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勇者よ、汝は勝った

 その日、テツとお市は昼近くに学校を訪れた。


 ふたりは顔をほころばせた。

 野菜畑の真ん中、学校のまわりには、いくつもの車が駐車され、人が校門からあふれていた。


 う、とお市が校門を見て顔をしかめる。


「出オチ」


 ウェルカムと書かれた看板のつづりが間違っていた。

 校庭から割れた音楽が聞こえてくる。


 模擬店のテント前はどれも人が群がり、注文をとる生徒たちの声が枯れている。餃子屋、黒チャーハン屋は特ににぎわっていた。


「てっつあん、お市坊!」


 生徒がうれしそうに声をかけてくる。


「餃子食った? 早くしないと売り切れんぜ」


 繁盛してんな、とテツが笑うと、


一日(いちにち)にして正解。もう土曜分の材料なくなるよ!」


 屋台のテントの裏で、トロピカルが中年の親父を相手に笑って話していた。

 相手は世話になった商店主らしい。


 テントのひさしには、紙がひらひらと下がっており、それぞれに『白菜提供高橋様』『協力ハオ・ラーメン様』といった具合に、協力者の名がヘタな字で書かれていた。


「おまえら」


 トロピカルが屋台の生徒たちに声をかけた。


「お肉を特別価格で卸してくださった、サンマートの大滝さんだ」


 その場にいた生徒たちが一斉にからだを向け、頭を下げた。


「ありがとうございました!」


 商店主は照れてニコニコしていた。

 お市がうなずく。


「ピカルはコツがわかってる」

「ああ、案外、商売人向けかもしんないな」


 ふたりはカップに入った熱いスープ餃子を買い、野外ステージを見にいった。

 寒空で風も冷たかったが、ステージ前の椅子は埋まり、立ち見客がとりまいている。

 哀しげなフラメンコギターの曲が流れるなか、ドスのきいたかけ声があがる。


「えええいッ!」


 頭越しにのぞくと、袴をつけた生徒たちが殺陣を演じていた。

 主役の生徒は剣道か何かをやっていたらしく、型が決まっている。からみの悪党たちは即席ごしらえのはずだが、それでもテレビの殺陣をマネてがんばっていた。


「フッ――」


 斬られると息を詰め、こわばってから駆け去っていく。その中に利休とミシュランがいた。


 利休は正眼の姿勢もすり足も決まっていたが、ミシュランは出てきていきなり、袴を踏んでつっぷした。

 主役がぎょっとして振り向き、会場が爆笑する。

 お市とテツも笑い、拍手を送った。


 校舎の中央階段には、ピーターパンのような衣装をつけた生徒がいた。


「トイレは、入って右でーす。ダンジョン『ドラゴンズゲート』に行かれるお客様は、グループでの移動になります。コモンスペースで案内人が来るまで少々お待ちください」





 ダンジョンの案内人は髪を逆立て、黒い、やたらとベルトのついた上着を着ていた。

 彼は横向きで現れた。


「おれがこの闇の世界の案内人、シャドウ・ウォーカー。おまえらか? ドラゴン退治をしたいという、向こう見ずなやつらは」


 パペットマンだった。片手で顔を覆い、からだをねじり、片足のかかとを浮かせている。服には厚い肩パットが入ってやや浮き上がっていた。


 マンガのような演出に、中学生らしい女の子の集団はキャーキャー笑って喜んだ。

 案内人はお市とテツを認め、


「このパーティには僧侶がいるな。癒しを与えるというより、ケガが増えそうな僧侶だ。おれのケガが。――かまわない。この闇の道行きにふさわしい。おっと――」


 案内人はぐるっと上体だけめぐらし、女子中学生たちに言った。


「ダンジョンに入る前に注意しておく。モンスターはとても危険だ。けして、さわるな。さわると、壊れる。修理が大変。わかったな」


 中学生たちは笑い、ハーイとノリよく答えた。

 案内人は防具だといい、中学生たちに一枚の盾と剣を渡し、ダンジョンへと導いた。

 パペットマンはあれから毎日、兄弟ともどもバイト先の定食屋で、食事の世話になっていた。さらに、


 ――大将が、試験勉強も文化祭もきちっとやれって。


 今年中はバイト時間を減らして、練習に参加できるようにと、ボーナスをくれたという。

