30
「さて……こいつをどうするか?」
腕を組んで地面に伏している勇者を見ながら魔雪がルフィアに問いかける。
「……」
「……ルフィ?」
しかし、反応がなかったのでルフィアの方を見るとジーッと彼女は魔雪を見ていた。
「本当に……男だったんですね」
「いや、信じてなかったのかよ……どうだ? これが、真の魔雪だぞ。アハハ!」
勇者を倒したことでちょっとテンションが上がっている魔雪が笑顔で冗談を言う。
「ッ……」
しかし、何故かルフィアは顔を紅くして視線を逸らした。
「……ルフィ? どうした?」
「い、いえッ!! な、なな何でもありませんぞ!」
「口調変わってるぞ?」
首を傾げている魔雪。だが、ルフィアはそれどころじゃなかった。
(わ、私……マユちゃんに色々、やっちゃってるよね……あ、ああ!? やばい! 今までのことを全部、男のマユちゃんに置き換えたらとんでもないことに!?)
ルフィアは変態だが、それは幼女に対してだけである。それ以外には普通――いや、男に関しては免疫がないのだ。そのため、目の前にいる魔雪の顔を見ていられなくなってしまったのです。
「……ガハッ」
「「ッ!?」」
その時、倒れていた勇者がうつ伏せから仰向けになったので2人は肩を震わせて吃驚してしまう。
「おい? 人が倒れてる間に桃色空間を展開させんなよ」
「も、桃色?! そんなことないですよ!!」
「ルフィ、落ち着け」
ポン、とルフィアの肩に手を置いて宥めようとする魔雪。
「ひぅっ!?」
まぁ、それは今のルフィアには逆効果なのだが。純情エルフは魔雪から転がるように逃げた。
「……なぁ、勇者?」
「何だ?」
「俺、嫌われたのかな?」
「……この反応を見てその発想はねーよ」
魔雪は普段から魔智に迫られている。そのため、魔雪の恋に落ちた人全てが魔智のような行動を取ると誤解しているのだ。だからこそ、ルフィアのように恥ずかしがっているのを見て嫌われていると認識してしまうのだ。
「それで? お前はこれからどうする? 場合によっちゃ、潰すけど」
「いや……もう、何もしねーよ」
「じゃあ、大人しく暮らすのか?」
「帰るよ。日本に」
「……え?」
勇者の言葉を聞いて魔雪は思考を停止させた。
「ど、どういうことだ!? 日本に帰れるのか!?」
「お前は説明を受けてないの……ああ、魔王だからか。そうだな、時間もないし軽く説明してやるよ」
勇者は仰向けの状態で魔雪を見上げる。
「モグボルーツに召喚された勇者は全員、日本人だ。しかも、色々な時代から召喚されてる」
「色々な時代?」
「昭和とかかな? つまり、時間軸がバラバラなんだよ。それもたちが悪いことに、こちら側の時間軸もバラバラだ」
「どういうことだよ?」
「そうだなー……例えば、平成生まれの勇者がモグボルーツに召喚されました。それから100年後に平成生まれの勇者と同い年の昭和生まれの勇者が召喚されることもあるってことだ」
少年AとBがいたとしよう。この2人は平成生まれだ。そんな2人が別々の場所でほぼ同時に召喚に巻き込まれた。すると、少年Aと少年Bは同じ時代のモグボルーツに召喚されず、ずれた時代に召喚されてしまう。少年Aが召喚された時代より100年後のモグボルーツに少年Bが召喚される可能性がある、ということである。
「……お前、何年生まれ?」
その説明を聞いて思わず、聞いてしまった。
「俺か? 2068年だ」
「なっ?! 俺のいた時代より50年ほど未来だぞ!?」
「だから言ったろ? そう言うことだ。因みに、俺がモグボルーツに召喚されて30年以上、経ってる」
「30年? お前、そんなに年なの?」
「バーカ。勇者は不老だ」
それを聞いて魔雪は嫌な予感がした。
ルフィアの話で勇者は何度も召喚されている。そして、勇者を倒した者はいない。それはまだ、他の勇者がモグボルーツにいることになるだろう。
(こんな奴が一杯いるのか……)
今回は鎧を砕くだけで何とかなったが、正直、面倒だとため息を吐く魔雪。
