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ちょっと支離滅裂です。注意してください。
もう一度情報を整理しよう。
肉の勇者――ヒデは王城を乗っ取り、見定めた女たちをメイドとして働かせた。当初の待遇は最悪であり、メイドたちからの評判も底の見えない谷底のように落ちていた。
だが、ヒデの心境に何か変化があったのかメイドたちの待遇は改変され、今ではメイド全員から慕われるほどになっている。それこそ魔雪がミッションだと思っている『女の子から好きと言われること』をクリアできるほど。相手は子供メイドだが。
しかし、ヒデは日本に帰っていない。条件があるのか、それともミッションそのものが違うのか。その判断をまだ付けるべきではないと魔雪は首を振る。
(でも、あの表情からして……ミッションとは無関係ってわけじゃなさそうなんだけど)
そこまで考えた時、狼がいきなり大きく跳躍した。彼らの真下を肉団子が通り過ぎる。突然のことだったので跳躍できなかったらしい。
「わっと! ちょっともう少し安全運転でお願いします! 手元が狂っちゃうじゃないですか!」
両手に様々な工具を持っていたルフィアが狼に大声で文句を言う。それを狼は無視して肉団子から再び距離を取るために走り出した。彼女たちのやり取りを懐かしく思いながら思考の海へ再ダイブを試みる。
子供メイドに『好き』と呼ばれたヒデはどこか悲しげに微笑んでいた。その顔には『落胆』の色。子供メイドの『好き』ではミッションをクリアできない。普通ならばそう考えるだろう。しかし、少々違和感を覚える。子供メイドが駄目なら最初から連れて来る必要などないのだから。
「……待てよ」
そもそも『女の子に好きと言われること』と肉の勇者にどんな関係があるというのだろうか。鎧の勇者――魔広の時は『強者に負けること』というミッションに対し、それに反するようなユニークスキル『絶壁』。
じゃあ、肉の勇者は? 女の子から嫌われるようなスキルでも持っているのだろうか?
もしそうならばいくら待遇を良くしたところであそこまで好かれるだろうか。スキルの影響は馬鹿にならない。それこそ勇者クラスのスキルならば人の心すら操れるだろう。そのはずなのに待遇を良くしただけでメイドたちから好かれ、子供メイドに至っては『好き』と笑いながら告げるレベルである。
(じゃあ、スキルじゃない? なら、何だ? 肉の勇者の特徴なんて他にはデブなことぐらいしか……ッ!!)
ミッションクリアの邪魔をするのは何もスキルだけじゃない。勇者という存在そのものがミッションクリアを邪魔しているとしたらどうだろう。
ヒデは肉の勇者と呼ばれるにふさわしい姿をしている。言ってしまえばデブなのだ。汗で常に髪は湿っている上、匂いもきつい。一般的な感性を持っている人ならば思わず顔を顰めてしまうほどの醜い姿。第一印象で好きになる人はまずいないだろう。好かれるようになるにはよっぽど努力しなければならないはずだ。つまり、肉の勇者は見た目がミッションクリアの邪魔をしているのである。
しかし、見た目が邪魔しているのはわかったが疑問は解決していない。確かに見た目は最悪かもしれないが人の感情は予測できない。それこそヒデは本能と呼べるレベルで素直な子供たちから慕われているのだ。見た目だけが全てではない。邪魔には変わらないが鎧の勇者ほどではないのである。それに『好き』と言われた時の『落胆』の意味も――。
(……おい、嘘だろ)
その時、魔雪はとうとう気付いてしまった。本当のミッションも、ヒデの気持ちも。
もし、この仮定が正しいのならば。
もし、本当にヒデがそんなことを思っているのならば。
もし、魔雪の考えが合っているのならば。
もし、それが初代勇者の思惑通りならば。
きっと、彼は――。
「マユちゃん、取れましたよ!」
カチャリという音と共に魔雪の首から拘束具が落ちた。首に手を当てて外れていることに気付き、後ろを振り返る。そこには鼻息を荒くした変態がいた。どうやら今から何を命令するか考えており、興奮しているらしい。