 廊下は隙間なく目張りされ、真っ暗闇となっていた。そこにLEDライトらしい松明が、点々に貼りついている。


「これいいな」


 お市がこっそり言い、テツも笑った。暗いため、ボロがさらされずに済んでいた。

 教室もまた暗闇となり、足元に青いセロファンを巻いたライトがランプのように置かれていた。

 ダンジョン用の寂しい音楽が流れている。


 迷路の壁は他校から借りた黒い暗幕、その骨組みは建設工事の足場であった。

 案内人がふりかえる。


「ここからは用心しろ。今まで多くのパーティーを連れてきたが、無事に出た者はいない」


 その時、頭の上のスピーカーからバサバサと羽音がした。


「まずい。監視役に目をつけられたようだ。急ぐぞ」


 案内人は細い道をそろそろ進んだ。中学生たちが続く。すぐに、


「止まれ」


 路地の先にスポットライトが落ちた。そこだけ少しひらけたスペースとなり、何かが動いている。

 テツは目を瞠った。


 スライムがいた。

 五機もあった。赤ん坊の帽子ほどの大きさで、かわいい目がつき、足はキャタピラらしい。動いていた。

 声まで出ている。


「人間ダー、人間ダー」


 案内人は言った。


「こいつらは冒険者の勇気をためす。こいつらを追っ払うには、大きな声で叫ぶことだ。コラと大声で叫べ」


 中学生たちは戸惑いつつも、声を合わせた。


「せーの、コラッ!」


 スライムはぐるりと反転した。

 キャー、と言いながら、暗闇へ逃げて行く。


「すげえ」


 テツは思わず感嘆した。


「すげえだろ」


 パペットマンも満足げに言った。


「80デシベル以上の音に反応する」


 ダンジョンには、こんなモンスタースポットが六ヶ所もあった。

 モンスター自体はどれも弱々しい。

 下半身だけの、ひっくりかえってもまた立ち直るモンスター。ナゾを問いかけるだけのモンスター。攻撃はせいぜい、ピンポン玉を投げつけるぐらいである。


「お市――」


 テツはお市の無言に気づいた。


「いや、なんか、がんばったなあって――」


 お市はめずらしくおとなしかった。


 痛々しいほどの苦労の跡があった。時間のなさもにじみ出ていた。

 地中から出ている手、という設定のモンスターには、台所用のゴム手袋がかぶせてあった。


 それでも演出に工夫を凝らしていた。

 クモのような多脚型のロボットが現れた時、案内人が叫んだ。


「やつには『ゴルゴンの盾』が効く。その盾を裏向けるのだ!」


 え、こっち? といいながら、中学生が盾を向けると、赤い裏張りが現れる。

 センサーが赤色に反応し、モンスターがよたよた退却していく。

 こんな演出に、若い客はよろこんでいた。


 クライマックスは、ドラゴンである。

 ドラゴンは教室一室まるまる使い、部屋にイオウのにおいをさせ、赤くライトアップしていた。

 哀切な戦闘の音楽がかかっている。


 発泡スチロールを溶かした岩肌のような壁には、ドラゴンの太い首が突き出ていた。

 赤い光の中、眉の肉が持ち上がり、ネコのような細い光彩が現れると、ドラゴンらしい顔つきになる。

 その目が横に走り、光る。


「いかん。邪眼だ! ア、花が」


 壁の前に脈絡もなく立っていた花が、くたっと折れた。

 ドラゴンの目がまた光る。


「ア、おれが」


 案内人の首が、ボトリと落ちる。

 ええー、と女子中学生が悲鳴をあげる。


「だ、だいじだ。替えの命がある」


 案内人は両手で自分の首を持ち、すえなおした。

 手品用の上着だった。肩から上がはずれるのである。


「しかし、ドラゴンの眸を閉じなければ! 勇者よ。おまえならば、戦える! その剣を構えるのだ」


 剣をもった女子中学生が戸惑う。


「その剣をからだの正面にかざすのだ。その柄のルビーをやつの鼻の前に――」


 柄の飾りから赤外線が出ていた。

 それに反応し、ドラゴンから軋むような鳴き声があがった。首が鈍重にうねり、大きく口があいて、煙を吐き出す。


「まだまだ――!」


 ドラゴンがさらにおめき、首をめぐらせ、粉の煙を吐き出す。

 やがてその首が下がった。まぶたを閉じる。戦闘の音楽がフェイドアウトして、どこからか、コロコロと丸いものが転がってきた。


「勇者よ、汝は勝った! その玉を取るがいい。ドラゴンの玉だ。おみやげだ」

 




