第十三話 納得行かない
「はい?」
ドラゴンダンス所属であるとアヴァンが出会った少年少女達に明かすと、途端に彼らは態度を変えた。
とは言え、一応はまだにこやかな雰囲気は残しつつ、アヴァンが問い返す。
「はい、じゃねぇよカス! とっと消えろ! ゴミが!」
「俺達が仕留めた獲物がテメェのせいで腐るだろがボケェ!」
急に態度が豹変したなと口元をヒクヒクさせるアヴァン。しかしここまで違うといっそ清々しくもある。
「……はは、この獲物は俺が仕留めたんだけどね」
若干口調に変化を生じさせつつアヴァンが述べる。すると斥候風の男が地面に、ペッ、とつばを吐いた。
「何が俺が仕留めただ図々しい」
「流石乞食ギルドだけあるわね!」
「テメェはそのホーンラビットに刺さった矢にも気がついてねぇのかよ!」
「先に俺達が攻撃して追ってたんだ。それをテメェが横取りしたんだろうが! 偉そうにしてんじゃねぇぞ!」
「…………」
ちなみに冒険者管理法においては、こういった狩った魔物などはトドメを刺したものに優先権がある。こんなことは冒険者なら常識である。
「やれやれ、この俺も舐められたもんだな」
「は? 舐める価値すらねぇよハイエナが!」
「全くね、そんなに素材が欲しかったら、私達が採取した後の肉でも持ってかえればいいのよ」
「それいいな! お前らみたいな乞食ギルドは誰も欲しがらない魔物肉でも食って生きてりゃいいんだよバーーーーーーーーーーカ!」
「そうだそうだ! お前はとっとと消えて後から残飯でも拾いにこい! 判ったら俺らの視界からとっとと消えろカス! 目がくさ――」
「あ! こんなところにグラスホッパーエッジが!」
「へ? グボラァアアァアアアア!」
アヴァンは剣士の少年に向けて指差し告げた後、キレのある回転を見せ、そのまま後ろ回し蹴りを決めた。
体重の篭った会心の一撃! 少年は大きく横にふっ飛ばされていく。
そして立ちふさがる樹木に叩きつけられ、尻を上に向けた状態で無様に落下する。
勿論死んでこそいないが、ピクピクと痙攣し、完全に意識はどこかへと飛んでいってしまっていた。
「……は?」
「え? え? ちょ、ま! おま、な――」
「おっと! すばしっこいグラスホッパーエッジだ! なんとそっちにも!」
「へ? ちょ、ま、グホォ!」
「ちょ! タンマタンマ!」
「魔物は待ってくれない!」
「いや、そんなのどこにも、ギユヒィイィイイ!」
結局アヴァンは弓使いの腹部に膝蹴りをかまし、浮いた脳天にかかと落としを決め、彼の折れた歯が何本も宙を舞い、斥候風の男に関しては股間を死ぬほど蹴り上げた。
グシャッ! という潰れた音を残し、悶絶して座り込む。そして三人共その場で完全に気を失った。
「さてっと」
そして、アヴァンは残った少女に視線を移しゆっくりと近づいていく、ヒッ! という声が彼女から漏れた。
「い、いや、許して、ごめんなさい、違うんです、私、私――」
いつの間にか背中を大木に預ける形となっている少女。そして酷いことしないでと懇願する彼女にむけて、ドンッと! アヴァンが叩きつける。
その行為に再度、ヒッ! と声を漏らす少女だが、その手は彼女の後ろの幹に当てられていた。俗に言う幹ドンである。
「判ってるよ」
「へ?」
だが、アヴァンは魔術師然とした少女に向けて優しく微笑む。すると、少女は目を丸くさせその顔を見上げた。
そして頬が紅く染まる。どうやら改めてアヴァンの顔を見たことで、彼の容姿の良さに気がついたようだ。
「私は判っているよ。君は彼らについ合わせて心にもないことを言ってしまっただけで、本当は心優しい子なのだよね?」
アヴァンが更に春の木漏れ日の如く慈愛あふれる魅力的な笑顔を振りまくと、途端に少女の目がトロンっとし始める。その瞳にはまるでハートマークが浮かび上がっているようであった。
「ひゃ、ひゃい、しょ、しょうなんです、あ、あいつらに、私、そそのかされて」
「そうだと思った。君みたいな魅力的な子が、あんなこと本気で言うわけ無いからね」
「み、魅力的……」
両頬に手を添えて、いやんいやん、と身体を揺らす少女。
その姿に、ちょろいな、とアヴァンは思いつつも話を続ける。
「でも、私だって本当は少し後悔しているんだ、たまたまグラスホッパーエッジが彼らの周りを飛び回っていたから、ついつい排除しようと躍起になってしまったけど、私の腕が未熟なあまり彼らに危害が及んでしまった。悔しいよ、もっと私が強ければ、こんな悲劇は防げたのに……」
つらつらと心にもないことを言ってのけるアヴァンだが、少女はもう彼にメロメロな状態であり、それを否定する様子も見せなかった。
「そ、そんな! 貴方様は何もわるくありません! 悪いのはこいつらです! ええ! 全くグラスホッパーエッジが現れたぐらいで情けないです!」
「……ありがとう、でも、このままじゃ心苦しいから、そこのホーンラビットは君たちに譲るよ」
