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すみません、また遅れました。
「……」
「めいどちょー……どうしたの?」
ラグールタワーの前にチャーリーを停めた魔雪と子供メイドだったが、魔雪の様子がおかしいことに気付いたこの中では最年長の子供メイドが心配そうに彼に話しかけた。
「少々考え事を」
「かんがえごと? 何について?」
「……勇者についてです」
答えようか悩んだ彼だったがこのまま誤魔化しても心配されるだけだと判断し、正直に話した。
「噂ではメイドを集め始めた頃はとても酷い人でした。強引に連れて来たりタダ働きさせたり」
「え……そうなの?」
子供メイドは信じられないと言わんばかりに目を丸くする。今のヒデからは想像できないのだろう。
「嘘のように聞こえますが本当のことです。しかし、だからこそわからなくて」
今日の夜、ヒデにそのことについて聞くつもりだが、出来ればそれを避けたい彼は今もずっと考えていた。聞いて取り返しのつかないことになるかもしれないから。魔王である魔雪と勇者であるヒデ。対立こそが正しい関係。しかし、彼らは友達になった。なってしまった。間違った関係だと知っていながら。
「めいどちょーは勇者様のこと、どう思ってるの?」
不意に子供メイドが問いかける。
「んー……優しいところもありますから何か事情があったのだと思っています」
そこまで言って魔雪は視線を子供メイドに向けた。『貴方はどう思ってる?』という意味を込めて。
「……私もそう思う。皆、勇者様のこと好きだから」
ヒデのして来たことは決して許されることではない。強制的に王宮に連れて来てメイドにし、働かせる。傍から聞いたらなんて酷い勇者だ、と思うだろう。確かに最初のヒデはそうだった。でも、彼は変わった。それで許されることにはならないが、今の王宮は笑顔で溢れている。働き口がない子をメイドにして給料を残して来た彼女たちの家族に送った。あの太陽孤児院に住んでいた子もいてその子たちの給料は孤児院に送られている。寄付として。実際、彼女たちはヒデに感謝していた。きっかけはどうであれ安定した収入を得られているのだから。特に子供メイドは遊んでくれるヒデのことが好きだった。
(……でも)
今のままでもいいのかもしれない。このままメイドたちは王宮で働いた方が幸せなのかもしれない。しかし、それでは幸せになれない人もいる。それを魔雪は許せなかった。
だからこそ、今日で終わらせる。魔雪の覚悟は今やっと決まった。
王宮の外はすっかり暗くなり、そろそろ日付が変わる頃。
「「……」」
勇者ヒデの部屋で感情の魔王と肉の勇者は黙ってお互いを見ていた。
「ねぇ、魔雪」
沈黙を破ったのはヒデだった。
「僕はずっと君の動きを観察してたんだ。ゴメンね」
「いえ、私も隠れて調べ物をしていたのですからお互い様です」
まずはお互いに謝罪。しかし、これも腹の探り合いの一環に過ぎない。お互いの反応を見て相手の考えていることを予測する。魔王も勇者も何も考えずに生きていくにはあまりにも大きすぎる存在だった。特にヒデは勇者。命を狙われる理由は数え切れない。
「……単刀直入に聞くよ。何で、勇者や魔王について調べてたの?」
普段のヒデとは打って変わって鋭い眼で魔雪を見ている。だが、魔雪は黙ってその視線を受け止めた。
「そうですね。興味があったからでしょうか」
「興味?」
「ええ。私はこの世界に転移して来た存在です。やはり異世界から来た勇者やそのライバルである魔王について気になりました。だから調べたのです」
「ギルティ」
ヒデは魔雪の嘘をすぐに見破った。これには魔雪も少し動揺する。演技は完璧だったから。
「ぬふふー、ごめんね。そのチョーカー、魔法を制限するだけじゃなくて嘘を吐いた時、主人にわかるように仕掛けが施されてるんだ」
「……これはしてやられました。さすがヒデ様」
「でも、それがなかったら絶対に騙されてたよ。さすが演劇役者だね」
「いえいえ、私はまだまだです……さて、ヒデ様。嘘を吐いたメイドにどのような罰を与えるおつもりで?」
「そうだねー。じゃあ、本当のことを話して貰おうかな」
