悪阻の時②
「アヤちゃん……その子、誰?」
ツグミがそう尋ねても、ガンタンライズこと糸井アヤは答えない。ライズに抱きしめられているムラサメの視線が、彼女とツグミを往復した。
「あなたは……本物の村雨ツグミ?」
ムラサメがライズに代わり、そうツグミに問う。ツグミの方は、そう聞かれても、わけがわからない。ライズはムラサメから離れると、首を横に振った。
「ちがう!あなたは偽物なんかじゃない!私にとって、本物のツグミちゃんだよ!」
ライズは、自分の残酷さに気づいているだろうか。察しの良いツグミは、この事態の意味を悟りつつあった。
「ああ、なるほど。その子が私の替わりなんだね」
「…………」
ライズは無視した、というより、答える言葉がなかった。ムラサメの視線は、いよいよ忙しく二人を反復する。
ツグミが続ける。
「あなたの信じる神様というのが、私にそっくりな子を用意したんだね。あなたが寂しくならないように、って。その子がどういう存在なのか知らないけれど、私そっくりになるように調教してたわけだ」
ライズがツグミを睨んだ。その様子から見ると、図星なのだろうとツグミは解釈する。
「だけどね、アヤちゃん。その子の人生はどうなるの?他人の身代わりとして生きる、その子の人生は?アヤちゃんが、そういう事をする子だとは思わなかったよ。卑怯だよ」
そこまで言いきり、ツグミはライズに背を向けた。
「そうやって、人形遊びをしたいなら、ずっとそうしていなよ。さようなら、アヤちゃん」
ツグミを睨むライズの目から、涙がこぼれる。しかし、それでもライズは、ツグミを引き留めようとしなかった。去ろうとするツグミの背に呼びかけたのは、別の人物である。
「待って!」
そう叫んだのは、ムラサメツグミだ。
「お願い!アヤちゃんを連れて行ってください!」
驚いたのはガンタンライズだ。
「ツグミちゃん、何を言うの!?」
「アヤちゃん、私ね。アケボノオーシャンと会ったの」
ムラサメがそう説明する。
「私は……私にとってアヤちゃんは、最高の友だちだよ。ずっと、ここで一緒に暮らせたら幸せだと思ってた。でも……アケボノオーシャンはやっぱり賢いんだね」
ムラサメがほほ笑む。だが、その顔から笑みが消えた。断固とした口調でライズに語りかける。
「ねえ、アヤちゃん。女の子の生活を全て破壊して、別の世界に閉じ込めて、自身の子どもを産ませる……そんな事をするのはね、神様なんかじゃない。鬼で、悪魔で、人でなしだよ。そんな奴のペットになんか、アヤちゃんはなったらダメ!」
ライズは、ショックを受けた顔をしてムラサメを見つめた。ツグミもまた振り返り、ムラサメの言葉に耳を傾けている。
ムラサメは、今度はツグミに語りかけた。
「私は、あなたの可能性の一つなんです」
「私の可能性の一つ?」
「そう……私は、記憶喪失になった後に、アヤちゃんと出会うことがなかった世界のあなた……たぶん、私の世界のアヤちゃんは、死んでしまったんだと思う」
ツグミが思考の整理に時間をかけている間、ムラサメは再びライズに向き直った。
「私は……アヤちゃん、あなたという友だちに会えて、本当に幸せだった。でも、だからこそ、アヤちゃんは元いた世界で、自分のために人生を全うしてほしいと思う。だから、もう一度言うよ。ここにいたらダメ!もう一人の私と一緒に、ここから逃げて!」
「…………なんで、みんなそんなイジワルを言うの?」
ライズは涙を目にためて、ムラサメを睨んだ。
「アヤちゃん、私はイジワルを言いたいわけじゃなくて……」
「もう後戻りはできないの!」
ライズは自身のお腹にそっと手を触れる。そこには、理由はどうあれ、新しい命が宿っている。
「この子をどうしたらいいか……!私は……!?」
アヤの言いたい事は、どちらのツグミにも理解できた。お腹の子をどうするか。下界において、母子家族として生きる。そんな親子への、世間の風の冷たさは、16歳のアヤですら想像がついた。ましてや父親について、まともに説明できないのであれば、なおさらだ。子どものためを思えば、ここに居るのは悪くない選択といえる。まさか、どちらのツグミも安易に堕胎など勧められない。
ツグミたちが言葉に詰まっていると、突然、楽園の地面が揺れた。
「え、地震!?」
そう口にしたライズであったが、そんなことはありえないと一番よく知っていた。だから、とっさにライズがその場から飛び退いたのは正解だった。
ライズがいた場所から、突然、タケノコのように何かが隆起した。ドリルのようなその物体が回転を緩めていき、やがて止まった。
地面から出てきたのは、赤とゴールドに色分けされた、大型スクーターのように見えた。だが、なぜビッグスクーターが飛び出してきたのかは、魔法少女たちの誰にとっても想定外だ。
『あ〜ん!惜しかったわ〜ん!』
スクーターがしゃべった。ムラサメとライズにとっては聞き覚えのない声だったが、ツグミはその声の主を知っている。
「その声は……!」
『村雨ツグミが二人もいる!不思議ね〜ん!どちらかはクローンなのかしら〜?』
地中から飛び出したビッグスクーターが、体勢を立て直して着地する。意思をもつバイクを見るのは初めてではない。が、それが死んだはずの人間であれば驚きだ。
『初めまして……ではないわね〜。私の影武者が、あなたからの丁重な挨拶をいただいているわけだし……?』
「メグミノアーンバル!死んだはずじゃ!?」
『ええ、死んだわよ。今の私は、仏と同じ。そう、だからこそ……!』
ビッグスクーターの正面から銃口が伸びる。
『糸井アヤ!神の子もろとも、あなたには死んでもらうわ〜ん!!』