「そ、そんな! 恐れ多いです!」
「いいんだよ。私の力不足で彼らが傷ついてしまったのも事実だからね。今は気を失ってしまってるようだけど、目が冷めたら代わりに言っておいて貰えるかな? あくまで不可抗力で仕方のない事故だったけど、君たちがこれからも無事冒険者としてやっていけるよう願ってるとね」
「は、はい! 勿体無いお言葉ですわ! 貴方様は何も悪くないのにこのような――」
ありがとう、と最後の笑みを浮かべる。同時に彼女の口からしっかり言質を取れたことも確認しておく。何せ彼らの態度にムカついたというのも勿論あるが、それでもあまり派手にやりすぎると流石に後から難癖つけられる可能性はある。
だが、これで何を言われたところで彼らの怪我はただの事故で済む事だろう。
何せアヴァンはそのことについて一切謝ってもいないし、せいぜい事故だと主張しただけだ。
「あ、あの! せめてお名前を!」
そして颯爽と去ろうとしたアヴァンの背中に魔術師の少女の声が届くが。
「なに、名乗るほどのものじゃありませんよ」
そんなセリフを言い残し、帰路へとついていった。その途中、やれやれとため息を吐き出す。
心にもないセリフを吐くのは意外と疲れるのである。特にあの少女に関して言えば、容姿はせいぜいそこそこといったところであり、本来これといって褒めるところのない女である。
何せアヴァンは既に間違いなく美人の部類にはいるクリスや、見た目には幼さの残る物のどこか儚げな美少女と言った雰囲気漂うホワイティを目にしている。それと比べてしまうとあの女は今ひとつ、いや今四つ五つは落ちる程度なのである。
とは言え――彼らの話を聞くにドラゴンダンスの知名度はあったようだが、あまりに酷い意味での知名度であり、そのことにもため息を吐く思いなアヴァンなのであった。
◇◆◇
「これは、驚きました」
「ま、俺が本気を出せばざっとこんなもんさ」
ドラゴンダンスに戻ったアヴァンは、着いて早々にバッグから素材を出し得意げに言った。
本来こういう時は、倉庫だったり作業場だったりとそういったところに出すのだろうが、そんな便利な空間はありそうにないので、仕方なく床にそのまま置かざるを得ないのが残念感漂うが。
「……貴方、まさか魔導のバッグ持っていたなんて、本当驚きです」
「そっちかよ!」
半眼で吠えるようにツッコむアヴァンである。確かに素材や薬草を出したのは次元収納付きのバッグからだが、もっと見るべき点はあるだろうと訴えたいとこなのだ。
「で、でも素材も凄いです! こんなに沢山の魔物を倒してくるなんて、アカデミーを首席で卒業した期待の星というだけありますね!」
ギルドマスターのホワイティが興奮した様子で口にする。その様子にまんざらでもない気持ちになるアヴァンである。
「ホワイティ様、この魔導バッグはかなり良いものですよ。高級品です、むむむ、一体どんな悪いことをしたらこんな代物を――」
「いや! いい加減魔導バッグから離れろよ!」
どういうわけか、素材よりも魔導バッグに注目しているクリスに半眼で突っ込むアヴァンである。
「それに、別にわるいことはしていない」
「と、いうことは、女の子を騙したんですか?」
「なんでだよ!」
アヴァンは別に詐欺師でもなんでもないのに、なぜ悪者扱いされているのか。
「ふぅ、とにかく報酬を頼むぜ全く」
「判りました、この魔導バッグを売却ですね」
「なんでだよ! 依頼の報酬と素材の買い取りを頼むと言っているんだよ!」
いい加減喉が枯れそうになるアヴァンだが、とにかく魔導バッグは一旦引き上げた。かなり名残惜しそうにされたが。
「仕方ないですね、それでは精算します」
「なんだ、クリスが計算するのかよ」
「当然です、私はこのギルドの会計担当でもあるのですから」
そういってメガネをクイッと押し上げた後、査定を始めるクリスである。
しかし猫の報酬の件もあり、若干不安を覚える。
とは言え、アヴァンもある程度は概算でどのぐらいの金額かを判断している。薬草採取はこのぐらいの量と質なら間違いなく一万五千ジュエルは固いだろう。
その上、素材の値段と討伐報酬が加われば、二万七千ジュエル程は間違いないはずだ。仮冒険者の一日の収入としては十分すぎるほどだろう。
「計算が終わりました、はい、これが内訳で合計五千と四百八十ジュエルです」
「はあぁああぁああぁああ?」
しかし返ってきたその結果に、アヴァンは声を上げ愕然となった。
多少の上下は仕方ないが概算の四分の一以下の結果なのである、流石に納得がいかない。
「何か不満が?」
「大ありだ!」
受け取った内訳に目を通しながら文句を述べるアヴァン。その数値の馬鹿馬鹿しさに辟易する。
「まずメインの薬草採取、これの報酬が四千ジュエルとかありえないだろ! そこまで品質が悪いわけないし、むしろ状態で考えれば最高級に等しいもんだ!」
