第十二話 西の森の薬草採取
ワゴンタウンから薬草の生える西の森まで、アヴァンの足で十五分もあれば辿り着く事ができた。
そして単身鬱蒼と茂る緑の中を奥へ奥へと突き進んでいく。魔物が多く潜んでいる森だけあってか、まともな道などは存在せず、精々獣道がある程度。
ただ腐葉土が多いのか、地面そのものはふかふかした土が多く、そこまでの歩きづらさも感じなかった。
「おっと、これが先ず一つか」
アヴァンは暫く森の中を歩き回り、リストにあった薬草の一種類を見つける。それを定められた量摘んでいくわけだが、アヴァンは愛用のナイフで手早くそれを行った。
彼の格好は仕事用のものに切り替わっている。ハイミスリル製の胸当て、具足、そして籠手、左手側の籠手には小さなクロスボウも装着されていた。
これはアルバトロスといって、特殊な魔導装備でもある。使用する矢弾はアヴァンの魔力と連動し、土さえあればそれがボルトの形に形成されアルバトロスに補充される。
更にアヴァンの意志で属性も変化でき様々な効果を持った攻撃を放てるのが特徴だ。
そして腰にはウェストバッグ。これも次元収納の術式が施された魔導具の一種であり、こういった採取系の任務では役立つ。
アヴァンは腕に換装の腕輪を嵌めているが、これはあくまで記憶した装備に瞬時に切り替える為のものであり多くの物を収納出来る機能は搭載していない。
その為、それとは別にこういったバッグも持ち歩いている形だ。
なので、採取した薬草は装着したバッグに収納する。この中では普通のバックと違い擦れたりして薬草などが傷つく必要が無いのが特徴だ。
品質もアヴァンの見たところ悪くなく、かなり上質である。このタイプのも多く採取できれば報酬も期待できるだろう。
「ギィー!」
「おっと、アルマジラットか」
薬草採取を続けるため、森を探索していると、聞いていた通り魔物と遭遇した。
現れたのはアルマジラット三匹。
ネズミの顔とアルマジロのような鱗甲板を備えた胴体が特徴の魔物だ。単体なら見習いのEランクでも戦闘に慣れてさえいれば勝てない相手ではないが、三体となると本来Eランク一人では危険が伴う。
そして早速アルマジラット達は身体を丸め、ボールのように弾んで体当たりを仕掛けてくる。
この魔物は敵と判断した相手に対し身体を丸め防御を固めつつ、攻撃を仕掛けてくる。
鱗が固いため、鉄の剣でもその皮膚を通すのは苦労する。おまけに体当り時は回転も伴うので、下手な攻撃は簡単に弾かれてしまう。
だが、この魔物は対象を丸まる前に認識し、攻撃するという特徴がある。
これは言い換えれば、丸まった後は相手を全く認識できていないということであり、この特徴さえ判っていれば倒すのもかなり楽になる。
そしてこの魔物確かに鱗が硬く刃物の攻撃は通りにくいが、打撃系の武器、例えばメイスやハンマーであればその衝撃を内側に通すことでダメージを与えることも可能だ。
つまり武器の選択を見誤らず、相手の特徴も把握しておけば、単体であればEランクでも倒すことは可能ということでもある。
ただ、それが今回のような複数の場合また話は変わってくる。なぜなら数が増えれば当然その分、攻撃してくる方向を判断するのが厳しくなるからだ。
そしてEランク程度の冒険者というのはグループ相手の戦闘も慣れていないのでより危険度が高まる。
つまり、同時に三匹を相手することになったアヴァンは、本来ならかなりピンチとも言える状況であるのだが――
「ほいっ、ほいっ、ほいっと」
『ピギュ!?』
しかしアヴァンは同時に体当たりを仕掛けてきたアルマジラットを危なげなく倒してしまった。攻撃の来る方向を瞬時に読み取り、向かってくる相手にカウンターで瞬時に幾筋もの剣戟を叩き込んだのが勝因である。
