ドラゴンの復活
生徒たちのほとんどは翌日までに火事について知っていた。
しかし、わめいているヒマはない。すぐにモンスターの制作にかからねばならなかった。
ブンブンは他校に、暗幕を貸してくれるよう頼み、トロピカルもまた商工会に頭を下げ、祭り用のテントを借りた。
トロピカルを見て、商店主たちが声をかけた。
「どれぐらい燃えたんだ。必要なものはあるか」
「手伝いはいるか」
彼らのうち何人かはその日、学校に差し入れを届けに来た。
さらに、午後には一台のトラックが学校に止まり、建築業者の作業着を着た男たちが校庭に入ってきた。
「東さん」
ミシュランがおどろいて声をかけた。
前年、ヤクザとのつながりで就職を逃した件の先輩だった。
東はニカッと笑い、
「手伝いにきた。うちの会社の社長と先輩だ」
逞しい職人がふたり続いた。
「なんかやれることあるかい? 角材とか廃材でよければ、持ってくるぞ」
生徒が頼んだ。
「足場を貸してください。パイプの――小さいサイズのありますか?」
テツとお市もちゃっかりまぎれこみ、校庭の整備を手伝っていた。
警察は現場保存のため、体育館を非常線で囲っている。
東と職人たちはそれを客の目から隠すために、養生シートを張りめぐらした。
テツとミシュランもその作業を手伝った。
ミシュランは単管パイプを運びながら、テツに話した。
「おれら、わりとまゆじい(芳賀)とはしゃべってたんだよ。けど、最近、ちょっと距離とっててよ」
「――」
「ネットで掃除用具のことで炎上しただろ」
「ああ」
「あれ、まゆじいだってわかってさ」
テツはミシュランを見た。
「?」
「だよ。――」
五人は炎上を面白がったが、仲間の誰がスレを立てたか知らなかった。
誰も立ててないとわかった時、ひとりだけ費用の金額を明かした相手を思い出した。
「まゆじい、やっちまったなって。――まあ、おれらのためにやったんだろうけどさ。おれらも炎上スゲーって笑ったけどさ。でも、尊敬できねえだろ。そういうの」
以来、彼に対して醒めた空気があったという。
「チャーシュー」
テツはパイプを肩からおろし、手ぬぐいをとって頭を下げた。
「おまえだと思ってた。ごめん」
「おめえさ」
ミシュランはわめいた。
「いいかげん、そのチャーシューってのやめろよな? 失礼きわまりねえよ!」
翌日、数学の合格者発表があった。
秦前寺はひと晩で採点をすませた。全員の点数を模造紙に連ね、廊下に貼り出していた。
みなこれまでになく善戦したが、数学だけは付け焼刃では厳しかった。四分の一の者が二十点に届かなかった。
トロピカルが十七点で、やはり落ちた。
「しゃーあんめ」
トロピカルは笑った。
「おれもう一年ガッコやるわ。けっこう楽しいしな」
利休が隣で無念そうに彼の点数を見ていた。利休自身はひとに教え続けたせいで、学年一位になっていた。
「おれももう一年遊ぼうかな」
アホか、と秦前寺が通りしなに言った。
「追試やるって書いてあんだろ」
合否発表の端に一行、
――不合格者には、十二月十九日に追試を行う。
とあった。
「ピカル!」
利休は友のために喜んだが、当人は複雑な顔をしていた。
「……祭終わっても、勉強か」
新垣は対外的な対応に追われていた。
芳賀のために警察に呼ばれた。司校長は急に過労といって入院してしまい、表に出て来ない。
警察署を出たとたん、新垣はカメラと報道記者に囲まれた。
「容疑者の教員がうつ病だったというのは、本当ですか――」
マイクを向けられ、新垣はふいに情けなくなって涙ぐんでしまった。
「すみません。うちの学校はボロボロで、何もかもギリギリなんです。そのなかで生徒がやりくりしてがんばってきたのに――。誰か、いらないサーボやセンサーは持ってないですか。日曜、文化祭なんです」
記者たちは面食らったが、これを見た視聴者たちは学校に電話をかけてきた。
どういう型の部品が必要なのかというもの、機材はないが、寄付ならしたい、寄付の口座をあけろ、というもの。
近隣の企業から、赤外線センサーの寄付の申し出もあった。
ロイド眼鏡の事務長がペコペコ頭を下げて、メモをとっていた。
ホロはその午後、ひとり作業から外れ、ある場所へ向かっていた。
その一軒家は、空き地の多い住宅地にあった。
車庫にワンボックスカーがある。
ホロは呼び鈴を鳴らした。
住人はアルミの杖をついて、出てきた。
ホロを見ると、その顔が凍りついた。上唇とあごにはまだ傷痕がくっきり残っている。
「――なんだ」
「先生」
ホロは深く頭を下げた。
「――申し訳ありませんでした」
元体育教師は答えない。
ホロは動かなかった。耳のなかで自分の早い鼓動の音だけが聞こえていた。
ようやく押し殺した声が言った。
「なんのつもりだ、おまえ」
それ以上の言葉が出ない。アルミの杖だけがガタガタ揺れていた。
ホロは頭を下げたまま、息を押し殺していた。からだが砂となって溶けてなくなるような、火の串に貫かれるような、永い時間が過ぎた。
「許す気はない。帰れ」
元教師はよろめくように杖をつき、家のなかに戻った。
ホロはそのドアに怒鳴るように言った。
「今日は文化祭の準備があるのでこれで失礼しますが、また来ます。本当に申し訳ありませんでした!」
ドアが開いて、若い女が飛び出してきた。
女はいきなり何かを投げつけた。砂のようなものが、ホロの制服に散った。
「二度と来るな!」
女は歯を軋らせるように言った。
「兄さんがあんたたちを退学にしないために、どれだけ苦労してきたか! どれだけ校長先生に頼んできたか! 仕事だって、せっかく入社させてもすぐ辞めて、会社の求人が来なくなって、全員を就職させるのに、どれだけ悩んでたか。なのにあんたたちは、バカで、勉強もしないで、貴族みたいにえらそうで。あげく――」
その目は激しい憤りのために青みを帯びて光っていた。
ふいに口をつぐむと、女は身をひるがえし、玄関の中へ帰った。
ドラゴンが復活した。
機械科の生徒たちはテストを繰り返し、ドラゴンの首がもたげ、まぶたが開き、あごも動き、粉でできた煙が噴出されるのを確認すると、GOサインを出した。
まわりから大きな拍手があがった。
そこには生徒だけでなく、教師たち、OBたち、親たち、商店街からの助っ人、テレビを見て駆けつけた人々がいた。
みな疲れ、ホッとした顔をしていた。生徒のうちには泣いている者もいた。
顧問の妹尾が深く頭を下げた。
「ありがとうございました。おかげで間に合いました」
土曜の夜十時だった。