「ふふ、ふふふ……何お願いしよっかなー。添い寝? 一緒にお風呂? 着せ替え人形にして色んな服を着せるのもいいかもー。それとも……ちょっとエッチなお願い、とか? きゃああああああ!」
お礼を言うことを躊躇うほど情けない顔で妄想していた。背後から肉団子が迫っているのにこの超弩級変態エルフは通常運転である。
「……“ルフィア”」
そんな彼女に魔雪は不気味なほど低い声で話しかけた。しかも、愛称ではなく本名で。
「ッ……マユ、ちゃん?」
「首輪取ってくれてありがとう。でも、まだ終わったわけじゃない。真面目にやってくれ。今回ばかりはちょっと面倒なことになってるから」
「面倒なこと……まさか何かわかったんですか?」
魔雪の言葉で真面目モードに戻ったルフィア。さすがにふざけ過ぎたと自覚しているのだろう。
「さっきヒデのミッションは『女の子に好きと言われること』って言ったけどあれは違ったんだ」
そこで魔雪は言葉を区切り、もう一度肉団子を見る。彼の目はとても鋭いものだった。先ほどまで友だと思っていたはずなのにその瞳には“怒り”の色に染まっている。
「マ、マユちゃん?」
今までルフィアは変態行為をして魔雪に何度も怒られた。殴られたこともあった。だが、これほど怒りに満ちた彼の瞳を見たことがない。
「ルフィア、最初にヒデを見た時、あいつをどう思った?」
「え? えーっと……太ってるなぁ、とは思いましたが」
「うん、そうだよ。あいつを見た誰もがまずそう思うはずだ。太ってる人ってどう思う?」
「太ってる人は……そうですね。痩せた方が健康にいいんじゃないかと。あまり好きではないですね」
「ああ……そうだろうね。多くの人はそう言うはずだ。それが、肉の勇者なんだから」
召喚された勇者は初代勇者によってミッションを与えられる。更に不老と司る力に関する力も授けられる。だが、その力こそが罠。勇者は己の力に縛られ、家に帰してくれともがき苦しみ、悪事を働く。そうしなければ日本に戻れないから。
「肉の、勇者? それはどういう?」
「ルフィア」
「はい? 何ですか?」
「好き」
「……」
突然魔雪に告白されたルフィアは白目を剥いて狼の背から滑り落ちる。咄嗟に闇魔法で彼女の体を固定して落馬改め落狼することを防いだ。更に闇魔法を付加した右手で往復ビンタして強制的に覚醒させた。その途中で首からゴキリと嫌な音が鳴ったが自動的に回復魔法がかかるように細工していたのか真っ赤に膨れ上がった両頬を含めて彼女の傷は完全に治る。
「マフちゃん……いふぁいれす……」
「いい? 好きって言葉を言うのは簡単なんだよ。そんな簡単なミッションだったら勇者はすぐに日本に帰ってしまう。それを初代勇者がするはずがない」
「……鎧の勇者と同じことでしょうか?」
「その通り。鎧の勇者のユニークスキル『絶壁』。あれのせいで鎧の勇者は30年間、モグボルーツに囚われ続けた。肉の勇者だって同じ。彼の場合、醜い見た目がミッションを邪魔している」
「で、ですが……たとえ太っていたとしても見た目だけが全てじゃありません! 中身を好きになる女性だっているはずです!」
見た目が全てと言われたような気がしてルフィアが叫んだ。魔雪だってそう思っている。彼自身、見た目は幼女でありながら中身は男子高校生という異質な存在だ。見た目が全てではないことぐらいわかっている。
「でも、そう思わない人だっているんだよ。特に……自分自身に関することだったらね」
「ッ! ま、まさか……」
「肉の勇者……本当にヒデのミッションを邪魔しているのは醜い見た目をしている自分への“自己嫌悪”」
だからこそ、彼は子供メイドに『好き』と言われて『落胆』した。
『こんな子供にまで気を使われているのか』
『こんな子供にまで言いたくもないことを言わせているのか』
『こんな子供に僕は縋っているのか』。
彼の心の声まではわからない。だが、こんなことばかり考えているのだろう。
「そして……本当のミッションは――」
自己嫌悪に陥っている人になんて酷なミッションを与えたのだろう。そう思いながら魔雪は真実を語る。
「――『両想いになること』」
自分のことが嫌いな人がどうすれば他人を愛せるのだろうか。
彼はここにはいない初代勇者に怒りを覚えながらそう締めくくった。