「そうですね、持ち込んでもらった八種類はどれも確かに傷もなく品質はいいです」
「だったらなんだこの金額は!」
「だからその金額なのですよ。物が悪ければもっと低かったのですから」
「だから! なんでだよ! この質と量なら一万五千は下らない筈だぞ!」
「ですから、他とうちではいろいろと異なっているのですよ。相場をそのままあてにされても困ります」
「一般の相場より遥かに低い査定されれば文句もいいたくなるだろ! 大体薬草の報酬だけじゃねぇ!」
パンッ! とクリスから受け取った内訳を叩きながら更に声を荒げる。近くで聞いていたホワイティはオロオロしっぱなしだ。
「素材の値段もありえないだろ! アルマジラットは相場なら魔核が百五十、鱗の部分が百五十、なのに内訳をみると魔核が五十、鱗が三十! ホーンラビットも相場は魔核二百、角も二百、しかし実際は魔核七十、角五十! グラスホッパーエッジは元が小さいから一匹あたりの価格が低いのは仕方ないが、それでも通常魔核が五十、皮膚が五十、なのに魔核が十で皮膚が五だ! 討伐報酬に関していえば、五十匹で合計五十、一匹につき一ジュエル? 舐めてんのか!」
アヴァンがキレ気味に訴える。確かに討伐報酬に関して言えば既に冗談みたいな金額だ。
「別に舐めてなんていないですよ。猫の捜索と一緒で、請負金額でいえばこれ以上出せないのですから」
アヴァンは頭を抱えた。一体どれほどの値段で請け負えばこんな金額を提示できるのかと呆れてものも言えない気分だ。
「百歩譲って薬草採取と討伐報酬がそうだとしてもだ、素材は許容できるものじゃないぞ。そりゃ卸先の商会次第で多少の上下はあるだろうが、ここまで低いのはありえない」
「それについては……そうですね、どうせ判っちゃうことだから言いますけど、うちには素材処理士がいないの」
「な!?」
アヴァンは絶句した。素材処理士とは冒険者が持参した魔物などの素材を素材として扱うための最終処理を行う資格を有した者たちのことだ。
魔物や魔獣、竜種などの素材は冒険者でも解体して持ち込むことは可能だ。だが、それらは通常のやり方では時間が断つごとにどんどんと内部の魔力が抜けていく。こういった種類の素材は保有魔力が何より重要なので、魔力が抜けては素材としては役に立たない。これは魔核にしても一緒だ。
事実、例えば魔物から手に入れた魔核や素材に関しては平均一日で魔力が半分に減り、二日もすれば完全に魔力がなくなる。
勿論、それでは船旅や長距離の移動に耐えられない場合があるため、塗布することで魔力の漏出を遅らせる薬剤なども販売されているが、どちらにしてもそのままではいずれ素材としては役立たなくなる。
そのために必要なのが素材処理士の知識と技術だ。彼らの知識と技術があれば保有魔力の漏出を止め、完全に中に閉じ込めた状態で加工される。こうすることで他の鍛冶士や魔導具士などが取り扱えるようなる、つまり商人などにも卸せるようになるのである。
ちなみにこれらの素材の処理技術を広めたのは古代の冒険者のアイギナであり、そしてこれは今でもアイギナの知識として冒険者管理委員会によってのみ特別な知識と技法として伝えられている。
だからこそこういった素材の最初の窓口が冒険者ギルドなのである。ただ、こういった素材処理士の免許に関しては冒険者管理委員会の手によって授与されており、そのための試験も管理委員が実地している。
素材処理士とはこの免許を有すものであり、当然免許を持たないものが素材の最終加工を施すことは出来ない。
つまり――素材処理士がいない冒険者ギルドでは、いくら素材を持っていても加工が出来ないため宝の持ち腐れということなのである。
「ちょっと待て、と、いうことはもしかしてこの素材は?」
「はい、他の冒険者ギルドに買い取って貰うことになります」
アヴァンは短く呻く。だが、これで素材の引き取り価格が異様に低い理由に得心がいった。
当然なのである。ギルドに素材処理士がいれば加工してもらった素材をそのまま商会などに持ち込んで買い取って貰える。だが、いなければその間に別の冒険者ギルドを挟まなければいけない。
そうなれば当然相場の価格よりも安い金額で引き取って貰う必要が出てくる。相手のギルドからすれば素材処理士の手間賃という名目でいくらでも天引きが可能だからだ。それについて特に明確な規約があるわけでもないので、この場合の買取金額は買い取り側の冒険者ギルドの胸三寸で決まってしまうのである。
「理解しました? それじゃあこれが今回の報酬ですので」
アヴァンの目の前に、千ジュエル紙幣五枚、百ジュエル硬貨が四枚に十ジュエル硬貨八枚が並べられた。
アヴァンはそれを力なく受け取った後、財布にしまい、そして、ふぅ~、と大きく息を吐きだした後こういい放つ。
「決めた、やはり俺はこのギルドを辞める」
※余談ですがこの国はリンゴの価格が一個150ジュエルぐらいです。




