの。


 こうしていたい」


 私がいうと、彼は笑った。


「変なヤツ」


 向かい風が吹く。


 街の景色が後方に流れていく。


 私は誰にも奪えないふたりだけの熱を抱きしめながら、


 それを見つめていた。





 ――あなたが消えてしまっても


 ――私は信じていた


 ――ふたり交わした約束は


 ――永遠に消えないって



 

 ――強い日差し


 ――県道の陽炎かげろう


 ――私とあなたの


 ――夏が走りだす





 了

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