「ここからが重要な話だ。俺たち勇者が日本に帰る方法」
「っ……それはなんだ?」
「それぞれ勇者にはミッションが与えられるんだ。俺で言うと『強者に倒されろ』とか」
「強者に倒されろ? 何だそれ?」
意味が分からず、首を傾げてしまう。
「ぶっ飛ばされろって意味だよ。だから俺は強い奴を求めてエルガを侵略した。そうすれば、俺を滅ぼそうと強い奴が俺に立ち向かって来るだろ?」
「ふざけないで!!」
この勇者がエルガを支配した理由が強者を誘き寄せるためだと聞いてルフィアは勇者の胸ぐらを掴む。
「それだけの理由でエルガにあんな酷いことをしたの!? たったそれだけで……」
そう言いながら涙を流すルフィア。無理もない。彼女は手紙や新聞でエルガの酷い有様を読んだのだから。
――そう、読んだ“だけ”なのだ。
「あ、エルガは無事だよ。全くの無傷」
「……は?」
「実は……あの新聞の記事は出鱈目なんだよねー」
悪戯をばらした時の子供のようにニヤニヤしながら勇者が教えてくれた。
勇者はミッションを貰った後、エルガに向かい、そこの国王に事情を話したそうだ。まぁ、最初はエルガの中で最強と言われる国王に勝負を挑みに行ったのだが。しかし、国王は勇者に勝てるほどの実力を持っていないことを話し、エルガを侵略していることにして強者に討伐して貰おう、という作戦を勇者に提案した。それを勇者が承諾し、新聞に嘘の記事を書かせてエルガは勇者に襲われていると情報を流したのだ。
(そして、国王は……ルフィアって子がお前を倒すって言ってたんだよな……マジでそうなるとは……)
国王の予言が的中したことに気付いて勇者は苦笑いを浮かべた。
「……それじゃ、エルガは?」
「おう、今でも綺麗だぜ? なんせ、あそこに30年も住んでたんだからな」
しかし、さすがに30年間も待って誰も来なかったので勇者はエルガを飛び出したのだ。エルガを支配して次にガルガを侵略すると言って。
「そっか……そっかぁ。エルガは……無事なんだ……」
安心してしまったのか、ルフィアは大粒の涙を流しその場にへたり込んでしまった。
「よかったな、ルフィ」
泣いているルフィアの頭に右手を置いて撫でる魔雪。よく、魔智が泣いてしまった時にこうやって頭を撫でて慰めたのだ。
「ぁ……」
撫でられていることに気付いたルフィアだったが、その右手が温かくて逃げずになすがままにされていた。
(あ、嫌われてるわけじゃないんだ)
そして、逃げなかったことで自分の勘違いにやっと気付く魔雪だった。
「それにしても……本当に強かったぜ。最後なんかまんまとハメられた」
「そう仕向けたからな」
「まさか、部屋を氷漬けにして密閉するとは思わなかった。あれにも理由があるんだろ?」
「ああ。簡単なことだよ。この部屋の湿度を保つためだ」
この部屋はルフィアの魔法によって氷漬けにされている。隙間一つない。そんな場所で水蒸気が大量に発生したらどうなるのか。もちろん、湿度が上昇する。
では、湿度が上昇することによって魔雪たちに何の利点があるのか。
それは結露である。
結露は空気中に含まれている水分が気温の低下などにより物体の表面に水滴として付着する現象である。これは気温が低ければ低いほど、空気中に含まれている水分が多ければ多いほどたくさん水滴が付着するのだ。
「なるほど……それで、鎧にくっ付いてた氷や水を全部、蒸発させても氷漬けにされたってわけか」
まず、魔雪は勇者の周りの熱を少しだけ吸収する。すると、勇者の周りだけ露点に達し、結露して鎧に水滴が付着。それを見届けた後、一機に熱を吸収して水滴ごと鎧を凍らせたのだ。
「でも、鎧を氷漬けにする必要なくね? だって、鎧の温度を下げて上げればいいんだからよ」
「お前、鎧の温度が下がってて気づくか?」
「気付くわけねーだろ。ガントレットだって装備してるんだから」
「だからだよ。お前に炎魔法を使って貰わないと駄目だったんだ」
「……チッ。結局、俺の自爆か」