アルマジラットは本来剣での攻撃は通りにくいのだが、全く問題としていない。
しかも、魔物には一切傷がついていなかった。普通ならありえないこともアヴァンはなんてことはないようにこなしてしまう。
「さて、素材を回収してしまうか」
地面に伏したアルマジラットに近づくアヴァン。よくよくみると魔物はピクピクと痙攣してはいるがまた生きてはいたようだ。
だが、アヴァンがナイフを取り出し次々と首を刎ね完全に息絶える。
そこから手足も切り取り、さらにナイフを鱗のある上面と下面の境に通し、ぐるりと回して半分に切り分けた。
アルマジラットは胴体の中心部に魔核があるため、それを切り取り、鱗のある部位と合わせてバッグに放り込んでいく。
このアルマジラットから得られる素材は魔核とこの鱗だからだ。
魔物の素材を得るための解体は、実は慣れてしまうと普通の獣を解体するより簡単な場合も多い。
理由は魔物の身体的特徴が他の生物と大きく異る点にある。その最たるのが魔物が活動するための器官が魔核と魔脈のみという点であろう。
魔核とは人間で言う心臓のようなものだ。魔物はこの魔核で魔力を生成しそれが魔脈で循環し活動している。
実はこの魔脈というものは魔物だけではなく、人間や他生物にも見られる不可視の器官であり、魔力がこの魔脈によって循環しているという点も魔物と変わらない。
ただ、魔物や魔獣、竜種など一部を覗いては魔核というものは備わっておらず、魔核を有していない生物は大気に含まれる魔力の素、いわゆる魔素を取り入れる形で魔力を生成しているとされている。
一方魔核を有する生物は魔核で魔力を生成し活動している。そして魔核で作られる魔力は食事によって補われることが殆どだ。つまり魔物は他の生物を捕食することで魔核内で魔力に変換しているわけである。
これが魔物が常に冒険者の討伐対象にされている理由でもある。なぜなら魔物にとって魔力を補う為に一番効率の良い餌が人間やそれに近い亜人などの生物だからである。
ただ、魔物の持つこの魔核は同時に潤沢な魔力を含んだ器官でもあるため、魔導具の作成や、また魔力供給のための材料として非常に役立っているという側面もあるわけだが――
どちらにしてもそういった性質から、魔物という生き物には他の生物に見られる臓器が存在しない。そして血液すら有していないため、解体しても血で汚れることもなければ、血抜きなどの処理が必要になることもないのである。
だからこそ、ただ解体して素材を手に入れるだけなら慣れてしまえばそれほど苦もなく可能だ。かといって、初めて行う解体でここまでスムーズにことが進むのは、アカデミーの処理判定においてSランクを叩き出したアヴァンだからこそとも言えるだろう。
尤もいくら処理判定が最高評価だったとしても、これらを素材として扱うとなった場合はまた話は変わってくるわけだが――
「ウッサーーーー!」
四種類目の薬草を採取している途中で、ホーンラビットが突撃してきたが、全く意に介さず、アヴァンはその胴体を切り裂いた。
ホーンラビットは見た目はそのまま白いウサギといった様相。ただ、額に一本角が生えているのが普通のウサギとの違いだ。
ホーンラビットは直線的な突撃を得意とし、その威力は全身を鎧で固めた相手ですら貫くほどだが、動きが直線的過ぎるので読みやすい。アヴァンからしてみればなんてことのない相手であった。
ちなみにこれが普通のウサギであれば動物に嫌われているアヴァンが近づいただけで逃亡を始めるところだが、魔物に関しては特に問題なく普通に襲い掛かってきたりする。
なのでアルマジラットにしろホーンラビットにしろ、相手が魔物であれば特にその性質は影響を及ばさない形だ。
こうして倒した魔物を解体し、魔核と素材の角を手に入れる。その後は胴体に所々傷をつけて放置した。