どうせ嘘を吐いてもばれるのだ。魔雪は一つ頷いて真っ直ぐヒデの目を見つめた。
「私はずっとヒデ様を倒す方法を考えていました」
「スパイって奴? カッコいいねー」
「そんな大層なものじゃありませんよ。とある方からの依頼でメイドたちを開放するためにわざと……ではありませんが自らメイドになり、色々と調べました」
あの時――魔雪とヒデが初めて会ったのは本当に偶然だった。それを魔雪は利用し、ヒデの傍で情報収集をしていたのだ。
「調べていく内にヒデ様は私が想像していたような悪い人ではないとわかりました。メイドたちも笑顔で働いていてすごく幸せそうでした。だから、少し悩みました。このままヒデ様を倒してもいいのか、と。ヒデ様が倒されれば王宮に連れて来られたメイドたちは家族の元へ帰るでしょう。しかし、それと同時に職を失ってしまうのです。路頭に迷ってしまうのです。だからこのままでもいいのかもしれない、と」
そこまで言って魔雪はニッコリと笑う。それを見たヒデは思わずどきっとしてしまった。幼女らしからぬ母性に満ちた笑みだったから。自分の母親を彷彿とさせる笑みだったから。
「ですが……それではいつまで経ってもヒデ様は――いや、ヒデは家に帰れない。メイドを笑顔にしたお前はずっとこの世界に閉じ込められたままだ。そんなの俺が許さない。どんなにメイドたちに文句を言われようと、親友であるお前の幸せの方が大切だから」
途中で魔雪は素の口調に戻った。
ヒデに親友にならないかと言われた時、魔雪は嬉しかったのだ。ルフィアがいたとは言え、やはり故郷に帰りたいと思っていた。寂しさを誤魔化して生きて来た。だが、そんな時に話の合う同郷の同性が現れたのだ。ヒデと雑談している時、教室で友達と話している時のような気分を味わえた。故郷に帰った気分になれた。
「教えてくれよ、ヒデ。お前は何のつもりでメイドを集めた?」
だから、魔雪はヒデに問いかける。ミッションをクリアするために。ヒデを縛る鎖を断ち切るために。
「……言えないよ」
ヒデの答えはそんな一言だった。勇者はミッションについて一切、口に出せない。それはミッションをクリアするために起こした行動も含まれる。
「なるほど。じゃあ、メイドを集めたのはミッションをクリアするためだったんだな」
だが、それがヒントになる。言えないのならばそれがミッションに関係しているのだから。それに気付いたヒデは目を丸くしニヤリと笑った。
「考えたねー。ぬふふー、これは期待できそう。本当に魔雪は普通の幼女じゃないよね。“魔王”だったりして」
何気なく言ったヒデの言葉。元々、ヒデは『魔雪は魔王ではないか』と疑っていた。魔王を倒せるのは勇者であると同時に勇者を倒せるのは魔王である。だから、自分を倒しに来たのだと。だからこそ、自然と真実が口から零れた。
「ッ……」
そして、魔雪も顔を引き攣らせてしまった。ここで頷いても否定してもばれてしまうから。
「……あれ、マジ?」
「……マジ」
沈黙が重い。冷や汗を掻く魔雪とまさか本当に魔王だとは思わず目を見開くヒデ。しかし、すぐにその沈黙は破られた。
「うっ……」
突然、ヒデが頭を抱えて苦しみ始めたのだ。
「ひ、ヒデ!?」
急いで駆け寄ろうとする魔雪だったが、それをヒデが手だけで止める。
ヒデは魔雪が魔王だと知った。知ってしまった。
「嫌だっ……嫌だああああああああ!!」
ヒデの泣き叫ぶような大声。魔雪もすぐにヒデから距離を取って様子をうかがう。
勇者は魔王を倒す。それは物語の中では当たり前のルール。運命である。それはヒデも同じ。ヒデは肉の勇者なのだから。
だが、一つだけ違うのは魔雪とヒデは親友になってしまったこと。そのせいでヒデは魔雪と戦うことを拒否してしまった。親友を傷つけたくないと思ってしまった。
しかし、それは運命が許さない。
「ああああああああああああああああああッ!!」
絶叫するヒデの目がどんどん赤くなっていく。白目も黒目も燃えるような赤に。そして、彼の体から魔力が漏れ始める。ドロドロとした気持ちの悪い魔力だった。
「……くそ」
その魔力を感じ取った感情の魔王は後ろ手に扉を開けながら悪態を吐く。
「がああああああああああああああ!」
目の前で本能に取りつかれ暴走した肉の勇者が咆哮したのを見ながら。