勇者は氷漬けにされた後、炎で身を包み、氷を融かした。その時点で氷漬けにされたら炎で融かせばいい、という対処法を確立してしまったのだ。だからこそ、魔雪は何度も凍らせた。そうすれば、勇者が勝手に鎧の温度を上げてくれると知っていたから。
「そう言うこと。まぁ、炎魔法で鎧の温度が上がったことが一番ラッキーだったことだった」
自分の体が炎に包まれているのに勇者が無事だったのは絶壁で魔法の効果を無効化していたからである。本来なら炎は霧散してしまうが、それは勇者に直接触れている炎だけだったので、触れていない炎は残っていたのだ。
「それじゃ、そろそろ行くわ」
自分が負けた原因がわかったからか満足そうな笑みを浮かべている勇者。その笑みは最初に魔雪たちと会った時に浮かべていた笑みとは全く違った。とても優しい微笑みだった。
「待て。最後に質問させろ」
「お? 何だ?」
「お前にミッションを与えた奴は誰だ? そいつが他の勇者にもミッションを与えてるのか?」
「あれ? 知らないの?」
「知るわけないじゃんか……」
不思議そうにしていた勇者を見て魔雪はため息を吐いてしまう。
「決まってるだろ? 初代勇者だ。そいつが、俺たちにミッションを与えている」
「……は?」「……え?」
思わぬ、人物が出て来て魔雪たちは目を点にした。
「しょ、初代……勇者!? まだ、生きてるの!?」
泣いていたルフィアも涙が引っ込んでしまう。
「ああ、あいつはまだ生きてる……正直、もう会いたくない。あいつは、狂ってる」
「狂ってる……」
勇者の言葉を復唱する魔雪。
「だから、初代勇者には気を付けろ。あいつはマジでヤバい。他の勇者はどうでもいいが、あいつだけは好きにさせちゃ駄目だ」
勇者は真剣な眼差しで魔雪を見つめていた。
「……ああ。わかった。初代勇者には気を付ける」
「それと……俺が頼めるようなことじゃないんだけど……勇者たちを日本に返してあげてくれ。あいつら、皆帰りたいんだ……したくもない悪事を働いてる奴だっている」
それを聞いて思わず、魔雪は自分と重ねてしまった。
(そっか……勇者も帰りたいのか)
勇者と魔王。対立する2つの存在の目的は一緒だった。何とも皮肉な話なのだろうか。
「おっと……時間だ」
その時、勇者の体から光の玉が漏れ出す。
「楽しかったぜ。感情の魔王」
「こちらこそ、色々教えてくれてありがとな。鎧の勇者」
先ほどまで敵対していたのに魔王と勇者は笑顔で握手を交わした。
「あ、最後に教えて欲しいんだけど……」
そこへルフィアが申し訳なさそうに勇者に視線を向ける。
「ん? 何だ?」
「名前、教えてくれない? 私がエルガに戻った時……君が無事にニホンに帰られたってパ……国王様に報告するから」
「おう、いいぜ。教えてやるよ」
そこで、勇者はにやけた。何かを企んでいる表情だ。
「俺の名前は――勇崎 魔広。それじゃ、また会おうぜ? おじいちゃん」
そう言い残して勇者――魔広は消えた。
「「……」」
それからしばらく、沈黙していたが2人の脳内で魔広の言葉は何度もエコーする。
「「は、はあああああああああああああああああ?!」」
そして、2人同時に叫んだ。
「え!? 嘘!? 何!? 今のって俺の孫なの!? 嘘でしょ!?」
「マユちゃんの孫ですか?! つまり、マユちゃんって結婚して子供を産むんですか!? 相手は?! 相手は誰ですかあああああ!!」
「ま、待て! 俺だって知らないんだっての! あ、ぐ、ぐるじっ……」
尋問することに夢中なルフィアは魔雪の首を絞めていることに気付かずに喚き散らしている。それだけでルフィアはすでに魔雪に好意を抱いていることは明白だった。まぁ、魔雪はおろか、ルフィア自身もそれに気付いていないのだが。
「誰なんですかあああああああああああああ!!」
「ぁ……や、め……」
勇者が消えたことにより、砦の外にいた魔獣も消え、様子を見に来たギルドマスターに止められるまでルフィアは魔雪の首を絞め続けたのだった。
勇者、まさかの魔雪の孫。
この時点ですでに魔雪が日本に帰れるとわかりますが、2人は気付いていません。