 三階は生徒たちの控え室になっていた。

 ロボット制作班の生徒は、ふたりと見て手を振った。


「見てくれた? ダンジョン」


 見たよ、とテツは笑った。


「びっくりした。すげー面白かった」


 お市も真顔で言った。


「マジすげえ。三日で出来ることじゃねえ。おまえら、もうバッカ工じゃねえ。ロボ王だ。ロボ・マイスターだ」


 いつになく手放しで褒めた。

 生徒たちは照れ、


「もっといろいろやりたかったよ。ドローンみたいの使うとかさ」

「ホログラム使っても面白かったかも」

「なんか、子どもが触りたがるんだってさ。触れるのが欲しいよな」

「最後の玉、手渡しできたらよかったんだよ! ドラゴンの手でさ」


 来年だな、と笑った。

 どの顔も疲れていたが、わずかに逞しくなっていた。ひと仕事やり終えた男の顔になっていた。


 お市とテツは、妹尾をねぎらいに職員室へ寄った。

 妹尾は床でながなが伸びて寝ていた。毛布をかけ、軽いいびきをたてている。

 そのそばに、新垣がひとり電話を受けていた。


 電話はいい知らせらしい。微笑みながら話し、受話器を持ったまま頭を下げていた。

 ふたりはそっと職員室を出た。





 中央階段では、ブンブンが高校生らしき女の子たちといっしょに写メを撮っていた。

 ブンブンはふたりに気づくと、笑って寄って来た。


「上見たー? すごいっしょ」


 お市が言った。


「おまえ、いい身分だな。女子に囲まれおって」

「いや、テレビ見たとかで」


 お市はまだ待っている女子たちに、こいつヤンキーだぞー、と呼びかけた。

 ブンブンは笑いつつ、


「このあとさ。急遽、後夜祭やることになったんだ」

「後夜祭? 男だけで?」

「そ。ま、ジュースでカンパイするだけで、すぐ終わるんだけど、そこでテツさんとお市さんのありがたいお話をいただきたいんスよ。それでシメで」


 えええ、とお市があごを突き出した。


「ギャラでんの?」

「白菜あげるから」


 ブンブンは笑い、女の子たちのほうへ戻って行った。





『迷子のお知らせです。キティちゃんのフードつきパーカーを着た女の子。お名前は、ギナ? イナ? あ、リナちゃんのお父さん、お母さん、早く警備部まで来てください。警備部は校門の前です』


 テツが警備のテントをのぞくと、幼児がぎゃあぎゃあ泣く声が聞こえた。

 ホロが菓子の箱をあけながら、あやしている。


「あんま子どもに菓子やらんほうがいいぞ。ほら、アレルギーとか」


 テツは幼児を抱き上げた。小さな背を軽く叩いてやりながら、


「すごい人だな。大成功じゃねえか」

「もうビックリっすよ。でも、見るもん少ねえから、なんか手持ち無沙汰って感じで」


 文化部がまるで無いところからはじまった文化祭である。校舎の中にはダンジョンとカフェ、学習支援ゲームの展示があるだけだった。ゲームは、ダンジョンほど子どもに人気がない。

 それでも人々は去りがたいらしく、写真を撮ったり、食い物を手にブラブラしていた。


 ホロは言った。


「このテント、タチの悪いのが来ねえか心配して作ったんだけど、九十九パーセント迷子係っすよ」


 提案したのは田所らしい。五年前の轍を踏まぬようパトロール班を作るようアドバイスしていた。


「一応何かあったらすぐ警察来るって、話ついてるらしい。でも、テツさんいんなら大丈夫でしょ」

「おれはゲストだ。――ところでお市呼び出してくれ。あいつサイフ持ってどっかいっちまった」

「あいあい。迷子のテツくんですねー」


 ホロは笑い、放送しようとした。

 その時、ふと校門を見て、顔をあげた。彼はがたとデスクから立ち上がった。


「?」


 テツは幼児を抱いたまま振り向いた。

 アルミの杖をついた男が校門から入ってくるところだった。


「宇崎先生――」


 ホロが飛び出した。男の前に立ち、こわばり、ただ凝然と見つめた。

 男はホロをじっと見て、すこし痛むように目を細めた。


「ゆるすよ」


 男は言った。


「そうしなきゃ、おれもおまえも前に行けないもんな」


 ホロは立ち尽くしていた。

 男はステージのほうを見て、うなずいた。


「これ、よくやったな」

「……」


 彼は杖をつき、人の群れのなかに入っていった。見物客にまぎれて、見えなくなった。

 テツがホロを見た。ホロは顔をおさえたまま、震えていた。


 若い夫婦があわててやってきた。


「すみません、うちの子が――」


 夫婦はとまどった。

 警備部と張り紙されたテントには、背をむけて号泣している高校生と、頭によじのぼる幼児をそのままに、端然と座っている僧がいた。


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