魔物は基本魔力の塊みたいな存在だ。故に殺した後は適当に傷をつけておくことで全身から魔力が抜けていき時間とともに風化していく。つまりしっかり処理すれば死体がいつまでも残るようなことはない。
これは逆に言えば食料としては全く役に立たないという事でもある。何せ臓器がなく血も流れていない魔物だ。一応中には食べれないか試したチャレンジャーもいたようだが、肉は酷くパサパサしている上に、味も素っ気もないつまり酷く不味かったようである。
その上、栄養というものも存在しないため、食べても全く意味が無いのである。だからか、魔物が食材として出回ることはない。
「今のところアルマジラットが五匹、ホーンラビットが三羽か――」
倒した魔物を確認し、ついでに残りの薬草の種類も確認するアヴァン。魔物の討伐数は、新人冒険者としてみるならありえない数だ。さすがは冒険者としてCランクが確定しているだけあるというべきか。
「後三種類、日が落ちるまでには見つけないとな」
午前中は猫の捜索で費やしてしまっているため、アヴァンは昼食も取ることなく薬草採集の依頼に赴いている。
当然だが結局必要な薬草を集めることも出来ずに終わったなんてことは避けたいところだ。
ただ、中に一点だけ非常に見つけにくい種類があり、そこが若干厄介なところでもある。
「チッ、随分と派手に荒らしてるもんだな」
そんな中、草木を掻き分け進んだ先に、グラスホッパーエッジの存在を確認する。
この魔物は見た目がバッタといった様相。ただ、大きさは通常より大きく、成人男性の握り拳程の大きさがある。
そしてその数は十五、基本群れで行動する魔物だが、それでもこれはかなり多いほうだろう。
そしてこの魔物によって、その場に群生する薬草がかなりやられてしまっていた。
これが、この魔物が嫌われる理由でもある。
特に今回アヴァンが請けた依頼で必要とされる薬草は、特にグラスホッパーエッジに荒らされやすいとされている薬草である。
報酬の割に面倒なので、出来れば避けたいという冒険者も多い依頼だ。
「この数だと近づくのは面倒か、なら――」
アヴァンは左手の籠手に装着したアルバトロスを魔物の群れに向ける。弦は引かれ既にボルトはセットされていた。
「――【スパーキング】!」
矢弾は一直線に突き進み、そして一匹のグラスホッパーエッジを捉える。その瞬間、バチバチッ! と音が弾け、放電が起きる。
その影響で群れの三分の二程が地面に倒れ動かなくなった。電撃の効果をボルトに付与した結果である。
そして残りの三分の一が異常に気が付き騒ぎ出す。しかし時既に遅く、駆け抜けたアヴァンの剣により、一匹残らず狩りつくされた。
「ふぅ、上手くいったな」
転がる十五匹のグラスホッパーエッジを眺めながらアヴァンが述べる。
しかし一見楽そうに見えるこの敵は実はかなり厄介な相手であり、討伐推奨ランクも本来はDランクとされている。
尤もあくまで推奨なので自己責任で仮登録状態でも討伐することは禁止されてはいないが、しかし普通であればDランクでも一人の時は先ず狙わない。
バッタよりも大きな魔物、しかし単純に魔物としてみれば拳程度の体長というのは決して大きな方ではない。
だが、小さいことが弱さにつながるというわけでもない。場合によっては小さなことが脅威になることだってありえる。
この魔物はまさにそういった魔物である。何せ拳程度の大きさの魔物が集団で高速で飛び回る上、皮膚は刃物のように鋭いのである。
そんな相手に下手に近づいては一瞬にしてなます切り状態にされてもおかしくはない。
そしてアヴァンもそれは重々承知だった。だから最初の一撃は魔法の力を込めた矢弾を撃ったのである。
「ふぅ、なんとかギリギリで数は間に合いそうだな」
