誰にも選ばれなかった者
康正は目を開けた。
広い空間だった。
高い天井。左右に柱が並び、その間に衛兵が立っている。
正面に、段差がある。数段上に、玉座が据えられていた。
王と、その隣に王妃。
二人が、こちらを見ている。
背後に、大きな扉があった。閉ざされている。
「陛下、召喚に成功いたしました」
傍らで声がした。
茶色のローブをまとった老人が、一歩前に出る。
王が、わずかに身を乗り出した。こちらを見下ろしている。
「三人か」
そう言われて、初めて、康正は裕太と飛鳥の姿に気づいた。
「少ないわね」
王妃が、拍子抜けしたように言う。
別の足音が近づく。金糸の装飾が施された衣をまとった男が前に出た。両手で、円形の器具を持っている。それが、こちらへ向けられる。
「……寵愛の加護!」
男の声が弾む。器具が、飛鳥の前で止まった。
「陛下、このおなご──」
息が荒い。
「寵愛の加護を保持しております」
ざわめきが走った。
別の男が動いた。銀の鎧の騎士だった。同じような器具を、裕太へ向ける。
「まさか……」
騎士は小さく呟いた。
「陛下、こちらの少年ですが」
一歩踏み出し、
「爆撃魔術の使い手であります」
玉座の上で、二人が同時に立ち上がった。
「本当か!」
「まあ、素敵!」
声が重なる。
騎士が振り返る。
「少年、名は」
「……裕太です」
「ユウタか」
騎士が頷く。
王が身を乗り出す。
「それで、魔術の具合は」
騎士が、裕太へ向き直る。
「ユウタ殿、あの壁の燭台へ、エクスプロージョン、と唱えよ」
騎士が指し示す。
「……エクスプロージョン?」
「唱えればよい」
裕太が、口を開く。
「……エクスプロージョン」
何も起きなかった。
「もう一度だ。腹から出せ」
騎士が厳しく言う。
裕太の肩が上がる。
「え……エクスプロージョン!」
またも反応はなく。沈黙。
「もう一回だ」
急かされ、息を吸った裕太が、何か理解したかのように指先を燭台へ向けた。
「エクスプロージョン!」
破裂音がした。蝋燭がひとつ、弾け飛んだ。
静まり返っていた。
王妃が腰を下ろす。がっかりするように。王も、ゆっくりと座った。
誰も言葉を発さず。
「……しるしが」
不意に司祭が呟いた。
「ユウタ殿に」
顔を上げ、
「陛下、ユウタ殿にしるしが!」
王妃が振り向く。
「しるし?」
司祭が飛鳥の背後へ回り、彼女の両肩に手を置いた。飛鳥の肩がわずかに強張る。
「寵愛の加護の保持者は、もっとも愛する者へ、しるしを与えます。彼女本人は無意識に」
「それで?」
王妃が言う。
「どうなるの」
「愛された者は、力が底上げされるのです」
司祭が言葉を付け加えた。
「愛が深いほどに」
王妃が立ち上がる。両手を胸の前で合わせ、
「まあ、ロマンチックだこと」
司祭が飛鳥を見下ろし、
「名は?」
「……飛鳥です」
「ではアスカよ、ユウタへ祈れ」
「祈る?」
飛鳥が戸惑う。
騎士と司祭が、目を合わせた。互いに頷いた。
剣が抜かれる。騎士がその刃を、裕太の喉元に当てた。
「聖女よ……いや、大聖女よ」
騎士が言った。
「この者へ祈れ。さもなくば、彼を殺す。どのみち、あの威力では使えん」
飛鳥の呼吸が乱れる。
「今ここで、首を刎ねてみせよう」
飛鳥の手が震える。視線が揺れる。
さあ、と司祭も促す。
「彼を愛しなさい。自分に正直に」
飛鳥の拳が握られる。腕が、体の横で強く張る。
「ユウタ殿、もう一度だ」
騎士が言った。
裕太が息を呑む。理解したように、指先が燭台へ伸びる。
「エクスプロージョン!」
今度は最初から声を張った。直後、康正の耳に爆音がつんざく。
燭台ごと壁が吹き飛び、破片が散ってそれが康正の足元まで転がってきた。
開いた穴から外光が差し込む。
息をのんだ。
騎士と司祭が振り返り、玉座を見る。
王が立ち上がりながら、ゆっくりと拍手をする。
王妃も立ち上がり、声を弾ませた。
「素敵、素敵よ」
拍手が広がる。
騎士も、司祭も、老人も。
音が満ちる。広間を埋め尽くす。
康正は動かなかった。視線は、裕太に向いたまま止まっていた。
喉の奥が、わずかに乾く。指先に力が入る。
理由は分からなかった。
言いようのない不快感が、わずかに残っていた。
拍手が続く。
康正の視線がずれ、飛鳥へ向く。
飛鳥は、裕太を見ていた。二人は、見つめ合っている。緊張からとける前の顔が見える。口元に、笑みが滲もうとしている。
康正は、その外にいた。
それが、始まりだった。