グラスホッパーエッジの素材を回収し、荒らされていた薬草を確認する。
それこそが、このリストの中で最も見つけにくい種類ではあったのだが、全てが齧られたわけではなく、まだ採取分の量が残っていたのは僥倖だったと言えるだろう。
こうしてアヴァンは、この場から薬草を採取し、更に途中、ホーンラビットやアルマジラット、グラスホッパーエッジを討伐しつつ、残りの薬草も全て採取した。
その結果最終的には薬草だけではなく素材としてアルマジロラット十匹分、ホーンラビット五匹分、グラスホッパーエッジ五十匹分の素材も確保できた。
グラスホッパーエッジに関しては討伐依頼も出ているようなのでかなりの稼ぎになることは間違いないだろう。
そんなことを考えつつ、ほくほく顔で帰還するアヴァンであったが――
「あ、そっちにホーンラビットが!」
「気をつけて~~~~!」
ふとそんな声が届き、同時に横の茂みから一本角のウサギが飛び出し、アヴァンへと突進してくる。
「ほいっと」
だが、アヴァンはそれをヒラリと避け、抜いた剣で斬り殺す。
ホーンラビットが小さな悲鳴を上げ死に絶えた。今回は確実に絶命している。
「よ、良かった、無事だったのですね」
「でも凄い! ホーンラビットを一撃で仕留めるなんて」
「いやいや、既にダメージは受けていたようだし、それがあったからですよ」
茂みの中から四人の男女が姿を見せる。ホーンラビットの臀部には数本の矢が突き刺さっていたが、それはこの中で弓を携えている男がやったのだろう。
みたところ全員年齢はアヴァンとそれほど変わらなさそうだ。四人の内三人が男で、剣士、弓使い、そして身軽な装備のナイフ持ち、恐らく斥候担当だろう。
そして紅一点の少女は杖持ちでローブ姿。間違いなく魔法系だなとアヴァンは判断する。
「それにしたって中々の腕前だと思うぜ。新人ならこう上手くはいかないしな!」
その中の剣士の少年がアヴァンを賞賛する。尤も本人からしてみれば、この程度の魔物どうってことはない相手だ。実際既に何羽も狩っているのだから。
「でも、あまり見ない顔だな。旅の途中か何かかい?」
そして斥候風の少年がアヴァンの身元について尋ねてくる。その口ぶりからワゴンタウンで活動している冒険者なんだろうなと予想がついた。
「いえ、ただ最近ワゴンタウンにやってきたので」
にこにことアヴァンも余所行きの顔で言葉を返す。この地にきて初めて出会った同業者だ。ならば好感をもたれるようそれなりの振る舞いを取っておいたほうが無難か。
「へ~それで僕達のギルドじゃ見ることなかったんだね」
弓使いの彼がいう、ただ、その答えから恐らくこの三人は勘違いしてるんだろうなとアヴァンは判断する。
「いや、多分皆さんのギルドとは別だよ。私はドラゴンダンス所属だからね」
そこでアヴァンは自分の所属を答える。クリスの言うことが本当なら、ドラゴンダンスに登録しているのはアヴァン一人だ。
ただ、本来はここで馬鹿正直に答える必要はなかったが、ドラゴンダンスの知名度も気になるところだったので素直に所属を明かす。
「え? ドラゴンダンス?」
「ドラゴンダンスってあのドラゴンダンスかい?」
剣士と弓使いが交互に口にする。どうやらドラゴンダンスの事自体は知っているようではあるが。
「ドラゴンダンスは、あの町には一つしか無いと思うけど、何か問題があったかな?」
彼らに向かって問い返す。すると――一瞬の沈黙、かと思えば彼らの空気と表情が変わった。
「……チッ、よりによってあの糞ギルドのやつかよ」
「てか、あんなゴミカスギルドに入る冒険者なんていたのかよ」
「あーくそ! クソなギルドの汚物と話しちまったよ! 口が腐る!」
「耳も腐るわ! あんな乞食ギルドの声を聞いちゃうなんて!」
「……はい?」




